第232話 エリア81(1)



 このドラグレイド・・・の地名の由来ともされるレイド石は、主に建築建材に利用される石材だ。


 耐久性や加工のしやすさといった点が建材として優れている事に加えて、表面に目に見えない微細な穴が空いているレイド石で組まれた室内は、温かみのある音響に特徴があるらしい。


 その美しくも落ち着きのある乳白色の色味と、この辺りでしか採取されない稀少性も相まって、高級石材として人気が高い。



 俺とディオ、サトワ、そして何故かパーリ君の四人は、レイド石という石材の採掘現場内にある、『エリア81』へと向かった。


 同行を申し出るパーリ君に対して、俺はるんるんと浮かれてスキップしていた自分の事を棚に上げて、『遊びじゃないんだぞ』とため息をついた。


 エリア81というのは、石工達の護衛任務がランクBに指定されるほどの危険地帯との事だ。Dランクのパーリ君には本来荷が重い現場だということだ。


 だが依頼人であるサトワは、意外にもあっさりと同行を許可した。


『パーリ君は、この春休み期間中、昼夜の別なくこの辺りの護衛任務をこなしていたそうですな。その質もDランク探索者としては突出しており、ドラグーン支部長から直々に報告と昇格の推薦があったほどです。流石に明日からの指名依頼に同行させる事は出来ませんが、本日私が同伴して『エリア81』に同行する分には問題ないでしょう。きっといい経験になります』


 サトワはそのように理由を語った。


 協会の副会長偉いさんだけあって、若手の将来を見ているようだ。


 あるいはパーリ君の実力をその目で確かめて、昇格させるに足るかを見極めようとしているのかもしれない。



 パーリ君はどうやら、この春休みを魔物との実戦経験の積み上げに充てていたらしいな。


 地元のアベニール伯爵領にも当然協会支部はあるだろうが、敢えてレベルの高いドラグレイドで一人実戦に明け暮れている所に、パーリ君なりの強い意志を感じる。


 俺はその場にいなかったのだが、クラスメイトから聞いた話によると、林間学校では実践不足を露呈して、チームの窮地を拡大させたようなので、その事が堪えているのかもしれない。


『俺は……自分に足りていないものの穴埋めをしたいだけで、探索者ランクには興味がない。もちろん、将来探索者としてやっていくつもりも全くない。……それでも、同行させてほしい』


 パーリ君は馬鹿正直にそう言ったが、サトワは別に気分を害した風でもなく、真剣な顔でふむふむと話を聞いてから口を開いた。


『私も学園にいたころは、まさか自分が将来このような立場になるとは夢にも考えておりませんでした。実際、卒業後は王国官吏として宮仕えをしましたしな。ですが……将来の事は誰にもわかりません。重要なのは、選択肢があるという事です』


 サトワのこの助言を理解したのかしないのか、パーリ君は無言で真っ直ぐに頭を下げた。



 ◆



 広大なレイド石の採掘現場は、まず垣根掘りで石山を横に掘り進み、次に平場掘りで柱を残しながら下に掘り進む地下採掘場となっている。


 色味が汚いなど、商品価値の低い石の層を避けるため、このような掘り方となるようだ。


 俺達の目的地である『エリア81』と呼ばれる区域は、その地下採掘場の最深部にある。


 長い年月をかけ少しずつ地中深くまで掘り進められた広大な地下空間は、深さだけでも数kmはある。


 こうした地下採掘場は、当然ながら掘りやすく、切り出した石を運び出しやすい地上近くから掘られていくので、無数の入り口から続く坑道が内部で複雑に繋がり、迷路さながらに入り組んでいる。


 近頃発見されたこのエリア81と呼ばれる地区には、天然の地下空洞と地底湖がある。


 何処からか流れ出てくる水を静かに湛えるその地底湖は、自然の神秘としか言いようのないエメラルドグリーンに光る湖で、ミネラル分が多すぎて人の飲用には適さないが、魔物、特に土属性の魔物が好み、多くの魔物を引き寄せる危険地帯だ。


