001・募金とお人好し


 ある日の夕暮れ時のことだった。

 フラリと街中を意味もなく歩く僕、保高誠也ほだかせいやはどこにでもいる二十一歳の無職だ。

 真面目に生きてきた僕だったが、真面目だけでは人生、どうにもならない。

 真面目と言うのは口だけで実際には何もやってこなかった自分が一番よく分かっている。

 過ぎ去ったことを考えても今更、どうにもならない。悔やんでも悔やみきれない。

 ただ、何もしなくても腹は減るものでこうして何か食べ物にありつけないかと彷徨っている現状だ。


「はぁ、腹減ったな」


 最後に口にしたのは二日前の夜。

 四十八時間以上、何も食べずにいると腹を満たすことしか考えられなくなる。

 腹の虫が鳴り続けていたが、ついに鳴らなくなるまで来ていた。

 流石に何か食べないとマズイと思い、思わず家から飛び出した次第だ。

 食べるものが無さすぎてついに調味料を舐める行為に出た自分が情けない。

 食べ物を食べたくてもお金はない。お金がなければ食べ物は買えない。

 そんな当たり前のことは分かっているつもりだ。

 だが、この空腹を満たしたい僕は目を凝らしながら獲物を狩るように一歩一歩踏んでいた。何かおこぼれはないか。食べ物は落ちていないか。そんな見っとも無い自分が嫌になる。

 プライドよりも腹を満たすことが優先だ。誰かの食べ残しでもいい。何か食べられそうなものは落ちていないだろうか。

 ただ、そんな都合よく落ちている訳がない。ゴミ箱を漁ろうかと頭に浮かんだが、流石に人間を辞める行為に感じて出来なかった。

 自分の日頃の行いが悪いのは仕方がないが、すれ違う家族や主婦の存在が妬ましかった。何も不安が無く余裕のある姿が自分と違い、余計に腹ただしい。

 同じ人間なのに何が違うのか。

 どうして自分だけ苦しい思いをしているのか。

 イライラしている自分自身も嫌だった。

 何もかもどうでもいい。


「震災災害の復旧に向けて募金をお願いします。一人一人の協力で皆を救えます。どうかお願いします。ご協力お願いします」


 募金活動の集団の前に通り掛かる。

 四、五人のグループである。

 通りすがる人に訴えかけるように大きな声で募金を呼びかけていた。

 募金をしてほしいのは僕の方だ。他人がどうなろうと関係ない。自分さえ良ければそれでいい。人の気も知らないで募金活動をしている人が憎く感じた。だからその光景が鬱陶しかった。


「すみません。募金、お願いします」


 憎い目で呆然と眺めていると高校生くらいの女の子に募金を求められた。募金するほどお金に余裕はない。苦しいのは僕の方なのだ。だから募金をする義理はない。そう思っていたはずなのに。


チャリン。


「ご協力ありがとうございます」


 笑顔で女の子はお辞儀をした。

 いつの間にか、僕はなけなしの財布から五十円玉を募金箱に入れていた。

 やってしまった。

 どうして僕は自分が苦しいのに募金をしてしまったのだろう。

 五十円あれば何が出来る?

 もやしを二袋。

 パンの耳を袋一杯。

 揚げたてのコロッケを一つ。

 うまい棒を五本。

 考えると五十円だけでも充分に腹を満たす方法はいくらでもあったはずだ。

 それなのに。

 僕の中に残っていた誠実さが勝手に出てきてしまったようだ。

 緊急事態であるこんな時にその誠実さは不要である。

 本当は返して欲しいとお願いしたいところだが、僕は何も言えずにその場を去った。

 奥歯を噛み締めて振り返ることなく前を歩く。

 僕は良い人で終わり、損するタイプだ。何をやっているのだろうか。僕はバカだ。大バカ者だ。

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