与えられた罰
口羽龍
与えられた罰
真子(まこ)と理子(りこ)は東京に住んでいる双子の姉妹だ。2人は54年前、福岡県で生まれた。平凡な家庭に生まれたものの、生まれてすぐに両親が離婚、真子は父、正敏(まさとし)が、理子は母、幸子(さちこ)が引き取る事になった。だがその時、理子は物心つく頃ではなく、真子の存在を知らずに生きてきた。
現在、真子と理子は東京で暮らしている。2人は隣り同士の家で、名字は違うものの、まるで1つの家族のようだったという。それぞれ結婚し、豊かな家庭を築いた。そして、子供たちは高校生や大学生になり、寮生活を送っている。今はそれぞれの夫と暮らしている。たまに子供たちが帰ってくると、とても嬉しくなる。
ある日、真子は近くの喫茶店で悩んでいた。向かいの席に座っている理子はその様子を不思議そうに見ている。どうして真子は悩んでいるんだろう。今までそんな事なかったのに。
「お母さんが会いたいって」
「はぁ?」
理子は驚いた。理子は過去の出来事で幸子の事が嫌いになっていた。今でも思い出したくない。それぐらいひどい過去だ。
「驚いても当然だわ。私は会いたくないわよ」
理子は拳を握り締めた。今でも幸子が許せないようだ。母なんて、もう会いたくない。一生孤独に生きていればいい。
「そうよね。あんな女だもん」
真子はどっちでもいいと思っている。だが、真子も理子の思っている事に同感だ。会いたくないに違いない。
「どうして?」
「謝りたいんだって」
幸子は理子に謝りたいと思っているようだ。自分のせいで理子に迷惑をかけてしまった。そして、それが原因で今まで苦労してきた。だから、謝りたいと思っているようだ。
「ふーん」
「虐待したんだもんね」
理子は幸子に虐待を受けた過去があった。家事でドジばかりする理子に対して暴力を振るい、顔があざだらけになるほどだったという。
「こうして再び会えるって、想像してた?」
ふと、真子は理子と再会した時の事を考えた。9歳の頃、虐待で逮捕された母から逃げるように、2人で東京に住むことになった。そしてその時、理子は双子の妹だと知った。
「ううん」
「こうして2人で生きれるって嬉しいよね」
理子は真子と初めて会った時の事を思い出した。こうして2人で暮らす事ができるなんて、奇跡のようだ。そして、そんな日々が今日まで続き、これからも続く事も奇跡のように見える。
幸子に引き取られた理子は、幸子との2人暮らしの中で、ひどい日々を送っていた。将来のためとはいえ、家事をさせられ、少しでもミスをするたびに虐待を受けていた。次第に理子は笑顔を失い、学校の先生も心配するほどだった。
9歳の夏のある日、理子は洗った皿を落とした。皿が割れる大きな音がする。それを聞いた幸子は駆けつけた。幸子の顔は厳しい表情だ。またやってしまった。
「皿洗いをしっかりしなさいよ! 汚れてるじゃないの!」
幸子がよく見ると、皿にまだ汚れが付いている。まだしっかりと洗っていない証拠だ。このまま棚に戻すと、他の皿も汚れてしまう。幸子はビンタをした。理子は痛がり、泣いた。
「やめて!」
理子は抵抗したが、幸子にはかなわない。これまでに何度もこんな事をされた。早くこの家を出て、1人暮らしをしたい。そうすれば、こんな苦しみから逃げる事ができるのに。
「ちゃんとしないからこうなるのよ!」
「ごめんなさい・・・」
理子はうずくまった。あまりにも辛い。このままでは殺される。お父さん、どこにいるの。お父さん、助けてよ。一緒に住みたいよ。
幸子は買い物をするために、家を出て行った。理子はその様子を見ることなく、泣いてうずくまっているだけだ。あまりにも辛いようだ。
その時、電話が鳴った。休日のこんな朝早くから誰だろう。理子は受話器を取った。
「もしもし」
「理子か?」
正敏の声だ。理子はほっとした。優しい正敏の声が聞こえるだけで、心が和らぐ。
「お父さん」
「そうだけど」
理子は元気がなさそうだ。正敏はその声が気になった。どうしたんだろう。理子の身に何かあったんだろうか?
「理子、大丈夫か?」
「お母さんに、殴られてるの」
理子は泣いている。泣いている声が正敏にも聞こえた。まさか、幸子に虐待されているとは。これは大変だ。理子を早く助けないと、大変な事になる。
「そっか・・・」
正敏は深く考えた。どうして幸子は理子を虐待しているんだろうか?
