第264話 昇竜杯(4)



「経緯としてはそんなところよ。……ギライあにはアリーチェが昇竜杯でさらに名声を高めるのを、何としても阻止したかった。そのために事件を起こして、アリーチェに罪を被せる算段だったようね。正直言って、明日の団体戦はユグリア王国を欠場に追い込めば、今年のメンツからして帝国の優勝はほぼ間違いないわ。そういう意味でアリーチェには動機がある。そこを利用するつもりだったみたい」


 カタリーナ皇女は一通りの説明を終えた。


 説明を受けたムジカは怒りを隠そうともせず、即座に反論した。


「……仮にその話が事実だとして、王国には何の関係も有りません。あるのは正式に招かれて来国し、迎賓館に滞在している私の生徒が、帝国の人間によって不当に怪我を負わされたという事実だけです。それが何を意味するのかはあなたにもお判りでしょう? 一つ間違えれば未来ある若者が死んでいてもおかしくなかったのですよ? ……容疑者が拘束されたからといって、はいそうですかと納得出来るはずもありません」


 ムジカは、強い口調でカタリーナを非難した。お前は何をしに来たんだと言わんばかりだ。


「……もちろん分かっているわ、ムジカ。今回の件、非は全面的にこちらにある。もちろん帝国は、今回の件の責任を取って昇竜杯は失格と言われても文句はないわ。でもユグリア王国の選手たちが不戦敗となるのはそちらとしても納得できないでしょう? 選手にとっては一生に関わるチャンスですし……。だから……もしよければ、マーティン君の代理でアレン・ロヴェーヌ君が団体戦に参加するというのはいかがかしら? もちろん物理攻撃は使えないけれど、有名な風魔法というのは使えるのでしょう?」


 ムジカは鋭い目でカタリーナを睨みつけた。


「なるほど……アレン・ロヴェーヌ君を引っ張り出すのが目的、という訳ですか」


「目的? どういう意味かしら?」


「……私が先ほどの安い筋書きを信用するとでも? ギライ皇子を黒幕とするには、余りに不自然な点が多すぎる。何より、帝国の正規軍が動いてこんな無様な失敗をするだなんて。残念です、カタリーナ。貴方は超えてはいけない線を超えた」


「……まさか、私が真犯人だとでも言いたいのかしら? 証拠もないのに?」


 カタリーナが困ったように首を傾げると同時に、後ろに控えていた護衛の騎士二人は無表情で剣の柄をかちゃりと寛げた。


「……生徒が襲われ、誰が真犯人かすらはっきりしない。そんな危険な状況の中で、私の大切な生徒は送り出せない。そう言っています」


 ムジカは一歩も引かずに、手に持った杖をドンと床につき、濃密な魔力を練り上げながら護衛の騎士ごとカタリーナを睨みつけた。


 両者の視線が交錯し、ムジカの闘気が廊下へと溢れ出る。


 それまでしおらしい態度に終始していたカタリーナは、ムジカの闘気を受けて恍惚とした顔で微笑んだ。


「ふふっ。人がいいだけが取り柄のお嬢さんだと思っていたけど、いい顔するじゃない。ぞくぞくするわ。流石はユグリア王家の娘ね」


 カタリーナの手が延び、猫を撫でるようにムジカの顎を優しく擽る。


 ムジカはその手を払いのけたが、カタリーナは気分を害するでもなく畳み込むようにムジカに詰め寄った。


「ではあなたはどうしたいのかしら? このまま昇竜杯を中止にでも追い込む気? 戦時でも各国と対話可能な、長年守られてきた貴重な外交チャンネルがここで潰えるわよ。対話を重んじる王国はそれでいいのかしら? そもそも……そちらは怪我人が一人。こちらは責任を取って皇子を含む数十名を、多くの証拠や証言に基づき厳正に処分し、謝罪。その上で尚も真犯人を出せ、などとこちらを糾弾するというのなら、お父様なら宣戦布告と解釈するわ。そして今、賢王と、『王国の盾』ドスペリオル家当主がこの国にいる事をお忘れ? もちろん暗殺などしてはロザムール家の信用は地に落ちるでしょう。けど、そんなものは戦に勝てば関係ない。いつの時代も勝ったものが正義で、歴史の教科書に卑怯者として載るのは負けた方。賢王と盾を失ったユグリア王国の味方を本気でする国が、いったいどれだけあるかしらね? まぁいずれにしても、大陸中を巻き込んだ新たな大戦の時代が幕を開けるのは間違いないわ。さぁ答えを聞かせてムジカ。貴方にはその覚悟があるの?」


 カタリーナは妖しい表情のままムジカへと問うた。


「私の答えは変わりません――」


 ムジカがそうキッパリと宣言しようとしたところで、部屋の奥から非常~に切迫感のあるこんな声が聞こえた。


「……ダメですよ監督。座っていてくださいっ」


「……止めとけアレン。俺は止めたぞ」



 ◆



 その余りの身勝手な主張に、当然ながら俺は大いに腹を立てていた。


 襲撃した方が居直って脅しをかけるとは、盗人猛々しいとはまさにこの事だろう。


 やれ宣戦布告だの大戦だのお気軽に話をでかくしやがって、まるでシミュレーションゲームだ。


 どいつもこいつも、俺があれほど楽しみにしていた昇竜杯をいったい何だと思っているんだ?


