第244話 遺跡(6)
「開通するぞ! 送風チューブ用意! ロンフォの旦那、準備はいいか!?」
エリア81に続く崩落現場の再開通に向けて指揮を取っていたイグニスは、ドラグレイド基地司令のロンフォに向かって声を張り上げた。
ロンフォが落ち着いた、だがよく響く低い声で答える。
「開通後の動きを再度確認する。坑夫は
ロンフォはシャムシールと呼ばれる三日月型の湾刀を鞘から抜き放ち、鞘をその場へ静かに置いた。
生きて帰るつもりはないと意思表明する時の、昔ながらの騎士の作法だ。
「……不退転の覚悟で、ここで仕留める。それが先々、千、万の民を救う事になる。もし再度坑内への出入り口を封じられた場合、討伐完了の合図があるまで開通工事を待て。合図がない場合――ここは王国騎士団から応援の討伐隊が派遣されるまで、我々ごと封鎖せよ」
当初、出入り口は狂乱状態に陥いったシュタインベルグの大魔法で、偶然崩れたものと考えられていた。
だがいざ開通工事をしてみると、思った以上に崩落が激しく工事に時間がかかり、まるで念入りに塞がれているかのようだった。
もし巣かなにかがこの先にあって、それを守るために意図的に塞いだのだとすれば、またすぐにでも出入り口を封じられる可能性がある。
そして王国騎士団として、それだけの知能と狂乱状態を制御するほどの理性を持つ凶悪な魔物が、ドラグレイド近郊の地の底に眠っている、などという事は、断じて許容できる事ではない。
ドラグレイド近郊から集められた、王国騎士団員は、ロンフォを含め五名。
火属性を持つ若い男の魔法士が、両手杖を両肩に担いだ格好で屈伸し、不敵に笑う。
聖魔法の使い手である生真面目そうな初老の男が、シャランとワンドを震わせて理知的な声を出す。
「参りましょう」
斬馬刀を担いだ長身の女が、首をコキリと鳴らしてから前に歩み出て、その長大な剣を振るい残された岩を弾き飛ばした。
エリア81へと続く道が再び開かれ、大楯を持つ小柄で年若い女を先頭に、五人の王国騎士団員が内部へと雪崩れ込む。
だが――
エリア81は、悲しいほど生物の気配を感じない静寂に包まれていた。
次いで入場した、サトワとイグニス、そしてディオらの探索者達が、その顔を苦悶に歪める。
王国騎士団員であり、ロンフォの副官でもある火の魔法士が、静かにやるせないため息をついた。
「…………要救助者の捜索に当たれ」
ロンフォは、感情を感じさせない声でそう指示を出した。
だが、ロンフォの言葉に応じて皆が動きだしたその時、左手の地底湖からボコボコと泡が立ち上り始める。
そして次の瞬間――
伝説のシュタインベルグは、再び彼らの前に姿を現した。
「ゲゴッ!!!」
狂乱状態は解除されているようだが、その目にははっきりと憎悪の光を宿している。
その濃密な魔力に当てられた瞬間、五人の王国騎士団員達の背から途轍もない闘気がほとばしる。
さらに次々と固有種特有の体色を持った、シュタインフロッシュ達が地底湖から飛び出してくる。
「……作戦を開始する。各員、奮闘せよ!!」
ロンフォの宣言を受けて、全員が己の役割を果たすべく一斉に動き出す――
◆
「ん〜〜っ!」
フカフカのベッドで仮眠を取った俺は、背伸びをして身体を起こした。
なぜ遺跡の中にフカフカのベッドが有るのかって?
