第221話 ツーリング(1)



「悪かったよ、アレンちゃん! のけ者にするつもりは無かったんだって〜」


 不貞腐れてBBQの肉を齧っている俺に、トゥーちゃんが頭を下げてくる。


 今回の魔導車部の遠距離ツーリング企画は、どうやら前々から企画していたものではなく、突発的に決まったものらしい。



 一年後期最後の日、三年生の始まりの儀卒業式を、俺は途中でばっくれた。


 ゲストスピーカーであるゾルドの祝辞を、真面目な顔で聞いていられなかったからだ。


 さらにそのまま寮には戻らず実家に帰り、ダンに頼んでひっそりとラベルディンまで船で移動して行方を眩ませた。


 今回の魔導車部のツーリングは、始まりの儀の後、部員達の中で暇な人間が春休みを利用して部長であるトゥーちゃんの家に行こうと言い出して、急遽決まったということなので、俺が知らなかったのは当然だ。


 全ては風まかせに動いた俺の身から出た錆だという事は理解したのだが、ではなぜ俺が今も不機嫌なのかというと――


「いや〜魔導車部を作ってくれてありがとうアレン! 新芽輝く青い春に、大した目的もなく友達と魔導車でひたすらに走る! 魔導車には青春が詰まっているという、お前の言葉を改めて噛み締めたよ!」


 などと、魔導車部に所属しているクラスメイトのピスが、にやにやと笑いながら肩を組んでくるからだ。


 俺は再度無言で焼かれた肉に齧り付いた。


「ピスもそんな煽るなって! 誰にも何にも言わずに王都を出たアレンちゃんにも、きっと事情があったんだよ」


「かぁ〜、事情だと? トゥーはアレンを甘く見過ぎだ! こいつは『誰よりも春休みを楽しむ』なんて悪い顔で宣言して、いきなり王都から忽然と消えたんだぞ?! またとんでもない事を企んでて、後になって王都がひっくり返るような騒ぎが起きるに決まってる! おい、正直に言えアレン! ツーリングの事を知らなかったんだから、流石にお前の書いた絵に俺たち魔導車部は無関係だよな?!」


 ピスめ……俺の事を一体なんだと思ってるんだ……。


 俺には絵心などない……普通に母親の実家に墓参りへ行って、物見遊山の帰省旅をしただけなのに、なんて言われようだ……。


「予知しよう。春休み明け、ピスにはとんでもない不幸が降りかかる」


 俺がいきなりその様に断言すると、ピスは真っ青になった。


 ふんっ。


 もちろん本気で何かを企てている訳ではないが、俺の事を悪い意味で信頼しているこいつは、こう言われたら春休みの間中、気になって仕方がないだろう。


『おいアレン、それはどういう意味だ?! 不幸って何だ?! おい無視するな!』とか何とか食い下がってくる。


 くっくっく。


 俺はピスに何を言われても『はぁー……』などとため息をついては遠い目をして首を振り、肉を齧り続けた。


 ピスが絶望を顔に浮かべて立ち尽くし、俺が溜飲を下げた所で、トゥーちゃんが裏表のない顔でピスの肩を叩いた。


「そんな顔しなくても大丈夫だよピス。アレンちゃん優しいから、ただの冗談だって。ありがとう、アレンちゃん。

 こうやって実家まで来てくれて、俺は素直に嬉しかった。何にもないところだけど、アレンちゃんのお陰で魔導車はあるから……。何か用事があって来たの?」


 ピスは純朴なトゥーちゃんのこのセリフを聞いて、『あ、アレンが優しいだと……』などと呟いて、口をぱくぱくとしている。


 ピスは許し難いが、さすがはトゥーちゃんだ。俺もいつまでもへそを曲げている訳にはいかないな。


「あぁそうだった。普通にトゥーちゃんと遊びたくて来たんだけどさ。実はこのあと用事があって、ドラグレイドまで移動したいんだ。けど日程が少しキツくて。トゥーちゃんが暇なら、二人乗りで一緒にドラグレイドまで走ってもいいなぁ〜なんて漠然と考えてたんだけど」


