第225話 ツーリング(5)
「ミングアからエクレール方面へと南下していた、怪しげな馬車を押さえました。二頭引きの馬車でうち一頭は黒鹿毛。所有者は国籍不詳の傭兵団一行で、恐らく本件とは無関係と思われます」
エクレール駐屯地内にある対策本部には、近隣の町から様々な情報がひっきりなしに集まってくる。
そのうちの一つ、他国の傭兵団の情報を聞いた司令官のアイルはぴくりと眉を動かして、大テーブルに置かれた地図から目を離し顔を上げた。
「傭兵団、ですか……。馬車の中はよく検めましたか? その者たちはなぜこの国に来て、事件発生時はどこに?」
「はっ! 馬車を隈なく捜索しましたが、怪しい点はありませんでした! 来国目的は、探索者協会を通じて各国に支援要請が出されておりました、ヘルロウキャスト殲滅戦への従軍。ただしこれは、予定よりも我が国の災害規模が縮小したため王都で依頼が立ち消えになったとのことです。王国印が押された謝金の支払い書を所持しておりましたが、現在念のため裏を取っております! 犯行時はミングアに宿泊しており、こちらは宿屋の主人他複数名が間違いないと証言しております!」
「……分かりました。一行の所在は押さえていますね? 念のため王国騎士団でも直接聴取します」
「はっ! 数日はエクレールに滞在するように要請し、承諾を得ております! 次に犯行前日、アドに宿泊していた商人一行ですが――」
洪水のように集まってくる情報をスクリーニングしながら、アイルは次々に指示を出していく。
そこに軍の伝令が部屋へと入ってきた。
「報告致します! アレン・ロヴェーヌ殿がお見えになりました! 同行しているご学友のピスケス・ラヴァンクール殿の駐屯地への入場許可を求めておりますが、いかが致しましょう」
アイルはちらりとティムを見た。
「王家の御用馬係まで務めた乗馬の名手、前ラヴァンクール男爵の孫で、私もプロファイルは確認している。重要参考人として入場を許可する」
「はっ! お連れします!」
数分後、アレンとピスが本部へと現れた。
「久しぶりだな、アレン・ロヴェーヌ君。…………何のつもりかな? そのお面は……」
「あれ、ティムさんがどうしてここに? 林間学校ではお世話になりました。えーっと、これは『虚無』です。渋いでしょ?」
アレンはそう答えながら、お面を頭上へとずらした。
「…………まぁいい。私はこの春から第七軍団に異動になってな。たまたま駐屯地の視察に訪れていたタイミングで事件があった。まぁ着任したてなので実際の指揮はこの基地司令のアイルに任せているがな」
アレンはなるほどと頷いた。
「やけに手回しがいいと思いましたが、そういうことですか。ご支援ありがとうございます、ティムさん、アイルさん。大変助かります」
アレンは丁寧に頭を下げた。
「わ、私はこのエクレールの街を治めますウィルッカと申します。お目にかかれて光栄です、アレン・ロヴェーヌ殿!」
「あ、はい初めまして、ウィルッカ子爵。アレン・ロヴェーヌと申します。若輩者ですが、どうぞよろしくお願い致します」
ウィルッカ子爵がその様に鼻息荒く自己紹介をし、アレンの腰の低さを確認したカピオーネ子爵が、割り込むように挨拶を始めた。
「私は古くからこの付近を治めておる、カピオーネ家の当主です。いや、なぜあのような地から希代の傑物が輩出されたのか不思議に思っておったが、王国でも屈指の名家ドスペリオル家の血を継いでおられると聞き、合点がいった。流石に品格がおありじゃ。どうぞお見知り置きを」
アレンは笑顔をそっと消し、ゆっくりとその手を握った。
「よろしくお願いいたします、カピオーネ子爵。ですが……血など関係ありません。
アレンに真っ直ぐに目を見据えられ、カピオーネ子爵は何とか舌打ちしたい気持ちを堪えて睨み返した。
本部室内に、ピリついた空気が漂う。
「……これは失言でしたな。いや、その高貴な血筋に驚いたという事を言いたかっただけで、他意は無い」
アレンは空気をいくらか緩めて頷いた。
「分かっていますよ、子爵。そうそう、アドの町でジャイルさんという警察隊長が迅速に協力要請を伝達してくれたお陰で、こうして賊を捕縛するための、万全の体制が構築されました。捜査への協力に感謝します」
カピオーネ子爵はふんと鼻を鳴らし、努めて鷹揚に頷いた。
「貴族として、領地内にうろつく鼠賊を見過ごすわけにはいかん。当然の事じゃ」
その返答を聞いて、アレンは再び笑顔をその顔に貼り付けた。
