第242話 遺跡(4)



 覚悟を決めた俺は、慎重に本命の道を進む。


 幸いな事に、坑道内は緩やかにカーブしたりすぐ行き止まる分かれ道があったりと、身を隠せる死角がそれなりにある。


 恐らくは目的の地層を探して、あるいは硬い岩盤層などを避けて掘られたのだろう。


 これが見通しのいい真っ直ぐな直線であれば、あっという間にとてつもない数の魔物を引き寄せて万事休す、などという危険もあった。



 物陰から風魔法で違和感を与えて一匹ないし二匹づつ釣り出して、確実に仕留めていく。


 シュタインフロッシュは闇狼やレールゲーターのように、風魔法に過敏に反応するという事はない。


 むしろ魔物の中ではかなり鈍感な方で、かなり強めに威嚇しても風に釣られないやつは、わざわざ物音や臭いなどを漏らして引きつける必要がある。


 直線距離にして2キロ、走ったら数分ぐらいの距離を、二時間近く掛けて慎重に進んだ先にカエルどもの巣はあった。


 サッカーコート三面分ぐらいの広さがある、ドーム状にくり抜かれた空間に、小ガエルが目算で軽く百匹以上。



 左手下方には、エリア81と似たような地底湖があり、こちらは流れがあるように見える。


 地底湖の湖畔には葦のような植物が茂っており、光る蝶がヒラヒラと飛んでいたり、バッタ類の昆虫の鳴き声も聞こえる。魚でもいるのか、水中に舌を伸ばして餌を捕食しているカエルが見える。


 特徴的なのは、ドーム状に彫られた空間の、その淡く発光する壁面だ。


 光は弱いが、色合いからして恐らくは俺が適当に触ってたら起動した、坑道を照らす魔道具の原料となる鉱石だろう。


 お陰で風魔法で探査しなくても、中の様子がよく見える。



 そして……空間の右手側にシュタインベルグ。……恐らくはエリア81で遭遇したやつと、一回り小さく色味が微妙に異なる個体がもう一匹いる。


 大きいやつ、つまりエリア81で遭遇した個体は眠っているのか、目を閉じて動かない。


 小さい方は目を開けているが、喉を一定のリズムで膨らませているだけで、こちらも動きは――


「ゲコッ」


 と、そこで小さい方のシュタインベルグが喉を鳴らしたかと思うと、途轍もない速度で二十メートルはありそうな壁面へと舌を伸ばし、壁に張り付いていた中型のヤモリのような魔物を一息に捕食した。


 その予備動作の全く無い動きを見て、俺は戦慄した。


 エリア81で対峙した奴とは舌のリーチがまるで異なる。


 この広い空間で戦闘になったら、あの舌を躱しきるのは絶対に不可能だろう。そう確信するほど鋭い動きだった。


 そして単独活動中の今、あの舌に捕らえられる事は即ち死を意味する。


 俺はエリアの先がどうなっているのかを正確に把握するべく、風魔法でいくつか空いている空洞へと風を走らせ――


「ゲコッ」


 次の瞬間、死の予感としか言いようのない不気味な気配が背中を走り、俺は全速力で坑道の奥へと引き返した。


 鳴き声を発すると同時に僅かに屈む動作をしたシュタインベルグは、ひとっ飛びで俺が立っていた坑道出口との距離を詰め、内部へとその長い舌を走らせてくる。


 間一髪でその舌の間合いから飛び出た俺の胸を、心臓が早鐘のように叩く。


 舌は坑道内を弄るように舐め回し、やがて諦めたのか伸ばした時と同じ速度で回収され、パチンと音を立てた。


 ……やばかった……。まさかあんなに敏感に風魔法に反応するとはな……。


 目算で25m弱……うねる舌の間合いを正確に頭へと記憶しつつ、俺は一旦ベースキャンプへと引き返した。


 何とかしてあそこを通過しなくてはならないが、とりあえず警戒心が薄れるまでは時間をおいた方がいいだろう。


 いやその前に、こうなってはあの発見している扉を壊して中を確認した方がいいか。


 罠などが仕掛けられている危険もあるし、遺跡を壊すのは気が引けるが、死んでしまったら意味がない。


 例え出口へと通じてなくても、何か役に立つものがあるかも知れない。



 ◆



「久しぶりだね、師匠。今日はお願いがあってきたんだ」


 ドラグレイド郊外の山中にある荒屋。だが不思議な事に周辺に魔物の気配はない。


 ドアすらないその荒屋に入るなり、フェイは単刀直入に用件を述べた。


「聞いてるかな? 地下の採石場にシュタインベルグが出て、一人の探索者が生き埋めになっている。……これを何としても助けたい」



「…………誰が師匠だい、あんたは破門にしたはずだよ。勝手に入ってくるんじゃない。昨日たまたま街に行ったから、その話は聞いてるけど、私にゃ関係ない」


 取り付く島もなくそう返事をしたのは、五十代と思われる女だ。


 フェイを見るその目には憎悪が宿っており、それを隠す様子もない。


「ぷっ。相変わらずみたいだね」


「ふんっ、分かってるだろう。あたしゃこの世に嫌いなものが三つある。女、ドラグーン家、そして年寄りだ。まったく、まさかスラムで手伝いにスカウトした綺麗な顔した男の子が、メリアあの女の世継ぎ候補で、しかも女の子とはね。そりゃ出来がいいはずだよ。だから女は嫌いなんだ」