「どうしたの?」
理子は気になった。正敏は何を考えているんだろう。まさか、こっちで暮らそうと思っているんだろうか? ならば嬉しいな。姉と一緒に暮らせるから。
「お父さんが助けてやる」
「ほ、本当?」
理子は首をかしげた。どうやって正敏は助けようと思っているだろうか?
「ああ」
「ありがとう」
電話が切れた。今は辛い日々が続いている。だが、もうすぐ正敏が助けに来てくれる。そう思うと、理子は少し元気が出た。
それから数日後、理子はいつものように学校を終え、帰宅していた。今日は放課後の活動があったので少し遅い。だけど、しなければならない。
家の手前まで差し掛かった時、パトカーが通っていった。理子は驚いた。まさか、パトカーが通るとは。この近くで何か事件があったんだろうか? それとも、ただの見回りだろうか? 理子は全く気にせず、家に向かって歩いていた。
理子は家の前にやって来た。いつも通りの雰囲気だ。今日も幸子に虐待されるんだ。そう思うと、下を向いてしまう。
「ただいま」
理子は玄関を開け、家に入った。だが、そこには幸子ではなく、正敏がいる。まさか、本当に助けたんだろうか?
「おかえり」
正敏は冷静に答えた。だが、幸子はどこに行ったんだろうか? まさか、虐待が原因で捕まったんだろうか?
その時、理子は帰り道で見たパトカーを思い出した。まさか、あのパトカーに中には幸子がいるんだろうか? もしそうなら、帰っている理子に気付いたんだろうか?
「お母さん、どうなっちゃったの?」
「悪い事したから、捕まったんだよ」
やはりそうだったのか。とりあえず、辛い日々から解放されてよかった。これからは幸せな生活が待っているに違いない。
「えっ!?」
「深い事を考えなくていいんだよ。秋からは、お姉ちゃんと一緒だぞ」
理子は驚いた。本当に真子と暮らせるとは。まるで夢のようだ。物心つく頃に別れたという真子に再び会えて、そして一緒に暮らせるなんて。
「ほ、本当?」
「ああ。嬉しいだろ?」
正敏は笑みを浮かべた。理子の笑顔が何より嬉しい。辛い日々を送ってきたのだから。
「うん!」
「よかったな、理子」
正敏は理子を抱きしめた。とても暖かい。いつもより暖かく感じる。どうしてだろう。
理子は安心した。もう幸子はいない。もうすぐ真子と正敏と一緒に過ごすんだ。いつになるかわからないけど、それは近いだろう。
それから数日後、今年の秋で理子は東京で真子や正敏と暮らす事が決まった。色々あったけど、東京で幸せに暮らすんだ。友達と別れるのは寂しいけど、また会えたらいいな。そして、東京でもたくさんの友達を作るんだ。
今の小学校に行くのも残り1週間になった帰り道、理子は女友達と話している。毎日のように歩いた帰り道ももう歩く事はないだろう。女友達は寂しそうな表情だ。理子と別れるのが寂しいんだろう。
「理子ちゃん、本当に東京に行っちゃうの?」
「うん。仕方ないんだよ。お姉ちゃんと一緒に暮らす事になったんだもん」
理子は寂しくない。また会える。それに、東京には真子と正敏がいる。だからちっとも悲しくない。これから幸せな日々が始まるんだ。
「えっ!? 理子ちゃんにお姉ちゃんいたの?」
女友達は驚いた。まさか、理子には姉がいたとは。東京で姉に会ってみたいな。そして、一緒に遊びたいな。
「うん。私、双子の妹で、お母さんがお父さんと別れたので、お姉ちゃんをお父さんが、私をお母さんが育てることになったの」
「そうなんだ。一緒に住めるの、嬉しい?」
まさか、双子の姉だったとは。離婚で離ればなれになったんだろうか。辛かっただろうな。だけど、また会えるんだと思うと、嬉しくなってしまう。
「うん」
理子は笑顔だ。早くそんな日が来てほしいと思っていた。あと少しでそんな日が本当に来るとは。
「そっか。でも、理子ちゃんと別れるの、寂しいな」
「ごめんね。だけど、また会いに来るよ」
「本当? ありがとう」
理子は女友達の手を握った。きっとまた会えるはずだ。その時まで待っていてね。
それから理子は真子と正敏と一緒に東京で住むようになった。東京でもたくさんの友達ができ、楽しい日々が続いた。虐待を受けなくなったのもいい。これまでの辛い日々がまるで嘘のようだ。
真子と理子は共に結婚した。そしてそれぞれ子宝に恵まれた。それでも2人は一緒で、それぞれ隣通しに一戸建ての住宅を建て、そこで暮らしている。子どもたちはすでに親元を離れ、1人暮らしをしている。
