第222話 ツーリング(2)
翌朝――
宿屋の主人が慌てて階段を駆け上ってくる音で、俺たちは目を覚ました。
外を見るとすでに明るい。普段はまだ暗いうちに目を覚ますのだが、初めての遠距離ツーリングで思った以上に疲労していたらしい。
主人がドア前で叫ぶ。
「大変だ! おたくらの魔導車が――」
魔導車、と聞いた瞬間トゥーちゃんが主人を押し退ける様にして外へと飛び出す。
俺たちもトゥーちゃんの後を追い、宿屋の一階ダイニングにある裏口から外へと出て、目を疑った。
昨夜まで確かにあったはずの場所から、魔導車は煙の様に消えていた。
◆
「し、信じられねぇ。アシムさんが工業用の高出力魔導カッターでもなきゃ切れないって言ってたあのチェーンが切られたのか……? それだって深夜にそんなものでぶった斬ったら絶対誰か気がつくだろ……」
ピスが訳がわからない、とでもいいたげに頭を抱える。
アレンは、魔導車が繋いであった柱を念入りに確認し、舌打ちをした。
「…………ちっ、そう言うことか……。この厩舎の柱は
「……なるほどな。屋根を押し上げるように礎石ごと柱を持ち上げて、その下を潜らせれば、チェーンを切れなくても確かに盗み出せる、か。そりゃ盲点だった。二輪魔導車自体は軽いから、それだけ力があるならチェーンに繋がれたまま運び出すのは可能だろう」
と、そこへ昨日アレン達が町へと入る時、ピッチフォークを持って町の入り口の番をしていた農家のおっさんが、リヤカーを引っ張っりながらやって来た。
「おーい! これお前らのだろう! 町の東にある畑に捨てられてたぞ!」
慌てて皆が駆け寄ると、リアカーには盗難防止チェーンに繋がれたままの一番機と二番機が乗せられていた。
だがそのバイクには斧か何かが振り下ろされた形跡があり、二台とも破壊されていた。
「何でこんなひでぇ事……あと三台、別のチェーンで繋いでたのがあるはずなんだけど……?」
上級生のマッチが農家のオヤジへとそう問うと、オヤジは首を振った。
「いや……目に付くところにあったのはこれだけだ」
「……馬車の容積が足りなかったから、この二台は積み込むのを諦めて、追跡防止の為に潰した……ってところか」
バンは悔しさを噛み殺すように歯噛みした。
トゥードは暫し破壊されたバイクを悲痛な顔で見つめていたが、目元をゴシゴシと袖で拭ってから、そっと二輪魔導車をリアカーから下ろし、破壊された箇所の点検を始めた。
そのトゥードの背中を見たアレンが、無言で踵を返して宿へと足を向ける。
「……どこいくんだアレン? おいアレン――」
ピスは宿へと入っていくアレンの、見たこともない真っ白な横顔を見て、思わず言葉を失った。
しばし後に、荷物を抱えて、まるで感情を感じさせない目で出てきたアレンは、トゥードの元へと歩み寄り工具類を横に置いた。
「いけそうか、トゥーちゃん?」
「…………必ず直すから、一時間ちょうだい。カール君、手伝って。二台をバラして一台にする」
トゥードがそういうと、様子を見ていた宿屋の主人が血相を変えて止めに入った。
「おいおい、お前らまさか自分で追いかけて取り戻すつもりか?! 今かみさんが知らせに行ってるから、ここは警察に任せた方がいい! この手並みの鮮やかさは、どう見てもプロの盗賊団の仕業だ! あ、ほらあの人がこの付近の町の駐在さん達を取り纏めているジャイルさんだ」
宿の主人が指差した方へと一同が目をやると、数人の部下を引き連れ、スカしたカウボーイハットを被った中年のおっさんが馬を降りるところだった。その小綺麗な身なりからして、生家の身分はそれなりに高いと思われる。
駐在員であるジャイルは、開口一番こんな事を言った。
「君たちかね、供も連れずに高価な魔導車をこんな田舎に乗ってきて、盗難にあった馬鹿な子供と言うのは。全く、非常識にも程がある! 困るんだよ、私が駐在している町で盗賊団が出た、何て実績ができたら。とにかく被害届を出してもどうせ戻ってこない。すっぱり諦めて、事件は無かった事に――」
ジャイルはそこまで言って続きの言葉を呑んだ。
アレンがいきなり、離れ目のおじさんが虚無の目で唇を歪めるように笑っているお面を装着したからだ。
サービス残業に明け暮れた万年係長のような顔をしているそのお面からは、底知れぬ怒りのようなものが滲み出ている。
さらに荷物から王国騎士団第三軍団員の証である漆黒のマントを出し、バサリと無造作に羽織る。
「「ひっ!!」」
この国で警察をしていて、このマントの意味を知らない人間はいない。
「……止めとけアレン。俺は止めたぞ」
ピスは、早くも自分は止めたという既成事実を作り始めた。
アレンは和やかな口調で言葉を発した。
「こんにちは、ジャイルさん。私はユグリア王国騎士団の第三軍団に所属しています、アレン・ロヴェーヌと申します」
「あ!!! アレン・ロヴェーヌですと?! い、いや、お会いできて光栄ですな。私はジャイル・カピオーネと申します。以後どうぞお見知り置きを」
