第251話 帝位争い(1)


 ◆◆前書き◆◆


 お待たせしました、今日から連載を再開します!


 お休みしている間の優しいコメント等、ありがとうございました!


 これほど長期で休載するつもりはなかったので、お知らせをし損ねたのですが、気がついたら一ヶ月ほど経過していました……。


 体調不良や繁忙期など言い訳はたくさんあるのですが、一番の理由は執筆リズムが崩壊した事です!


 やっぱり書き続けるって大切だと痛感しました……。


 年度もあけましたので、これから徐々に戻していくつもりです!


 引き続き応援よろしくお願いいたします!


 ◆◆



 ムジカ先生が振り返った先には、大層美しいお姫様と、夏の新聖杯で模範試合をしたグラフィアさんが立っていた。


 さらにその後ろには、各国の昇竜杯出場者と思われる魔法士風の一行と、その引率と思われる大人がちらちらとこちらを見ている。


 出場者は本日帝都オリンパスの視察という話なので、これから皆で出かけるのか、あるいはこの駅自体も視察対象なのだろう。



 ジャスティン先輩はいつもの悪い顔でにやにやと笑いながら、不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけているグラフィアさんを指差し小声で囁いた。


「ほらアレン、随分と熱い視線が送られてるよ! 手でも振ったら? ぷっ!」


 するとグラフィアさんはびきりと額に青筋を立て、一足飛びに先輩に向かって間合いを詰め、強烈な拳を繰り出した。


「おっと!」


 その拳を受けた先輩の上腕から、みしりと鈍い音が響く。


「ぶっ殺されてぇのか、ジャスティン・ロック。にやにやしてんじゃねえぞ?」


「いやぁ〜相変わらず鋭いね、グラフィアちゃん。ダメじゃない、他国の騎士にいきなり拳なんて向けちゃ。もう学生じゃないんだよ?」


 ……二人は知り合いなのか? 


 まぁジャスティン先輩はこんなんでも王立学園首席卒だ。


 三年の時に新星杯へ出場して惜しいところまでいったと聞いたし、年次が一年しか違わない二人が顔見知りでも不思議はない。


「それとも……僕たちと馴れ合うつもりはないと、誰かに・・・アピールしておく必要でもあるのかな?」


 ジャスティン先輩が楽しそうにそう尋ね、視線を周囲に走らせると、グラフィアさんは目元をぴくりと動かして拳を引いた。


「……けっ! 相変わらずいけ好かない野郎だ」


 そこへゆったりとした足取りで近づいてきた皇女様が割って入る。


「グラフィア、お控えなさい。失礼いたしました、ジャスティン・ロック様。そしてアレン・ロヴェーヌ様。初めまして、現皇帝ラウールの第四女、アリーチェと申します。以後お見知り置きを」


 アリーチェさんは、指を絡ませるいわゆる金剛合掌の形に両手を合わせ、軽く膝を折った。


 武を重んじる帝国皇女らしくその様式は古い騎士式ではあるが、やはり本物のお姫様はさりげない所作からして気品に満ちている。


 こういった洗練された所作は、俺のようななんちゃって田舎貴族では決して身につかないだろう。


「初めまして、アリーチェ殿下。お美しい皇女様に親しくお声掛けいただき、恐悦の至りです。こちらこそ宜しくお見知り置き下さい」


 ジャスティン先輩が右手を胸に当て答礼したので、俺も慌てて右に倣った。


「初めまして、アレン・ロヴェーヌです」


 俺達が皇女様と挨拶を終えるのを待っていたのだろう。


 それを見届けた後ろの集団がわらわらと近づいてきて、次々に自己紹介をしていった。


 大会前だが、各国を代表する出場者とその引率者とあって、皆自信に裏打ちされた貫禄のようなものを漂わせている。


 もう少し殺伐としているかと思っていたのだが、意外と和やかな雰囲気だ。


 などと考えていたのだが、粗方挨拶が済んだというところで、グラフィアさんが和やかな雰囲気をひっくり返すような独り言を投下した。


「けっ! どいつもこいつも羊みてぇなつらぶら下げて尻尾振りやがって、みっともねぇ。ユグリア王国の増長をどっかで止めなけりゃ、そのうち国ごと食われるって事を分かってんのか?!」


