戦争開始
長きにわたる戦争の発端になったのは、転職先への暴言電話。
『彼は悪いやつで、貴社とは別に副業で給料を得ている。これは職務規定に違反はしないか?しかも以前の会社で犯した罪を償いきれていない。おそらくは暴力団と繋がっているはずだ。』
この話は直接彼へ伝えられることはなかった。しかし職員同士で噂されている所は聞いた。
副業に関してはおそらくトレーダーとしてではなく、僕のサイト運営に携わっていることが誤解されたのだろう。あくまで彼は趣味の一環として関わっているだけであり一銭も貰っていない。加えて転職先の名前からして町立……つまり公務員だと、これもまた誤解したのだろう。実際は私立なのだが。
しかも以前起きた事案……留学生を宿泊拒否して紙面にも書かれた件。それをまだ疑っているのか。
幸せに生きているのが、そんなに憎いか。
彼は反撃への一手を探した。
これはあくまで、正当な手段であらねばならない。
そして偶然見つけてしまったのだ。
セレスホテル青森がねぶたプランを客室20万円で売っている現場を。シングル2万円から始まってトリプルルーム20万円。でも普段はトリプルを1万円で売っていたので、ということは20倍で売られていることになる。
この情報を彼から僕は貰った。僕も協力を申し入れ、今にまで続く反撃が開始されたのだ。
だが僕は、彼に問いただした。
『その世間体の悪い事実を広めるのはいいとして、例えば一緒に働いてきた仲間にも不評を買うことになる。それに以前の支配人が問題を起こしたとするなら、もうすでに退職したかもしれないぞ。』
でも彼は言った。
『もしホテルに僅かでも倫理観が残っているなら……それに賭けてみたい。どちみちこれは正常な沙汰じゃないんだ。辞めた人間がとやかく言う筋合いはないけど……もし従業員を批判から守ろうとする気がホテルにあるのなら、記事を見つけたらすぐに値段を例年通りに戻すに違いないのだから』
『誰か従業員に連絡は取れないのか?』
『取れるはずがないだろ。』
僕の書いているサイトは全国的に見れば規模は小さいが、確実に青森市全体に声が届くレベルの読者数は保持している。影響は必ずあるはずだ。
彼にとってみれば “反撃” という意図だろうが、僕にとってすれば社会をあるべき姿に戻すという意味で有意義だと思った。それはぼったくりにしか見えないし、つまるところ社会悪なのかもしれない。もちろん値段を付けること自体は自由だし、お客様側にも選択の自由がある。だがこのホテルを契機として他のホテルまで追随するようになれば……ねぶた祭り自体が崩壊する。世間に開かれたものではなくなる。一部の金持ちだけの祭りになってしまう。そんなことを危惧した。
では記事化するにあたり、ホテル料金をどのように表現すればいいのだろう。その点に関しては僕より彼の方が優秀で、トレーダーとして稼いでいる知見が非常に生かされたと言える。FXであれば通貨のレートを時間足・日足・月足のローソクで常に監視し、過去データをエクセルに落として研究するのはお手の物だ。ひたすらPCと向き合うのは苦にならないし、その手法をホテル料金に当てはめれば良いだけなのだから。
2021年4月27日、最初の記事を公開。青森市街地を中心として、20社ものホテル料金変動の掲載を開始した。各ホテルで一番安い客室料金を最安値(シングル等料金)として、逆に一番高い料金を最高値(ダブルトリプル等料金)と設定してデータを集めることにしたのだった。
5月1日、セレスホテル青森はトリプルルームを45万円に値上げ。
5月3日、上記値上げの件も含め既出記事を更新。
おそらくこのタイミングでセレスホテル側も気づいたようだ。月を跨いだ際に料金をさらに強気に変えたのは、このままだと売上目標に達しないと圧をかけられたのか、もしくは前年の叱責を挽回するための手段だったのか。
さすがに45万円という値段を衆人環視の場にさらされるのに引け目を感じたのだろう。次の日から一時的に38万円に下げたのだという。でも3日後には『もう公開してから数日経つし、もう読む人いなくて大丈夫だろう』とでも思ったのだろうか?再び45万円に戻した。
彼はその行為を滑稽に思えたので、38万円だった日のレートを避けて45万に再び戻した日からのレートを掲載し、そうした一連の行為を追ううちに隔日でレートをチェックするという体制を確立したのだった。
5月9日、2本目となる関連記事を公開。
ホテル側も意固地となり、もうトリプルルームを45万円台から変えなかった。
その状態がしばらく続いた。
周辺地域の祭りやイベントの中止発表が相次ぎ、青森ねぶた祭も開催を危ぶまれ始める。
そしてホテルは5月下旬、暴挙に出た。
わざとシングルルームを45万円にして、トリプルルームを3万円にしたのだ。
確かに……記事上ではホテルの一番安い値段と高い値段を載せていたが、結果として安い値段の客室にシングルが多く、高い方にはダブルやトリプルが集中していたので、そこで注釈として ”最安値(シングル等料金)” ”最高値(ダブルトリプル等料金)” と明記していたのだが…そこを崩そうとしたに違いない。
でも僕と彼にとっては純粋に一番安い料金と高い料金を載せていくだけであるし、シングルとトリプルルームの値段がいきなり逆になっても、やることは変わらない。でももしそれを当サイト目掛けてやっている行為なのだとすれば、お客様のことを一切考えない暴挙であると言えよう。
そして……
2021年6月2日、東邦日報より青森ねぶた祭り中止の報道が流れた。
6月3日、3本目となる記事を公開。
この時は弘前さくら祭りの件と絡めた結果、非常に多くの方々にお読み頂けたかと思う。おそらく全ての方にとっては、裏でこういった意図があってやっていることなど想像もつかないだろうが。
SNS上でものすごい勢いを持って記事がリツイートされていく様子を見て……
セレスホテルは記事公開2時間後に最高値を45万円から1万円に。
残念ながら当該ホテルはキャンセル不可とてねぶたプランを販売していたので、仮に20万30万の客室に泊まることが無いとしても全額返金されることは無い。
ただし同じようなパターンの他ホテルではキャンセル料全額返すと方針転換を表明していたが、最終的にセレスホテルがどのような判断をしたかは不明である。
1つの大きな流れが終った後、僕が思ったのは……他ホテルの料金も、中止報道後の対応も全て衆人環視の場にさらされるに至ったのだ。まさかセレスホテルの内輪揉めとも言える行為が、他ホテルの経営方針をも変える事態になっていくだなんて誰が思うのか。
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