退職 ホテルに見切りをつける

 新型コロナウイルスの流行によって、世の中がガラリと変わった。不要不急の外出は控え、三密になるような行為はしないように求められた。




 それは観光業界にとっては大打撃で、移動自体が制限されるのだから宿泊する人は減ってしまったし、某ホテル……セレスホテルでも当時84部屋中5部屋ほどしか使われていなかったのだという。従来の朝食はバイキング形式だったところ、一人一人に対して提供するお膳形式に変更。フロントの目前にはビニールシートを吊り下げたり、アルコールを置いたりもしたそうだ。




 ホテルに勤めていた彼から聞いた話によると、よくわからない業者から買った空気清浄機もあったそうだ。その機会には水以外にも専用の溶液を入れる必要があったが、その溶液というのを買い忘れて水だけ入れる羽目になり、実質的に保湿機に成り下がっていた展開は笑えた。もちろん笑っちゃいけないのだけども。








 彼には仲のいいお医者様がいたのだが、それでコロナ禍というのを他の人よりも比較的正確に把握できたらしい。『これは一時の騒動では終わらない。最低2年は続くだろうから、ホテルや旅館にとっては試練の時になるぞ。』そこで3月上旬に早くも転職活動をスタートさせて、もう4月に入るか入らないかの頃に転職先を決定させていた。




 一方でセレスホテル青森には名古屋より新しい支配人が着任。この支配人のことを田野倉さんという事にしよう。それまで青森では支配人が空席であったので、それ自体は至って普通の事だろう。ただし着任したはいいものの、いくら安い値段を付けても一切客室が売れないという状況だった。そこで田野倉さんは考えたらしい。








『わざと正常な部屋を訳アリという事にして、さらに値段を下げることのできる理由を作ろう』








 ここまでくると意味不明だ。世間自体に需要がないから売れないのであって、安くすれば売れるということではないし、それはリネンの業者から他ホテルの状況も聞いて把握していたことに違いないのだから。




 彼はこの展開に……もうホテルに未来はないと感じたし、彼自身の決断は正解だったといえるだろう。つまるところ “訳アリ” にするために、わざと部屋の外にある水の元栓を締めて、水道が不調という事にしたと。しかし残念なことにその元栓のコック自体が老朽化していて、動かそうにもまったく動かない。動いたとしても一切戻せない。結果として業者を呼ぶ羽目になり、また修理するための費用がかさんでしまったのだ。ちなみにこの元栓は列並びの6部屋をまとめて操作するためのものであったので、6部屋全て犠牲になったことになる。








 一応念のため注釈すると、これが出来るのは交差点を挟んで向かい側に温泉付きのホテルがあって、そこで日帰り入浴が出来るという環境があったからだったが……この他社に積極的に依存しようという考え方も末だなとも思える。








 そういえば彼ではなく僕が後から気づいたことだが、函館の有名ブロガーにセレスホテルのことが悪く書かれたようで。正月にボイラーが故障した際に水が一向にお湯にならず、しかも暖房も付かず大変なな思いをしたと。その代わりにとホテルでは日帰りの入浴券を配っていたそうだ。




























 彼は転職がほぼ決まったタイミングで、支配人の田野倉さんと衝突したそうだ。20代後半のお客様とのトラブルがあったらしく、確か本来なら前日から予約を3泊4日で入れていたのだけど、一日遅く来たのだという。当時フロントで詰めていた従業員は今日から予約のお客様だと勘違いをしたまま検索をして、そのお客様は昨日の宿泊者であったから、本日付の宿泊者一覧での検索にはヒットしなかった。では昨日の一覧ではどう取り扱われていたかというと、専門用語では “NOSHOW” 。つまり泊まりにこなかったとして予約からは消されていた訳だ。でもお客様にとってすれば泊まる権利は今日もあるわけであるし、予約がないはずがないと言う。ましてや消すはずもないのだから。そのゴタゴタの過程で田野倉さんが割って入り、無理やり言いくるめて……連絡もしなかった来なかったお客様が全て悪いとし、ホテル側は何も悪くないと突っぱねた。








 そしてそのお客様は……静かに泣いて、しばらくその場で立ち尽くした。




















 彼は指摘した。




 なんでホテル側も悪い点はあるのに、そこまでする必要があったのかと。








 そのついでに転職する事実も伝えて、余計に激怒させた。












 この田野倉さんというのがいわくつきの人物で、かつてネットでホテルごと炎上させた過去があった。今でも探せばネットで見れるそうで、一部文面を書いておこう。








"はじめまして。代表からはただ静かに重く、会社の方針や発展のために今後も職務を全うするのであれば、自らの失敗を認めきちんと勉強するように言われました。会社のトップに怒られたからというわけではなく今は皆様のツイートを拝見し、いかに浅はかな行動や発言であったかと反省する次第です。




私個人の偏向的な思想がいかに浅はかであったか、説明と理解を促されました。まわりに言われたから意見や思想を変えると言うわけではありません。 私の無配慮な言動で多くの方を傷つけたことに自ら気がつけなかった幼稚さを悔いております。 これまでの隣国各国、および政治的なツイートを削除いたしました。 今後このような発言は止めると誓い、あらためて謝罪をしていきたいと思います。 過去の私は一種の洗脳であったと認識しています。私みたいなネトウヨや、差別発言は日本の恥であることをあらためて認識しました。"








 結果としてその反省が活かされることは無く、今度はそれ以上の事態に見舞われることになった。それは2020年6月……彼がセレスホテルを退職できた6月15日の6日後のこと。

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