第259話 昇竜杯(1)



 俺は初日の昇竜杯を、VIP観覧席のど真ん中で見ていた。


 なぜこうなったのかは俺にも分からない。


 スラムをポロ君とリゲル君と歩いた後、オリンパスの郊外にある探索者協会や市場などをぶらぶらして大いにこの国の空気感を堪能した。


 まったく生活感のなかった貴族区などと異なり、この国の庶民階級の人々は目をぎらつかせた上昇志向の強い人が多く、大いに刺激になった。


 もうめんどくさい迎賓館なんぞに帰るのは止めて、直接会場に出向いてダフ屋から観覧チケットを買おうなどと考えていたのだが、俺の行動パターンを知悉しているジャスティン先輩に発見されて、連れ戻された。


 他にも俺を探していそうな不穏な追跡者は山ほどいたのだが、風魔法とかくれんぼは相性がいい。


 まったく捕まる気がしていなかったのだが、さすがは先輩だ。


「アレンみーっけ! ずるいよアレン、自分ばっかり楽しんでっ! さ、帰るよ」


 ポロ君達に教えてもらった、お気に入りの定食屋で謎肉炒めを食べていた俺を発見したジャスティン先輩に身柄を確保され、連行される犯罪者のように斜め後ろを歩かれながら迎賓館へと帰ると、そこには腰に手を当てぷりぷりと怒ったプリマ先輩が待っており、『行方不明になる癖を! 止めてくださいと! 言いましたよね! 監督っ! ここはロザムール帝国ですよっ!』などと30分も説教を喰らった。


 平謝りに謝って、何とか解放されたと思ったら今度はムジカ先生に捕まって、『心配しましたよ、アレン・ロヴェーヌ君……無事でよかった……。自重をお願いしたはずですが?』などとまたまた小一時間説教を喰らい、これも平謝りに謝って、辟易しながらも何とかお許しを得て部屋に入ったところで、ランディさんに呼び出された。


 ランディさんの説教は長かった……。そして誰よりも暑苦しかった……。


 涙ながらに抱きしめられて、『もっと自分を大切にしなさい。アレンにもしもの事があればセシリアがどれほど悲しむか~無私にして高潔、国を思い民を思い~』などと意味不明かつ終わりのない説諭をされて、ついでに陛下の前でドラグレイドで発見した遺跡の話の言い訳をさせられて、やっと解放されたのは深夜だった。


 いったい何で俺がこんな仕打ちを……などと思いながら、さすがにぐったりしてさっさと眠り、翌朝、日の出とともに散歩にでも出ようかと部屋のドアを開けると、そこにはムジカ先生が待ち構えており、『おはようアレン・ロヴェーヌ君。お出かけですか?』などと寝不足の笑顔で挨拶され、その手にはなぜか手錠が握られており思わずドアを閉めた。


 そんな調子で万全の包囲網をなぜか味方に敷かれ、ぐるりと周囲を囲まれた状態で昇竜杯の会場へと入った。


 当然俺は監督として選手控室に入るつもりだったのだが、身柄を近衛騎士団に引き渡されてなぜか陛下を守護するランディさんの真横に立たされた。


 仮団員の俺がいったいなぜこんな責任ある場所に……などと抗議ができる空気ではなかった。


 VIP席のど真ん中もど真ん中。


 眼前にはユグリア王国の国王パトリック・アーサー・ユグリア。その隣にはこのロザムール帝国の皇帝、ラウール・ラ・ロザムールを始めとした各国使節団の代表と、その守護者達。


 ぴりぴりとひり付いた空気が肌を刺す。


 遠く一般観覧席で、ビールの売り子のお姉さんが愛嬌のある売り声を上げているのを遠くに聞きながら、俺は白目になっていた。



 ◆



 甲冑に包まれた人形が、時間経過とともにランダムに立ち上がる。


 この人形は、放たれた魔法の威力を測定する魔道具となっている。


 ユグリア王国一年代表のルドルフ・オースティンが、設置された測定魔道具が乱立するコースを走り抜けながら、手元で練り上げた火球を次々に放ち、ターゲットを薙ぎ倒していく。


 824!

