第220話 続・旧街道
馬車での旅程は快調だ。
このペースならドンコ村に立ち寄って遅れた分は、何とか巻き返せるだろう。
だが快調なのは旅程だけで、馬車の空気は信じられないほど気まずい。
もちろんララが、去り際に顔を真っ赤にしながら『話がある』などと両親とゾルドに聞こえる場所で話を始めたからだ。
クラスメイトとはいえ、これまで取り立てて仲が良かったわけでもないララから告白されるだなんて全くもって期待していないし、ドギマギして声が掠れた、などという事もないし、変な汗が吹き出して膝がガクガクしていた、なんて事実もない。
にも関わらず、なぜか俺は気の毒な奴を見るような目を両親から向けられ、ゾルドに至ってはやたらと話しかけてくるばかりか、露骨に『人生は長い』的な事を言ってくる。
元気だっつーの!
全く、母上の命の恩人の墓参りに出かけて、ついでに迷子の捜索をしただけの俺が、いったいなぜこんな仕打ちを受けなくちゃならないんだ……。
ララはいい奴だ。
素直に応援したいと思う。
ドルもいいやつだ。
だが応援したいとは微塵も思わない。
なぜか。
それはドルがモテるからだ。
あいつは見た目はゴボウのくせに、なぜか体外魔法研究部でいつもきゃいきゃいと女子に囲まれて、実に楽しそうだ。
見たところ何となく話しかけやすいタイプだから、女友達が多いだけのような気もするが、どちらにしろ羨ましい事この上ない。
俺なんていたって常識人なのになぜか変人だと思われている上に、いつもフェイとジュエが纏わりついてるせいか知らないが、他のクラスの女の子達なんてびびって話しかけてすらくれないんだぞ?!
目も合わない!
なんの不文律だよ!
ドルめ、ちょっと王立学園でAクラスに所属して、魔法研で副部長を務めてはいるものの気取らず話しかけやすく、常識があるのにノリも良くて、性格が優しくて面倒見が良いからって調子に乗り……乗ってる様子もないな……。
……あのごぼう、もしかして超優良物件なの?
俺は頭を強く振ってその仮説を忘れた。
しかし、ララがドルをねぇ……。
一ミリもそんな気配は感じなかったが、あいつはララと同じ男爵家出身で、三人兄弟の次男だと言っていたし、見ようによってはお似合いなのか……?
…………まぁ流石に前世三十六歳まで生きた俺が、人の真面目な恋路を邪魔するのは大人気ない。
ここは下手に関与せず、温かい目で見守るのが正解だろう。
……いや……ドルを応援する気は微塵も無いが、ララはいいやつだ。
余りにドルが不甲斐ない様子なら、ちょっとくらいは背中を押してもいいかもしれない。
くっくっく!
この『モテる男の裏定理』を丸暗記するほど読みこんだ、『恋の魔術師』、アレン・ロヴェーヌ様が――
◆
とある寂れた宿場町。
ベルウッドとセシリアは、日課である朝の散策に出掛けている。
「ふむ。見事な天然林だのう。
……体調はどうだ、セシリア。これだけの長旅は体に堪えるだろう」
ベルウッドが心配気にセシリアに問うと、セシリアはどこか儚く笑った。
「ベルが毎日見てくれているので大丈夫ですよ。気遣いに感謝します。ありがとう、ベル」
だがベルウッドはセシリアの手を取り引き寄せてから、額に手を当て、目の色、口内の粘膜、脈拍などを念入りに確認する。
そして一定量の粉末と水をセシリアに飲ませる。
こうして夫婦水入らずの朝の散歩時に、セシリアの容体を診察するのは、知らぬ間に索敵魔法の達人となっていたアレンに気取られて、心配をかけたくないという配慮からだ。
セシリアは、いつかランディに自分の病気は快癒したと説明したが、実はセシリアの魔破病は完治していない。
より正確に言うと、完治させていない。
セシリア自身がそう決めたからだ。
理由は二つある。
一つは特効薬となる素材の存在を知りながら、多くの命を見殺しにしている事への、セシリアなりの償い。
いかに素材の絶滅を防ぐという大義名分があるとはいえ、それを仕方がないと割り切る事は、セシリアにはできなかった。
かつての自分のように、病によって未来を絶たれる子供の気持ち、その家族の気持ちを思うと、セシリアの胸は張り裂けそうになる。
