第3話
「——この裏垢は去年から始めたんです」
下にスクロールすればするほど脚しか映っていない写真が無限に出てくる。この脚の主は今、目の前いる美々花のものだ。
「どうして脚だけの写真を?」
「昔、友達がボクの脚を綺麗だねと褒めてくれたので……」
「それだけで?」
短いスカートを履いて真っ白な脚を露わにした写真もあれば、黒いタイツを履いて脚のラインを引き立たせる写真もあった。どのおみ足もどこか刺激的で健全なものには見えない。友達から褒められたとはいえ、どういう経緯でツイッターに際どい写真を挙げるまで至ったのか謎だ。本来、未成年が軽い動機で始めていいものではない。
「最初は一枚か二枚ぐらい写真を投稿してこのアカウントはすぐに消そうと思っていたんです。でも、コメントを貰ったり、フォロワーさんがどんどん増えていくのを見ちゃうと消そうにも消せなくなっちゃって。しまいにはツイッター保存ランキングに載るようにもなって、それで——」
「今に至ったと?」
「はい、そうです」
頬を赤らめたまま美々花は私から視線を落とし、僅かに口角を上げる。どうやら匿名の人たちに褒められ、評価されるのがとても嬉しいらしい。承認欲求を満たそうと必死なのが投稿頻度に表れている。
「もしかして、美々花ちゃんって自己肯定感低いタイプ?」
「じここうていかん……?」
「何でもかんでもネガティブに考えちゃうタイプかどうかってこと」
「——」
美々花は小首を傾げて暫し、考えるポーズを取る。
「すみません。自分ではよく分かりません」
「ま、そうよね。現役高校生にはまだ分からなくて当然か」
「その言い方、なんか腹立ちますね。ボクと六歳しか歳変わんないくせに」
「意外と六年の差ってデカいと思うよ」
若いうちの六歳差は致命的だ。たった六年でも女は熟していく。私のおみ足なんか大量に化粧水を塗り手繰らないと人様に見せれない。
「——お?」
写真を半年前まで遡り、一枚一枚吟味しているとある写真が目に留まる。
「このメイド服、私のじゃない?」
「うっ。どれのことでしょう?」
「これよ、これ‼」
写真用に裾上げされたヒラヒラのメイドスカート。よく目を凝らすと、裾の部分にクマさんのワッペンが付けられている。
「このクマさんのワッペンのスカート、私がずっと前から探してる替えのスカートに見えるんだけど?」
「それは、その……」
美々花は所在なさげに指を動かし、青く澄んだ瞳を泳がせる。
「てか、他の写真もよく見たら、私の私服が何枚かあるじゃない⁉」
若作りのために買ったミニスカ写真がズラリと並ぶ。どれもこれも半年ぐらい前に無くしたものばかりだ。まさか一介の女子高生が承認欲求を満たすがために利用されていたとは。私は気まずそうに身をよじる美々花に疑いの目を向ける。
「これは絶対、私が買った新品の私服だ。早く返して」
「か、勘違いも甚だしいです。どれも自分のお小遣いで買ったものですよ」
「噓つけ。少なくともクマさんのワッペンが付いたスカートは誤魔化せんぞ」
美々花はこのままシラを切るつもりだ。素直に自分の罪を認めて私に返せばいいだけの話なのに。
「別にそこまで警戒しなくても貴方を警察に突き出すような真似はしないわ。だから——」
「もうこの話は止めましょう」
「おい‼」
強引に話を切り上げられた。
頬に汗が伝う美々花は胸に手を当てて小さく深呼吸。落ち着きを取り戻し、感情を押し殺した目で正面に向き直る。
「これでボクの裏の顔は暴露されました。今や宮下さんとは誰にも言えない秘密を共有する仲です」
「いやいや、まだアンタは隠してることあるでしょ」
「知りません」
「はぁ⁉」
美々花は満足そうな顔で踵を返し、ドアノブに手をかける。
「今度からボクと話す時は下手に猫を被らないでください。裏の顔でお願いします」
「待ちなさい、美々花ちゃん‼」
呼び止める声も虚しく、美々花は颯爽と部屋を出る。まだまだ聞きたいことが山ほどあるのに逃げやがった。
■■■
今晩は満月の空。そろそろ、お嬢様を迎えに行く時間だ。
結局、あれから美々花と顔を合わせることはなく、一日が過ぎた。私は陰鬱な表情を浮かべて黒塗りの高級車を運転する。
「お嬢様。一日お疲れ様でした。そちらの鞄、お持ちします」
「はいよー」
今時の女子高生が絶対に通わないような生け花教室。お嬢様が週二で通っている。ワガママなのは看過できないが、こういう無駄なことにも率先して取り組む姿は尊敬する。私なら親に反抗して家出するだろう。
「今日の晩御飯はなに?」
「いつも口を開けば、ご飯のことしか言いませんね」
「なんか文句でも?」
「いえ、ございません……」
