第233話 エリア81(2)



「ちょっと若者に厳しいんじゃねぇか、赤鬼」


 言葉にするときついが、イグニスの目にはディオを非難するような色はない。


 純粋に、なぜ助けに入らなかったのかを聞いてみたい、そんな興味からのセリフに見える。



「……自ら望んで危険な場へやってきた、見ず知らずの子供に指導してくれと頼まれたんだ。手取り足取り教えるつもりはないし、死んでも文句は言わんという約束だ」


 ディオは抑揚のない声でそう言った。


 パーリが槍の指導を申し込んだ所、ディオはめんどくさそうにすぐさま手を振ったが、サトワとイグニスが揃って指導してやるように促したので、しぶしぶこれを受けた。


『固いこと言うなよ、赤鬼。人の指導には人間性が出る。あんたの人となりを掴むには、これが一番手っ取り早え。指名依頼の一環だと思って、な!』


『指導如何に関わらず、元より今日の分の日当は報酬に上乗せするつもりですが……如何ですかな』


 そのように二人から頼まれ、渋々右の約束でパーリの指導を受けている。


 だがこれまでのところ指導らしい指導もなく、パーリが魔物に対処するのをじっと見ていただけだ。


 そして――先程の命の危機と言える状況ですら、微動だにしないディオを見て、堪らずイグニスが割り込んだ。



 イグニスはディオの返答を聞いて一瞬目を細めたが、すぐにからりと笑ってディオの首へと腕を回した。


「やる気のある若者を育てるのも、先輩の楽しみだろ? ほれ、俺は槍の事はわからねぇから、なんか言ってやれ」


 がっしりとイグニスの腕を首にかけられ、ディオは奥襟を掴まれた柔道選手のように、頭を下げさせられた。


 う、動けん……!


 力か、それとも技術か、ディオは自分より背の低いイグニスに押さえ込まれ、振り払うことも頭を上げることも出来ない。


 もちろん手元の槍でイグニスの足を刺して逃れる訳にもいかない。


「はぁ……全く面倒な……。……あんたには分かってるだろう。槍どうこうの次元じゃない。頭が固い。だから動きも固い。はっきり言うと、才能がない」


 ディオが無遠慮にそう言い放つと、パーリは鈍器で頭を殴られたような顔をした。


 小さな頃から天才と持て囃されてきた。才能がない、などと言われるのはもちろん初めての経験だ。


 だが――


 パーリの左胸はずきりと痛んだ。



 近頃のパーリは、伸び悩んでいる自覚がある。


 ずば抜けたセンスでメキメキと実力を伸ばしているクラスメイト達と比較して、自分はもしかして武の面でセンスに欠けているのではないか……。


 幼き頃から『努力の鬼』と呼ばれ、その不断の努力の力を信じていた自分の眼前にある無情なまでの高い壁を、心のどこかで感じとっていた。


 そんな危機感のあるパーリに、ディオの言葉が重くのしかかる。



「そうかぁ? うーん……。おいレン! お前はパーリをどう見る? 才能ないと思うのか?」


 カーンカーンと一心不乱につるはしを振るっていたアレンは、イグニスに話を振られて顔を上げた。


 パーリはぎろりとアレンを睨んだ。だがその目の奥には恐怖の色が僅かに滲んでいる。


「パーリ君ですか……そうですね、はっきり言って……センスはないですね」


 アレンが少し考えてからそう淡々と答えると、パーリの顔が歪んだ。


「ですが――」


 アレンは遠い日の記憶でも思い出すように、暫く目を瞑り、静かに口を開いた。


「ある意味で、才能はあると思います。俺が知る誰より・・・も。何のために槍を振るうのか……それを思い出したら、その眠っている才能はきっと開く。そうすればパーリ君は、ディオよりも遥かに強くなる。俺はそう考えています」


 そう言ったアレンは、再びつるはしを一心不乱に振るい始めた。


「……ぷっ! わははは!!! どうする赤鬼? パーリ、お前より才能あるってよ?」


 イグニスが楽しそうにディオの肩をばしばしと叩く。


 ディオは暫しの間、つるはしを振るっているアレンの横顔を眺めた後、『はぁ〜』とため息をついてパーリへと近づいた。


「…………冷静に観察すると、あのシュタインフロッシュが、固有種特有の体色を持つことは、お前にも見えたはずだ。初めて対峙する魔物を相手に、初手からいきなり全力で突くバカがあるか。さらに、敵が額に魔力を集中してガードを硬くしたのにも気が付かず、弾き返されたのに驚いて硬直するなど、愚の骨頂だ」


 パーリはそのいくらか柔らかみのある声音に困惑しながらも、『あ、あぁ。それは……確かにまずかったと思う』と頷いた。


「その後の眼球の動きを見ていれば、やつの狙いが湖にお前を引き込むことだと気がつけたはずだ。心に余裕がないから、足を捉えられた状態なのに、槍を振りかぶって腰を浮かすなどという自殺行為を平気でやる。死にたいのか?」


 パーリはその時を思い出し、唇を引き結び首を振った。


「引っ張り合いになった時も、頭が真っ白になっていたな? お前の身体強化の出力なら、普段の力を出せれば力負けすることは無かっただろう。何より――」


 ディオはその体から怒気を立ち昇らせた。


「わしと目があったあの時、なぜ支援を要請しない? 何も言わなくても助けてくれると……守ってもらえるのが当たり前だと思っていたのか? お前は自分の命と、下らないプライドを秤にかけて、プライドを取った。命を……たった一つしかない命を粗末にする奴を、わしは許せん」


