第230話 ドラグレイド



 ドラグーン侯爵領の領都ドラグレイドは、こうした中核都市としては珍しく、急峻な山岳地形の只中にある。


 二つの山脈がぶつかり合い、さらに成層火山や火砕丘など二十を超える多様な火山体が識別できるこの地は、交通という意味でも、もちろん居住という意味でも、利便性の高い地とは言い難い。


 むしろその昔は不便極まりない、人の近寄らない秘境の感すらあったであろう。


 その地がこうして、ユグリア王国の一角をなすドラグーン地方の中心地として栄える理由は、鉱物をはじめとした天然資源が豊富かつ多様である事、これに尽きる。


 いつ頃からこの地に人が住むようになったのかははっきりしない。


 今日まで続く大貴族、ドラグーン家の開祖にして半ば伝説的な魔道具士であるムーン・ドラグーンが、この辺りの豪族を束ねてユグリア王国初代国王、アーサー王に与した時には、すでに一定の発展を遂げていたものと思われる。


 例えばそのドラグーン一族は、建国の遥か以前から細々と古い魔道具製作の技法をこの地に伝えていた、弱小氏族だったとされている。


 そうした背景もあって、この街はユグリア王国建国後も、その豊富な天然資源と他領の追随を許さない魔道具製作を始めとした職人技術を基軸に独自の発展を遂げている。



 夜になると特徴的な赤い提灯のネオンが街中に煌めく、路地と石階段が迷路のように入り組む妖しい街。


 ドラグレイドはそんな街だ。



 ◆



 俺はエクレールでトゥーちゃん達魔導車部のメンバーと別れ、単身ドラグレイドへと来ていた。


 盗難事件の顛末は気になるが、もう自分にできることはないし、サトワから受託している探索者としての仕事もあったため、俺は一足先に現場を離れた。


 未明にエクレールを出発し、当日の夜にドラグレイドへ入る。馬車なら三日から四日の旅程というところだろう。


 サトワから指定された日は明後日なので、盗難事件で大分時間を浪費したが、何とか間に合わせる事ができた。



 ドラグレイドには都市の玄関口とも言うべき関塞かんさい、簡単に言うと関所と砦を合わせたような建物が二つある。


 もっとも、二十四時間門は解放されており、人の往来に制限もない。古い時代に建てられた二つの関塞は、一種の観光名所のような扱いとなっている。


「そこの魔導車の御仁、お待ちを。ご同行願います」


 そのうちの一つ、街の南東にあるジャンジー・ムート関塞を二輪魔導車で潜ろうとすると、俺は階級の高そうな騎士に静止された。


 物言いはややつっけんどんだが、言葉に高圧的な雰囲気はなかったので、素直に従い砦へと入った。


 年季の入った石造りの建物に入り、騎士の案内で入り組んだ内部を進む。


 予想通りと言えば予想通りだが、通された最奥の部屋にはフェイが待っていた。


 後ろには如何にも仕事の出来そうな秘書っぽい人が控えている。


 どうやら目の前に山と積まれた書類を捌いていたらしい。


「やぁアレン。そろそろ来る頃だと思ってたよ。久しぶりに顔を見れて嬉しいよ?」


 フェイはニコニコと笑ってそう言った。


「久しぶりだなフェイ。……何で俺が今日来る事を知っているんだ?」


 俺が怪訝な顔でそう尋ねると、フェイは噴き出した。


「ぷっ! そりゃエクレールに緊急事態宣言なんて出したら、嫌でも僕の耳に入るよ。今朝出発したって魔鳥で連絡が入ったから、そろそろかなと思って。また派手にやったね?」


 フェイがネコのような目をきらりと光らせて、興味津々といった様子で聞いてくる。


 ……またお得意のストーキングかと思ったが、こいつは一応ドラグーン家の当主だ。当然事件の状況は逐一報告が入っているだろう。


 であれば俺がわざわざ詳細を話す必要はない。


「……手違いがあって少々騒ぎになったが、別に大したことはしていない。皆で楽しくツーリングをしただけだ。で、なんでわざわざこんな場所で待ち構えていたんだ?」


 俺はうんざりとしながらそう言って、本題に入るよう促した。


「きゃははは! 『この国の未来』が盗まれたとか言って軍まで動員しておいて、楽しくツーリングしただけとは、アレンは相変わらず小気味いいね? ぷっ! 今頃国中の有力者たちが大急ぎで情報を集めてると思うよ?

 用事ってほどの事でもないんだけどね。ドラグレイドに入ったのは例のサトワ・フィヨルドの指名依頼でしょ? 二輪魔導車なんてドラグレイドで乗り回したら、一発でアレンが来たって噂になるよ? そうなると『探索者レン』が活動し難くなるんじゃないかと思ってね。よければドラグーン家で魔導車を預かろうか?」


 ……なるほど、それは全く考えていなかったな。


 確かに二輪魔導車に探索者レンが乗っているというのは、どう考えても説明がつかない。少々大袈裟な気もするが、事件にそれほど注目が集まっているならば、特に悪目立ちするだろう。


「……気を利かしてくれたみたいだな、フェイ。それは考えてなかったから助かる。俺は依頼後は列車で移動するつもりだから、魔導車はトゥーちゃんたちに返してくれ。数日後には来るはずだから」


 俺がそのように素直に頭を下げると、フェイはニコリと笑った。


「ふふっ。気にしなくていいよ? またその辺に『この国の未来』なんて停めて、盗難事件が発生した挙句、ドラグレイドに緊急事態宣言なんて出されたりしたら、この書類の山が三倍になるからね? ぷっ!」