ジャイルは途端に背中を丸めて揉み手をした。
「あぁ、カピオーネ家といえば、古くからこの辺りを治める名門の家柄ですね。実は困った事がありまして……『この国の未来』が賊に盗み出されてしまいました」
「こ!!! この国の未来ですと?!」
ジャイルはいきなり国家スケールの大事件だと宣言され目を剥いた。
もちろん後ろで聞いていた部下も、魔導車部のメンバーも、宿屋の主人も農家のおっさんも一人残らず仰天している。
いや、ピスだけは頭痛がひどいのか、こめかみを指で揉みほぐしながら首を振っている。
アレンは力強く頷いた。
「王国騎士団員として、草の根をかき分けてでも探し出し取り戻さねばなりません。私の様な若輩者が、カピオーネ家のジャイルさんにお願いをするのは心苦しいのですが……もしこの町に魔鳥通信の設備があれば、すぐに近隣の関係各位に協力を要請して頂けませんか?」
「は、はっ!! もちろん協力させていただきます」
アレンは一つ頷き、今後の方針を示した。
「では私はこれから、町の中を洗います。運び出されたと見せかけて、実は町中に協力者がいて隠されていた、などという事になればいくら追跡しても見つかりませんので。トゥーちゃんとカールくん以外は、魔導車の修理が終わるまで怪しい人物や馬車がいなかったか聞き込みを頼む」
◆
まずいまずいまずい――
ジャイルはその顔にありありと焦りを募らせ、田舎町アドにある唯一の魔鳥通信が可能な町長の家へと飛び込んだ。
「至急エクレールの街へと伝達すべき内容がある! 魔鳥の準備を!」
こうした田舎町にも、
ちなみに、魔鳥による情報伝達は、基本的には特定の目標へと飛ぶ習性を利用する。
特別な訓練が施されているものは非常に高価で、普通は任意の場所へ行くように指示を出すなどの、柔軟な運用は出来ない。
……まさかあのアレン・ロヴェーヌが……あの化け物の巣窟と言われる王立学園にあって、歩く前代未聞とまで言われる男が一行に加わっていたとは。
近頃この田舎へと聞こえてくるアレンに関する噂は、スカートを捲るついでに国を救っただの、国王陛下に褒美をとらすと言われて時給アップを願い出ただの、いよいよ意味不明さに拍車がかかり、何が事実なのか全く分からない。
奴らが往路、ムーンリット子爵領へと向かっていた際にはメンバーにはいなかったはずだが……。
もし奴の合流を事前に把握していたら、間違いなく計画は中止されていただろう。
だが、直接相対して支援要請を、それもご丁寧に騎士団のマントを着用した上で、他の王立学園生を含む複数名の前で話をされてしまった以上、自分が握り潰すという選択肢はあり得ない。
万一後で露見したら理由を説明できないし、どこまで背後関係を洗われるかわからない。
ただの手足である自分には、上の者がどこの誰に繋がっているかすら知らないが、あの王立学園生に手を出すのだから、相当大きなヤマのはずだ。
下手をしたらカピオーネ家が今度こそ取り潰されてもおかしくないほどの。
ジャイルは先ほど相対したアレン・ロヴェーヌの姿を思い出した。
天下の王立学園生であり一年生にして王国騎士団に入団を果たした王国屈指の新星としては、卑屈とすらいえる優しい物言いに穏和な雰囲気。
不気味としか言いようのないお面。
そして――
何があっても犯人を捕縛する。
その声音は揺るぎない自信に満ちている様に聞こえた。
…………大丈夫だと、必死に自分に言い聞かせる。
付近の街の警察を根こそぎ投入して捜査しても、まともな方法ではまずあのルートがばれることは無いし、万が一実行犯が捕まったとしても我々に辿り着くのは不可能だろう。
であれば、考えようによってはチャンスとも言える。
あのアレン・ロヴェーヌがあそこまで本気を出すと言うことは、あの二輪魔導車にはそれだけの価値が、秘密があると言うことだ。
その解明に自分が大きく寄与したとなると――
そこまで考えて、ジャイルは落ち着けと自分に言い聞かせた。
いずれにしろ、計画の全容すら知らされていない自分の手には余る。
自分の仕事は、正確に状況を上に伝える事。あとの動きは上が決めるだろう。
今日エクレールの街には、カピオーネ子爵が滞在しているはずだ。
であれば確実に伝言は子爵に伝わるし、子爵がいれば不必要に事態が拡大する事は無いだろう。
ジャイルは魔鳥に託す書に事実を淡々と、正確にしたためていく。
・アドの町で王立学園魔導車部が保有する魔導車の盗難事件発生
・事件に伴い、その場に居合わせた王国騎士団員のアレン・ロヴェーヌ殿より近隣に支援要請あり
・アレン・ロヴェーヌ殿曰く、盗み出されたのは――
『この国の未来』
…………大丈夫、計画は完璧だ。
心からそう思うのに、ジャイルの脳裏には不気味な面を付けた少年の姿がよぎり、ペンを持つ手が震えた。
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