第223話 ツーリング(3)



 アドの町から五十kmほど離れた場所にある中核都市、エクレール。


 水量の豊富なエクレール湖が近くにあり、三本の街道が走る交通の要所で、ドラグーン地方全体で見ても十指に入る規模の都市といえる。


 今から二代前、カピオーネ家が伯爵家として健在であった頃は、伯爵領都として権勢を振るっていた街であるが、不祥事により旧カピオーネ伯爵領は二つの子爵領と三つの男爵領に割譲され、現在は、王家に指名されたウィルッカ子爵家がこの要衝の街を治めている。


 もちろん古くからこの付近を牛耳ってきたカピオーネ家としては面白くないが、問われた罪が戦時中の重大な軍令違反である命令無視で、下手すれば反逆罪に問われて家が取り潰されていてもおかしくない状況だった。


 結局は伝令ミスという形に落ち着いたのだが、それにしても敵を前にして合理的な理由なく後退した結果、多くの兵の命が失われた事実は重いとして、領地分割の上で降爵処分とされている。



「ご歓談中失礼致します! 至急カピオーネ子爵にお伝えしたいことが……」


 カピオーネ子爵は舌打ちしたい気持ちを押さえて、平静な顔で振り返った。


「……今は大切なお客様をウィルッカ子爵と共にお迎え中じゃ。すぐ行くので控え室で待っとれ」


 要件は察しがついている。


 だが、予定に比べ余りにも早い。


 出来れば現場で握りつぶせと指示を出していたが、恐らくは王立学園の看板を盾に強引に捜索要請でも捩じ込まれたのだろう。


 だとしても、魔鳥の準備に手間取るなどして時間を稼ぐ手立てはいくらでもあるだろうに、ご丁寧に至急などと……。


 あの男ジャイルは親戚筋の中では多少は見込みがあると思って手足に使っておったが、やはり四流卒は四流卒か。


 カピオーネ子爵が内心舌打ちしながらそんな事を考えていると、来客者である王国騎士団第七軍団員の証であるブルーのマントを付けた女が生真面目な顔で報告を促した。


「……危急の要件のようですよ? 民の生命財産が脅かされているのやも知れませぬ。私達の事は気にせず、報告を受け指示を出されてください」


 彼女はこのエクレールにある駐屯地で司令官を務めるアイルだ。


 王国騎士団ではこの春に大規模な組織再編がなされた。


 その一環で、とある人物が新たに第七軍団の副軍団長として赴任しており、今日はその新任の副団長がエクレール駐屯地の視察に来ている。


 そのついでにウィルッカ子爵へと表敬訪問しているのだが、その場にカピオーネ子爵も同席すると強く主張し、この場にいる。


 その歴史的な経緯を考えれば当然ではあるが、この両子爵家は表面上はそこそこ上手くやっているが、水面下では貴族世界の複雑怪奇な駆け引きを繰り広げている。



 ちなみに、形式上は表敬訪問ではあるが、王国騎士団員は貴族同様、位階を持つ王の直参であり、さらにその副軍団長ともなれば、有事の際には王国南西部方面軍を統括するほどの立場にあるので、その辺の子爵では頭が上がらない。



 小娘が、余計な事を言いおって……。


 カピオーネ子爵はさらに舌打ちしたい気持ちになったが、ここで過去に傷を抱えるカピオーネ家の自分が、あえて騎士団員の提案を断れば、余計な疑念を持たれる可能性がある。


「……報告せよ」


 カピオーネは報告を促した。


 いずれは捜査の依頼が来る事はわかっていた。


 その際の動きについてはすでに示し合わせており、淡々と捜査協力の指示を出せばよかろうと考えたからだ。


「はっ! カピオーネ子爵領の警察隊長ジャイルより、子爵宛に急報がございました! カピオーネ領アドにて、あの王立学園に近頃設立された、魔導車部が保有する魔導車の盗難事件発生したもようです!」


 カピオーネ子爵の横で報告を聞いていたウィルッカ子爵は目を見開いた。


「何と! あの王立学園がらみとなると、これは気合いを入れて捜査して、何としても犯人を捕まえなければ、カピオーネ子爵家・・・・・・・・が国中に笑われてしまいますな……。わが領の警察も協力しますゆえ、力を合わせて犯人を捕らえましょうぞ?」


 このたぬきが……。首尾よく捕らえたら手柄は横取り、逃したら責任は全てこちらに押し付けるつもりじゃろうが!


