第219話 リアンクール男爵領(5)



 翌朝。



 俺たちが夜明けと共にドンコ村を出ようとすると、村の出口でララがポコを連れて待っていた。


「アレンの事だから、何も言わずに旅立つつもりだろうと思いましたわ」


 ララがぷくりと頬を膨らませて、抗議してくる。


 因みに、ネルソン伯爵が提案した宴は挙行されていない。


 ララもタモツ君も怪我をしていたし、時間も遅く、捜索を続けているであろうドンコ村にも無事を知らせる必要があったからだ。


 と言うのが断り文句だが、本当はネルソン伯爵の目がいっちゃっており、さらにそれを無表情で見ている母上が怖すぎたので、俺は『今日のところは怪我人の手当てを優先しましょう。無事を祝うのはまた日を改めて』とか何とか理由をつけて、さっさとコモリ村を辞去した。


 もちろんあんな目の極まったおっさんと宴をするつもりはサラサラないので、捕まる前にさっさと旅立つと言う訳だ。


「すまんな、ララ。この後も予定が立て込んでいて、のんびりしている暇は無いんだ」


 俺がそう言って頭を掻くと、ララはくすりと笑った。


「誰よりも春休みを楽しむ。そう宣言しておりましたものね。……昨日の話ですが……私、挑戦してみようと思いますの」


 ララはその瞳に強い覚悟を宿し、俺にそう宣言した。



 ◆



 昨夜、淵淵渓谷からの帰り道。


 母上と合流する前に、俺はララにある提案をしていた。


「いやぁ〜凄いものを見ちゃったな。驚いたよ、ララ」


 俺は興奮気味にララへと話しかけた。


 最後にはリギーネ達はその場に伏せのポーズを取り、完全服従の意を表していた。


「鞭捌きには少々自信があるのですわ、ほほほ」


「何がほほほだ、さっきまでホレホレ言ってたくせに。……技術の話をしてるんじゃない。まさかララに『テイマー』の素質があっただなんてな」


 俺がこう指摘すると、ララは一瞬ハッとし、顔を真っ赤にした。


「そそ、その話はクラスの皆には絶対に内緒ですわよ!」


 俺が悪い顔でニヤリと笑って目を逸らすと、ララは『絶対! 絶対ですわよ!!』とか食い下がって来たので、仕方なく頷いた。


「こほん。で、テイマーって何ですの?」


「何だ、そんな常識も知らないのか?」


 俺はやれやれと首を振ってから、魔物使役テイムの概念を説明した。


「つまりララには魔物使いテイマーの素質があると言うことだ!」


 俺が高らかにそう宣言すると、ララは顔を引き攣らせた。


「いくら何でもそれは……後天的に魔物化した馬などならともかく、生来の魔物種は好戦的で人間には決して懐かないとされていますわよ? ましてやそれを戦闘に応用するだなんて……余りに荒唐無稽すぎませんこと?」


「大丈夫だ、ララなら出来る!」


 俺は断言した。


 どうしても魔物使いテイマーというロマン溢れる職業を、この目で見てみたかったからだ。


 そんな事が可能かどうかはやってみなくては分からないが、宝くじは買わなければ絶対に当たらない。



 もっとも、根拠も皆無と言う訳ではない。


 前世でも今世でも、なぜか動物に好かれるタイプの人間と、そうではない奴がいるが、ララは明らかに前者だろう。


 ちなみに俺は前世でも今世でも後者だ。


 特に風魔法を鍛え始めてからは、その傾向が顕著になった気がする。


 話をララに戻すと、馬のポコとの心の通わせ方も凄いと思ったが、先ほどリギーネへ鞭を振るっていた時も、何というか……振るわれる鞭に、愛が込められていた。


 自分でも何を言っているのかよく分からないが、そう感じたのだから仕方がない。


 あえてもう少し具体的に言うと、あれだけ怪我を負わされた相手に対して、ララには殺気がまるでなかった。


 気配を絶って殺気を隠している訳ではなく、見ているこちらの背筋が凍るほどの感情を立ち上らせていたにも関わらず、本当に毛ほども殺気を感じ無かったのだ。


 生態系の維持という目的があったにせよ、何とか殺処分は避けたいと、本心から思っていたのだろう。


 これは心のあり方、つまり性格が深く関わる事だろうから、訓練すれば誰にでも出来ることではない。



 だからこそリギーネは一匹もその場から逃げ出さずにララに挑み、そして最後には恭順した。


 のかも?