 俺がこう言うと、トゥーちゃんは快哉の笑みを浮かべた。


「あぁ、それならちょうど良かったかな。予定では明日にはこっちを出て、ドラグレイド経由で王都に向かおうかって話してたから、みんなで一緒に行かない? 往路はドラグレイドからのんびり物見遊山混じりに進んでも四日で着いたよ。いつまでに着けばいいの?」


 ドラグレイドからここまでのんびり来て四日……急げば三日か。従来の馬車旅の三分の一の旅程といえる。


 まぁ速度はもちろんのこと、馬車の場合は馬も休ませなくてはならないし、一日の内移動に充てられる時間はそれほど長くないからそんなものだろう。


 運転に特殊な技量が必要なので、すぐに世界が劇的に変わる事は無いだろうが、魔導二輪車が広く普及すると、これは普通にゲームチェンジャーになり得るな。


 ……何だか嫌な予感がするが……ま、いっか。


 馬車は馬車で積載能力など優れている点はあるし、選択肢が増えると便利になる事は間違いない。


 俺は考えるのが面倒くさくなったので、嫌な予感のことは一旦忘れる事にした。多少騒ぎにはなるだろうが、そんな事を気にしていたらやりたい事など出来ない。


「あぁ、七日後に着いてればいいから、それなら十分余裕があるよ! 宜しく皆んな!」



 ◆



 田舎街道を、五台の魔導二輪車が疾走する。


 路面状態が悪い事が多いので、その形状は地球で言うところのオフロードタイプのバイクに近いだろう。


 便宜的に一番機から五番機だとすると、一番機と二番機をタンデム二人乗り用にセッティングしてあり、一番機に新三年生のマッチ先輩とカール先輩、二番機にはフェンドとトゥーちゃんが乗っている。


 三番機にはバンが、四番機にはピスが、そして五番機には俺という布陣だ。


 カール先輩は魔道具士志望で、魔導動力機関に関心があり、メカニックが大好きなトゥーちゃんと二人合わさると、整備面は万全だ。


 全員がヘルメットを被り、前方車の粉塵を避けるためのゴーグルを着用し、膝と肘を守るためのプロテクターを着用して整然と走っているので、前世基準で見ればマナーはよい。


 路面状態の悪い道を走っていると、いきなり小石に跳ね上げられて転倒、なんて事も普通に起こる。


 魔力ガードできちんと受け身を取れば、よほど速度を出していなければ怪我をするリスクは低いが、少しでもリスクを減らしたいというトゥーちゃんの方針で、防具は出来る限り着ける事になっている。


「気持ちいいなアレン!」


 ピスにそう声を掛けられて、俺は素直に頷いた。


「あぁ、最高だ!」


 昨日は小競り合いをしていた俺とピスだが、走り出したら小さな事はどうでも良くなる。


「ひゃっほ〜!」


 ピスは膝で車体を挟みながら中腰になり荷重を後ろに寄せ、クラッチを繋ぎながらアクセルを開けて、フロント前輪を浮かせた。


 いわゆるウイリー状態だ。


 今はただ遊んでいるだけだが、これは結構重要な技術だったりする。


 例えば林道などで倒木などの障害物を乗り越える時、自在にフロントを浮かせたり降ろしたり出来ないと、走りながら通過できないからだ。


 魔導車部のメンバーはバカみたいに魔導車を乗り回しているし、王立学園生の魔力操作のセンスや運動能力も相まって、あまり運転をしないトゥーちゃんとカール先輩以外のメンバーは、すでにみな手足のように魔導車を動かす。


 その中でも、創部とともに入部したピスのドライビング技術は一際際立っていると言える。


 口で説明するのは難しいが、アクセルワークやブレーキングの繊細さに加えて、体の使い方に天性の柔らかさがあるのだ。


 一見てきとーな男だが、伊達に王立学園でAクラスに在籍してはいないという事だ。


「相変わらず器用なやつだなぁ……」


 俺は呆れた様にそう呟きつつ、フロントウイングの風を抜く事で、ピス同様に前輪を浮かした。


 五番機は、風魔法と組み合わせて乗ることを前提に組み上げられた俺専用の機体だ。


 王都に寝かしておくのは勿体無いからと、風魔法が使えない人間でも乗れるように調整されていたが、昨日トゥーちゃんにセッティングを可能な範囲で戻して貰ってある。


 帆船と同じ原理だが、ウイングの上と下を流れる風の速度差を魔法で広げる事で、車体を地に押さえつける力、即ちダウンフォースを強引に引き上げているので、風を抜くと簡単にフロントが浮き上がる。


