006・退去と絶望

「私の話に乗るか乗らないか。まぁ、話を聞いてからでも遅くないと思うけど」


「一つだけ確かなのは犯罪ってことだよな?」


「まぁ、聞いてよ。保高さんにとって良い話だと思うからさ」


「……どうだか」


 嫌な緊張で顔が強張ったその時である。


 ピンポーン! と、インターフォンが鳴り響く。


 誰かが尋ねたようだ。


「ん? こんな時間に誰ですか?」


「速水。お前は存在を消せ。何があっても絶対に出てくるな。いいな?」


「分かりましたよ」


 まさか、ついに部屋を追い出される時が来てしまったのだろうか。

 僕は気が気ではなかった。


「は、はい」


 怯えるようにドアを開けると、そこにはアパートの大家さんが立っていた。

 五十代くらいの普通のおばさんだが、今の僕からしたら恐ろしい存在に見えた。

 実際に大家さんの表情は険しく怒った様子なのでその通りである。


「保高さん。今月分の家賃。それと滞納している三ヶ月分の家賃。占めて二十万円。早急にお支払いをお願いします。今、この場で! 現金で!」


 と、手のひらを向けて差し出された。


「す、すみません。今、持ち合わせがなくて。もう少しだけ待ってくれませんか?」


「先月も同じことを言っていましたよ? これ以上は待てません。それとも待てば支払いが出来る保証でも?」


「そ、それはその……」


 待ってもらったところで現金が手に入る保証はどこにもない。

 ただ、長く家に住めるだけで大家さんとしては迷惑な話でしかない。


「支払いが出来ないなら出て行って下さい」


「そ、そこをなんとかならないでしょうか?」


「残念ですがこちらにも生活があります。これ以上は待てませんので十日以内に出て行って下さい」


「そ、そんな」


「十日後には強制退去させますのでそのつもりでお願いします。それでは」


 無情にも大家さんは退去期間を言い残し、去っていく。

 家を失った僕は玄関先で崩れ落ちた。

 どうしよう。今更、親に頭を下げられない。それにこの先、行くアテは何もない。

 無一文でこの先、どうやって生活をすればいいのか。

 終わった。文字通り終わってしまった。


「何? 保高さん、家賃滞納で追い出されるの?」


 奥で聞いていた速水は心配しているのか、貶しているのか分からない感じに言う。


「どうしよう。この先、どうやって生きていけば」


「保高さんも私と同じで家なしか。つまりホームレスって訳ね」


 嬉しそうに言う速水に殺意が湧く。

 こっちは真剣に悩んでいるんだ。速水はその苦労を何も分からないだろう。


「選択の余地がないなら私と組まない?」


「そう言えば悪いことってそのことか?」


「えぇ、ちょうど一人では難しい頃だったから相棒が欲しかったところなの」


「一応聞くが、それって犯罪行為の手伝いか?」


「だったらどうする?」


「断る」


「どうして?」


「当たり前だろ。犯罪って分かっていながらどうして手を貸す必要がある。お断りだ」


「そうですか。それは残念です」


「速水。お前は一体、何をしようとしているんだ?」


 速水は何かを隠している。犯罪であることは間違いないが、重大な何かを。

 でも、怖くてその先は聞けなかった。

 ただ、犯罪に加担することはしたくないと念押しする。


「今日はもう寝よう。何もないが、ゆっくり休んでくれ」


「ありがとうございます。そうさせて貰います」


「明日出ていけよ。今日だけだ」


「はい。分かりました。おやすみなさい」


 早水は素直に寝床に着いた。

 見た目はただの女子高生だが、裏では犯罪者。

 そんな彼女の姿を複雑に感じながら僕は自然と眠りについていた。

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