「……ダメですよ監督。座っていてくださいっ」


 イライラが顔に出ていたのだろう。


 俺が鼻から大きく息を吸った瞬間、すかさずプリマ先輩が後ろから俺の肩にそっと手を置いた。


「……止めとけアレン。俺は止めたぞ」


 ドルも一応椅子に座ったまま自分は止めたという既成事実を作ったが、立ち上がる気配は微塵もない。


 こちらはすでに諦めているようだ。


 俺はドルの期待に応えて、椅子にかけたまま口を挟んだ。


「……俺がマーティン先輩の代理で出場しても問題ない。そういう理解でいいですか?」


 俺がそのように質問すると、皇女は獲物を罠にかけた狩人のようにくすくすと楽しげに笑った。


「あら、この状況で会話に割り込むだなんて、さすがねぇ。……代理の件はあまり前例がないケースだけど、私が責任を持って各国を説得してみせるわ。ま、本来より一学年下だし、皆貴方の研究の成果を見たいでしょうから、恐らく反対する国はないでしょうけどね」


「座っていなさい、アレン・ロヴェーヌ君。挑発に乗ってはいけません。この人達の狙いは貴方かもしれません。この件については大人が話し合いますので――」


 冷静に制止してくるムジカ先生を、俺は逆に制した。


「別に俺は、大人の話し合いに口を出すつもりはありませんよ。落とし前をどうつけるかとか、そんな事は偉い人が気の済むまで話し合ったらいい」


 そう言った俺は、黙って成り行きを見ていたマーティン先輩の目をじっと見た。


「……マーティン先輩はどう思いますか?」


 俺が話を振ると、蚊帳の外で話を進められていた先輩は、虚を突かれたような顔をした。


「僕かい? ……どうとは?」


「俺は悔しいです。先輩が人々の前で活躍する姿を見られなくて。だから先輩の気持ちが知りたいです。先輩は、昇竜杯の続きを見たいですか?」


 腹立たしい事に、カタリーナこの人の頭の中には魔法の研究に全てを捧げてきたマーティン先輩のことなど、すでにないのだろう。


 だが俺は知っている。先輩が、この日に向けてどれだけの準備を積み上げてきたのかを。


 淡々と成り行きを見守っている先輩の顔の裏側に、どれほどの無念が隠されているのかを。


 マーティン先輩は膝にかけられたブランケットをぎゅっと握った。


 俺が尚も真っ直ぐに先輩の目を見ていると、先輩は諦めたようににっこりと笑った。


「僕は……そうだね。出来れば僕は……魔法研の皆が活躍する姿が見たいなぁ……」


 俺は大真面目な顔で『任せてください』と答え、皇女を見た。


「…………さっきも言ったが、事件をどう処理するかなどは、大人が勝手に話し合って決めてくれ。だがこれだけは関係者全員に伝えて貰う。『昇竜杯を楽しむ気がないやつは、全員うちに帰ってクソして寝てろ。やる気がある奴は、全員俺たちが相手をしてやるから、束になってかかってこい』……理解したか?」


 俺がドスを効かせながらそう警告すると、カタリーナ皇女は吹き出した。


「ふふっ! ……分かった、ちゃんと責任をもって関係者全員に伝える。伝言とはいえ皇帝お父様にクソして寝てろだなんて、口にするだけで死刑間違いなしの重罪だから緊張するわ」


「し、死刑? い、いやそれは言葉のあや――」


「その場で私は切り捨てられて開戦、なんて展開になったらどうしましょうっ」


 止める間も無くカタリーナ皇女はるんるんとそんな事を言いながらドアをバタリと閉め、去っていった。


「じょ、冗談だよね?」


 部屋に残された皆に俺が念のために確認したら、誰も返事をしなかった。


 沈黙に耐えかねて、俺はドルの肩に力強く手を置いた。


「…………ふーっ。後は任せたぞ、鬼の副長」


「……俺は止めたぞ……」



 ◆



 若手魔法士の祭典である昇竜杯二日目の国対抗の団体競技は、首都オリンパスの郊外に設営された広大なフィールドで行われる。


 騎士と異なり、魔法士が活躍できる間合いは中・長距離であり、新星杯のような狭い闘技場内で競っても、その真価を発揮できないからだ。


 優れた魔法士とは何かを一概に評価するのは難しい。


 昇竜杯の初日に競ったような、魔法の威力や速度はもちろん大切なのだが、高火力な分、魔力消費の激しい魔法士が足を引っ張る、というケースが実践ではままあるからだ。


 例えば林間学校で問われたような戦地の踏破能力や隠密性、魔法を応用する力、そして何より周囲との連携力を兼ね備えていなければ、いくら魔法が優れていても実践では役に立ち辛い。