 このとんでもない発言に、場は一気に凍りついた。


「…………グラフィア。控えなさいと言いました。二度目ですよ?」


 アリーチェさんは感情を押し殺した、だが迫力のある声でグラフィアさんに警告した。


 因みにユグリア王国が近年目覚ましく国力を高めているというグラフィアさんの指摘は、ある意味で真実だ。


 若くして即位した現王のパトリック陛下は、他国からも賢王と評されるほどの卓越した内政手腕を発揮して、先代までの時代に領土を拡張して生じていた様々な歪みを正して国を安定させた。


 パトリック陛下は即位以来一度も領土的な野心を示した事は無いし、その人となりを知っている俺からすると好んで戦争など仕掛けるはずもないと思えるが、他国からはそうは見えないだろう。


 帝国ならずとも、一定の危機感は持っているはずだ。


「うーん、グラフィアちゃんはどうも言葉がなま・・で、困っちゃうね。こうした機会に敵を減らして味方を増やすのも大事な仕事だと思うけど?」


 ジャスティン先輩がそう言って苦笑すると、グラフィアさんは冷笑を浮かべた。


「ふんっ! 白々しいこと言いやがって。表向き仲良くすれば敵が味方になるのか? 交渉なんてのは対等な力関係があって初めて成り立つんだ。弱者が求められるのは、交渉じゃなくて恭順だろうが」


 うーん……まぁ言わんとする事は分かる。


 力の無い者の主張など誰からも相手にされないというのは、ある意味では本質をついていると言えるだろう。特に国同士の争いなどになるとな。


 だが実際に交渉をするのは、あくまで国を代表する人間同士だ。


 感情の処理を誤って無益な戦を招いたり、最悪中立であるはずの第三国を敵に回して、力関係がひっくり返される事もあるだろうから、関係が良好なのに越した事はないとは思うが。


 そんな事を考えながら、うーんと首を捻っていると、グラフィアさんはぎろりと俺を睨みつけた。


「てめぇも商人みたいにへこへこ挨拶してんじゃねぇぞ、アレン・ロヴェーヌ! 始まりの五家オリジナル・ファイブの……あの・・ドスペリオル家の血を受け継いでるっつう誇りはねえのか!?」


 いきなりそのように問われて少々面食らったが、俺ははっきりと首を横に振った。


「……ありませんね。俺はアレン・ロヴェーヌです。それ以上でも以下でもない」


 別にグラフィアさんがどのような人生観で生きていようがそれを否定するつもりはないが、俺には俺の生きる道がある。


 先祖がどこの誰で、どんなに凄かろうが俺が偉いわけではないし、偉くなりたいわけでもない。


 俺がきっぱりと拒絶の意思を示すと、グラフィアさんはぎりと奥歯を噛み締めて、流麗な魔力を練りながら心底軽蔑したような目で睨んでくる。


 だが俺も、その点を妥協するつもりは毛頭ないし、誰かの顔色をうかがうつもりもない。


 自然とグラフィアさんと睨み合いとなり、場の空気が張り詰めていく。


 だがそこで、張り詰めた空気をものともしない煽りの天才が俺の肩に力強く手を置きながら、こんな事を言った。


「あんまり誰かれ構わず喧嘩を売ってると――またあの時みたいに泣かされちゃうよ? アレンにね、ぷっ!」


 ぷっ、じゃない……! そこは絶対に笑ってはいけないところだろう!


 全員があの不幸な事故の事を知っているのか、気まずそうに目を逸らす。


「な、泣いてないだろうが! それに次やったら私が勝つ! 何ならこの場で試してもいいんだぞ、変態野郎!」


 グラフィアさんは顔を真っ赤にしながらカンカンに怒った。


 だが流麗に練り上げていたはずの魔力は乱れに乱れている。


「いやいや、あの時も勝ったのはグラフィアさんですし、そもそもあれは風の悪戯、不幸な事故でですね――」


「へぇ? て事はシルフの対策を? そんな服装で強気な事を言って大丈夫なのかな? アレン、試していいって」


「勘弁してくださいよ、ジャスティン先輩! 何を試すんですか!」


 息を吐くように煽り続けくるジャスティン先輩を慌てて制止する。


 あれは不可抗力だったんだ……ただでさえ各国VIPの面前でまくり職人だなんて宣伝されたんだぞ!