幸子が会いたがっていることに対して、理子は相変わらず反対だ。虐待されたのに、会いたくない。
「会いたがってるって言ってるけど、私は会わないからね」
理子は口調が力強い。そして拳を握り締めている。いまだに母が許せないようだ。母にはもう会いたくない。自分を地獄に落としたんだから。
「そっか」
真子は残念がった。会いたいだろうと思った。だが、幸子がまだ許せないようだ。
「お姉ちゃんだけ、会ってきてちょうだい!」
「・・・、わかったわ・・・」
理子はそっぽを向いた。理子の気持ちは硬い。幸子が許せないようだ。もう会いたくない。
真子はスカイツリーの前にやって来た。スカイツリーは多くの人で賑わっている。今日は週末だ。家族連れの姿も多い。彼らを見て、真子は理子と一緒に初めて行った東京タワーの事を思い出した。理子は東京タワーのような高い建物を見るのが初めてで、展望室から見た東京の姿に興奮した。スカイツリーができて、2人で展望室から見た東京はそれ以上の興奮だった。
幸子とはここで会う予定だ。幸子はスカイツリーを見るのが初めてらしい。低賃金のアルバイトで、全く東京に行く余裕がなかった。本当はいきたいのに。だけど、それが自分に課せられた罰なんだと思っているらしい。
スカイツリーの前で待っていると、幸子がやって来た。あまりにも姿が変わっている。しわができていて、メガネをかけている。40年以上の歳月で、こんなにも変わってしまったんだ。
「結局会おうと思わなかったのね」
幸子は下を向いた。理子に会いたかったのに。謝りたいと思ったのに。だけど、それも自分に与えられた罰なんだ。それを背負って生きていかなければならないんだ。
「残念だね」
真子は残念がった。謝罪して、理子と幸子は再び手を取り合う姿が見たかったのに。理子が会いたくないというのなら、どうしようもないな。
「それでいいのよ。理子に会う資格なんて、私にはないと思うの」
幸子は諦めている。虐待したがゆえに、理子に会う資格なんてない。だから、会いたくないのなら、それでいい。
「本当?」
「うん。だって、ひどい事をしたんだもん。それで私、刑務所出てからもまともな仕事に就けず、出てからはコンビニでアルバイトするだけよ。今日、会うための交通費も何とか手に入れる事ができたんだから」
幸子は下を向いた。本当は会いたかったのに。やはり自分のその夢は叶わないんだな。
2人は押上駅に向かって歩き出した。幸子はここから浅草線、京急線から品川に行き、新幹線で帰る予定だ。資金がそんなにないから、もう東京に来る事も、2人に会う事もないだろう。
「私、これまで苦しい日々を送ってきたの。虐待で捕まってから、出所してからはまともな仕事に就けなかったの。で、今はコンビニでアルバイトをしてるんだけど、給料が安いから、生活していくだけ精いっぱいなの」
「そんなに厳しい日々を送ってきたんだね」
真子は幸子がこれまでたどった苦しい日々を知った。こんなにも苦しい日々を送ってきたとは。
「でも、それでいいの。それが自分に与えられた罰なんだと思って」
「でも、会ってほしいと思ってるな」
真子は会ってほしいと願っている。だが、理子がそれを許さない。どうにもならない事だ。だが、こうして真子と会えるだけでも嬉しいだろう。
「仕方ないんだよ」
「そっか」
2人は押上駅の改札の前にやって来た。もう別れの時だ。寂しいけれど、もう会わないだろう。会えない事も、幸子に与えられた罰だ。
「じゃあね。もう会えないかもしれなけど」
「それでいいの?」
本当にいいのかと聞いた。もう会えないだろうから。もう会えるチャンスなんてないだろうから。
「仕方ないんだよ。それが自分に与えられた罰なんだから」
幸子はため息をついた。自分は一生の罪を背負っているんだから。
「ふーん。もう止めないわ。好きにしてね」
「うん」
幸子は改札機を通り、改札内に入った。真子はその様子をじっと見ている。もう会う事はないだろう。幸子の姿をしっかりと目にとどめておかないと。
「さようなら」
「さようなら」
2人は互いに手を振って、別れた。幸子は階段を降りていく。真子は見えなくなるまでその様子を見ている。もう私たちに会う事はないだろう。だけど、それが幸子に与えられた罰なのだから。
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