第253話 帝位争い(3)



「失敗したか……目障りなアリーチェを継承戦から排除するまたと無い好機だったのだがな……」


「申し訳ございません」


 正規軍とは別に、第一皇子であるギライが抱えている私設部隊の長を務める女、クーナは片膝をついた状態で頭を下げた。


「…………まぁ仕方がなかろう。功を焦って身を滅ぼしては意味がない。管轄区の外まで深追いしては、私の差金だとの証拠を押さえられかねん。重要なのは失敗の原因を究明して、確実に漸進ぜんしんする事だ」


「恐れ入ります。狩場であるマルティン広場まであとほんの少し、というところで勘づかれてしまいました。……恐らくはアレン・ロヴェーヌの風魔法とやらでしょう」


 ギライは顔を忌々しげに歪めた。


 一時はギライ派として友好関係にあったインディーナ大公の娘、『鬼才』グラフィア・インディーナ。


 なまじ才覚のあるあの娘が、無謀にもほぼ目の無いアリーチェを明確に支持したせいで、大公家も今は継承権争いには中立の姿勢を取っている。


 ギライも色々と仕掛けてはいるものの、肝心のグラフィアが頑迷極まりなく、全くアリーチェ支持からぶれる様子がない。


 そして、そのグラフィアを撃破したとして一躍その名を高めたその隣国の小僧に関する情報は、混迷を極めている。


 精霊だの帆船だの新型魔導車だの、不気味なほどに情報が溢れすぎて、何が真実で、本当に注力しているものが何なのかすらさっぱり分からない。


 グラフィア然り、ギライは自分がコントロール出来ない、その行動原理が理解不能なこうした人間が大嫌いだった。


 その仮面の少年の演者は複数人いて、王国が他国を牽制するために作り上げた虚像なのではないかと本気で疑っているほどだ。


 まぁ複数人説は流石にないにしても、まず間違いなく印象を演出しているプロデューサーが背後についているはずだ。


 アレン・ロヴェーヌはそれほどいきなり頭角を表したし、他国に誇示するような、センセーショナルな情報も多すぎる。



「アレン・ロヴェーヌについて、何か見えたか?」


 ギライに問われ、クーナは表情を固くした。


「はっ。……まずその索敵範囲についてですが、これは噂通り五十メートル以上ある模様です。さらに信じられない事に、それだけ離れた場所にある索敵防止魔道具を突破して探知する術を持っている様子です」


 その報告を聞いて、ギライは目を剥いた。


「なっ……まだ十三の小僧だぞ……確かなのか?」


 聴力を強化して行う通常の広範囲索敵は、魔素が撹乱される索敵防止魔道具を使えば防げる事は常識だ。


 とすると、魔力を循環させて視界を広げる高等テクニックでその広範囲を探知している事になる。


 到底信じられる話ではないが、クーナは確信をもって頷いた。


「間違いありません。その技量を誇示するかの様に、離れた場所に潜ませていた刺客ににこやかに手を振っておりましたので」


 ギライは目の前の部下が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。


「し、刺客に手を振っただと? 一体何のためにそんな事をする?」


「分かりかねます。まだ十三の子供ですし、単に己の力を誇示したかったのか……だとすれば御しやすいかもしれません」


 ギライはふむと頷いた。


 相当に曲者だという話だったが、所詮は十三の子供という事か。


 生死の瀬戸際で、大して実戦経験もないと思われる子供が見せていい余裕ではない。


 つまりは自分を過大に見せる為の演出。だがやり過ぎた。そんなところか。



 今回ギライが書いた筋書きは、インディーナ家の顔に泥を塗り、また将来大いに帝国の脅威になりそうなその小僧を秘密裏に殺し、その責任をアテンド役のアリーチェへと問うて帝位継承戦から排除しつつ、ユグリア王国との戦争へと導き、反ユグリアの急先鋒であるインディーナ家を一気に味方へと引き込む事だった。


 戦に強いインディーナ大公の力を利用しつつ大功を上げれば、帝位はぐっと近づく筈だった。


 だが失敗してしまった以上、同じ手は使えない。次策を練る必要があるだろう。


 奇策はまさかというタイミングで行うからこそ意味がある。と、大した実践経験のない彼が机上で学んだ物の本には書かれている。


「アレン・ロヴェーヌは情報通りメイン武器にショートボウを使用しているようです。……偶然だとは思うのですが、足止めのため馬に放った矢を矢で迎撃されたとの報告が上がっています。流石に偶然でしょうか……?」