 俺が鼻息荒くそう説明すると、ララは顔を顰めた。


「……才能だなんて言われても、わたくし嫌ですわ。魔物使いだなんて、何だか悪しき者の雰囲気がありますし。淑女のやる事ではないですわ」


 あっさりと断られた俺は、もちろんあっさり諦める様な事はなく、この一日で掴みつつあるララが目指すもの真のニーズを念頭に、こんなことを言って食い下がった。


「悪しき雰囲気だと?! かぁ〜、分かってないな、ララ。プリンセスが朝起きて、必ず初めにする事は何だ?」


「プリンセスが、朝起きて初めに……?」


 何を問われているのかピンとこないのか、ララは小首をことりと傾げた。


「プリンセスは、朝起きるとまず窓を開ける。するとどうなる? 必ず小鳥が飛んできて一緒に歌うだろう? 一度ひとたびピクニックに出かけるとどうなる? 必ずウサギやタヌキが近づいてきて、サンドイッチを仲良く食べる。プリンセス界の常識だ!」


 俺がまさか知らないのか? とでも言いたげな顔でそう問うと、ララはごくりと唾を飲んだ。


「し、知っていますわ。確かにそれは常識ですが、それと魔物使いに何の関係が――」


 ララがまさかという顔をしたので、俺は力強く頷いた。


「そう、古くから伝わる物語に必ずと言っていいほど登場する、あの描写が意味するもの……それは、真のプリンセスはすべからく、動物や魔物と心を通わせるほどの、『真実の愛』を持つべしと言う教訓だ。つまり魔物使役テイムは淑女の『究極の一般教養』だとも言えるな」


「しゅ、淑女の究極の一般教養……はっ! だ、騙されませんわよ?! いくら何でも……あれらの描写はただの創作でしょう」


 ララは衝撃を受けたような顔で、俺の口から滑り出たパワーワードを復唱した後、有り得ないと首を振った。


「……俺はな、ララ。ここに来る前にラベルディンに立ち寄り、塔の内部に入った。そこには目を疑うような、信じられない伝承が沢山記されていた……。内容は決して口外できないがな」


 俺は遠い目をして、全く無関係の話をした。


「あ、あのドスペリオル家門外不出の伝承が秘されているという塔に?!」


 ララは再び衝撃を受けたような顔をした。


「そうだ。もちろん簡単にはいかないだろう。成功する保証もない。だがララなら出来ると俺は思う。全ての生を慈しみ、真の淑女を目指すお前ならな……」


 俺が何にも関係のない話から、いきなり話を戻してそう締めくくると、ララは真剣な顔で黙り込んだ。


 もちろん俺は、その横顔を見て『面白いことになりそうだ』、などと考えほくそ笑んでいた。



 ◆



「昨夜の話ですが、私、挑戦してみようと思いますの」


 ララが強い決意を瞳に宿してそう言ったので、俺は内心小躍りした。


「そうか……。俺は信じてる。ララなら必ず成し遂げて、閉じられた世界の扉を開いてくれるとな」


 ララは屈託の無い満面の笑顔を浮かべ、力強く頷いた。


 そして――


 急にモジモジとしながら、顔を朱色に染めた。


「そ、それで、私アレンにどうしても言いたい事がありまして、こうして待っておりましたの」


 そう言って、気まずそうに母上と親父を見る。


 母上と親父は、『聞いてませんよ』とでもいう風に、明後日の方向を見た。


 だがその耳にはビンビンに魔力が集中しており、御者席に座るゾルドに至ってはなぜか目に涙を浮かべている。


 いやいやいやいや!


 確かにこの村で見たララは自然体で可愛らしいとは思ったが、そういうんじゃ無いから!


 ていうか、俺には女性関係ではことごとく裏目に出るという呪いを、神にかけられているという疑いがある!


 だから全然期待もしてないし、間違いなくこれもただの人生相談とか、そういうのだから!


 分かってるな、神! 俺は一切ドキドキなんてしてないぞ!


「あの、その……この村でおら結構訛りが出たりして、淑女らしぐ無いところをアレンに見せちゃったと思うんだども……」


「あ、あぁ」


 俺は情けのない掠れた声で返事をした。


「あの、その、この村で見た事は…………絶対…………ドルには言わねぇでけれ!!」


 ……。


 …………。


 ドルぅ〜〜〜????



 ポコが俺をジロリと睨み、いきなり後ろ脚で蹴ろうとしてきたが、俺はその後脚を華麗にスウェーで躱した。



 ◆



 ラーラ・フォン・リアンクールは道無き道を歩み始めた。


 これより前の時代にも、遠距離通信や、農耕漁業などの分野では、魔物の習性を利用する事で人間活動に役立てる技術は存在した。


 だが多くの魔物災害を引き起こし、人類の敵として認知されている魔物を使役して、かつ意のままに操り、ましてやそれを戦闘に応用する、などという荒唐無稽な試みは皆無であった。


 天に選ばれし人間が持つ新たなる才能の鉱脈、魔物使役テイム


 ララもまた、世界を廻天させたユニコーン世代の一翼を担う人物として、歴史にその名を刻む。



 ユニコーン世代最強は誰か。


 この先何十年、何百年と話題に上がることとなるテーマではあるが、その候補の一人として彼女を支持する者も多い。



 のち竜騎士ドラゴンライダー――



 ラーラ・フォン・リアンクール最強説。


 その支持者が必ず引き合いに出す、有名な逸話がある。


 彼女は、『タイムトラベラー』アレン・ロヴェーヌや、同じく世代を代表する絶対強者、『常勝無敗』ライオ・ザイツィンガーをして、こう言わしめた。



ララあれは反則――』

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