 823!

 824!


 魔光掲示板にドルの放った魔法の威力が数値化され、次々に表示されていく。


「おいおい、824だとよ。今年のユグリア王国の一年代表は今いちだなぁ」


「まぁそう言ってやるなよ。ほら……本来なら大器って噂だった、例の魔法研の部長が出るはずだったんだろう」


 823!

 824!


「あぁなるほどな、例の事故で……ピンチヒッターって訳か。……それにしても、だけどな。よくあれでユグリア王国の代表になれたもんだ」


「んー、まぁ確かに三年のプリマ・テスティや二年のマーティン・ガバナンティスと比べたら小粒感は否めないな……。魔法の構築速度やコントロールは流石だが、この昇竜杯に出てくる奴としては普通――」


「ドル〜! けっぱれ〜!!」


 そんな風に一般観覧席に座る妙に目の肥えた事情通が、したり顔でする口さがない噂話をかき消すように、妙に訛りの強い応援がこだまする――



 ◆



 若手魔法士の祭典である昇竜杯の個人戦は、闘技場での1対1の決闘形式で争われる新星杯とは異なり、スコアを競う競技形式で行われる。


 中・長距離を主戦場とする魔法士が、狭く見通しのいい闘技場で『始め』の合図で戦うのでは、あまりに実戦的でないからだ。


 とはいえ、個人戦の翌日には各国代表の三選手がチームを組み、バトルロイヤル方式で覇を競う国ごとの団体戦も行われるので、実戦力が全く問われないというわけでもない。


 ともあれ、まず初日の個人競技。


 初めに魔力量を計測し、次に定型競技を通じて魔法の構築速度、威力、連射性など数値化しやすい能力を計り、スコアによって順位を決めていく。


「けっ! あのライオ・ザイツィンガーを押さえて聞いたこともねぇ野郎が代表に選ばれたっつーから、どれほどのもんかと思ったら、魔力量が四千弱、威力も800ちょっとが限界の小物じゃねぇか。見た目も凡顔そのものだし、ユグリア王国め……舐めた人選しやがって……」


 グラフィアはつまらなそうにそう言ったが、アリーチェはドルの競技を真剣な顔で見つめている。


 823!

 824!

 823!


「…………気が付かないのですか、グラ。彼のスコアをよくご覧なさい」


 アリーチェが難しい顔でそう言うので、グラフィアは改めてドルのスコアが羅列されていく魔光掲示板を見て、そして困惑した。


 そこには計ったように同じ数字が交互に現れている。


 823!

 824!

 823!

 824!

 ……


「……何だありゃ……狙ってやってやがるのか?」


「……偶然では到底説明がつかないでしょう。ですが……距離が異なるターゲットをこれだけの速度で薙ぎ倒しながら、ダメージスコアを「1」刻みでコントロールするなど……考えられません」


 異変に気がつき始めた会場から、少しずつざわざわとした声が漏れ始める。


 魔法士ならば誰もが夥しい反復訓練により、出力を安定させる鍛錬を行う。


 相応の技能が担保されている各国の代表選手とて、こうした競技では下一桁二桁ではそれなりのぶれが生じるのが当然だ。


 だからこそ、ドルのスコアを交互に1刻みで事がどれだけ異様な光景かは、見るものが見ればすぐにわかる。


 そこでこれまで炎だけを使っていたドルが、水と土の属性魔法を織り混ぜ始めた。


 822!

 821!

 820!

 819!

 818!

 ……


 スコアが階段を駆け降りるように一刻みずつ下がっていく。


 流石に皆が何が起こっているのかを理解し、会場全体に異常な雰囲気が広がっていく。


「なっ……3重属性トリプル持ちだと?! だが……あれにいったい何の意味があるってんだ?」


「…………分かりません。もちろん競技成績には何の関係もありませんし、あれほど細やかな調整が実戦で役に立つとは考えにくいのですが……」


 ……

 821!