後部座席に乗ったお嬢様が早速、バックミラー越しに私を睨んでくる。腕と足を組んで深々と座る姿はマフィアそのもの。少しでも口答えしたら、後ろから絞め殺されそう殺気を放つ。お嬢様は空手を幼い頃から習っていて、今では黒帯の有段者だ。私を絞め殺すぐらい容易いものだろう。
「おい、古株メイド!」
「出来れば宮下と名前で呼んでいただければ幸いなのですが——」
「古株‼」
「はいはい、なんでしょう?」
相変わらず人の話を聞かない小娘だ。世の中、自分中心に回っていると勘違いしてないか心配になる。
眉間にシワを寄せて、私が座る運転席を蹴り上げる。
「なんか今日、機嫌悪くない?」
「いや、全然いつも通りですよ~」
「噓つけ。何年、お前を見てきたと思ってんだ。そう簡単にあたしの目は誤魔化せんぞ」
「ひっ⁉」
機嫌が悪いのは前からだよ。アンタのせいでな——とは言えず、ビクビク震えながらハンドルを握る。いつか事故りそうで怖い。
「もしかして、最近入った新人ちゃん(美々花)と揉めたのか?」
「ま、はい。そんなところです……」
お嬢様はアホそうに見えて意外と勘が鋭い。ほんの些細な様子の変化も早く察知し、こうやって原因を言い当てて見せる。ただ怒ると怖いだけではない。さすがはIQ100以上ある天才だ。
「新人ちゃんが何かやらかしたか、それともベテランのお前が何かやらかしたか?」
「別にそういうわけではございません。些細な痴話喧嘩といいますか、食い違いといいますか、何と言いますか——」
「なんだ、その煮え切らん言い草は?」
私の裏垢の存在が美々花にバレて一日一回、彼女のおでこにキスする約束を交わしたとか、実は美々花も裏垢を持っていて毎日、自分のおみ足写真をSNSにアップしているとか——。お嬢様に言えないことだらけで説明するのが難しい。
「そう云えば、あの子について何も教えてなかったな」
「は、はい」
半年前にメイドとして雇われた以外、彼女についての個人情報は皆無だ。所詮は同業者なのでそこまで興味がなかった。今日は本人からいきなり衝撃的な情報が開示されて今にも頭がパンクしそうだけど。
「取り敢えず、あのような問題児を雇った経緯を端的に教えてほしいです」
「問題児とは失礼な。彼女は身寄りのない少女だったんだ。母親は大病を患って十年前に他界。父親は生粋のギャンブル中毒で一年前、娘を置いて蒸発した。多額の借金を置き土産にな――」
クソ親父の借金を肩代わりした美々花は高校を辞め、バイトに明け暮れる毎日。寝る間も惜しんで馬車馬の如く働き続けたとか。そんな時に出会ったのがお嬢様だったようだ。
「紆余曲折を経て私はアイツ(美々花)と友達になった。そして、私のメイドになることを条件にアイツが肩代わりした借金を全額払ってやった――」
ちなみに"紆余曲折"の部分はまだ秘密らしい。隠し事が苦手で何でもかんでもベラベラ喋るお嬢様にしては珍しい。美々花とお嬢様は私が思っている以上に親密な関係なのかもしれない。
「アイツは親の愛情を受けたことがない。代わりにお前が甘えさせてやれ。持ち前の母性でな」
「ええ……」
「あからさまに嫌そうな顔をするな。クビにするぞ」
「申し訳ございません。それだけはご勘弁を!!」
ただでさえ、お嬢様の世話だけでも気が狂いそうなのに追加であの闇深そうな子も世話するとなると吐き気がする。美々花より私の方が誰かに甘えたい気分だ。
「——あれ?」
屋敷に到着。玄関前には一度、家に帰ったはずの美々花が突っ立っていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「はいよ。私物は全部、持ってきたか?」
「はい。ちゃんと持ってきました」
玄関前に車を停めると美々花は後部座席のドアを開け、お嬢様を下ろす。その間、二人は意味深な言葉を交わす。
「ん?」
私が車から降りようとした時。美々花がこちらに走ってきて、運転席の窓をコンコンと鳴らす。
「宮下さん、後はボクに任せてください」
「あ、ホント⁉ ありがと~」
いつもなら車を車庫に戻す前にお嬢様を部屋までお連れしないといけないのだが手間が省けた。愛嬌のある笑顔で軽くお礼を言うと、美々花は四つ折りにされた紙切れを運転席に放り投げてきた。
「その紙、後で読んでください」
「う、うん?」
そう言い残して、美々花はお嬢様の方へ走って行った。私は気になって四つ折りにされた紙切れを開く。
『今晩、貴方の部屋に泊ります』
女の子らしい丸文字でそう書かれてあった。私はメッセージの意図がよく分からず、頭の中は疑問符だらけになる——。
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