第224話 ツーリング(4)



 アドの町から東にある農村で聞き込みをしたところ、やはり怪しい馬車が未明にアド方面からやってきて、村を通過したらしい。


 駐在員すらいない寒村だったが、早朝に畑仕事の準備をしていた夫婦が目撃していた。


 証言によると、黒鹿毛の馬が引く馬車はさらに東へと向かったそうだ。


 俺たちは足取りを追った。


 その後、いくつかの村を過ぎたところで比較的大きなラパンと言う名の街があり、俺たちが街の西門を潜ると気合いの入った警察官達が一目散に近寄ってきて敬礼した。


「お待ちいたしておりました、アレン・ロヴェーヌ様! 私はカピオーネ領で警察本部長をしておりますファジです! この街周辺での聞き込み捜査はすでに完了しております!」


 …………あまり期待していなかったが、ジャイルさんはどうやらきちんと支援要請を出してくれたようだな。


「ありがとうございます。報告をお願いいたします」


「はっ!」


 ファジさんによると、くだんの馬車はこの街には入らず南へと向かったそうだ。


 南にはカピオーネ子爵領都のミングアというさらに大きな街があり、その先にはエクレールと言うこの辺りで一番大きな都市がある。確か軍の駐屯地もあったはずだ。



「南か……少々意外だな。もっと人目を避ける立ち回りをすると思ったが……」


 ピスはそう言って首を傾げた。


「ふんっ。木を隠すなら森の中という事だろう。夜が明けたら馬車の交通量も増える。その中に紛れ込んで捜査の手を分散させるつもりだな。中々大胆なコソ泥だ。調査ありがとうございます、ファジさん。これで無駄に時間を浪費せずに例の馬車を追えます」


 俺がにこやかに礼を言うと、ファジさんは破顔してこんな事を言った。


「この国に住まうものとして当然のことです。いや、何せ王国全土でも滅多にない『緊急事態宣言』ですからな! この事件の捜査には王国中が注目するでしょう。陛下の耳にも入ると思うと、気合も入ります! 私を含め、非番の者も可能な限り掻き集めて捜査にあたっておりますのでご安心ください!」


「………………き、緊急事態宣言?」


 その言葉に俺は耳を疑った。


 ファジさんは右手を力強くドンと叩き、敬礼の姿勢を取った。


「はっ! ご報告が遅れました! アレン・ロヴェーヌ様の支援要請を受けて、エクレール駐屯地に滞在中の王国騎士団より『緊急事態宣言』が発令されております! 何としても『この国の未来』を取り戻すべく、近隣の警察はもちろん軍にも総動員を掛け、アドの町を中心に三重四重に緊急警戒線を引いているとの事です! ネズミ一匹逃しませんぞ!」


『この国の未来』だと……? 


 俺は目眩に襲われた。いったい誰だ、そんな大袈裟な事を言ったのは……。



 俺が薄れゆく意識でそんな事を考えていると、ピスがこんなことを言った。


「ちくしょう、やっぱりか。嫌な予感はしてたんだ……」


 なんと名探偵ピスは、この展開を折り込み済みだったらしい。


 俺は遠のく意識を持ち直して、ピスの肩を力強くばしりと叩いた。


「……このピスが……私の『親友』であるピスケス・ラヴァンクールが言うには、この事件は何か変だと。ただの盗賊の類じゃない……もっと大きな『裏』を内包しているとの見立てです。ピスがそう言うからには、おそらくこの事件には裏がある」


「う、裏ですか?」


 ピスが『おいふざけんなアレン――』とか何とか言いかけたが、俺はこれを無視して、唐突にファジさんの後ろに立つ冴えない年配の男に声をかけた。


「もしかして例の栗毛の馬車についての情報を取得してくれたのは貴方ですか? 精力的な情報収集に感謝します。お名前は?」


「は、はいっ? 私ですか? えぇっとラニエです。ええ、私も立ち会いましたが、ファジ本部長も聴取に同席していました。で、ですが話によるとその馬車は黒鹿毛の馬が引いていたと……」