 女は忌々しげにそう吐き捨てたが、フェイはその言葉は無視して、女のいる奥の間へと入った。


「ま、僕は自分が男だなんて一言も言ってないけどね。師匠が直接確かめたがらなくて助かったよ。尊い物は遠くから見るに限る、だっけ? ……サトワに情報を提供したのは師匠なんでしょ? 近頃ルートゼニア鉱山遺跡の調査を頻繁にしてるって、報告が入ってるよ」


 フェイがそういってさらに距離を詰めると、女は腕をぽりぽりと掻きながら首を振った。


「殺されたくなければそれ以上近づくんじゃないよ、フェイ。女が近づいてると思うだけでサブイボが止まらないんだ。知ってるだろ?」


 フェイは女までの距離二メートルの位置でぴたりと立ち止まった。


 それを確認した女――フェイの元師匠であるブランカは、手元に怪しい魔道具を握ったまま、フェイを睨みつけた。


「ふんっ。だったら何だってんだい? 私があんたに協力する筈がないだろう。さっさと帰んな」


 フェイは肩をすくめた後、持参した数枚の図面を近くにある製図台へと立てかけた。


 最新式の自動お掃除ロボットのルンボ君の設計図だ。


 フェイが製図台から離れ、窓際の丸椅子に腰掛けると、ブランカはその設計図を一瞥し、キラリと目を光らせた。


「……魔導人形ゴーレム、か」


 難しい顔で図面をぱらぱらとめくり、鼻を鳴らす。


「ふんっ、癪だが流石あんただね。いくら金を使ったのか知らないけれど、よくもまぁうちを破門してからたった二年で、ここまで持ってきたもんだ。だが……ムーン・ドラグーンが作った伝説のゴーレムとは、似て非なる物だね。結局は、最も解決が困難と思われる、二つの重要な問題を解決していない」


 フェイはその指摘を受けて、楽しげに笑った。


「予め設定できる場合分けプログラムの数には限界がある。自在に動かそうと思うと、搭乗型にしない限りまず離れた場所から自在に情報を伝達する必要があるけど……その点には目処が立ってるよ?」


 フェイがあっさりとそう言うと、ブランカは目を剥いた。


「ふふっ、師匠がそんな顔するなんて珍しいね。ま、と言っても僕がその研究に取り組んでる訳じゃない。僕でも理解できない程の、天才としか言いようのない魔道具士が知り合いにいてね?」


「……男か?」


「ふふっ、残念ながら女だよ。師匠が大嫌いな、おっとりとした天然系の女の子さ。キレたら身分も立場も場面も無関係に、問答無用で血の雨を降らす不思議ちゃんだけどね。騎士団長をぶちのめす為にフェイントで陛下に殴りかかった、なんて噂まである。魔道具研究のためには法を犯すことも厭わない師匠とは気が合うかもよ?」


「…………国王に殴りかかる不思議ちゃんだと? お、女には用はない」


「きゃははは! ……それともう一つ。伝説にあるゴーレムの性能を再現するには、魔力制御、魔力増幅、魔力のエネルギー転換などに革新が必要だ。ブランカ仮説で師匠が提唱した、特定の条件下でだけ魔力を通す物質が発見されれば大部分は解決する可能性があるよね? そしてそれは――」


 フェイはライオンのような目をきらりと光らせた。


「ルートゼニア鉱山遺跡の深部で採掘されていた。師匠はそう考えてるの?」


 フェイが真剣な顔でその目を真っ直ぐ見据えると、ブランカは真意を探るようにじっとフェイの目を見つめ返していたが、ふっと息を吐いて首を振った。


「…………さっさと用件をいいな」


 ブランカはフェイの質問には答えず、先を促した。


「伝説のシュタインベルグが出現して、サトワの指名依頼を受ける予定だった探索者レン。全ての鍵を握っている彼が、今生死不明になっている。サトワ曰く、彼の力がないと最深部の探索は不可能との事だよ。絶対に死なせる訳にはいかない。その為に、師匠の魔道具をいくつか貸して欲しい。もちろん違法性については問わない。見返りに、ルートゼニアの最深部で得た情報も共有するよ? 多分レンの目的からして、僕には情報を提供してくれると思うからさ」


 二人はしばらく視線を交わしていたが、やがてブランカはため息をついた。


「……すっかり女の顔になりやがって……寒気がするよ」



 ◆



 結論から言うと、あの台座が設置されているドアの先に出口は無かった。


 だが収穫もあった。


 俺はドアの横の石の部分を掘ってこじ開けたのだが、この先の生命線となる矢やダガーは出来れば使いたくない。


 そこで困った時のマイBBQ串を取り出し、鉛筆型に尖っている方でガシガシと掘ったのだが、これがとんでもない頑丈さだった。


 最後にはピトンを岩に打ち込むぐらいのつもりでダガーのつかでこれでもかと叩いたのだが、丸く尖っている先端部が甘くなる事すら無かった。


 ……これは思った以上に大発見の可能性があるな。


 俺は今回の依頼に際して、一定程度鉱物素材について勉強したが、思い当たる金属もない。


 もし失われた未知の鉱物だとすると、世界で一番ロマンのあるBBQ串と言えるだろう。


 うっかりフェイに自慢して、所有権を主張されたりすると面倒だ。


 どこで発掘したかは内緒にしておこう……。


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