 腹の中ではそう毒づきながら、カピオーネ子爵は勤めて平静を保ちながら『捜査協力、痛み入る。すまんが私は――』と言って席を立とうとすると、報告に来た官吏は慌てて報告を続けた。


「つ、続きがございます! 事件現場には、王国騎士団員のアレン・ロヴェーヌ殿が被害者として立ち会っており、付近の関係者へ犯人捕縛の支援要請を出されたとのことです!」


 その名前を聞いて、カピオーネ子爵は初めて狼狽した。


「あ、アレン・ロヴェーヌじゃと?! 確かなのか!」


「で、伝令書には騎士団のマントを着用した上で正式に支援要請が出されたと書いております! アレン・ロヴェーヌ殿曰く、盗まれたのは、こ、『この国の未来』との事です!」



 応接室に一瞬の沈黙が広がる。


 だがその沈黙はすぐさまアイルによって打ち破られた。


「……軍も捜査に協力いたします。アド近隣の地図、前後の状況、その他必要な情報を共有願います」


「ぐ、軍の出動ですと?! あ、アイル殿、それは明らかに越権行為ですぞ! ただでさえ国内の防備が手薄で皆疲弊しているのです! 盗難事件の度に軍など派遣していてはキリがありませぬ! 心配なさらずとも、我が領地の優秀な警察が総力を持って――」


 カピオーネ子爵は慌てて反対の意を表明したが、アイルは冷静にこれを制した。


「失礼ながら。

 あなたは理解していないのです、カピオーネ子爵。十三歳にして王国騎士団にその名を連ねるという事の意味を。私は面識はありませんが、あのアレン・ロヴェーヌが国の未来に関わる事態だと表明した。であればこれは軍が介入して捜査及び犯人の捕縛に協力すべき案件です。でしょう、ティム副軍団長」


 アイルにそう問われ、つい先日第七軍団副軍団長に着任したばかりのティムは、林間学校の視察で刻み込まれたアレンの規格外のスケールをありありと思い出した。


「捜査に協力だと……? 寝ぼけているのかアイル、お前もアレン・ロヴェーヌ君について何も理解していない。

 ……ただいまより、国家緊急事態法第二条に定められた『緊急事態』を、同法第十六条第四項、『王国騎士団員による暫定宣言』に基づき宣言する! 以後本件は王国騎士団預かりとする。対策本部を設置しろ! 近隣の王国軍に緊急招集を掛けて警戒線を引く! 何としても『この国の未来』を取り戻すぞ!」



 ◆



 トゥーちゃん達によって、きっちり一時間後に組み上げられたタンデム仕様の二輪魔導車に乗って、俺とピスは東に向かった。


 アドの町で聞き込みをしていたところ、東の荒野で夜行性の魔物の狩りをしていた探索者パーティが町にやってきて、深夜に東へ向かう、黒鹿毛の馬が引く馬車を見たとの情報を得たからだ。


 目撃した時間、幌のサイズからして、犯人である可能性が極めて高い。


 ちなみに運転はピスに任せて、俺は後部座席で索敵に専念している。


 かなり頭に来ていたが、二人乗りの後部シートで風に当たっているうちに、いくぶん頭は冷えた。


「やっぱり運転が柔らかいな、ピス。後ろに乗るとお前のセンスがよく分かるよ」


 俺がその様に声を掛けると、ピスは振り返りもせずに答えた。


「ふん、褒めるならトゥーを褒めろ。あいつ何も言ってなかったけど、これ俺が動かしてアレンが後ろに乗る前提のセッティングになってるぞ」


 ……ハンドルを握っていないから気が付かなかったが、トゥーちゃんはあの短い時間でセッティングの工夫までしてくれたらしい。


「流石はトゥーちゃんだな!」


 俺とピスが二人で乗るのは初めてだが、それでもそれに合わせたセットなどを組めるのは、四六時中魔導車部の事ばーっかり考えているトゥーちゃんの、執念のなせる技と言えるだろう。