 ラニエさんは目を泳がせながらその様に言った。


「ええ、私も目撃者から直に話を聞きましたが、確かに黒鹿毛との証言でした。栗毛と言う情報はどこから?」


 ファジさんがその様に横から話を引き取ると、ラニエさんはほっと息を吐いた。


「ああ失礼、ここまでの道中の目撃者に栗毛の馬だったと言う人が一人いたもので。おそらく夜明け前だったので見間違えたのでしょう。さぁ行こうピス」


 俺がピスに出発を促すと、ピスは無言で魔導車を発進させた。



 ◆



「おい、さっきのあれは何だ?! お前ほんとにいい加減にしろよ!」


 ピスは相変わらずカンカンに怒っている。


 俺はデュー師匠に、怪しい団体の捜査に連れていかれる事も多々ある。


 学生にそんな事までやらせるなんてどうなのかと抗議した事もあるが、師匠は『俺は使えるものは何でも使う主義だ』なんて言ってお構いなしだ。


 まぁはっきり言って屯所で訓練しているのとはまた違う経験が得られるし、可能な範囲で安全に配慮した上で、俺に現場を見せようとしてくれているのが分かるので、あまり強くは抗議できない。


 ゆくゆくは自分の仕事を押し付けるための準備なのかもしれないが……。


 そんな事もあり、俺は仮面をつけて耳に集中していると、何となく怪しげな人物の雰囲気が分かるようになりつつある。


 警察官が職務質問をする時に、経験に裏打ちされた第六感の様な物を働かせて声をかける人を見定めると聞いた事があるが、それと似た様な物だろう。


 まぁ単に異常に気の弱い人だったり、別件で脛に傷を持つだけだったりもするので、これに頼りすぎるのも良くないのだが。


 師匠なんかはそのレーダーが俺より遥かに精巧で、かつ性格も悪いので、カマかけしてプレッシャーを掛けボロを出させるという手をよく使う。


 三下の場合は上手にプレッシャーをかけると、声はもちろん、唾を飲む音や歩く気配などに如実に変化があるからな。


 さっきのはそんな師匠の真似だ。



「あの手のやる気の無さそうな輩には、初めにかますのが大事だと言っただろう。内容は馬の色でも何でもいいんだ」


「そっちじゃねぇよ!! 何が『ピスが言うには』だ! お前が支援要請したのはそれより前だろうが! こんな大事おおごとに巻き込みやがって! ……そういや、アドの町の中を徹底的に洗うとか言って、あのジャイルって人にもえらいプレッシャーを掛けてたな?! お前の目には何が見えてるんだ!」


 俺は後部座席でピスの肩を揉みながら、逆に質問した。


「まぁ落ち着けピス。俺がかました時、お前の目にはラニエさんって人はどう映った? 特に表情の変化について、客観的な意見が聞きたい」


「……確信はないし、無責任な事を言いたくはないが、名指しされた瞬間、狼狽しているようには見えた……ていうかアレンもその場にいたんだから、俺に聞くまでもない事だろ?」


 ピスにそう言われて、俺はゆっくりと首を振った。


「仮面を付けていると、細かい表情までは分からないんだ……目が塞がってるから」


「…………取れよ!!!」


「うわっ! ウィリーする時は言ってくれ、ピス! 落っこちそうになる」



 ◆



 ミングアの街南西にある森の中。


「……ギンの野郎、遅いっすね。落ち合う時刻はとうに過ぎてるってぇのに……レオ……じゃなかった、団長の言う通り、なんか嫌な雰囲気を感じます。こりゃ嵌められましたかね?」


