第257話 来訪者

 ◆ 前書き ◆


 いつもありがとうございます!


 前話で悪童の略称をキャスとしていましたが、第二軍団の船乗りキャスター・ブロウと重複していたためキャティに変更しています!

 ご指摘くださった皆様、ありがとうございました┏︎○︎ペコッ



 ◆◆



 あの・・探索者レンが訪ねてきたというニュースに、アジトは騒然となっていた。


 リーダー格の悪童が崇拝している影響もあり、このスラムを拠点にしている若者たちはみな一様にアレンに対して畏敬の念を抱いている。


 ではいよいよ対面という段になって、幹部の一人がこんな事を言った。


「でもよキャティ……。本物のファンは握手一択っつったって、どうするつもりだ? スウが入手した『アニキのうた』には、男の握手は顔面パンチとか書かれていたぞ? だからってまさか挨拶と同時にぶん殴る訳にはいかねぇだろうよ」


「ん……言われてみれば、いざとなったら中々タイミングが難しいな……。まぁその辺の呼吸は向こうに任せておきゃいいだろう」


「へっ……余裕だな? 相手は一度スイッチが入ると血の通わない喧嘩魔導機に変貌するって噂のマッドドッグだぞ? まぁ同世代らしいし、万が一にもキャティが遅れを取る訳はねーけど」


 悪童は苦笑しながら目を細めて首を振った。


「まぁ……そりゃ多分な。でも喧嘩の強さなんてのは、大したことじゃねぇさ。強者にも権力にも屈さずにスジを通す。大人たちにならず者だ悪党だなんだと陰口を叩かれても言い訳一つせず、虐げられて生きてる奴らを背中に庇って道を切り開いていく……。その生き様がかっこいいんだ。だから別に俺より喧嘩が弱くても、尊敬するこの気持ちは変わらねぇよ。ま、喧嘩するつもりもねぇけどな」


 もちろんアレンにはベンザ達を背負っているつもりは1ミリもないが、情報源の大元であるベンザ達がそう解釈しているので、そのまま広まっている。


「……地場のヤクザ者と揉めてからぱったりと消息を絶って、裏社会に消されたなんて言われてたけど…………生きてて良かったな、キャティ」


 悪童は決して美少年という訳ではないが、そう言われて照れくさそうにくしゃくしゃにした笑顔は、不思議と人を惹きつける魅力に満ちていた。



 ◆



 男は開口一番、満面の笑みで『『悪童』だ。ずっとあんたに会いたいと思っていた。仲良くしてくれ』などと、謎の親近感を滲ませてきた。


 てっきりその流れで握手でもするつもりなのかと思ったら、絶妙に間合いをきられていて、手を出すタイミングがなかった。


 毒気は無いが、その視線や間合いの取り方には意外なほど隙がなく、周りの取り巻きには一定の緊張感が滲んでいる。


 どうやら仲良くしたいという言葉を額面通りに受け取るわけにはいかなそうだ。


「で、こっちの赤いのが今スラムで金のないガキどもにこっそり流してる丸薬だ。効きはイマイチだが、とにかく安く簡単に調合できる。既存のレシピや販路でさばくと大人・・がうるせぇしな。あんたなら分かんだろ?」


「へー、凄いですね!」


 粗末なテーブルセットへと掛けた後、悪童とやらは何やら自分がやってきた悪さを武勇伝のように自慢している。


 今嬉し気に話しているのは、何のクスリかは知らないが、どうやら非合法の薬物を売って、貧乏な子供から金を巻き上げているという話らしい。


 まぁただの観光客であり、すぐにこの国を出る俺にできる事はない。


 とにかくさっさとこの辺を観光する許可を貰って、さっさとこの場を去るしかないだろう。


 俺は日本時代に培った営業スマイルでニコニコと相槌を打ちながら、『モテる女のさしすせそ』とか何とかネットで記事になっていた手法を実践している。


 自己顕示欲の強そうなタイプはとりあえず褒めときゃ勝手に気持ちよくなるという、結構当たってそうなやつだ。


「……そ、そうだ、金のないやつにはツケで融通する事もあんだ。もちろんタダで渡す訳じゃねぇ。仕事を与えて、きっちり金は回収するんだ。理由は……あんたなら分かんだろ?」


 どうやらいたいけな子供をクスリと借金漬けにして、自分の手足としてこき使っているらしい。


 俺には関係ないが、気分のいい話ではないな。


「へー、そうなんですね!」


 とりあえず頭を空っぽにして、さしすせを繰り返す。


 一応後でアリーチェさんあたりにチクっておけばいいだろう。


 悪童とやらは、俺のさしすせそ攻撃に有頂天になったのか、次なる話を展開してきた。


 なぜかやや表情が苦々しいのが気になるが、まぁ褒められると表情が曇るタイプなのだろう。


「…………す、少しずつだけど、ガキどもの教育にも手を付けてんだ。この国の最下層の子供は学が全くねぇからな。戦闘訓練だけじゃ片手落ちだ。一番大切なのは、『思想』の教育だと俺は思う。分かんだろ? あんたなら!」


