第238話 I'll be back



 俺たちを敵と認知したシュタインベルグ石の山は、その目に憎悪の光を宿らせた。


 だが意外にも怒りに任せて襲い掛かって来るような事はなく、負傷した舌での物理攻撃を止め、体外魔法での中距離攻撃に切り替えた。


 小ガエルが巻き添えになるのも厭わず、物凄く高威力の水弾と土弾を放ってくる。


 その土弾は地をえぐり、水弾が抉られた地に溜まり、池のような水溜りがいくつもできる。


「大丈夫か、ディオ?!」


「ああ……問題ない」


 だが魔力を練る予備動作があり、彼我に距離もあるので、俺とイグニスさん、そしてダメージの残るディオは問題なく躱していく。


 避難の大部分が終わり、かつ敵の憎悪ヘイトが俺たち三人に向けられているので、俺たちとしてもリスクを冒して近接戦闘をする意味はない。


 先程の俺の攻撃を警戒しているのか、向こうも距離を詰めて来るつもりはないようだ。


 あるいは地底湖にすぐ逃げ込める距離を保っているのかもしれない。


 だとしたら相当警戒心が強く、怒りをコントロールできるクレバーな魔物であり、精強な王国騎士団と言えども討伐するのに相当苦労するだろう。


 やはりここで無理に討伐しようなどと欲張らず、皆の退避が完了するまでの間、つかず離れずの距離を保ちながら……


 そんな風に考えていると、巨大ガエルは目をぎょろりと俺たちの後ろへと走らせた。


 まずいな……。そちらは奥から作業員たちを吸収したパーリ君たち最後の避難グループが、小ガエル達に対処しながら真っ直ぐに出口へと走っている所だ。


 あちらをターゲットにされると、サトワやパーリ君は兎も角として、石工たちは間違いなく攻撃魔法を躱しきれず死傷者が出る。


 だが……巨大ガエルは死角を走っていたパーリ君たちに今気が付いた様子だ。


 敵認知の大部分を視覚に頼っていて、索敵能力はそれほど高くないのか……?


 ……考えている時間が惜しいな。


霧の森フォギーフォレスト


 俺はとりあえず巨大ガエルが抉った地面に溜まった水溜りを気化させて、辺りに霧を発生させた。


 一気に坑内の視界が悪くなる。


 空気がある程度滞留する空間など一定の条件はあるが、特定条件下で水を大量に気化させて急激に水蒸気量を増やすと霧が発生する事は検証済みだ。


「なっ! レンお前、水属性持ちだったのか?!」


「風魔法です」


 こうして霧を発生させて視界を悪化させる魔法は、一定以上練度のある水属性魔法士がまれに使う魔法だからだろう。


 イグニスさんが目を丸くして問いかけて来たので、俺は短く答えた。


 もちろん俺の『霧の森フォギーフォレスト』は、手元の気圧を急激に下げる事で水を気化させているので、自ら水を生み出せる水の魔法士のそれとは原理が異なる。


 まぁ水の魔法士も半分は大気中の水を集めているようなので、全く別物という訳ではないが。



 水弾を構築していたシュタインベルグは、辺りが真っ白になった事に一瞬戸惑った様子だったが、構わずその巨大な水魔法を放った。


「伏せろ!!」


 すんでの所でパーリ君が叫び、水弾は逃げる石工たちの頭上を掠めた。


「立って走るぞ! もう少しだけ頑張ろう!」


 即座にパーリ君が、頭を抱えて地に伏せている石工たちを鼓舞する。


 ……いつからあんなに頼りになる男になったんだ?



