第3話 火事
その夜、いつものように小さい子達の体を拭いてやり寝かしつけた。
孤児院にはお風呂なんて贅沢なものはない。
濡らした布で体を拭くだけで終わるのだ。
これも前世を思い出した僕には辛い事だった。
尤も男の子だから夏は川で泳いだりして風呂替わりに出来るけど、女の子だったら大変だったろうな。
「よし! こっちは終わったぞ」
カインが言うのと同時に僕の方も終わった。
桶と布を片付けて小さい子達を寝かしつける。
部屋の灯りはロウソクだけだ。カインと手分けしてロウソクを消していった。
院長先生にはロウソクが勿体無いから、早めに消して休むように言われている。
全くケチな婆さんだ。
だけど起きていたって何もする事がないので寝るしかない。
それに寝る子は育つって言うからね。
そうしていつものように皆で床に布団を敷き眠りについた。
どのくらいの時間が経っただろうか。
ふと、パチパチという音と、妙に暑いので目が覚めた。
寝ぼけ
何で?
火は消したはず?
そんな疑問が頭を過ぎったが、それどころではないと皆を叩き起こした。
「火事だ! 皆起きて! 逃げるんだ!」
僕の声に最初に起きたのはカインだった。
炎に包まれた壁に一瞬息を飲んだが、すぐに皆を起こしにかかった。
幸いな事に今は赤ん坊はいない。
皆、自力で孤児院の外へとかけていった。
カインも姉のアンを起こす為に女の子の寝室に駆けていった。
あっちはカインに任せて大丈夫だろう。
残っている子供がいない事を確かめて僕も外へ出ようとした矢先、一際大きく炎が僕に襲いかかってきた。
「くそっ! 水があれば!」
こんな時、魔法が使えたら一瞬で火を消せるのに。
そう思った途端にバシャッと音がして水が落ちてきた。
僕には何故そこで水が落ちて来たのか訳がわからなかった。
一瞬弱まった炎だったが、またすぐに勢いを取り戻していった。
その時、僕の耳に誰かの声が届いた。
「水じゃ駄目だ。氷を出すんだ」
えっ、氷?
氷なんてどうやって出すんだ?
考えている間にも炎はどんどん迫ってくる。
もう迷ってる暇は無かった。
「アイスウォール!」
僕と炎の間を遮るように氷の壁が出来た。これで暫くは持ちこたえられるか?
「やれやれ。やっと覚醒したか」
先程と同じ声が聞こえた。
誰だ? と思って辺りを見回すが誰の姿も見えない。
「私を探しているのか? ここだよ、ここ」
ふと足元を見ると1本の小さなペーパーナイフが立っていた。
ペーパーナイフが立ってる?
そのペーパーナイフは薄っすらと光りながら宙に浮いていた。ペーパーナイフというよりは剣のミニチュアといったところだろうか。
そのまま僕の顔の辺りまで浮き上がって来ると更に告げた。
「びっくりしている暇はない。詳しい話は後だ。さっさとここを逃げるぞ」
確かにこのペーパーナイフの言うとおりだ。
いつまでこのアイスウォールが持つのかわからない。
僕はこの不思議なペーパーナイフに促されるまま外に飛び出した。
外に出ると先に避難していたカインが僕を見てホッとしていた。
「ジェレミー、無事か? なかなか出て来ないから心配したぞ」
カインが駆け寄って来て、僕が怪我をしていないか確認をする。
「僕は大丈夫だ。それよりも皆は無事か?」
辺りを見回したが、欠けている子はいないようだった。
既に町の人達が駆けつけて消火活動が始まっていた。
やがて火は消し止められたが、孤児院は半焼し、燃え残った箇所もびしょ濡れでとても寝られる状況では無かった。
院長の家はこの建物とは離れているので何の問題もなかったが、院長は僕達を家に入れるのを頑なに拒んだ。
「私の家にはこの子達を寝かせる場所なんてありませんよ。寒くはないんだから外でも寝られるでしょ」
頑として子供達を受け入れない院長に町の人達が怒鳴る。
「お前、それでも孤児院の院長かよ! 全員じゃなくても何人かは受け入れられるんじゃないのか!」
町の人達の言うことを聞くどころか、院長はさっさと自分の家に入って鍵を掛けてしまった。
「まったく! 何のために孤児院を経営してるんだよ!」
その言葉に僕は院長が孤児院を経営している理由に思い至った。
貴族から何かを受け取っていた院長の姿が蘇る。きっと何か旨味があるに違いない。
このまま僕達を放置するわけにはいかないと思った町の人達は話し合いの末、それぞれの家で暫く孤児を預かることになった。
僕も何処かに引き取られる事になったが、カイン達とは離れ離れになる。
「ジェレミー。暫くは別々になるけど、また会おうな」
「ああ、また孤児院で一緒に生活出来るようになるさ」
この孤児院がどうなるかはまだわからないけど、同じ町に住んでいる限りまた会えるに決まっている。
僕達はそう思い、それぞれの家に引き取られていった。
僕が連れて行かれた家は小さな農家だった。
年老いた夫婦二人だけの家に入ると部屋の隅に布団を敷かれた。
「こんな所で申し訳ないね。我慢しておくれ」
「いえ、気にしないでください。お世話になります」
布団に横になったが、いろんな事がありすぎてなかなか寝付けなかった。
ようやくうとうとし始めた頃、さっきの不思議なペーパーナイフの事を思い出した。
あのペーパーナイフは一体何だったんだろう?
辺りを見回したが先程のペーパーナイフは見当たらなかった。
僕は探すのを諦めてそのまま眠りについた。
翌朝、いつものように朝一番の鐘と共に目が覚めた。老夫婦も既に起きて朝食の準備をしていた。
寝間着のままの僕にわざわざ服まで用意していてくれた。それに着替えて食卓に付く。
「大したものはないけど、おあがり」
孤児院と同じようなパンとスープだけの朝食だったが、こうして用意してもらえるだけ有難いものだ。
朝食を終えて片付けると、僕は一旦孤児院に行ってみる事にした。
「もし行くところがなかったらまたここへおいで」
老夫婦に送り出されて孤児院に向かおうとすると、また何処からか声がした。
「何処へ向かうつもりなんだ?」
キョロキョロと辺りを見回すと、ぱっと目の前にあのペーパーナイフが現れた。今まで何処に隠れていたんだろう。
「何処って、孤児院に帰るんだよ」
そう言って孤児院に向かおうとする僕をペーパーナイフが引き止める。
「お前が帰る場所は決まっている。こうして魔力が覚醒した以上、公爵家に帰らないとな」
僕はペーパーナイフの言葉が信じられずに思わず聞き返した。
「今なんて言った? 公爵家だって?」
それに魔力が覚醒って、やはり昨日突然現れた水とアイスウォールは僕が出したものなのか。
過去に転生したのかと思っていたらここはどうやら異世界のようだ。
「ああ、そうだ。お前はこの国の公爵家の跡取りだよ。だから私がこうして側にいるんだ」
にわかには信じ難い話に僕は言葉を失う。
だが、孤児院に戻るよりはこのペーパーナイフの言う通りに公爵家を目指した方がいいに決まっている。
僕が孤児院に捨てられた経緯はわからないが、公爵家に行けば何か掴めるだろう。
こうして僕は着の身着のまま、ペーパーナイフと共に公爵家に向かう事にした。
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