「お前に言われたくねーよ、アレン。そんなピーキーなセッティングの機体を平気な顔して乗りやがって……あーあ、俺にも風魔法の才能があったらなぁ」


 ピスは俺が風魔法専用機を乗り回しているのを見て、一時期風魔法の習得に取り組んでいた事がある。


 だがどうやら体外魔力循環の才能に乏しかったらしく、自分は風魔法を使うのは無理、そうさっさと見切りを付けて、今は魔導車部の活動に注力している。


 その見極め、切り替えの早さはいかにもピスらしい。


「ふふんっ。皆が皆、同じじゃつまらないだろう。それぞれの能力や好みにあった形にカスタマイズしていくから、二輪魔導車は面白いんだ」 


「……それもそうだな!」


 ピスはニヤリと笑ってフロントを落とすと、街道をそれて荒野へと飛び出した。


 街道でもこの辺は田舎では碌に整備されておらず、馬車の轍などに水が溜まっていたりしてかなり路面状態が悪いのに、ピスは荒野を平気な顔をして走る。


 暴れる車体を押さえながら、天性のセンスで弾むように走らせるピスの、その楽しそうな横顔を見て、俺はなぜか無性に嬉しくなった。



 ◆



 行けるところまで行こうという無計画な旅なので、二日目の本日は、夕方に着いたアドという田舎町で休む事にした。


 速度を落として町へと近づくと、ピッチフォークという干し草などを集める四本爪の農用具を持って、町の入り口の番をしていた太ったおじさんが、腰を抜かしてホイッスルを吹いたのにはまいった。


 二輪ではない普通の魔導車ですらこの辺りでは全く見ないので、新種の魔物か何かと勘違いしたそうだ。


 宿は、狭い部屋に二段ベッドが四つ並べられたドミトリー形式のボロ宿ではあるが、普段一般寮で生活しており、探索者として野宿する事も多い俺からすると何ということもない。


 何とか寝床を確保したら、飯も風呂もそこそこに皆で車両を整備しながら改善点について話し合い、レポートに纏めていく。


「やっぱり未加工の魔石を動力にすると、動力機関へのダメージが大きいな……。よし、今日のレポートはこんなものか。ここまで順調に来れたから、三番機から五番機は明日予定通り山越えをしよう。セッティングはどうする?」


 それが終わると、次は翌日に向けた準備だ。


「うーん山超えならそれほど速度は出せないだろうから、フロントの突き出し量を抑えてクイックに曲がれる様にしたいかな」


「そうだな……あとは足回りはもう少し固めにしておいたほうがいいだろう」


 ここで言う足回りとは、いわゆるフロントフォークやリアショックなどの、衝撃を吸収する機能を指している。


 これが柔らかいと振動をよく吸収するが、ジャンプなどで限界までスプリングが沈み込んだりすると、衝撃を吸収しきれずバランスを崩したり、最悪部品が割れるなどの取り返しのつかない故障を招く。


 正直俺たちには、フーリ先輩や、その父親で魔導車部の顧問を務めてもらっているアシム・エレヴァートさんほどの知識はないし、殆ど当てずっぽうでそれらしい事を言っているに過ぎない。


 だがそれでいいのだ。


 それぞれが自分の頭をフル回転させて、忌憚のない意見を交わしていく、この時間が楽しくって仕方がない。



 俺たちは日付が変わるまであーだこーだと言いながら魔導車をいじり倒して、その後車体をピカピカに磨き上げ、盗難防止用のロックチェーンで厳重に厩舎の柱に固定してから部屋へと帰り、ベッドへと飛び込んだ。


 プロレーサーの、あの一人残らず引き締まった体を見れば予想がつくと思うが、モータースポーツは疲れる。


 ただでさえそうなのに、未舗装路を発展途上の機体で走るので、めちゃくちゃに振動が大きく、それを身体強化魔法で抑え込むようにして走るので、余計に疲労が蓄積する。


 旅の疲れもあったかもしれない。


 俺は珍しく、明るくなるまで目覚めないほど深い眠りについた。


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