第4話 森の中で

 僕は懐にペーパーナイフを入れると、孤児院とは反対の王都へと続く道を歩き出した。


 この町は国境に近い場所だから中央にある王都まではかなり距離がある。


 しかし、せめて何か持ってくればよかったな。


 着の身着のままじゃ、寝る場所どころか食事にもありつけないぞ。

 やがて町の外に出る門へと辿り着いた。

 

 首から下げていた冒険者登録証を差し出すと何も言わずに通してくれた。


 身分証さえ提示すれば、よほど問題を起こしていない限り、出入りを止められる事はない。


 それにしてもいくら昼間とは言え子供が一人で町を出ても何も言われないなんて、ちょっと問題じゃないのか?


 前世の常識に照らし合わせたら問題になりそうな事も、この世界では当たり前のように行われている。


 そんな常識の違いを実感しつつも僕は森へと入って行った。


「なぁ、何処まで行けばいいんだ?」 


 懐のペーパーナイフに問いかけると


「そうだなあ」


 と、間の抜けた返事が返ってきた。


「とりあえず、キャンプが出来そうな場所を探してくれよ」


 キャンプが出来そうな場所、ね。


 川の近くでちょっと開けた場所ならいいかな。


 どんどんと森の奥へと入って行くと、やがて川が見えてきた。その川沿いに沿ってキャンプが出来そうな場所を探す。


 小一時間も歩いた頃、少し開けた場所に出た。このあたりならキャンプが出来そうだ。


「このあたりならいいか?」


 ペーパーナイフは懐からスッと飛び出すと辺りをぐるりと回った。


「このくらいの広さなら大丈夫だろう。さあ! せっかく覚醒したんだ。魔力を使う訓練をしよう」


 そう言うとペーパーナイフは僕の目の前に浮いた状態で止まった。


 じっと見ていると薄汚れたペーパーナイフが見る見るうちに光り輝き始めた。


 キラキラと輝くペーパーナイフのつかの部分には大きな宝石が付いている。


「さあ、その魔石にお前の魔力を注ぐんだ」


 どうやら只の宝石では無く魔石らしいが、どうやったら魔力を注げるんだろう。


 僕が戸惑っていると痺れを切らしたペーパーナイフが早くしろと急かしてきた。


「柄を握って魔力を注ぐんだ!」 


 僕は両手でペーパーナイフの柄を握ると念を送り込むように魔力を注いでいった。


 するとペーパーナイフが一瞬強く光ると一振りの剣の大きさになっていた。


「おおっ! なかなかやるじゃないか。この大きさに戻るのも10年振りだな」


 大きな剣になったにも関わらず、重みを感じない。こんなに軽い剣で相手を倒すことが出来るのだろうか。


 そんな事を考えていると、前方の茂みがガサガサと揺れた。


「ちょうどいい所に獲物がやってきたようだ。この剣で仕留めてみろ」


 ペーパーナイフ、もとい剣が言い終わると同時に茂みから魔獣が飛び出してきた。


 ホーンラビットだ!


 孤児院にあった魔獣図鑑に載っていた絵のままの姿のホーンラビットが飛び出してきた。


 額に付いた角を僕に向けて突進してくる。


 僕は剣を構えるとホーンラビットの角を目がけて振り下ろした。


 ガキィーン!


 角と剣がぶつかりあった音がしたが、ホーンラビットは横に弾き飛ばされた。


 倒れたホーンラビットの体を目がけて剣を振り下ろすと、あっけなくホーンラビットは息絶えた。

 

「ふむ、剣の扱いはまぁまぁかな。やはり早急に公爵家に戻る必要があるな。次は魔力の扱い方だ。あの木に向かって剣から魔力を打ち出してみろ」


 随分と人使いの荒い剣だ。


 僕は剣の柄を握り直して構えると「ファイヤー」と唱えた。


 剣の刃の部分が炎に包まれる。


「馬鹿! 森の中で火魔法を使う奴があるか!」


 剣に怒鳴られて僕は慌てて火を消した。確かにこんな場所で使う魔法ではない。


 風なら大丈夫だろうと剣に風を纏わせて、正面の木に向かって剣を振り下ろした。


 風のやいばが木に向かって飛んでいき、枝を切り落とす。


「初めてにしては上出来かな? さっきのホーンラビットで食事にしよう」


 剣はそう言うと、サバイバルナイフくらいの大きさになった。


 それを使ってホーンラビットを解体し、先程落とした枝で薪を作り、火を起こす。


 気が付けば辺りは暗くなり始めていた。


 どうやら今日はここで野宿をすることになりそうだ。


 肉を焼きながらふとカインの事を思い出した。


 結局、カインに別れを告げないまま町を出てしまっていた。


「どうした? 何を考えている?」


 いつの間にかペーパーナイフの大きさになった剣が問いかける。


「カインに別れを言わずに来ちゃったなと思ってたんだ」

  

「ああ、いつも一緒にいたあの少年か。いずれ別れることはわかっていたんだ。仕方がないさ」 

 

 このペーパーナイフが言うように僕が公爵家の跡取りならば、住む世界が違うのは理解出来る。だけどせめて何か一言言いたかったな。


「いいから早く休め。明日に差し支えるぞ」


 魔獣に襲われそうな森で野宿なんて大丈夫かな、と思いつつ横になる。


 寝袋も何もないので地面に直接横になる。


 何処かで獣の遠吠えのような声が聞こえる。


 目が覚めたら天国でしたってオチになりませんように、と念じながら目を閉じる。


 寝付けないかと思ったが、魔力を使ったせいかすぐに眠りについた。

 

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