第243話 遺跡(5)



 マイBBQ串をうまく活用し、こじ開けたドアの先を入念に風魔法で探査して罠の有無を確認する。


 その後、換気をしてから中へと入る。


 中は鉱物を保管しておく倉庫らしき空間だった。


 床に無造作に何かの鉱物が積み上げられている他は、入って右手の壁に、石で組まれたラックが設置されている。


 ラックには整然と鉱物が並んでおり、各ラックには記号を並べた文字列が刻まれている。


「採掘された場所の記録……かな?」


 中は思ったより広く、三十畳ほどはありそうだが、原石が置かれているだけなので、今すぐ役に立ちそうなものは無さそうだ。


 一応端から順に見ていく。


「ん?」


 俺は、ある原石の前で違和感を覚えた。


 魔力を強めに練り、目の前にある鉱石に向けて風を吹きつける。


「……光ってる……」


 その鉱石は、俺の風魔法を浴びて黄色やオレンジ、紫など、いくつかの層に分かれて発光していた。


 どうやら魔力に反応して光る性質があるようだ。


 確か前世でも、紫外線ブラックライトを当てると光る鉱石があった。


 あれは確か、紫外線のエネルギーを取り込んで、可視光として放出するから光って見えるんだったか……。


 この石は、恐らく魔力を光に転換しているのだろう。


 俺はその暖色系の光を放つ鉱石の色合いを見て、前世に大層珍しい物が日本で発見されたとニュースになっていた、とある有機鉱物の事を思い出した。


 確か太古の昔、植物だったものが長い年月を掛けて結晶化したもので、石油の生成過程の解明に寄与するかもしれないとか何とか……。


 そういえば、土属性を持つ魔法士が干渉できるのは無機物のようだが……有機鉱物の場合はどうなるのだろうか……?


「……土産に貰って帰るか……」


 沢山あるし、一つくらいいいよね?


 俺はラックに書かれている記号を暗記しつつ、ロマン溢れる鉱物を一つ拝借した。


 カバンに放り込んでから嫌な予感が脳裏を掠めたが、どこかで『カチッ』と音がして天井が落ちてくる、などという事は無かった。



 ◆



 学園の授業には隠密行動のカリキュラムがある。俺はその授業が得意だ。


 気配を絶って、なるべく発見されないように特定の目的地へと侵入し、目標を奪還したりする授業なのだが、お得意の魔力操作がものをいう『魔力残滓を消す』というテクニックが、潜んで気配を断つのに結構重要な技能だからだ。