 822!

 823!

 824!

 825!


 一刻みで下がっていたスコアが逆回転し、最後のターゲットが放たれた光弾により薙ぎ倒されて、ドルは競技を終えた。


 一拍置いて、会場から拍手が注がれる。


 だが拍手はすぐにやみ、ざわざわと会話のざわめきがやかましい。


 今見せられたものを、皆どう評価すればいいのか分からず、近場のものと意見交換をしているのだ。


「ふ、ふん。小器用な野郎だが、実戦で役にたたねぇんじゃしょうがねぇ。だろ、リーチェ?」


 顎に手をやり真剣な眼差しで考え込んでいたアリーチェは、ゆっくりと顔を振った。


「到底……小器用などという言葉で片付けられる次元の能力ではありません。何が狙いなのかは分かりませんが、神技としか言いようのないあの制御力が、特異な才能を徹底的に磨き上げられた結果なのは火を見るよりも明らかです。彼の名前はルドルフ・オースティン。アレン・ロヴェーヌさんが創部した魔法研の初期メンバーで、『鬼の副長』と呼ばれているようですよ?」


 アリーチェが手元のプロファイルを見ながらそう紹介すると、グラフィアはその特徴的な八重歯を剥き出しにしてにやりと笑った。


「鬼の副長だぁ? ……上等じゃねえか」


 自分好みの二つ名を持つ男の出現に上機嫌なグラフィアを横目に、アリーチェは再度魔光掲示板を見た。


 ◆ルドルフ・オースティン◆

 魔力量3807

 的中率100%

 タイム185秒

 ダメージスコア(平均)823

 順位暫定二位(六人終了時)


 顔は笑顔だが、おぼつかない足取りで退場するドルの額には、玉のような汗が浮かんでいる。


 それはそうだろう。


 どれだけの人間が気がついているかは分からないが、魔力量がたった3800でダメージスコアをアベレージで823出すというのは、魔力枯渇ギリギリのラインだ。


 一発でも無駄玉を撃てば、最後まで辿り着けずに倒れても不思議はない。


 わずか三分少しの時間で魔力をぎりぎりまで絞り出しているような状況下で、複数の属性を使い分けながらダメージスコアを1ずつずらしていたのだ。


 そして最後の魔法。


 あれは一見火球に見えたが、恐らくはレア属性の光魔法。つまりルドルフ・オースティンは、光属性を含む四つもの属性を操る性質変化の才を持ち、しかもそれを満遍なく鍛えている。


 ……強くなるための『常識』とはかけ離れた、考えられないアプローチ――


「……い。おいっ!」


 グラフィアに呼ばれ、アリーチェは我に返った。


「……一年の部がもう終わるぞ。控室に行かなくていいのか?」


「え、えぇ。ありがとうグラ。ではいって参ります」


「……帝位を目指すお前があんな凡顔野郎なんざ気にするな。所詮は持たざる者の涙ぐましい努力ってやつだ。選ばれし者として、明日の国別対抗でぼこぼこにしてやればすっきりすんだろ。こんな茶番の成績なんざどうでもいいが……無様を晒しやがったらただじゃおかねぇぞ、リーチェ」


 グラフィアにそう発破をかけられて、アリーチェはふっと笑った。


「……心配いりませんわ、グラ。負けるつもりは毛頭ありません。――たとえ茶番でも」


 そういったアリーチェは、力強い眼差しを父の座るVIPの観覧席へと目を向けた。


 …………


 そこにはなぜか、父である皇帝と、ユグリア王国国王の間に設えられた椅子の上で、行方不明であったはずのアレンが白目で正座をしていた。



 ◆ 後書き ◆



 いつもありがとうございます!


 このお話で閑話を除く話数が250に到達しました。

 文字数を確認すると、なんと百万文字を超えていました!


 三日坊主選手権日本代表の筆者は自分でもびっくりです!


 改めましていつも応援してくださりありがとうございます!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る