第265話 昇竜杯(5)
「で、作戦はどうするんだ、アレン? 何か考えがあるのか?」
ドルがそんなことを聞いてきたので、俺は肩をすくめた。
「補欠に聞くなドル、お前が副長だろう。俺にもプリマ先輩にも、遠慮なく指示を出せ」
するとドルは疑いの目を向けてきた。
「よく言うぜ。そんな事言っておいて、どうせ土壇場になったら『最初で最後の監督命令』とか言って、敵も味方も全部ひっくり返してぐっちゃぐちゃの、ごっちゃぐちゃにするつもりだろ……?」
な、なんて失礼なごぼうだ……。
「……ただ昇竜杯を楽しみたいだけの俺が、何のためにそんなことをするんだ。まぁ真面目に答えると、マーティン先輩が抜けた穴はでかすぎるだろう。俺はこの昇竜杯では火力ゼロだから、
自分でいうのもなんだが、俺の超近接ウインドカッターは、出来損ないではあるものの、使い方次第ではかなり火力が高い。
だがこの魔法は普通の体外魔法と原理が逆だ。
つまり通常の体外魔法では魔法を使う際、魔力を収束させて魔素の密度を上げるが、ウインドカッターは真空に近づける関係上、大気中の魔素の密度を下げる。
先程配布されたダメージ判定用のペンダントで軽く試してみたが、やはり反応はなかった。
ウインドカッターで攻撃して選手に直接ダメージを与えれば、物理攻撃と疑われ失格となる危険がある。
「……アレンの『楽しみたいだけ』ってのが、一番不安なんだけどな。じゃあもう監督命令も無しだな?」
疑り深いドルが念を押してきたので、俺はきっぱりと頷いた。
「もちろんだ。まぁ正直俺は自分が出場する事になるとは全く思ってなかったから、この団体戦のセオリーすら何も知らない。補欠らしく、大人し~くサポートに専念するさ。くっくっく」
俺がこのように爽やかに笑いながら片目を瞑ると、ドルは頭を抱えた。
その後、基本的な知識や方針、連携などを確認してから、どのゲートからフィールドに入場するかのくじ引きが行われ、いよいよ昇竜杯二日目、国別対抗戦が開幕した。
◆
俺たちがゲートを潜ると、そこはビレッジフィールドだった。
八つのゲートのうち、六つが一番広いジャングルフィールド、残りの二つはバトルフィールドとビレッジフィールドにそれぞれ繋がっている。
「…………一番ラッキーなパターンだな。どうするドル?」
この対抗戦では、基本的に道具や薬品類の持ち込みが禁止されている。
だがこの田舎の村を模されたビレッジフィールドには、色々役に立つアイテムが設置されている事が多いそうだ。
その村を一番先に探索できるという事は、有利なアイテムをノーリスクで物色できる利点があるという事だ。
ちなみに、戦場の拠点が模されたバトルフィールドへのゲートも、先に占拠できて防衛する側がかなり有利なので、当たりのゲートとされている。
「……幸先はいいが……嫌な予感がするな。取り敢えずセオリー通り薬屋だけ探して、魔力回復薬があれば手に入れよう。その後は予定通り森に潜む」
「「了解」」
この国別対抗戦のポイントは、参加八カ国が一斉に戦うバトルロイヤル方式という事だ。
当然ながら、有力なチームと真正面から当たって勝つ自信のないチームは、他国との戦闘によって有力チームが消耗するのを待ったり、複数国が絡む乱戦に持ち込んで活路を開こうとする事になる。
今回の場合、まず優勝候補はロザムール帝国で、次いで狙われやすいのは俺たちユグリア王国だろうというのがドルの読みだ。
俺というイレギュラーの存在を各国がどう評価するのかは未知数だが、初日の成績は全学年合わせても、アリーチェさんとプリマ先輩が抜きん出ていた。
それほどユグリア王国が過小評価されることは考えにくい。
考えなしに戦闘をしていると、すぐに漁夫の利を狙う第三国を引き寄せ集中攻撃を受けることになる。
各国ともに、世代を代表する才能を送り込んできているのだ。
ただでさえ俺というお荷物を抱えているユグリア王国は、二対一、三対一で相手を圧倒することは難しい。
そうした展開を避けるため、仮にバトルフィールドのゲートを引いても、一旦拠点を捨てて序盤は森に潜みつつ少しずつ敵を落としていく予定だった。
だが、あまり期待していなかった八分の一を引いてしまった、というわけだ。
ちなみに制限時間内に自分たち以外の選手がすべて退場すれば、残ったチームは無条件で優勝となるが、二位以下は獲得したポイント、すなわち退場させた人数が多い順で順位が付けられる。
同じく制限時間の六時間が経過し、タイムアップとなると、そこまでの獲得ポイントに応じて順位を付けられるので、ずっと息を潜めて逃げ回っていると、タイムアップの瞬間、あるいは落とされた瞬間に問答無用で最下位となる。
落とされないように細心の注意を払いながら、攻めるべき場面では果敢に攻めてポイント取りにいく。攻守のバランスが重要となるルールだ。
ビレッジフィールドの薬屋はすぐに見つかった。
