008・盗みとカーチェイス


「ねぇ、保高さん。車の免許は持っている?」


「こんな時に何だよ。それなら持っているよ」


「ふっ! なら好都合」


「……?」


 すると速水はコンビニの駐車場に止まっている乗用車に目を向けた。

 すぐに戻るつもりで不用意に車にキーは差しっぱなしの状態だ。

 速水が何をしたいのか、すぐに察した。


「お前、まさか」


「走って」


 僕と速水は他人の乗用車に素早く乗り込んだ。


「出して! 全速力で」


 僕は速水に言われるままにハンドブレーキを下ろし、PからDに切り替え、アクセルペダルを踏み込んだ。

 車の持ち主はすぐに気付き、コンビニから飛び出るが、既に遅し。

 僕が運転する車は車道に入った。


「俺の車、返せ!」と持ち主から怒鳴り声が聞こえる。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 持ち主に詫びながら僕はもう引き返せないところまで来ていた。

 これで晴れて犯罪者の仲間入りだ。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。


「何を悔やんでいるの。来たわよ」


「え?」


 サイドミラーを見ると黒の高級車が僕の後を追いかけて来た。

 運転席には先ほどのヤクザの男が鬼の形相で睨んでいた。


「嘘だろ。何なんだよ。一体!」


「まずいわね。何が何でも撒くわよ」


「そんなことを言ったって」


「いいから。私が指示するから保高さんは私の指示通り運転する」


「無茶苦茶だ」


「捕まったら生きて帰れないわよ。それでもいいの?」


「くそ」


 どうしてこうなった。

 僕が一体、何をしたって言うんだ。

 全ては速水と出会ってしまったことで不幸が舞い込んだ。


「次の角を左!」


 今は大人しく速水の指示を聞くしかない。


「そこを左」


「また同じ道に戻るぞ」


「いいから」


 左折を繰り返し、元の道に戻る。

 だが、黒の高級車はピッタリと張り付いている。振り切れない。


「速水。どうする?」


「住宅街に入りましょう。細い道と角を使いながら撹乱して巻きましょう」


「分かった」


 住宅街に入り、細い道が続く。車一台分の幅しかなく慎重になる。

 車相手に車で振り切るには至難の技だ。何かアクシデントを起こさない限り、振り切れそうもない。

 結局、撹乱作戦は失敗に終わる。振り出しに戻り、再び頭を悩ませる。

 青信号から黄色に変わり、ブレーキを踏み始めようとした時だった。


「止まるな! 突っ込め!」と速水から怒鳴られる。


「だって赤信号だし」


「止まったら捕まる。勇気のアクセル全開よ。大丈夫。赤になって二秒くらいならギリ渡れる」


「そんなことを言ったって」


 考えている余裕はなかった。ここで止まれば後ろから追いかけてくる車に捕まることは目に見えている。

 僕は右足をアクセルペダルにグッと踏み込んだ。

 既に信号は赤。左右の車は青に切り替わり動き出そうとしている時だった。

 僕は一気に十字路を直進に走り去った。

 当然、クラクションの嵐だ。


「やってしまった。今まで無事故無違反を貫いたのについに違反を犯してしまった」


 と、言っても僕はペーパードライバーなのでその心配はなかった。


「交通違反くらい何よ。車盗んでいる時点で違反くらい大差ないでしょ」


「それはそうかもしれないけど、気持ちが全然違うだろ。どうするんだよ」


「でも、信号無視してくれたおかげで巻けたよ」


 サイドミラーを見ると既に追ってくる車はない。

 今頃、振り切られたショックでハンドルを叩きつけているに違いない。

 一先ず安心だ。ようやく負担が一つ取り除かれた。


「そのまま高速道路に乗って。一気に距離を取るわよ」


 僕は指示通り、高速道路に入る。

 ETCレールを突き進み、俺が運転する車はヤクザの車と遥か彼方へ距離を取った。

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