そしてもう一つ、最も大きな理由は、薬の研究には治験者が必要だという事だ。
仮に人工栽培に成功したとして、それが本当に天然の素材と同様に効果が得られるのか、どの様に加工すれば効果を見込める形で流通可能かなどを確認するには、どうしても病に冒された体が必要になる。
病がセシリアの体調に与える苦しみは筆舌に尽くし難いほどだが、素材の存在を公表できない以上、治験者など集めようがないので、そうせざるを得ない。
セシリアは自らの病を完治させない事で、現在はその責任を一身に負っている。
人工栽培手法が確立するまでは、自分の病は完治させない。幼き日のセシリアはそう決め、何度ベルウッドに説得されても頑として応じなかった。
ちなみにランディへの説明時、セシリアはもう一つ嘘をついている。
子供達は誰も発症しなかった、と言う点だ。
「……ベルが葡萄ナスと口を滑らせるから、ローザはきっと気がつきましたね……」
セシリアがこう言うと、ベルウッドは苦いものを顔を浮かべた。
アレンの姉であるローゼリアは子供の頃、ナスが嫌いだった。
食べ物の好き嫌いにうるさくない両親が、体調を崩したある日を境に、体にいいからと突然有無を言わさず葡萄ナスを食べさせ始めたことを、ローゼリアは覚えているだろう。
もっとも、この出来事があった事で、葡萄ナスによる治療で病が完治可能だという事は担保されている。
「……研究が進むと、遅かれ早かれ気が付いただろう」
ベルウッドがこう言うと、セシリアはため息をついて頷いた。
「あの子には、私と同じ
セシリアがこう言うと、ベルウッドは目を細めた。
「アレンもそうだが、ローゼリアも随分と成長した。情の深いあの子にはちと酷だが……乗り越えてくれると信じるしかあるまい。わしは心配しておらんよ。あの子は強く、気高い。流石はお前の子だ」
ベルウッドがこう言うと、セシリアは少しだけ気配を緩めた。
「私も信じています。ローザは、私と、あなたの子ですから……」
◆
今は寂れた田舎街道だが、その昔は賑わっていたのであろう。往時の面影を残し、それがいっそう人の世の儚さを際立たせていて味わい深い。
本来ならもう少し手前で別れたほうが、俺の目的地であるドラグレイドには早いのだが、俺は実家のロヴェーヌ領と山を挟んで隣接するムーンリット子爵領まで両親と共に進んだ。
そうしたほうが結果的には早いと思ったからだ。
そう、ムーンリット子爵家は、トゥーちゃんの実家だ。
トゥーちゃんはこの春休みも帰省すると言っていた。
であれば、あの魔導車オタクなら間違いなく機体を実家に持ち帰っているだろう。
普通の四輪魔導車はメンテナンスが大変で、かつ路面状態も選ぶのでこの辺りにはまだ普及していないが、魔導車部が開発している魔道二輪車は悪路を進む事を前提に改良を重ねているし、整備性が高いのも特徴だ。
乗り合い馬車を利用した場合は旅程がギリギリになるが、トゥーちゃんから魔道二輪車を借りてドラグレイドまで進めば、間違いなく馬車で向かうより早く到着できる。
まぁ万一断られたりニアミスしても、夜も走って移動するなど無理をすれば何とか間に合うだろう。
それとは別に、トゥーちゃんが育った町を見てみたい気持ちもあるしな。
俺は両親達と街道沿いのムーンリット子爵領の宿場町で別れたのちに、ムーンリット子爵邸があるという、隣町のタレスへと足を運んだ。
ちょうど茎の立ってきた小麦畑がそこかしこにある、のどかな田舎道を歩く。
タレスもまた、純朴なトゥーちゃんの顔を連想させる、時の流れが緩やかな町だ。
俺は町の中心部にある子爵邸まで進み、『トゥーちゃん、あ〜そ〜ぼ〜』っと声を張り上げ――
ようとして、庭に停まっている魔道二輪車を見て息を呑んだ。
そこには五台の魔導二輪車が、ピカピカに磨き上げられて並べられている。
さらにだだっ広い敷地の裏庭の方から、きゃっきゃきゃっきゃと楽し気な、聞き覚えのある魔導車部メンバーの声が聞こえてくる。
「…………頼もう!!!」
俺は門前で、道場破りのような、ドスの効いた声を張り上げた。
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