 俺は一つ苦笑して、踵を返して部屋を出た。



 ◆



 アレンが部屋を出て行った後。


「…………フェイ様らしくありませんね。せっかくいい感じでしたのに、なぜ最後にあのような憎まれ口を……? ディナーに誘う予定では?」


 秘書のセイレーンが呆れた様子でフェイへと問う。


「んー何でかな? 雰囲気からしてディナーは断られる気がしたし、せっかくセラと選んだドレスに、アレンが余りにも興味を示さないから、つい嫌味を言いたくなっちゃった……かな? 本当に女心が分からなくて嫌になるね? それともやっぱり、こういう服装は好きじゃないのかな? でも相手の好みに合わせて服の趣味を変えるのは僕のポリシーに反するし……」


 フェイは今日、薔薇の刺繍があしらわれた膝上丈のワンピースドレスを着ている。アレンが来ると連絡が入り、午後の予定を強引に圧縮して二時間もかけてセラと選んだ服だ。


 ワンピースの裾をつまんで、いつまでもブツブツと独り言を口にしている主人フェイを、セラは苦笑しつつも静かに見守った。



 ◆



「すみませーん!」


 入り口の脇にあるカウンターに誰もいなかったので、宿の奥へと声をかけると、エプロンをつけた女将さんが出てきた。


 歳のころは五十手前というところだろうか。



「探索者のレンと申します。今日から三泊お願いしたいのですが、部屋は空いていますか?」


「はいはい、レンさんね。部屋は空いてるよ。朝食付きで一泊六十リアル、先払いで頼むよ」


 俺は百八十リアルをカウンターに置いた。



 フェイとジャンジー・ムート関塞で別れた後、俺は赤い提灯が煌めく夜のドラグレイドを買い食いしながらぶらぶらと歩いた。


 春のハイシーズンとあってか、観光客の多いドラグレイドは結構な喧騒ぶりだったが、中心街から遠いこの古い宿は込み合っている気配は無かった。


 俺がこのこぢんまりとした庶民的な宿をチョイスした理由は、両親が定期総会などでドラグレイドへ来た際に定宿として利用しているからなのだが、あの親父が絶賛する自家製のバターロールは、どうやら観光客を引き寄せるほどの訴求性はないらしい。


 ドラグレイドでは探索者として活動するので、もちろん家名を名乗ったりはしない。


 チェックインを終えた俺は、長時間の運転で疲労困憊だったので早々に眠りについた。



 ◆



 翌朝――


 まだ暗いうちに目を覚ました俺は、宿前で日課の素振りをこなした後、一階のダイニングで朝食を取った。


 目の前のオーブンで焼き上げられるふわふわのバターロールをカットして、スモークされた鶏肉や葉野菜、トマト、マリネされたきのこ類などを自由に挟んで食べるスタイルのようだ。


 宿中に広がるパンが焼ける香りで目を覚ますのは、さぞ幸せな事だろう。


 味の方は、ふわりと軽い食べ口のバターロールは何と合わせても素材の良さを引き立てる。そんな素朴な味だった。


 もっとも、いくらど田舎なんちゃって子爵とはいえ、このセルフスタイルの朝食を絶賛して定宿にする貴族などそうはいないだろう。


 俺が体面など気にしても仕方がないと芯から思っているのは親父の影響かもしれないな。



 朝食を済ませた後、俺は探索者協会へと足を向けた。


 せっかくドラグレイドにやってきたので、今日一日を使ってこの街特有の依頼などを経験したかったからだ。



 探索者協会ドラグーン支部は、運動場ほどの広さのあるだだっ広い地下空間を活用された独特の作りだった。おそらくはこの辺りも昔は採掘場だったのだろう。


 さっと目を走らせた印象では、探索者の数は少ないが、中級から上級っぽい屈強そうなベテランが多い。


 低ランクの若い探索者が、朝一で割のいい依頼を奪い合っているような、王都東支所でよく見る光景も無い。


 ドラグレイドは大都市にも拘わらず、近隣に手強い魔物が多い事で有名なので、その辺りの事情が影響しているのだろう。


 そんな事を考えながら、クセの強そうな探索者達を見てわくわくきょろきょろとしていると、入り口の方がざわめいた。


「おいあれ」


「あぁ、赤鬼のディオだ……」


「あれが噂の『オールドルーキー』か……近々Aランクへの昇格試験を受けるって噂の……」


「鬼のように強いって話だが……やべぇ雰囲気だな」


 そこには俺が王都へ受験のために向かう際、槍の稽古をつけてくれたディオが立っていた。


 ディオは隙のない眼光で周囲を一瞥した後、ふんっと鼻を鳴らして、貫禄たっぷりに中へと入ってきた。


 確かCランク探索者だったはずだが……Aランク昇格試験を受けると言う事は、この一年でBに上がったということか?


 いやそれよりも、ディオは俺の正体を知っている。うまいこと話を合わせないと――


「……なぜ貴様がここにいる?」


 そのように俺がディオに気を取られていると、後ろから聞き覚えのある声で話しかけられた。


「…………俺は王都東支所を拠点に活動している探索者のレンだが……どちらさま?」


 俺はゆっくりと振り返り、「空気を読めよ?」と片目を瞑りながらパーリ君に答えた。


 するとすぐ近くに立っていた見知らぬ……いやうっすら見た記憶があるかないかのおっさんが叫んだ。



「お、王都の狂犬だぁぁぁ!!」



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