そんな事は俺も知らない。
だが今しがたまで眠っていたベッドにかけられた、何かの魔獣の皮を加工したと思われる、毛皮の肌触りは最高だった。
辛くもカエルどもの巣を突破した後、ふらつく足で進んだ坑道の先は行き止まりになっており、例によって台座が据え付けられた味気ないドアがあった。
俺は大いに顔を引き攣らせながら、すかさずBBQ串を取り出したのだが、ダメ元で一応台座に手を据えて魔力を込めた。
台座は魔力を吸い、ドアはパラパラと砂を落としながら呆気なく開いた。
中は照明がついていた。
やや古臭い印象も受けるが、これまでの地をくり抜いただけの倉庫とは異なり、内部の装いには品がある。
一応中に入る前に、『すみませーん!』とか、『迷子でーす!』とか叫んでみたが、一向に返事がない。
そのうち後ろから小ガエルの気配を感じたので、緊急避難という事で仕方なく不法侵入し、同じ要領で中からドアを閉めた。
眠る前に一通り確認したところ、中は無人で、大きく分けて三つの部屋に分かれていた。
一つは今俺が仮眠を取っていた居住スペース。
もう一つは立派な装丁の古そうな本がたくさん収められている図書室。
ただし何冊か手に取った本は、すべてどこかで見たような古代言語で書かれており、俺には解読できなかった。
挿絵から察するに、どうも魔道具の設計や研究に関する資料と思われる。
最後の一番広い部屋は、開発途上と思われる魔道具がいくつも転がっている、恐らく
BBQ串を回収したトロッコに装着されていた、しかも完全に原型を留めている頭部っぽい形の魔道具などが目についたが、それよりも俺を驚かせた物がある。
パイプオルガンのような馬鹿でかい埋め込み式の魔道具で、なんとこれは稼働していた。
仮にこの遺跡が、ムーン・ドラグーンが生きた時代の産物だとすると、動きっぱなしではなかったとしても、軽く千年以上は機能を維持していたことになる。
何の魔道具かはさっぱり分からないが、見たこともないほど馬鹿でかい魔石がうっすらと光り、ブーンと無機質な音を立てている様には感動すら覚えた。
……そんな訳で俺は今、大層困っていた。
どう控えめに考えても世紀の大発見であり、これを発表したら探索者レンの名は大陸中に響き渡るだろう。
もちろんアレン・ロヴェーヌと探索者レンが同一人物で有ることなど秒でバレるだろうし、この先どこにいっても大騒ぎされること間違いなしだ。
…………しつこい様だが、俺は大金持ちになったり、偉くなって有名になりたい訳じゃない。
そこに
俺は、自分が好きな事を……心から面白いと感じる事を、何にも縛られる事なく自由にやって生きていきたいのだ。
……とりあえず、ここをどうするかは出てから考えよう……。
まだ、再び太陽を拝めるかも分からないのだ。
先の事を考えても仕方がない。
最悪、フェイに手柄を全て押し付けるという手もあるしな。
睡眠を取った俺は、早速先に進むことにした。
もう少しロマン溢れる古代の秘密基地を詳細に調べたい気持ちもあるが、内部に食料の類は流石になかったし、とにかく外に出る目処が立たなければ大発見もクソもない。
さっさと帰らないと葬式が始まりそうだ。
採掘場へと繋がる出入り口とは反対側にある、大きな扉の横にある台座に手を添えて魔力を込める。
この扉が開く事までは、睡眠前に確認済みだ。
作りの丁寧さからして、こちら側が玄関で、入ってきた坑道側の扉は勝手口だろう。
外に出て扉を閉めると、その表面には今とは若干意匠が異なるものの、ドラグーン家の家紋と酷似した模様が彫られている。
玄関までは十段ほどの石階段のアプローチがあり、階段の左右には細かな彫刻が施されている石灯籠のようなものが整然と設置されている。
だが――
階段を降りたところで、俺は思わず咳き込んだ。
階段の下は酷く埃っぽく、足元には10cm近い深さで砂状の物質が溜まっている。
そして俺は、ドラグレイド近郊にそうした場所がある事を知っている。
ルートゼニア鉱山遺跡深部――
そう、本来であればサトワの依頼を受けて探索する予定だった廃鉱山だ。
数百年前の火山活動により、火山性の貴重な鉱石が得られるようになった事で栄えたその鉱山は、その噴火より前の時代は天然魔炭鉱として栄えていたと考えられてきた。
古くから鉱物の錬成に使用されてきた魔炭鉱自体は取り立てて珍しい物ではないが、サトワはそれ以外にも貴重な鉱物がこの遺跡で採取されていた、と考えているようだ。
俺は図らずも、サトワと探索予定だったルートゼニア鉱山遺跡の最深部に、勝手口から到着してしまったというわけだ。
サトワによると、ルートゼニア深部の探索環境はめちゃくちゃ厳しい。
光源が全くなく、手強い魔物が出現し、致死性の有毒ガス溜まりなどがそこかしこにある事に加えて、どういう訳か――この遺跡の坑内通気の仕組みのせいだろうが――常に遺跡の深部に向かって流れている風によって、空気中を浮遊する魔炭鉱特有の炭塵が深部に行くほど濃くなる。
高濃度のこれを長時間吸っていると、頭痛、眩暈、吐き気、果ては意識障害など重篤な症状が出て、やがて死に至る。
魔炭鉱から出て暫くすると自然排出または体内に吸収されるそうだが、高濃度の場所で長時間滞在すると、それらの作用が間に合わなくなるそうだ。
「時間との勝負だな……」
快適な拠点も手に入れたし、可能であれば一、二度はマッピングしてからアタックしたい所だが、残念ながら飲料水を追加で調達できる目処がない。
俺はシャツの袖を破って革袋に入れていた貴重な水を掛けてから口周りへ縛って覆い、さらにその上から垂れ目のおじさんが微笑んでいるお面をつけた。
四方に伸びる各坑道に風を走らせて、空気の流れから正解っぽいルートを選びながら全力で駆ける。
流石に風魔法で空気の構成比までは分からないが、硫化水素や二酸化硫黄などは空気より重いので、通気が働いていない場所は軽くかき混ぜて、空気の流れを慎重に見極めれば、ある程度は有毒ガスの有無は判別できるだろう。
暗く冷たい地の底から這い出るための、たった一人の孤独なタイムアタック。
失敗すれば死。
だが……
こんな所では死ねない。
俺はこんな所では――
「ゲコッ!!!」
走り出した俺の背を、死の気配がそっと撫でた。
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