 心構えを、覚悟を問われている。


 そう理解したパーリは、何かを言いたげにしたが、歯を食いしばり、両の拳を固く握って言葉を呑んだ。


 反論したい想いはあるが、たった今死にかけた所をイグニスに助けてもらったばかりでは、何を言っても説得力はない。


 ディオはその固く握られた拳を見て、正確にパーリの心中を押し測った。


「命懸けで、などと決意ばかりが先行しているから、心が固い。だから動きも固い。槍どうこうの次元じゃない。『身命を賭して事をなす』という事は、お前が考えるほど安いものではない。その身を地獄の炎に焼かれ、その結果世界を敵に回そうとも――」


 ディオは続きの言葉を呑み首を振った。


「……歳は関係ない。持っている人は、生まれながらに持っている。……他人にどうこう言われて解るものではないと思うが、自分の心を見つめられないと、お前は道半ばで死ぬだろう。……わしの知った事ではないがな」



 ◆



「へっ……最初っから素直にアドバイスしてやりゃいいのに。面倒くせぇ野郎だなぁ全く。おうレン、フォローありがとよ」


 ディオの指導を横目に見てにやにやしながら、イグニスさんが近づいてきて俺にそう言った。だが礼を言われる覚えはない。


「俺は別にフォローした訳じゃありません。聞かれたから自分の考えを答えたたけです。と言うか何で俺に?」


 俺は横目でサトワを睨んだ。


 最初に挨拶した時も感じた事だが、イグニスさんは明らかに俺の正体を知っている。でなければ、パーリ君について探索者レンに聞こうなどとは思わないだろう。


 まぁ分別のありそうな人なので別に構わないのだが、誰かれ構わず広められると、色々とめんどくさい。


「あぁ、お前の事はメリアさんから聞いてたんだ。ぷっ! あのドラグーンの『女帝』が、何を考えてるのか分からない宇宙人だと参ってたぞ?」


 誰が宇宙人だ、失礼な……。


 自分のやりたい事をやって、面白おかしく生きる。これ以上どう単純明快になれと言うんだ……。


 だが流石は人外と言われるAランク探索者。侯爵クラスと普通に交流があるのか。まぁこの人が特別なだけな気もするが……。


「私はレン君の人物眼を信頼しておりますからな。パーリ君に対する評価は興味深かったですな。本心なのでしょう?」


 サトワがそう言って笑ったので、俺は頭をかいた。



 俺のパーリ君への正直な印象。それは前世の自分に似ている、というものだ。


 もちろん性格は全然違うし、前世の俺に比べたら身体的な才能はもちろん、地頭も遥かにいいだろう。


 そしてそれだけ才能に恵まれているにも関わらず、この俺が引くほどの努力をしている。


 だが……その悲壮感すら漂う努力は、前世の俺と同様、方向性があやふやだ。


 努力する事が……苦しい事を我慢する事が目的になってしまっていて、何のために努力するのかを見失っているように見えるのだ。


 初めて槍を持った頃はそうではなかっただろう。


 槍を握るだけでわくわくしていた。槍の稽古が楽しくて仕方がなかったはずだ。


 その頃の気持ちを……なぜ槍を振るのかを思い出すだけで、同じ努力でも成果はまるで異なるだろう。その事は俺が誰より知っている。



 この一本気バカのパーリ君が、余念を捨てて槍へ真っ直ぐに向き合ったら――


 俺は一心不乱につるはしを振るいながら、ついそんなパーリ君の姿を想像して背をぞくりと震わせた。


 ……パーリ君の性格からして、ディオのように柔らかで変幻自在な槍の刺し回しは、いくら訓練しても出来ないだろう。


 だがどんな分野も、正解は一つではない。



「……楽しそうだな?」


 イグニスさんが不思議そうな顔で問いかけてくる。


 どうやら俺は、気が付かないうちに笑っていたらしい。


「……もしパーリ君の才能が花開いたら、どんな二つ名が似合うかなと考えていたんですよ。『ドリル・パーリ』……というのはどうでしょう?」


 俺はなんとなく照れくさくなって、そんな事を思いつきで口走った。


「ドリル……? 何だか……いや、かなりダサい気もするが、どういう想いを込めたんだ?」


 お、想い?


 そんなものは全くない。何となくパーリ君の顔から連想したのがドリルだったと言うだけの事だ。


「え、えーっと、ドリルには特定の技能を向上させるための反復練習という意味と、硬い物を貫く穿孔機という意味があります。頑固で一本気なパーリ君は、どんなヤマでも真正面から貫いていきそうですからね」


 よせばいいのに、ついそんな屁理屈を後付けすると、イグニスさんは『ほうっ?』とか言って片眉を上げた。


「結構いいんじゃねぇか? おいパーリ! レンがお前の二つ名考えたぞ! 『ドリル・パーリ』だとさ!」


 イグニスさんが真面目な顔でそう言うと、パーリ君ははっきりとその顔を顰め、ぎろりと睨みつけてきた。


「バカにしているのか?」


 ま、まぁそうなるよな。


「この二つ名には、パーリはいつかその『鋼鉄の意志』をもって、『山をも貫く』ほどすげぇ男になるって想いが込められてんだってよ」


 いやいや、意訳のセンスが凄い!


 いつのまにトンネル掘削用のドリルジャンボの話になったんだ?!


 流石にこの世界にそんなものは無いだろう……。


 案の定パーリ君は、呆れ返って『はぁ〜』と深々とため息をついて、『くだらん』とか言って踵を返した。


 その後ろ姿を見て、イグニスさんがにやにやと悪い顔で笑った。


「ありゃ〜泣いてんじゃねぇか?」


 ……いやいや、泣くほどはダサくないだろう……。

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