002・空腹と女子高生


 そんな自分が腐っていた時だ。

 考え事をしながら歩いていた為、すれ違いの際に肩と肩がぶつかる。


「キャ!」


 ぶつかって来たのは女子高生だった。

 黒髪のストレートショートヘアーで小柄な体型である。

 キリッと目が整っており、勝気な顔をしている。

 ただ、僕より頭一つ分低い彼女は反動で後ろに倒れこんでしまった。


「君、大丈夫?」


 僕は手を差し伸べる。しかし、彼女は自分の力で起き上がった。

 他人の力は借りない。そんな感じに見えた。

 差し出した手が空振りになり、思わず自分の手を見つめる。


「ちゃんと前を見て歩いてよ。バカ」


「ご、ごめん。怪我はない?」


 その問いに女子高生は顔を逸らした。

 どうも機嫌が悪い。

 間が悪いのは僕も同じだ。その態度はないんじゃないかと思う。


「おい。居たぞ。あそこだ」


 遠くから男の声が女子高生に向かって飛んでくる。


「やば。見つかった」


 慌てた様子で女子高生は僕を見た。


「え? な、なに?」


 女子高生は何かを閃いたようにニヤリと口元が笑った。


「お兄ちゃん。例のモノ渡しとくね」


 僕は女子高生から強引に小さな箱を押し付けられた。するとそのまま女子高生は一目散に走り去った。


「は? ちょっと」


 訳も分からず呆然と渡された小さな箱を見つめる。これは何だ?

すると黒服の男が走りながら僕に指を差して言う。


「あの女、あいつに渡したぞ」


「あいつの兄なら捕まえるぞ」


 二人の黒服は僕に向かって走ってくる。

 絶対に逃がすまいと目が本気だ。本能で僕は背を向けて走り出す。

 理由はどうであれ、追われたら逃げたくなるのが人間というものだ。

 いや、人間に限らず生き物であれば誰でもそうだろう。

 気付けば黒服の数は倍になり、四人が僕を追いかける形になっていた。

 どうしてこうなった。捕まったら何をされるか分かったものではない。痛い目に合うことは間違いなさそうだ。

 僕は女子高生の兄でも知り合いでも何でもない。見ず知らずの他人だ。

 それなのにとんだ濡れ衣を着せられた。


「あの女! 絶対に許さねぇ」


 とは言うもののまずはこの状況を切り抜けなければならない。いくら体力に自信があっても大人四人を振り切るには容易ではない。それに長時間になればなるほど僕の体力が保たない。

 それ以前に今は空腹で本来の力を発揮できない。

 ここまでだろうか。

 路地の角に曲がった時、僕は腕を掴まれ吸い寄せられた。扉が閉められ、鍵をかける。どうやらここは障害者用のトイレであることが分かった。


「静かに」


 その隣にはあの女子高生が人差し指を口元に当てながら言う。


「おい。こっちに居ないぞ」


「あっちを探せ! 絶対に捕まえてやる」


 男たちの声と足音が遠ざかるまで気配を殺す。

 この間、女子高生の距離は近く、キスできるような距離感だった。

 だが、そうも思っていられない。次第に足音が遠ざかるのが分かった。


「フゥー。どうやら撒いたようね」と女子高生は扉を静かに開けてキメ顔をする。


「カッコよく言うなよ。それよりどういうつもりだ」


「巻き込んでごめんなさい。助かったわ。あれ、返して」


「この箱のことか? 何だよ、これ」


「開けて見たら?」


「いいのか?」


「えぇ、どうぞ」


 僕は箱を開けて中身を確認する。そこにはダイヤの指輪が光っていた。

 何カラットあるんだ。それに本物か?


「はい。おしまい。あげないわよ。私が苦労して手に入れた戦利品なんだから」


 ヒョイと女子高生は箱ごとダイヤの指輪を取り返す。


「どうしたんだよ、これ。まさか盗んだのか?」


「人聞きが悪いわね。貰ったのよ」


「貰ったのに何で追われていたんだ。明らかにお店の人じゃないのか?」


「さぁ、どうでしょう。結婚しようって渡されたけど、複数人婚約者いるのがバレてモノだけ貰ってきただけ」


「あれ、全員婚約者か? 高校生で?」


「うん。まぁ、結婚する気はさらさらないよ。お金くれるから付き合っていただけ」


 軽い感じに結婚詐欺であることを発言する女子高生。

 話を聞いただけで思った。


「お前、クズだな」


「あんたには関係ないでしょ。じゃね。協力感謝します」


「ちょっと待て」


「まだ何か御用?」


「これだけ人を振り回したんだ。何か礼はないのか?」


「何? 身体?」


 女子高生は両手で胸を隠した。やらしい意味に捉えられたらしい。


「ちげーよ。――その、なんだ」


 その時だった。


 僕の腹の虫は限界のようで『グゥー』と雄叫びをあげていた。

 先ほどまで収まっていたのに走ったことで爆発してしまったようだ。

 僕はその場にへたり込んでしまう。


「ダメだ。腹減りすぎてもう動けない」


「あぁ、お腹空いたの? 悪いけど私、お金持っていないんだよね。あ、飴ならあるけど」と、女子高生はポケットからミルク味のキャンディを取り出す。


「くれ!」


 奪い取るように僕はその飴玉を口に放り込む。

空腹だった分、ただのキャンディが美味しく感じだ。噛み砕かないように口の中で転がして消えるまで味わう。


「ダメだ。これじゃ足りない」


「うーん。困ったな。他に何も持っていないし」


 その発言に僕はガッカリするが、女子高生は思い付いたように言う。


「そうだ。お金はないけど、何か食べさせてあげる」


「本当か?」


「もちのろん。この私に任せなさい」


 もちのろん?

 何か食べさせてくれると言うことを今は信じるしかない。

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