 もちろん侵入時には風魔法による遠隔探査能力も大変役に立つし、顔の地味さにも定評がある。



 授業で教わった事を、そして騎士団で鍛えられた過去の経験を反芻しながら、巣を突破すべく四度目のアタックをかける。


 慌てて逃げ帰った一回目の後、二回目と三回目のアタックでは、巣の構造を見極めながら突破する方法を慎重に検討したが、残念ながら糸口は見えなかった。


 坑内通気は、全てカエルの巣の真反対側にある、一本の坑道へと流れているようだ。


 つまり坑道の末端部に入気口にゅうきこうの出口があり、坑内から空気を吸い出す排気口が巣の先にあるのだろう。


 追い風時は臭いにも気を使う必要がある。


 俺は風を静かに全身へと纏わせて、発散する臭いを極限まで絶った状態で巣の入り口へと近づいた。


 アタックの度に、坑道へと侵入していたシュタインフロッシュを片付けてきたからか、今回は一度もカエルには会わずに巣まで辿り着けた。



 壁に張り付いた格好でそっと青く光る壁面に照らされた巣の内部を見渡すと、予想だにしない状況が目の前にあり、俺は困惑した。


 驚くべき事に殆どの蛙が眠っていたのだ。


 時間の感覚がすっかり無くなってしまっていたので忘れていたが、カナルディア魔物大全によると、シュタインフロッシュは確か夜行性だった筈だ。


 とすると、カエルたちが寝ている今は昼という事になる。


 どくんっ、と心臓が高鳴る。


 どう考えても巣を突破する好機なのだが、巣の中へと降りて、ある程度進んだ所であの舌の長いやつが起きたら、いきなり万事休すとなりかねない。


 明日にもチャンスはあるだろう――


 引き返して慎重に作戦を練るべきか――


 そんな風に考え、あと一日確実に生き延びる方へと傾きそうになる心を押さえ込み、俺は一つ深呼吸してから静かに巣の内部へと降りた。


 作戦もクソも、カエルどもに見つからないようここを突破する以外の手はないし、決断を先送りにすればするほど、体調面が厳しくなる事は自明だ。


 仮眠をとってカエルの肉を食べているとはいえ、シュタインベルグとの戦闘からの単独探索で、すでに万全からは程遠い。


 何が正解かは分からない。だが今は覚悟を決めて前に進むべき時。


 心の奥に横たわっていた答えを信じ、巣へと降りた途端に不思議と覚悟は決まった。


 頭は異常に冴えている。足にもしっかり力が入る。


 俺は自分を信じて、ドーム形の巣の壁沿いに反時計回りに慎重に足を進めた。


 いける――


 時計で言うところの六時から三時まで進んだ所、目指す十二時の方向にある巣の出口まであと半分という所で、そんな根拠のない自信が脳裏を掠めた。


 だがその瞬間、状況が動く。


「ゲゴッ!!!」


 これまでずっと眠っていた、あのエリア81で戦った個体と思われるシュタインベルグが突如目を開き鳴き声を上げたのだ。


 その声に呼応するように、巣の内部にいたカエル達が次々に目を覚ます。


 俺は反射的に魔力残滓を消し、呼吸すら止めてその場で壁に張り付いて石のように固まった。


 シュタインベルグの目に憎悪の光が宿り、その体から濃密な魔力がゆらりと立ち昇る。


 嫌な汗が全身から吹き出し、何とか溢れそうになる声を呑み込む。



 だが、シュタインベルグはなぜか俺とは真逆……地底湖へと顔をぐるりと向けた。


 そのまま暫く地底湖を睨みつけていたかと思うと、その目に憎悪を宿らせたまま、地底湖へと飛び込んで消えていった。


 小ガエル達も、それに連れられるように次々に地底湖へと飛び込んでいく。


 残されたのは、もう一匹の一回り小さいシュタインベルグと、半数ほどの小ガエル達だ。



 そのままの格好で、静かに気配を殺す事に注力する。


 だが、呼吸を止めていられる時間には限界がある。


 その限界はもう目前だが、残されたカエル達は完全に目を覚ましており、再び眠るような気配は微塵もない。


 呼吸の苦しさに耐えかねて、薄く、薄く薄く息を吸う。



 その瞬間――


 残されたシュタインベルグは、ぐるりとこちらへ首を回転させた。


 敵とはっきり目があったと確信すると同時に、俺は目指す坑道に向けて全速力で走り出した。


 脱出ルート上にいる小ガエルたちが、ワンテンポ遅れて動き出す。


 一斉に動き出したカエルたちに包囲されないよう、各個体の位置と動きを見極めながら、逃げの一手で走る俺に目掛けて、シュタインベルグの大蛇のような舌が、途轍もない速度で飛んでくる。