「へー、ンスいいですね」


 男が段々ヒートアップしてきたので、俺はすかさず次なるさしす|せ《・センスと言えるだろう。


 本物の悪党とは、こうした勘の働くやつなのかもしれない。


 それはさておき、さしすせそ攻撃の破壊力が凄すぎて、一向に帰らせてくれる気配がないのだが……。


 そもそも見ず知らずの俺にそんな話をして、いったい何がしたいんだこいつは?


 ……まるで時間稼ぎでもしているかのよう――



 俺がはたとそんな事に思い至った所で、建物のドアががらりと開き二人の少年が入ってきた。


「おいビッグニュースだキャティ! 探索者協会で噂になってたんだが、死んだって噂されてたマッドドッグが生きてたぞ! しかもとんでもねぇ仕事をやってのけて、Aランク昇格間違いなしって…………あぁすまん、客がいたのか」


 ドアを開けた男が興奮した様子で何事かを叫んだが、俺はその男のさらに後ろから入ってきたもう一人の異形の男に目を奪われて、その内容が頭に入ってこなかった。


 後ろに立つ男の体はボンレスハムのように膨らんでおり、そのぱんぱんに腫れあがった筋肉を締め上げるように針金が巻かれ、全身から血が滲んでいる。


 明らかにとある先天性の病に侵されており、ヒュー、ヒューと苦し気な呼吸音を響かせているその男からは、『強者』特有の臭いが立ち昇っていた。



 ◆



「……マッドドッグが……どうしたって?」


 悪童が来客の目をきっかりと見据えながら話の先を促すと、アジトへ飛び込んできた男は来客者の存在を気にかけるそぶりを見せながら続けた。


「あ、あぁ。まだ入ってきたばかりの情報で詳しくはまだ分からねぇんだが、ユグリア王国の遥か南東部にあるドラグレイドに、シュタインベルグっつー伝説級の魔物が出たみたいだ。そんでたまたまその場に居合わせたマッドドッグが、仲間を庇ってその魔物と生き埋めになったみてぇなんだが、どうやらその化け物を単独で討伐して生還したっつー話だ。腕っぷしの方も噂以上にとんでもねぇぞ、マッドドッグは!」


 悪童はほうっと方眉を上げて頷いた。


「なるほどなぁ……そりゃたしかにビッグニュースだ。こっちに伝わんのも早えだろう。ところで……そんな大仕事をしたばかりの人間が、仕事の始末もせずに、いったい何で他国のスラムを観光してぇなんて不思議な事を言ってこんな所にいるんだ?」


 悪童は口元だけは僅かに笑いながら、だが全く笑っていない、どこか哀しげな目で問いかけた。


 だが、問われた当人は帰ってきた『怪童』の方へと視線を固定したままだ。


「てめぇは誰だ?」


 最後の通告のつもりで問いかけたこの質問を無視された事を確認した悪童は、テーブル越しに怒りの鉄拳をふるい、眼前の男へと拳を叩きこんだ。


 鮮血が舞い、男は掛けていたソファーごと後ろへと吹き飛ぶ。


「無視してんじゃねぇ……立てよ。……立てるだろう! ……お前が……お前が本物のマッドドッグならな……」


 怒りよりもむしろ哀しみを感じる声音でそう言った悪童には、もちろん分かっていた。


 いくら昇竜杯の時期とは言え、よく考えたら敵の多い探索者レンが、こんな所にふらりと無防備に来るはずがないのだ。


 おそらくこの男は悪童じぶんの正体を……もしかしたら怪童についても何事かを嗅ぎつけた、どこかの国の諜報員スパイだろう。


 いずれにしろ、想いをなぶられた怒りに任せて本気の拳を入れた。この自分が、同世代の男に不意打ちで。


 立てるわけがない――


 そう確信して倒れた哀れなスパイを哀しげに見下ろしていた悪童は、次の瞬間信じられないものを目にする。


 先ほどまで如才ない商人のようにへらへらと笑っては、中身のない空虚な返事を繰り返していたその男は、無造作に立ち上がりコキリと首を鳴らして血の混じった唾を吐いた。


 そして、散々噂で聞いてきた『本物』かのように……血の通わない喧嘩魔導機のように真っ白に血の気の引いた顔を、ことりと傾げた。


「何すんだ……あ?」



 ◆ 後書き ◆



 書籍3巻の読了報告たくさんありがとうございます!

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