「ええ分かります。私も、私の道を邪魔する奴は、誰であろうと叩き潰す。そう決めていますので」
カピオーネ子爵は、この生意気そうな年端もいかない少年の笑顔の裏に、得体の知れない何かを見て、背に嫌な汗が流れるのをはっきりと感じた。
◆
翌日。ティムはミングア近郊の森の中にいた。
前日に聞き慣れない音、魔導チェーンソーで木を切る音に似ているようで、どこか違和感のある音を聞いたとの情報があったからだ。
「総司令のティム様がわざわざお出にならなくとも、我々にお任せくだされば……」
ティムについてきた副官のクルシナがそう言って頭を掻くと、ティムは苦笑を浮かべた。
「私は責任者だが、生憎まだこの地の情報が頭に入っていない。土地勘のない私よりも、エクレールで基地司令を務めるアイルが指揮を取った方が全体最適に適う。初めから机に齧り付いて、現場を知らぬままふんぞり返って指示を出す王国騎士団員など必要ない。いつも私が部下に指導して来た事だ」
副軍団長の要職に就くティムにそう言われては、副官も返す言葉はない。もっとも、この徹底した現場主義は王国騎士団のある種伝統なので、それほどティムが特殊と言うわけではない。
地球ならば、経験の蓄積に体力が付いてこなくなり前線を離れざるを得ないケースもあると思われるので、魔法の技量で体力面を補完可能なこの世界だから成立する文化ともいえる。
森に入ると共に、ティムは歩く速度を落とした。僅かな違和感も決して見逃さぬよう索敵魔法の精度を上げ、四方に目を走らせている。
まだ真新しい馬車の轍が小道を走り、不審な音を聞いたという探索者が昨日利用していたという簡易キャンプ場へと伸びている。
小道は森の中でいくつか枝分かれしており、炭焼き小屋や木材の乾燥場などもある。
だがいずれの道も袋小路になっており、馬車でこの森を出るには必ずティムが今通ってきた森の入り口を通るしかない。
「……ティム様、どちらへ?」
ティムは炭焼き小屋へと続く小道から、南へと逸れた獣道の足元に茂る草をじっと見つめていたかと思うと、無言で森の中へと分け入って、僅かに鼻を蠢かせた。
そのまま道なき道をずんずん進み、二、三百メートルも森へと入ったところで足を止めた。
再び鼻を動かし、辺りに注意深く目を走らせると、数歩横にずれて土を掘り返し始めた。すると中から体長百五十センチ程の真新しいワニの死骸が出てきた。
「……エクレール湖周辺に生息するレールゲーターの死骸ですね。下手に手を出して仲間が集まってくると、高位の探索者でも手に負えなくなる危険な魔物です。そして――こいつらの皮は耐久性やストレッチ性に優れ、防具素材としての価値が高い事で有名です。探索者であれば、こいつを仕留めて埋めて帰るなどあり得ない」
ティムの後を追ってきた副官のクルシナがそう解説した。
「足跡を注意深く消している痕跡があったことからしても探索者とは思えん。大量発生したレールゲーターの討伐には私も若い頃に従事したことがある。……背後から延髄の急所へ長剣をひと突き。一撃で絶命させているな。相当なレベルの使い手だ」
「…………これが犯人の仕業として、まさか馬車を捨て魔導車を抱えて森を進むつもりですかね? それで逃げ切れると考えているのであれば、随分とお気楽な頭を持っている」
ティムはふむと顎に手をやった。
「今回盗難にあった新型魔導車は、前後に二つのタイヤしかない二輪タイプで、自重が90kg程度との事だ。担いで移動することも不可能ではない」
「に、二輪タイプですか? どうやって走るのか想像もつきませんが……確かにその重さなら、身体強化魔法の出力、持続力が王国騎士団員並みに優れていれば、背に負って運ぶことも不可能ではありませんね」
と、そこにドラグーン侯爵軍の将官と思しき人物が、板切れを手に携えてやってきた。
「こちらにおられましたか、ティム様! クルシナ様! 探索者キャンプの薪積み場に気になるものが! こちらをご覧ください!」
何の変哲もない板切れに見えるが、よく見ると国内に広く流通している馬車メーカーのロゴが彫られている。
荷台部分を斧などで解体したのだろう。断面が乾燥して風化している様子もない。
ティムとクルシナは顔を見合わせ頷いた。
「……アイルに森を包囲し封鎖するよう伝令を出せ。敵は相当の手練れの可能性があると申し添えよ。私とクルシナはこのレールゲーターを仕留めた使い手を追跡する」
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