 その反面、エリア81この付近のレイド石には、グリーンを基調としたオパールを思わせる微かな遊色効果(光のあたり具合で虹色に光る現象)があり、高級建材であるレイド石の中でも桁が二つ違う高値で取引される。


 こうした背景があり、多くの魔物と、ゴールドラッシュさながらに一攫千金を夢見る人間とが集まる、ハイリスク・ハイリターンな現場となっている。



 ◆



 エリア81に到着した俺達は、指名依頼のもう一人のメンバーである、イグニス・ラファドールさんをサトワから紹介された。


「俺は王都で探索者をしているレンです。今回、サトワさんからの指名依頼をご一緒することになりました。まだまだ経験の浅い若輩者ですが、よろしくお願いします!」


 俺がこのように自己紹介をしながら、気合いの籠ったお辞儀をすると、イグニスさんは爽やかに笑った。


「おう、お前の話は色々な方面から・・・・・・・聞いてるよ。よくドラグレイドまで来たな! 何だ、生意気そうな二つ名を引っ提げてる割には、随分と愛嬌のある面構えしてるじゃねえか! 俺はイグニスだ、よろしくな!」


 何だか含みのある言い方が気になるが……


 この世界にはあまりいない、特徴的な八重歯をきらりと輝かせて、少年のように屈託なく笑っている。歳は32との事だが、二十代の前半くらい若く見えるな。


 魔物の革を貼り合わせて作られた、ブフウ特有の胴着に身を包んだイグニスさんは、その巨人アラガーンの称号から連想するような、大男ではなかった。


 むしろ背は170cmに満たないので、一線級の探索者としてはかなり小さな方だろう。


 筋骨隆々、というよりは、どちらかというとしなやかさを感じる見た目だが、握手を求めて差し出された上腕部の太さは、尋常なものではない。


 がっちりと差し出された手を掴むと、しなやかさと力強さが同居した、一流の使い手特有の鍛え込まれた感触が伝わってくる。


「此度の依頼ではイグニスさんに護衛任務の全体指揮リーダーをお願いするつもりです。アタッカーにはディオさんがいますので、レン君は索敵スカウトを優先するようお願いいたします。宜しいかな?」


 サトワがニコニコと笑いながら俺とディオを見た。


「ええ、イグニスさんはAランク探索者の大先輩ですし、俺の方は問題ありません」


「……わしも問題ない。ディオだ。よろしく頼む」


 ディオがそう言うと、イグニスさんは好奇心に満ちた目で手を差し出した。


「あんたが『オールドルーキー』か! 噂を聞いて、会いたいと思っていた。ま、俺はあんたよりとお以上年下だと思うが、この辺りは地元だし、今回のところは任せておいてくれ」


 二人はがっちりと握手して、互いににやりと笑った。


 何と言うか、人の懐に入るのが上手い人だな……。


「で、こっちの小僧は誰だ? 確かサトワさん含めて四人のパーティと聞いていたが……」


 親指でパーリ君を指すと、サトワが答えた。


「ああ、彼はパーリ・アベニール君。この現場に同行したいと言われましてな。将来有望な若者なので、今日のところは同行頂く事にしました」


 サトワがそのようにパーリ君を紹介すると、イグニスさんはニヤリと笑った。


「あぁ、お前が近頃支部で噂になってる、ニックスのとっつぁんの倅か。お前も話には聞いている。やる気のある若者は好きだ。よろしくな」


「……父をご存じなのですか?」


「そりゃ知ってるさ。とっつぁんはドラグーン侯爵軍の将軍だからな。若い頃は世話になったし、その縁で今でもたまに仕事を頼まれる」


 父と交流があると聞いたからか、いつもどこか斜に構える癖のあるパーリ君は、珍しく素直に頭を下げた。


「パーリです。宜しくお願いします」



 自己紹介が済んだ所で、俺は早速本題に入った。


「俺を、イグニスさんの弟子にしてください!」


 頭を九十度きっかり下げた最敬礼の姿勢を取りおえる前に、イグニスさんは即答した。


「いいぞ」


「いいの?!」


 自分で頼んでおいて何だが、これだけ多くの肩書きを持つ人だから、てっきり断られるとばかり思っていた。OKされるにしても、もっともったいをつけると思ったのだが……。


 俺が目を丸くしていると、イグニスさんは吹き出した。


「ぷっ! 何だその面は! あぁ構わねぇ。おりゃ〜後輩の面倒を見るのが好きなのに、近頃はどいつもこいつも恐縮しやがって、目も合わせやがらねぇからな! やっぱり若者はレンぐらい勢いがねぇと!」