 シュタインベルグを観察すると、多少反応が鈍い気もするが、この霧の中でもパーリ君達を目で追えている。


 とすると――熱か。だが目元で感知している事は間違いなさそうだ。


砂嵐サンドストーム


 この魔法は説明するまでもないだろう。シュタインベルグによって抉られた地から出た砂礫を風で集めて、巻き上げる。


 単純極まりないが、索敵魔法が得意な俺とはすこぶる相性が良く、且つ目に頼る相手には絶大な効果を発揮する技だ。


 まだ試した事は無いが、風でコントロールし易い砂が大量にある砂漠などで性能を最大限発揮すると、凶悪すぎる技になるだろう。


 シュタインベルグは目に見えて俺の砂嵐サンドストームを嫌がった。


「おいおいおい……」


「風魔法です」


「「…………」」



 ◆



 シュタインベルグは俺の砂嵐サンドストームを振り切ろうと暴れ回るが、俺は敵を逃がさないよう、執拗に砂礫をその目に送り込む。


 土属性持ちの魔法士であれば魔力量に限界があるだろうが、俺が操作しているのは実在する砂礫だし、多少のロスは発生するがもちろん魔力を循環させている。


 こうなると木などの障害物や自然の風がなく、ロスが少ない地下空間で遭遇したのは幸運だったな。


 ある程度重さのある砂礫をコントロールする為には、一定の距離まで近づかなくてはならないのでリスクもあるが、敵にはその巨体を自由に動かすだけの空間もない。


「退避完了まであと約十五秒! ……十! 九! 」


 サトワが皆の退避が完了するまでのカウントダウンを始めたタイミングで、イグニスさんとディオに目線で合図を送る。


 二人は即座に頷いた。


 ここまでくれば魔力のロスを気にしていても仕方がない。


 俺は集められる限りの砂礫を風魔法で集め、シュタインベルグの眼前に殺到させながら徐々に後退を始め――


「ゲゴッ!!!」


 と、それまでは高度な知能を感じさせていたシュタインベルグは、その体色を見る見るうちに赤黒く染め始めた。


 砂礫が目に入る事を全く厭わない、大きく見開かれた目がきっかりと俺を見た瞬間、俺の背中に大量の汗が吹き出る。


 俺たち三人は申し合わせたように、脱兎の如く出口に向かって走り出した。


「ちぃ! 狂乱状態だ!」


 イグニスさんが走りながら叫ぶ。


 狂乱状態とは、前世風に言うところのバーサクに掛かったような状態だ。


 冷静な思考回路が失われて、自身が傷つくのも厭わず無茶苦茶に暴れたり魔力を放出したりする。


 深い怒りや命の危機などが原因で陥ると言われているが、何の前触れもなく集団でこの状態に陥り、魔物暴走スタンピードを引き起こしたりする事もあり、その発生メカニズムはよく分かっていない。



「退避完了! 急いで下さい!!」


 サトワが蒼白な顔で俺たちの後ろを見ながら手招きする。


 もちろん俺は、振り返るまでもなく後ろで何が起きているかを風魔法で捉えている。


 俺たちではなく、俺へと真っ直ぐに向けられた憤怒の目。


 空間が揺らめいているのではないかと錯覚しそうになる程に、練り上げられた魔力。


 シュタインベルグの頭上には、ブラックホールに引き寄せられているかの如く、岩石と水が入り混じった高密度の巨大な魔法球が浮かんでいる。


 坑内の小ガエル達は、逃げ惑うようにして一目散に地底湖へと飛び込んでいる。


 その地底湖は、みるみる内に水位を下げて――


 その時俺は気がついた。


 水位を下げた地底湖、ちょうど俺たちが走っている地の下を貫くように、横穴が通っている事に。


 その横穴に違和感を覚えた俺は、出口に向かって走りながら、反射的に風を走らせ穴の奥を探査する。


 ドクンッと心臓が跳ねる。


 横穴の地面には、まるで人が作った構造物のように一定の間隔で走る二本の線状の物体が……そう、例えば朽ち果てたトロッコの軌道のような物が敷かれており、奥へと続いている。


 さらに奥まで探査していくと百メートル程進んだ所には――


 俺は出口までの距離と、シュタインベルグの魔法の構築状況……すでに構築を終えて照準を定めている状況を確認して決断を下した。


「間に合わない、か。……二人は真っ直ぐ進んで下さい」


 そう言って走る速度を緩め、二人と距離を取る。


「な、何をしとるボン! 走れ!」


 ディオが驚愕した顔で振り返ったので、俺は力強く叫んだ。


「振り返るなディオ。俺は……必ず生きて帰る!」


「な、何を言って――」


 俺は進路を九十度曲げ水位の落ちた地底湖方面へと走り出した。


 足を緩めようとするディオに向かってイグニスさんが出会ってから初めて怒気を発し、大声で叫ぶ。


「馬鹿野郎! レンの覚悟を無駄にするな!」


 ターゲットである俺が、魔法を放つ直前に急に転進した事で、シュタインベルグは照準を修正しきれず、その途轍もない威力の魔法は出口へと走る二人と俺の間に着弾した。


 轟音と共に衝撃波が球面状に広がり、直撃を避けた俺を地底湖上まで吹き飛ばす。


 何とか宙で体勢を整え反転した俺は、改めて横穴を確認する。


 ……大丈夫だ……やはり奥は空気も澱んでいないし、苔も生えていない。


 これなら水位が戻っても――



 ディオ達の方へと目をやると、無事に出口へと辿り着いた二人が、そしてその後ろではサトワとパーリ君が、先程の大魔法の衝撃で次々に崩れて出口を塞ごうとしている岩の隙間から、見ていられないほど悲痛な顔をこちらに向けている。


 ディオに至っては、岩の崩れる轟音でよく聞こえないが『ぼ〜ん!』的な形に口を動かしながらこちらに右手を伸ばしており、イグニスさんに後ろから羽交締めにされている。


 俺は彼らを少しでも安心させるため、水位の下がった地底湖の淵に見切れる直前に、ニコリと笑って親指を立てた。






 ◆◇◆◇◆ 後書き ◆◇◆◇◆


 年内もう一話更新する予定ですが、帰省やら何やらで時間が取れないかもしれませんのでご挨拶しておきます!


 今年も一年間お付き合い頂きありがとうございました。


 個人的に今年はリアルの仕事の変化に加え、本作を書籍化させて頂いた影響もあって、光陰矢の如く過ぎ去った怒涛の一年でした。


 目を疑うようなスケジュールに白目になる時もありましたが(苦笑)、読者様のありがたい感想やレビューに力をもらって何とか乗り切れました。


 自分の性格上、感想にお返事をし始めると物凄く力を使う気がしており、一貫してお返事を控えさせていただいておりますが、激励もご意見も一つ一つ拝見して忙中の活力とさせて頂いております!


 本当にいつもありがとうございます!


 それでは皆様、良いお年をお迎えくださいませ┏︎○︎ペコッ





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