 会場となるフィールドは、大まかに言うと三つの区画に分かれている。


 まず木造住宅や市場、協会、井戸や大きな水瓶や魔石燃料が詰められた樽など、生活感あふれる遮蔽物が配置されたビレッジフィールド。


 そして一面が藪に覆われ木が鬱蒼と茂り、岩山や沼などの足場の悪い地形がそこかしこにあるジャングルフィールド。


 最後に戦場の野営地を模されたバトルフィールド。ジャングルのただ中に金網で閉ざされたゲートに覆われたそこには、無機質で堅牢な建物や横転した魔導車などの遮蔽物があり、まさに戦地といった様相だ。


 魔法士の杖には魔力を溜めて威力を増幅したり、魔力を節約したりする事が可能なものなど、高品質なもの(もちろんべらぼうに値が張る)も様々あるが、昇竜杯では初日も含め、そうした杖の使用は禁止されている。


 マネーゲームになるのを防止し、公平を期すためと、威力が出すぎて事故が発生するリスクを抑制するためだ。


 防具に制限はないが、魔法によるダメージを吸収して低減する宝飾品型ペンダントの魔道具を防具の外側に着用し、一定のダメージを受けてこれが破壊されれば退場となる。


 当然、豊富な魔力量を持つ者ほど魔力ガードに魔力をさける分破壊されにくく、有利になる。


 物理攻撃は禁止されており、最後まで生き残ったチームか、制限時間内に決着がつかなければ獲得したポイントが高いチーム、つまり沢山敵を退場させたのチームの勝利となる。



 試合の様子が映し出される魔光掲示板に、ユグリア王国の選手データが表示されたのを見て、会場がざわめいた。


 プリマ・テスティ

 魔力量:18,946

 保持属性:雷

 個人順位:二位


 ルドルフ・オースティン

 魔力量:3,807

 保持属性:火、水、土、光

 個人順位:四位


 アレン・ロヴェーヌ(補欠)

 魔力量:4,100

 保持属性:無

 個人順位:-


「アレン・ロヴェーヌだと……? 二年の個人の部で優勝したマーティン・ガバナンティスはどうしたんだ?」


「あれがアレン・ロヴェーヌ……いやそれよりも属性無しって……この昇竜杯に出ても役に立たんだろう……」


「なんなんだ、あの気持ちの悪いお面は……」


 マーティンが諸事情により出場できくなり、特別措置としてアレンが出場することになったことがアナウンスされると、会場のざわめきはいや増した。


 ちなみに事件については、一般の観客には今の時点では伏せられている。



「……確かに生徒の意向で昇竜杯だけは継続する、この形が国としては理想的な着地点なのは認めます。ですが、その分のリスクを貴方達が負っている」


 ムジカ先生はまだ納得できないのか、心配そうに俯いている。


「大丈夫ですよ。ほら皇帝も観戦に来てるし、きっと大会を楽しむ気になったんですよ」


 アレンがVIP席に目をやると、帝国皇帝が肘掛けに片肘を付き、ワインを飲みながらこちらを見ており、その顔は比較的上機嫌なようにも見える。


「……皆さん、決して無理をしないでください。不穏な動きがあれば、誰に何といわれようと私は止めに入ります。いいですね、アレン・ロヴェーヌ君!」


 虚無のお面をつけて入念なストレッチをしていたアレンに、ムジカはそう強く念を押した。


「分かりましたって、ムジカ先生。先生もホットドッグでも齧りながらビールでも飲んで、俺たちの競技を楽しんでください」


 天を仰ぐムジカを脇に置いて、アレンはドルに声を掛けた。


「体調はどうだ、ドル?」


「寝不足だ」


「気合いは?」


「……十分だ」


 ドルはやや疲労の色の濃い、だが集中した顔で首をコキリと鳴らした。


「マーティン君の分まで頑張りましょう、監督っ」


「よし。全員泣かすぞ!」


「「おうっ(はいっ)!」」



 ◆ 後書き ◆


 更新遅くなりました!


 久々に腰をいわしました(›´A`‹ )

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