007・朝飯とヤクザ
朝、目が覚めると速水の姿は消えていた。
約束通り、帰ったのだろう。
ホッとしたような残念のような複雑な心境だった。
元から彼女とは住む世界が違う人間だ。一緒にいるべきではないのだ。
これでもう彼女と関わることはない。そう思っていた自分がいた。
「ただいま」
速水は当たり前のように帰ってきた。
「お、お前。何で帰って」
「朝ご飯。お腹空いているかなって思って」
速水は上着の中からボトボト惣菜パンを何個か床に落とした。
「お前、まさかまた盗んだんじゃ」
「ちょっと近くのコンビニまで」
「軽い感じに言っても結局万引きしたんだろ」
「てへ」
速水は悪びれる様子はなかった。
だが、お腹が減っていたこともあり、僕は速水が万引きしたパンを口にした。
二回目と言うこともあり、罪悪感が薄れている自分が恐ろしく思う。
だが、食欲には勝てないのだ。
今は食べられる時に食べよう。
「出て行くんじゃなかったのか?」
「えぇ、出て行きますよ」
「じゃ、何で居るんだよ」
「今日とは言いましたけど、朝一に出て行くとは言っていません。残念でした」
屁理屈言いやがって。
言い返されたことが無性に腹ただしい。
「そう言えばお前、行くアテがないって言っていたよな。どうするんだ?」
「それは保高さんも同じじゃないですか」
言い返せない自分が情けない。
速水に何か言えば自分に返ってくる。
実際、僕は数日後に部屋を追い出されてしまう。
本当にどうすればいいか真剣に考える必要がある。
日雇い。住み込み。考えただけでキツくて辛そうだ。
僕には到底出来そうもない。だが、このままでは生活できない。
どうすればいいんだ。
その時である。
ピンポーンと、インターフォンが部屋全体に鳴り響いた。
「誰だ。こんな朝早くに」
と、言っても時刻は十一時を回っている。早いと言うのは僕の感覚だ。
また大家さんかと思い、扉に手を伸ばしたその時だ。
無理やりガタガタとドアノブを必要以上に回す。
明らかに大家さんではない。では一体、何者だと言うのだろうか。
扉一枚を隔てて恐怖を感じた。
アパートのインターフォンはカメラが備え付けられていない。
相手を確認する場合は扉の覗き穴を覗くしかない。
僕は音を立てないように扉の前に立ち、覗いた。
「ねぇ、誰?」
リビングで寛いでいた速水は首を傾げる。
「分からない。色メガネに黒のシャツに白のジャケットを羽織った痩せ型の男だ」
見た目は完全にヤクザ。
でも僕は借金をしている訳でも誰かにお金を借りている訳ではない。
そっち系の人と接点は一切ないのだ。
「え?」
それを聞いた速水は慌てて覗き穴を覗く。
すると速水は後ろに倒れこむように尻餅を付いた。
「速水?」
「やばい。逃げるわよ」
「逃げるってどういうこと? それにあいつ誰だよ」
「説明は後。早くベランダから逃げるわよ」
次の瞬間である。
扉は激しく叩かれ「オラ! 開けろ」と怒鳴り声が飛び交う。
ドンドンと明らかに足で扉を蹴っているのが分かる。
ただならぬ雰囲気に僕は逃げる準備をする。
最低限の財布とスマホ。通帳なんかを鞄に放り込み逃げる準備を整えた。
足音を立てないようにベランダに向かったその時だ。
扉は破壊され、男が部屋の中に入ってきた。
ボロアパートとは言え、鍵が掛かった扉をこうもアッサリ破壊されるとはとんでもない馬鹿力だ。
「何だ。いるじゃねぇか」
ヤクザの男は土足のまま敷地内に入ってくる。
「おい。盗んだものはどこへやった?」
「盗んだもの? 何の話だ」
「お前じゃねぇ。後ろの女に聞いているんだ」
ヤクザの男は速水の方に視線を送る。
「ここにはないわよ」
「知っている。どこに隠したか、その胸に聞く必要がありそうだな」
距離を徐々に詰められ、僕と速水はベランダの方へ追いやられる。
絶体絶命の中、速水はベランダに置いてある植木鉢をヤクザの男に目掛けて投げた。
一瞬の目眩しに速水は叫ぶ。
「今よ。走って!」
ヤクザの男が怯んだ隙に横をすり抜けて玄関へ向かう。
「待て!」
すぐにヤクザの男は追いかけて来る。
階段を飛び降りてアパートから脱出に成功。
油断は出来ない。今はこの場から離れることが先決だ。
僕と速水は走った。
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