 レオと呼ばれた男は、近頃売り出し中の傭兵団『つばさ』の団長だ。ライオンを思わせる黄褐色の短髪を立てている。


 どこの国にも属さず、紛争地や魔物災害の地を流浪し、金次第でかなり際どい仕事も請け負うこうした集団は、この大陸には常に一定数存在する。


『翼』はそうした傭兵団の中で、規模、実績共にようやく中堅に入るかどうか、といった所だろう。


 まだ二十代も前半に見えるが、年上の団員ジルを貫禄たっぷりに従えている。


「はんっ。嵌められたんなら俺たちは現場でお縄さ。……まぁあの報酬だ、楽なヤマじゃねぇのは分かってたろ、ジル」


 男は切り株を背にのんびりとあくびをしている。


「……いつ追手が掛かるか分からねぇってのに、相変わらず呑気な人だ」


 ジルがあきれた様に肩を竦める。すると、遠くからかっぽかっぽとゆったりとしたペースで馬車を引く馬の蹄の音が聞こえてきた。御者席には見知った顔が座っている。


「お、ギンの野郎やっときやしたね。……あの野郎、何のんびりしてやがんだ?」


 御者席に揺られるその難しそうな顔を見て、レオはくっくっと笑った。


「随分苦労したみたいだな、ギン。おめぇがそんな面すんのは珍しい」


「待たせちまいましたね、団長、ジル。ミングアはてぇへんな騒ぎになってやしたぜ」


 レオが揶揄うように声をかけると、ギンは幾分緊張を解いて苦笑を漏らしながら集めてきた情報を話した。


「何でもエクレールの駐屯地から『緊急事態宣言』とやらが出されたとかでね? 警察はもちろん軍まで動員されて、蜂の巣をつついたみてぇな騒ぎになってやす」


 そのギンの報告を聞いて、ジルは天を仰いだ。


「な、何だそりゃ?! 依頼人の野郎、捜査に手心を加えられるみてぇな事を言ってやがったくせに、話が真逆じゃねぇか! てっきりカピオーネ家――」


「依頼人の正体を詮索するな、ジル」


 何事かを口走りそうになった部下に、レオがピシャリとそう言うと、ジルは口をつぐんだ。


「どうやら王都で散々耳にした『やつ』が、アドの町にいたみてぇですよ? そんで盗まれたのは『この国の未来』だそうです。多分依頼人にとっても不測の事態なんじゃねぇかと。王都で俺が仕入れた噂でも、やつはドスペリオル方面にいたって話でしたしね」


 レオはぴくりと眉を動かして、楽しそうに微笑んだ。


「へぇ〜そりゃまた……面を拝んでくりゃ良かったな」


 そんな呑気な団長を見て、ジルとギンは揃ってため息をついた。


「またそんな呑気なことを……。『やつ』が絡んでて『緊急事態宣言』、挙げ句の果てにブツは『この国の未来』とくりゃ、もう降りるしかないですぜ。ヤマがデカすぎる。結局ヘルロウキャスト関連も仕事にならなかったし、この赤字は痛えけど、王国騎士団まで出張って来たんじゃ、命がいくつあっても足りねぇ。ブツは諦めてさっさと逃げましょう」


 このある種野生的な嗅覚を持って、数々の修羅場を潜り抜け団を急成長させた団長レオならば、ここは当然逃げの一手――


 そう思ってジルは両手を上げたが、レオは目を鋭く細めて僅かに思案した後、ギンに問いかけた。


「…………例の物は手に入ったのか?」


「ん? あぁ、普通の魔導カッターはありやした。でも……このチェーンはどうも特注っぽいし、刃が通るかわかりやせんぜ? ていうか、このヤマ降りないんですかい?」


 ギンはそう言って、荷台のカバーを外し、さらに二重底になっている荷台の底に念のため隠して運んだ魔導カッターを取り出し、レオへと差し出す。


 レオはニヤリと笑ってそれを受け取り、躊躇いなくスイッチを入れ魔力を込めた。


 刃が回転し始め、キィィィンと言う特徴的な音がこだまする。


「おい団長! んなもんここで使ったら――」


 だがレオは戸惑いなく魔道カッターを、三台の二輪魔導車が繋がれているチェーンへと振り下ろした。


 ガガガガガッッ!!!!


 チェーンから火花が飛び、辺りにけたたましい騒音が森に響く。


「やべぇって、団長! もし誰かに聞かれたらあっという間に人が集まって来ますぜ!」


 だがレオは、弾かれそうになる刃を強引に腕力で押さえ込みながら、魔道カッターへさらに魔力を込め回転数を上げていく。


 ややあって、ギンッと鈍い音を発してチェーンは切れた。停止したカッターの刃はボロボロになっており、もはや使い物にならないだろう。


 ギンとジルは暫くの間注意深く付近の様子を伺っていたが、異変がないことを確認してほっと息を吐いた。


「無茶するなぁもう……任務、放棄しないんですかい? どう考えても自殺行為ですぜ」


 レオは楽しそうに目を細め、不敵に笑った。


「くくっ。『この国の未来』ときたか……。これだけのヤマは、この先もうあるか分からねぇ。俺の夢を掴むには、どっかで、でかい勝負をする必要がある。なに、俺の我儘に命を賭けろとは言わねぇよ。おめぇらはミングアの本隊に合流して、ゆっくりこの国を出ろ」


 いつも飄々として掴みどころがない団長レオの目に、ゾッとするほどの闘志が迸るのを見て、ジルとギンは息を呑んだ。


「『翼』はいつか――」


 レオは木々の隙間から僅かに覗く、抜けるような青い空へと片手を翳し、その手を握った。


「いつか必ず、この薄汚ねぇ世界を、天から見下ろす!!!」



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