 恐らくはショートパンツか何かを穿いて対策しているのだろうが、それでも絵面が悪すぎる!


 これ以上傷口うわさを広げたらこの大陸で彼女を作るのは不可能になる……。


 だがこのジャスティン先輩の安い挑発を受けたグラフィアさんは、なぜか不敵に笑って両手を広げ、いつでもどうぞと言わんばかりの隙だらけの格好で仁王立ちした。


「上等じゃねぇか、アレン・ロヴェーヌ。後悔させてやる。くっくっく」


「ぐ、グラ? あなたまさか封印を解いて――」


 皇女様が真っ青な顔で厨二病のようなキーワードを発すると、周囲で聞き耳を立てていた各国の代表者達が何が起こるのかとごくりと息を呑んだ。



「ふふっ、どうやらリベンジマッチの舞台は整ったね。じゃあアレン……どうぞ!」



 ◆



 俺とジャスティン先輩は、アリーチェさんにエスコートされ迎えの馬車へと乗り込んだ。


 陛下の滞在する迎賓館へと送迎してくれるそうだ。


 馬車には見事な毛並みの馬が二頭繋がれている。


 ちなみに帝国貴族はあまり魔導車には乗らないようだ。


 帝国産の魔物化した軍用馬の品質の高さは世に名高いし、その供給力にものを言わせた帝国騎馬隊の精強さも、つとに有名だからな。


 自然、どれだけ優れた馬を何頭所有しているのかという事に、権力を測る重要なパラメーターとしての側面がある。


 軍運用の面から言うと、四輪または三輪の魔導車よりも騎馬、特に無尽蔵のスタミナとパワーを持つ魔物馬を用いた騎馬隊は、まだまだ魔導車よりも高く評価されている。


 確かに悪路の踏破性や航続距離、速度、出力、整備性など多くの面で魔導車は騎馬に及ばないだろう。


 現時点ではな。


 ユグリア王国ですら、いつかは軍事面でも魔導車が騎馬を凌駕するほど進化すると確信している人間は少数派と言える。


 伝統的に騎馬を大事にするこの帝国ではより顕著だろう。



 ジャスティン先輩は、アリーチェさんと芸術面や歴史などを話題に教養を感じさせる世間話をしている。


 決して政治的な話題には踏み込まない様に、だが受け取りかたによっては、現在の両国の問題を暗喩しつつ、お互いの実力を探り合っているような、神業のような世間話だ。


 よくもまぁそんな薄氷の上を歩くような話を延々とできるな……。


 そして俺の正面に座るグラフィアさんは、めちゃくちゃ不機嫌そうな顔つきでそっぽを向いており、一言も口をきかない。


 もちろん俺が、ジャスティン先輩に煽られてスカートを捲った……などという事はない。


 むしろ俺は、断固拒絶したのだ。


 先輩に煽られて、グラフィアさんはなぜかまくって欲しそうに『びびってんじゃねぇぞ、アレン・ロヴェーヌ?』などと挑発して来たが、それでも俺は紳士を貫いた。


 だが俺が首を横に振るたびに、グラフィアさんの機嫌はどんどん悪化して、最後には『今日はいつもより地味だ、リーチェはもっと凄い』などと皇女様の下着の具体的なデザインの説明を始め、アリーチェさんに『元風紀委員長がなんの話をしているのですか!』などと説教をされて涙目になっていた。



 そしてなぜか俺が皆から非難の目を向けられたのだ。


 意味が分からなすぎて、流石にフォローする気にもならない……。


 俺はせっかくのオリンパスを楽しむべく、流れゆく街並みへと意識を移した。


 ◆ 後書き ◆


 いつもありがとうございます!

 二つお知らせがあります!

 田辺先生のコミック第五話、アレンが王立学園入試に挑むお話が公開されておりますので、ぜひチェックしてくださいね!

 もう一つ、書籍第三巻が五月十日にカドカワBOOKSより発売予定です!

 無事続刊できるのは、皆様が応援して下さったおかげです!!!

 本当にありがとうございます!

 こちらについては別途活動報告を更新します!

 よろしくお願いいたします!

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