 何と! 流石一流の探索者は懐が深い! 頼んでみるものだな。


 俺はホクホク顔で感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 するとその様子を唖然とした顔で見ていたパーリ君が、何かを決心したように大きく深呼吸をしたかと思うと、ディオに向かって頭を下げた。


「……赤鬼のディオ。あなたが変幻自在な槍使いだという噂は、ドラグレイド支部で散々耳にした。どうか俺に槍の指導をしてくれないか?」


「断る」


 ディオは秒で断った。



 ◆



「うぉぉおおおお!」


 ガインッ!!


 パーリは地底湖から飛び出してきたシュタインフロッシュ、一メートルはありそうな土属性の蛙の魔物へと十字槍を繰り出し、驚愕に目を見開いた。


 シュタインフロッシュは、春先のドラグレイド近郊では特に珍しくもない、Dランク相当の魔物だ。


 パーリ自身、この春休みに何匹刺し貫いたか数える気にもならないほどの個体を狩ってきた。


 だが、通常種と僅かに色味が異なるその個体は、必殺の気合いで繰り出したパーリの槍を苦もなく弾き返した。


 次の瞬間、シュタインフロッシュは目をグリンと背後の地底湖の方へと向けたかと思うと、口を開けて二メートル近く舌を伸ばし、パーリの右足首へと押し当てた。


「な、こいつ!」


 シュタインフロッシュの舌先には、タコの吸盤のように押し当てた対象物に吸着する効果がある。


 パーリもその事は認識していたが、想定していたよりも遥かにその動きが速く、躱し損ねた。


 慌てて舌を切り離すべく、十字槍を両手で持ち頭上へと振り上げる。


 だがパーリがその槍を振り下ろす前に、シュタインフロッシュは舌でパーリを捕らえたまま地底湖の中へと飛び込んだ。


 強力な力で不意に片足を引かれたパーリが、バランスを崩し転倒する。


 すんでのところで槍を片手で地に突き刺し、湖へと一気に引き摺り込まれるのは回避した。


 だが水中のシュタインフロッシュは、獲物を水中に引き込もうと執拗に舌を引っ張り続ける。


 パーリは底の見えない地底湖の闇を見て背を震わした後、縋るような目で近くを巡回しているディオを見た。


 だが腕を組んで様子を見ていたディオは、興味のなさそうな目をパーリに向けるばかりで、一歩もその場を動こうとしない。


 何とか舌を離させようと、パーリも左足で何度も吸着部を蹴るが、体勢が悪く大して力が入らない。


 地に突き刺した槍がぐらりと揺れる。


 死――



 パーリの頭が真っ白になった所で、イグニスがフォローに滑り込んだ。


 伸ばされ綱引きの様に張られているヌルヌルとした舌の中心付近を右手でわし掴みに握り潰すと、パーリの足から吸着部が外れる。


 そのまま無造作に引っ張る。


 水中にいたシュタインフロッシュは、『ゲゴッ』と鳴き声を発して苦もなく湖から引っ張り出された。


 イグニスはその蛙を、サッカーボールのように蹴り飛ばした。蛙は三十m近く吹っ飛んで、地底湖の対岸の壁に激突し、湖へと沈んだ。



「立てるか、パーリ?」


 片膝をつき、はぁはぁと乱れた呼吸を必死に鎮めようと呼吸しているパーリへと手を差し出す。


「……あ、あぁ、助かった。助かりました、イグニスさん」


 パーリが蒼白な顔で立ち上がって頭を下げると、イグニスはからりと笑ってパーリの尻をバシンと叩いてからディオへと真っ直ぐな目を向けた。


「ちょっと若者に厳しいんじゃねぇか、赤鬼?」



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