 ギライは鼻で笑った。


「偶然に決まっているだろう、そんなもの。碌に実戦も知らんようなまだ十三の小僧に、刺客に奇襲された極限の状況で、そんな曲芸じみた芸当ができると思うか?」


 クーナが首を振るのを確認し、ギライは続けた。


「それにしても、せっかくドスペリオル家の才に恵まれておるのに王道の剣でも槍でもなく、わざわざ火力が道具に依存する短弓を選択するとは、頭の方はやはり今ひとつのようだな。長い歴史によって錬磨され選ばれてきた結論こそが王道なのだ。いや、実はそもそも斥候特化形で、武の才には恵まれておらず、それを誤魔化すために敢えてという可能性もあるか? くっくっく……中身がはりぼてならば、利用価値はいくらでもある」


 ぶつぶつと独り言を始めたギライに、クーナは口を挟まない。


 一見部下に寛容に見える彼は、目下の者が意見をすると酷く機嫌を損ね、時に激昂する事を知っているからだ。



 彼が学んできた古今の兵法書を引用するまでもなく、この世界にももちろん『策士策に溺れる』という使い古された慣用句はある。


 だが頭脳が明晰な事に誇りを持っている彼は、本当の意味では理解していなかった。


 奇策はまさかというタイミングで行うからこそ意味がある。


 そのまさかを作り出すには、王道で押して押して、最後に変化球を投げるからこそ奇策は奇策たりえるという事を。



 ◆



 ジャスティンが手渡した、ロンフォから送られてきた報告書を読み終えた国王パトリックは苦笑した。 


 そこには探索者レンがドラグレイドで引き起こした事件――シュタインベルグの単独討伐及び貴重な遺跡の発見――が簡潔に纏められており、この後の対処方針が示され、さらにはあっという間に帝国まで話が回り、外交の場で探りを入れられる可能性があるので注意を要する事などが記されている。


「……やれやれ、エクレールの緊急事態宣言の第二報かと思いきや、全くの別件とはな。よくもまぁこう次から次に大事件を起こせるわ」


 呆れたようにそう言って、隣に控えるランディ近衛軍団長へとその手紙を渡した。


 素早く内容に目を通したランディは、苦々しい顔で首を振ってため息をついた。


「……アレンには、もう少し自分を大切にするよう、少し強めに指導する必要がありますな」


 その目覚ましい活躍はもちろん嬉しい。


 だが一つ間違えたら死んでもおかしくない、いやむしろ生き延びたのが幸運だったと言わざるを得ないほどの危機的な状況が、その報告書からはまざまざと目に浮かんだ。


 民のために命を掛けるその高潔さが誇らしくもあるが、もし死んでしまったら一体どれほどの人間が悲しむか。


 自分がどれだけ愛されているか、面と向かって小一時間ほど説諭する必要があるとランディは考えた。


 ランディが中身を確認するのを待って、パトリックは表情を引き締めた。


「さて、オリーナがそちをわざわざ遣わした理由は何だ、ジャスティン。確かに外交に影響が出そうな内容ではあるが、時間の問題で各国にしれる事だろう。魔鳥通信で十分だと思うが?」


 パトリックに促されてジャスティンは頷いた。


「はい。ロンフォさんからの報告書は実はもう一枚有りましたが、内容が余りに危険でしたので記憶してきました。今お渡しした報告書は、万一拘束されるなどした場合の表向きの目的おとりです」


 そう言ってジャスティンはそのもう一枚に記されていた『貴重な遺跡』の内容について、ロンフォの手紙の内容を忠実に辿りながら話した。


「――以上の事から、発見されたムーン・ドラグーンの秘密ラボは木っ端微塵に吹き飛んだという本人の説明は、事実である蓋然性が高いと判断される。本情報は『厳秘』とする事でドラグーン侯と申し合わせたが、発見者本人には危機意識が欠如しているようにも見受けられ、重大なリスクを内包していると考えられる。即刻外遊中の陛下へと然るべき方法で伝達し、詳細は『切迫した事情により帝国入りせざるを得ない』という本人の口より改めて聴取いただくとともに、可能であれば他国の人間との交流を極力制限するよう進言されたし。ドラグレイド基地司令、ロンフォ・バーランド。……以上です」


 その切迫感のひしひしと感じられるロンフォの報告書の内容に、パトリックとランディは大いに顔を引き攣らせた。



「……今すぐに呼んで参れ」


 パトリックにそう指示されて、ジャスティンは気まずそうに頭を掻いた。


 珍しく歯切れの悪いジャスティンの様子から、パトリックとランディの脳裏に嫌な予感が掠める。


「それがですね…………迷子になりました」


 二人はがっくりと肩を落とした。





 ◆ 後書き ◆


 五月十日発売予定の書籍三巻の特典が固まりましたので、近況ノートを更新しました!


 著者ページよりご確認頂けますと嬉しいです!


 宜しくお願いいたします。


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