三人で手早く薬棚を物色していると、プリマ先輩がある物を発見して、首を傾げた。
「……ドキオトシン? 変ですね、毒薬の類が置かれる事は無いはずですが……」
ドキオトシンと言うのは、俺が林間学校で使ったような、魔物を狩る際に利用する一般的な麻痺薬の一種だ。
先輩が持っているビンに貼られたラベルには、ご丁寧に毒薬を示す髑髏のマークがでかでかと描かれている。
俺とドルは顔を見合わせた。
「……ドル……」
「……あぁ。
俺が林間学校で、風魔法の応用で麻痺薬を散布した話は『極秘』に指定され、情報統制されているはずだが……。
まぁあの時、俺の毒攻撃の餌食になった兵隊さんは数百人いたからな。そのすべてを完璧に管理するのは不可能だろうし、どこかから漏れていたとしても不思議ではない。
逆に言うと、わざわざ使わせようとするという事は、何が起こったのかを正確には把握できていないという証左でもある。
「気に入らないな……」
これを設置した事務局の人間がどこの誰かは知らないが、犯人は自国のチームが毒というルール外の攻撃で敗れても構わないと考えているという事だ。
あってはならない事だが、勝つために不正をするのであれば、まだ理解できる。
だが……選手の想いを無視し、自国の選手たちすら犠牲にして俺から情報を引き出そうとする、そのスタンスは許しがたい。
俺はドキオトシンと書かれたビンをプリマ先輩から受け取り、監視カメラを静かに睨みつけてから、ビンを地に叩きつけた。
それほど見たいなら……見せてやろう――
◆
魔光掲示板でその様子を見ていたカタリーナは、くすりと笑った。
「あら、事務局のミスなのに。意外と真面目な性格なのねぇ、アレン。さぁもっとあなたの事を教えて?」
◆
「バトルフィールド、ですか……。拍子抜けですね。我々がここを全力で守ったら、正直他国が束になって攻めてきても、到底陥落させることはできないでしょう。唯一我々と勝負になると思っていたユグリア王国が、マーティン・ガバナンティスを失った現状ではなおさらです。いかがなさいますか、アリーチェ様」
オリンパス魔法学院の生徒会庶務として、アリーチェを支えてきたエクレアは、冷めた口調でそう言った。
前日の昇竜杯初日の二年の部では、惜しくもマーティンの後塵を拝したが、二位の成績を収めている。
この二日目の団体戦で借りを返そうと静かに闘志を燃やしていたにも拘らず、マーティンが欠場することを先ほど知って、言いようのないやるせなさを感じている。
アリーチェは厳しい顔で首を振った。
「……アレンさんの風魔法……あの索敵範囲は非常に厄介です。何より……何をやってくるかさっぱり分からない意外性が、マーティン・ガバナンティスとは別の意味で危険です。守りに入れば取り返しのつかない状況に追い込まれる気がします」
アリーチェがその様に警戒感を滲ませると、オリンパス魔法学院で同じく生徒会所属の書記、キャバリアは不愉快そうに吐き捨てた。
「かいかぶりですよ、殿下。所詮は性質変化の才能すら持たない男です。攻撃の術が無い、つまり落とされる危険がない男など、ただのボーナスターゲットでしょう。名前だけは売れているあの男を恐らくは全員が狙うでしょうが、俺が喰らって踏み台として利用させてもらいますよ」
「……油断してはなりませんよ、キャバリア。何度も言いますが、彼の索敵範囲は少なくとも50m以上あります。彼の間合いに入っていれば、たとえ遮蔽物に隠れていてもこちらの動きや会話は全て筒抜けだと思ってください」
「分かってますよ。力をもって殿下をこの国から奪い去る、などと皇帝陛下に宣言したという、あの身の程知らずの増上慢に、俺が引導を渡してやります」
キャバリアが鼻息荒くそう言うと、アリーチェは頬を僅かに朱に染めながら、さっさと歩き始めた。
「と、とにかく! 拠点は捨てて攻めに出ましょう。ポイントでリードして、主導権を取ります」
これまでもアリーチェには、帝家の宿命として自分の預かり知らぬところで政略結婚の話が持ち上がる事は、それなりにあった。
だが――
「私にも背負うものがあります……。思惑通りに事を運ばせるつもりはありませんよ、アレンさん」
アリーチェは自分に言い聞かせるように、首を横に振った。
◆ 後書き ◆
いつもありがとうございます!
カドコミにてコミック最新話が公開されています!
アルがやばい!
アレンは悪い!笑
よーく見ると、顔の無いクラスメイト達もしっかり書き分けられており、見どころ満載です!
ぜひチェックしてみてください!
そしてコミック一巻はいよいよ今月26日に発売予定となります!
また活動報告等でもお知らせしますが、すでに予約開始されていますので、こちらもなにとぞ宜しくお願いいたします┏︎○︎ペコッ
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