第2話 記憶
やけに体がだるい。
おまけに頭がぼうっとする。
風邪でもひいたかな、と思い目を開けると見慣れない…いや、見慣れた天井が見えた。
それにしても変な夢を見たな。
僕が外国人の子供でしかも孤児だって、笑っちゃうような設定だったな。
おまけに中世ヨーロッパのような生活様式で、電気やガス、水道すらなかった。
今の文明の発達した世界からは想像もつかないや。
後で学校ヘ行った時に友達に話してやろう。きっと皆大笑いするだろう。
『お前がジェレミー? 似合わね~』
そう言って軽口を叩く友達の笑う顔が浮かぶ。
先程まで見ていた夢に苦笑しつつも起き上がろうとしてふらついた。
倒れそうになった体を支えようと咄嗟に布団に手をついて僕は驚愕した。
なんでこんな子供みたいな小さな手をしているんだ?!
まさかと思って動かしてみたが、やはりそれは僕の手だ。
起き上がるとそこはさっきまで見ていた夢に出てきた孤児院の中だった。
これが現実だということは僕は転生したという事だろうか。
愕然とした僕の脳裏に両親の顔が浮かんだ。
何の親孝行もせずに、それどころか逆縁の親不孝をさせてしまった。
「親父、お袋、ゴメン」
ポツリと呟いた所でそうっと扉が開いた。
扉の隙間から顔を出したのはカインだった。
「ジェレミー。起きたのか? もう熱は下がったのか?」
そう尋ねながら僕の布団に近付いて来る。
カインの姿を見てこの世界が現実なのだと更にダメ押しをされた気分になった。
「……カイン…」
ポロポロと涙を零す僕にカインは酷く慌てた。
「どうした、ジェレミー? まだ熱があるのか? それとも何処か痛いのか?」
僕に駆け寄って額に手を当てるカインの肩に僕は顔を埋めて首を振った。
「大丈夫。もう熱は下がったし、痛い所も無いよ。ただちょっと悲しい夢を見たんだ」
それを聞くとカインはちょっとホッとしたように笑った。
「それならいいけど。それにしても3日も熱が下がらなくて心配したぞ。院長に医者を呼んでくれっていっても知らん顔するし…。あのクソババァめ」
カインの悪態にちょっと笑いつつも、院長の態度には腹が立った。
高熱で苦しんでいたのに医者も呼んでくれないのか。
尤も孤児を診てくれる医者がいるかどうかもわからないしな。
「お腹すいてないか? 何か持って来ようか?」
カインに聞かれてそれに応えるように僕のお腹がぐぅと鳴った。
カインと顔を見合わせてクスッと笑う。
「ちょっと待ってろ。今スープを持って来るからな」
カインが部屋を出ていくと僕はほうっとため息をついた。
前世の僕がどうして死んだのかは思い出せないが、こうしてまた新たな人生を生きられる事に感謝をしなければいけないのだろうか。
それにしても前世なんて思い出さなければ良かったな。
前世を思い出した事でこの世界の理不尽さが際立って見えるようになった。
元いた世界は文明が発達していたし、電気、ガス、水道などライフラインが充実していた。
この世界のように井戸から水を汲み、薪で火を点け、夜はロウソクの灯りを灯す事もなかった。
それに孤児ですら教育を受けられたのだ。
それなのにこの世界では貴族や金持ちでしか教育を受ける事が出来ない。
平民や孤児は小さい頃から働かなければ生きていけない。
このまま埋もれてたまるもんか!
こんな底辺の生活なんて嫌だ、必ず抜け出してやると決意したところでカインが戻って来た。
「ジェレミー、スープを持って来たぞ。…どうした? やけに恐い顔になってるぞ?」
おっと、いけない。
僕は笑顔を作るとカインからスープを受け取って飲んだ。
前世の記憶と共に味覚の記憶も思い出したせいか、随分と不味く感じる。
やれやれ、これから先の食生活にも耐えられるかな?
そして前世を思い出した事で以前聞いた「ショウカン」の意味を理解した。あれは「娼館」の事だったんだ。
カイン達の母親は娼館に入ったのだろう。
どこの世界でも女手一つで子供を育てるなんて大変な事なんだな。
やはり僕が伝える事ではないと確信した。あれはカイン達の母親の問題だ。他人の僕が口を出していい話ではない。
高熱から生還した僕はその日からがむしゃらに勉強を始めた。
この孤児院には有難い事に本がたくさん置いてあった。
ただ、それを開いて文字や勉強を教えてくれる人がいなかっただけだ。
そこで僕は孤児院に置いてある本を片っ端から読んで行った。
基本の文字さえわかれば、後は前世の知識を頼りに勉強していった。
勉強が出来れば少しでも実入りのいい仕事につける筈だ。
孤児院の子供の殆どは字が読めないし、行儀作法も良くない為、雇ってくれる所は限られていた。
カインは突然勉強を始めた僕に戸惑っていた。
「ジェレミー。いつの間に字が書けるようになったんだ? 本だって読めるし、何がどうなったんだ?」
本当のことを話すべきか迷ったけれど、結局はカインにも曖昧に誤魔化した。
カインも勉強に誘ったけれど、「俺はいいや」と相変わらずの生活をしていた。
興味を持たない子供に無理矢理勉強を押し付けても意味がない。僕は勉強をする意欲がある子供にだけ教えていった。
そんな事をしているうちに、いつの間にか僕は孤児院で子供達に勉強を教える立場になっていった。
そして子供達に勉強を教えるようになって1年が経ち、僕は10歳になった。
この世界では冒険者ギルドがあると知り、早速登録に行った。
身分証明書があれば町を行き来する事が出来るからだ。それに生きていく為の選択肢は沢山ある方がいいに決まっている。
そうしてこの先の生き方を模索している矢先、その事件は起きた。
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