 クラスが上がるどころか進級すら危なかった、何て笑ってたからな。


「トゥーはもう病気だ。趣味は分解整備オーバーホールだなんて、平然とした顔で言うんだぞ? どんな王立学園生だよ……」


 ピスは呆れたようにそう言ったが、その言葉からはトゥーちゃんの情熱に対する畏敬の念が感じられて、俺はさらに嬉しくなった。


「で、何考えてるんだアレン……確かに二輪魔導車には色々最新の研究成果が詰まっているけど、今年の夏には一般向けにも販売される予定だろ。それを国の未来だなんて……きっと騒ぎになるぞ? しかも騎士団員として支援要請なんて出しちゃって……大丈夫なのか?」


 俺の機嫌が悪いうちは遠慮していたのか、ピスが盗難事件の話題を出してきた。


「ふんっ。あのスカしたカウボーイハットからは、犯人を捕まえようという気概がまるで感じられなかったからな。あの手の輩には、まず初めに一発かますのが重要だ。多少は騒ぎになるだろうが、それで気合を入れて捜査してくれるなら結構な事じゃないか。結果として後で俺が責任を問われて騎士団をクビになろうが、そんな事はどうでもいい」


 トゥーちゃんをはじめ、魔導車部の皆はあの堅物揃いの王立学園で、誰よりも青春を謳歌しようという意識が強い。


 トゥーちゃんと創部の時に話し合った通り、損得勘定なしに、楽しいと思える『今』をまず謳歌し、失敗も挫折もひっくるめてこの先の人生の糧になればいいと魔導車に打ち込んでいたのだ。


 そんな青春の邪魔をするなど、言語道断だ。


 俺が極力感情を殺した声でそう言うと、ピスは『ふっ〜』と息を吐いてこんな事を言った。


「……頼むから正直に言え、アレン。そりゃ俺だって変だと思ったさ。大して流通していない魔導車なんて物は、売り捌く時にもっとも足がつきやすい類の品だ。しかも二輪魔導車は今の所世界に八台しかない試作品で、金に変えるのはまず不可能と言っていい。特殊な技能がないと乗れないし、メンテナンスも不可能だろう。そんな物を、金目当てのプロの盗賊団が狙うはずがない」


「い、言われてみれば変だな……」


 俺がそう言ってごくりと唾を飲むと、ピスはなぜかカンカンに怒った。


「お前がその程度のことに気がついて無いわけないだろ! 今回のツーリングは突発的に決まった旅だ! 俺たちがアドの町に泊まったのも偶然だ! にも関わらず、あの短い時間で盗み出すまでの手際が良すぎる! とすると、往路でこの辺りを通ったのを確認した誰かが、この辺り一体に網を掛けて復路で盗み出すための段取りをつけていた可能性が高い! プロの盗賊団以外の何者かがだ! 白状しろアレン! 俺はもしかして、やばい橋を渡ってるんじゃないのか?!」


 ピスに理路整然とそのように詰められたが、俺にそんな事を聞かれても困る。


 俺は名探偵じゃないし、もっというと誰が犯人かなどどうでもいい。


 相手が誰であれ、俺の道を邪魔する奴は叩き潰すと決めている。


 だが俺がいくら知らぬ存ぜぬと正直に申告しても、ピスは疑念を深めるばかりで、どうせ耳を貸さないだろう。


「真実は、いつも一つ!」


 俺が、びしりと前方を指差しこう言うと、ピスは青春のウィリーをかました。


「だから何だよ!」


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