 俺はギリギリのところで小ガエルの陰に回り込んだ。


 俺の代わりにその舌先に捕らえられた小ガエルは、伸び切ったバネを縮ませるように舌を戻したシュタインベルグに丸呑みにされた。


「ゲコッ」


 共食いさせられた形のシュタインベルグは、その目に僅かな苛立ちを滲ませた。


 ……『サンドストーム』を使うには十分な砂礫が無いし、距離も遠すぎる。


 小ガエルを盾にして生じたわずかな猶予で、二十五メートル弱と見切った舌の間合いから飛び出た俺は、矢筒から鉄矢を引き抜いて、振り向きざまに牽制の矢を二本放った。


 目に照準したその矢は敵のまぶたに刺さったが、予想通り痛痒を感じている気配はない。


 再度走り出した俺は、目的の坑道までの距離を、目算で約百メートルと測った。


 最低でもあと二回は奴の攻撃を躱す必要があるだろう。


 敵は斜め上へと飛ぶことで、俺との距離を詰めながら今度は上から角度をつけた体勢で俺へ狙いを定めてくる。


 同じパターンで躱せると楽だったのだが、厄介な事にやはり知能が相当高い。


 殺到する小ガエル達の中から、固有種ではない小ガエルが舌を伸ばしてきたのを選び取って、その舌をひっ掴んで逆に引きつけ、盾代わりに構える。


 次の瞬間、大砲のような舌が一直線に伸びてきたが、間一髪のタイミングで小ガエルを盾に受ける。


 そのあまりの衝撃に、トラックに撥ねられた人間の如く弾き飛ばされるが、何とか呑み込まれるのは回避した。


 ダメージで目の前が霞む。だが舌の間合いは外れた。


 目の前が白くぼやける中、気力を振り絞って膝立ちで体勢を整え、夥しい回数繰り返した反復訓練を信じて無心でマックアゲート製の矢を放つ。


 俺が放った矢は、シュタインベルグが着地すると同時にその左目へと深々と刺さり、血飛沫が舞った。



 ある程度金銭的に余裕が生まれた今、なぜ俺が未だに鉄矢を重用しているのか。


 それは敵に鉄矢の威力を『学習』させるためだ。


 これだけの敵がまぶたを魔力ガードで守っていれば、例えマックアゲート製の矢でも貫くのは困難だっただろう。


 牽制で放った鉄矢の威力を学んだ敵が、ガードするに値しないと学習した結果と言える。



 何が起こったのか分からなかったのだろう。敵は舌で矢の刺さった左目をまさぐるように確認している。


 稼いだ時を1秒も無駄にする事なく出口に向かい、一心不乱に走る。


「ゲゴッ!!!!!」


 我に返ったシュタインベルグが鳴き声をあげ、憤怒の気配を立ち上らせるが、俺は振り返る事なく真っ直ぐに走り出口の坑道内へと飛び込んだ。


 シュタインベルグが坑道の出入り口へ激突する勢いでジャンプして、その勢いのまま再度舌を射出してくる。


 間に合わない――


 まだ坑道内十メートルほどの場所にいる俺はそう判断し、反射的にダガーを革ベルトから引き抜いた。



 シュタインベルグの舌が再び襲い、とうとう俺の背を捉える。


 衝撃を感じたその瞬間、俺は背負っていた矢筒の肩紐をダガーで切り飛ばした。


 矢筒と引き換えに辛くも舌の拘束を逃れ、だが再び弾き飛ばされた俺は坑道内を転がった。



 朦朧とする意識の中、ダガーを杖に何とか立ち上がり奥へと進む。


 坑道の入り口で激昂したシュタインベルグが、魔法で馬鹿でかい水弾を構築している。


 何とか弓形に湾曲している坑道の死角へと飛び込む。


 シュタインベルグから放たれた水魔法が、激しい弾着音を響かせながら坑道を揺らした。


 だが射線はしっかり切られており、このままいくら追撃されても魔法が当たる事は無いだろう。



「……や、やばかった……」


 俺はへたり込んだまま、ついそう一人ごちた。


 だがいつまでもここで座りこんでいるわけにもいかない。


 シュタインベルグはおそらく入ってこれないだろうが、小ガエルたちが、いつ雪崩れ込んできてもおかしくないからだ。


 俺は深く呼吸をして息を整えた後、疲労と緊張からの弛緩で震える両足をパンと叩き、ため息をついて坑道を奥へと進んだ。


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