第217話 リアンクール男爵領(3)
「ぷっ! 遊びに来ちゃった。楽しそうだなララ、俺も混ぜろ!」
その後、『当主としてお客様の応対を……』とか寝言を言うララを、お客様権限で強引に説得して子供達と共に陣取りを堪能した。
もちろん審判ではなく、プレイヤーとしてだ。
力量の抜けた者がいたとしても、それが二人で、かつチームを分ければ、小さな子供とも一緒に楽しめるのが陣取りのいいところだ。
もちろん年長者の動きには一定の制限をかける必要はあるがな。
最初は気取った悪役令嬢の様な言葉遣いで、迫力にかけるプレーをしていたララだったが、俺達のデコイストリームアタックに二度連続であっさり
くっくっく。
うちのクラスの奴らはララを含め、皆とんでもなく負けず嫌いだという事を、俺は嫌と言うほど知っている。
遊びは本気でやるから楽しいんだ!
その後は一進一退の攻防を繰り広げ、夕飯の時間となりこれが最後の勝負という段になって、一頭の馬が村に駆け込んできたのを俺の索敵魔法が捉えた。
……村内では下馬するのが普通だと思うが……なんて思いながら耳を立てていると、男は真っ直ぐララの元へやって来た。
「ララ様! タモツはこちらに来てねですか? ララ様がコモリ村さ出た後ちょっとしてから、姿が見えねのだす!」
「……なにだって?! こっちでは見てね! 村の中はよく探しゃったんけ?!」
何だ何だと村人たちが集まってくる。
話によると、どうやらタモツと言う名の隣村の少年が行方不明らしい。
少年は、ドンコ村の来客(つまり俺たち)がララの評判を聞いてやって来た不心得者で、ララを騙して取り入ろうとしているのではないか、と大人が心配していたのを不安そうな顔で聞いており、その後一度家に帰って枝打ち用のナタを持って出たのを最後に、姿がないらしい。
よもやドンコ村へと一人で向かってしまったのではと言う話になり、馬に乗れる大人が山道を駆けてきたが、姿を見る事なくこの村まで来てしまい、今に至る。
重い重い沈黙が辺りを包む。
「……あどだばすぐ暗くなる」
ララは焦りを噛み殺すように歯を食いしばり、暮れゆく空を睨んだ。
……もし道を間違えたり、何かの事故で山中に迷い込んでいたら、状況は非常にまずい。
夜行性の魔物は手強く好戦的なやつが多いし、大人でも夜目が効き且つ一定の戦闘能力がある人間でなくては、危険すぎて捜索は不可能だろう。
人海戦術が使えないとなると、捜索の難易度は跳ね上がる。
などと考えていると、いつの間にか後ろで話を聞いていた母上がララに向かって言った。
「……
ララは驚いたように顔を上げ、何かを言おうとして言葉を詰まらせた。
「……しっかりしろララ。土地勘があり、捜索対象の行動予測が出来るお前の指示がなきゃ、俺たちは動きようがない。俺の力は大体把握しているだろう? 母上の戦闘力は俺よりも数段上だ。二次災害のリスクは十分低い」
「……リアンクール家当主として、お二人に捜索の協力を要請いたします。謝礼は後日きちんと――」
「何をモゴモゴ言ってるんだ、一緒に陣取りした仲だろう。時間が惜しいから四の五の言わずに早く指示を出せ」
俺がこう言うと、ララは驚いたように目を丸くしてから、母上をチラリと見た。
母上はニコリと笑ってから頷いた。
ララは一度深く頭を下げ、意を決したように顔を上げた。
「――感謝します!
……両村周辺の放牧域で迷っているのならば、フェンスも有りますし朝まで無事にやり過ごせる可能性は十分有りますわ。問題はその
ララは、地面に概略図を書きながらそう説明して、
「ララはどうするんだ?」
「……タモツは何度も村を行き来した事がありますし、一人でも昼間に道に迷うとは思えません。何かがあったのだと思いますわ。もし魔物から身を隠しているうちに、
ララは馬をパカラッパカラッと独特のリズムを刻む
「……走った方が早いんじゃないか?」
すでに薄暗い中、これだけのペースで馬を走らせるのは見事な技術なのだろうが、俺も母上も問題なくついて行っているし、自分で走った方が山では踏破性が高いように思う。
「
「なるほど、納得した」
俺たちは山道を進み、ビワの大岩という場所でララと別れた。
「さてアレン。どう動きますか?」
母上は俺に問いかけてきた。
「そうですね……二手に別れた方が効率がいいでしょう。山側と谷側で別れて、シチリ峠まで進みましょうか」
「分かりました。では私が谷側を担当しても?」
母上がこう提案してきたので、俺はその理由を尋ねた。
「昼間……コルの墓から淵淵渓谷を見下ろした時の印象ですが……あの渓谷には、
なるほど…… 確かに手強い魔物に遭遇して、戦力にならない人間を庇っているような状況は危険だ。
ララとの合流を目指すなら、確かに俺が山側を担当した方が効率がいいな。
「了解しました! ではご武運を、母上!」
「ええ。貴方も気をつけて、アレン」
そう言って母上は、斜面へとひらりと飛び込むと同時に闘気を解放した。
森から『ギャースッ』と唸り声が上がり、母上の進行方向から鳥が一斉に飛び立つ。
母上は飛ぶように森の奥へと走り去って行った。
◆
「なして付いてくる! もう止めてけれ!」
タモツはぜえぜえと苦しそうに息を吐きながら、手元のナタを振った。
なぶるように彼を追い立てているのは、深い森にすむ山猫の魔物、リギーネの幼体四匹だ。
体長は1メートルほどなので、まだ産まれて三ヶ月ほどだろう。
ふらふらになったタモツの一振りを苦もなく躱し、再びシャーシャーと鳴き声で威嚇しながら追い立てる。
リギーネはライオンのように集団で狩りをする魔物だが、幼体の間は、明らかに運動能力の低い野生動物を相手に狩りの連携の訓練をする。
僅かに魔法が使えるようになったばかりのタモツは、狩りの訓練の対象としては絶好の相手と言える。
タモツは肺が苦しくて、すぐにでもその場にしゃがみ込みたかったが、立ち止まろうとすると爪や牙をたてられ走らされる。
身体中から血を流しながら、森の奥へ奥へと追い立てられ、やがてタモツでは到底登れない絶壁の前まで追い詰められた所でリギーネはようやく追うのを止めた。
辺りはすでに暗い。
リギーネの幼体たちは、タモツが逃げ出さないように、取り囲んでシャーシャーと声を上げている。
そこへ、森の間からそろりと、もう一体リギーネが現れた。
土色の毛をした幼体と違い、極彩色の斑ら模様で、尾まで含めた体長は2mを優に超えるだろう。
「ッシギャーーー!!」
現れたリギーネは、タモツを真っ直ぐ見据えながら、全身の体毛を針金のように逆立て、耳をつんざくような鳴き声を響かせた。
タモツは目に涙をいっぱいに溜めて、その場で膝を折った。
本能が告げている。
もう自分にできる事は何もないと。
……もう決して、憧れ続けたあの人に――
タモツは生を諦め、そのあまりに残酷な現実に、考えることを放棄した。
だが、今にも飛びかかって来そうだった成体したリギーネは、耳をぴくりと動かしたかと思うと、『グルルルッ』と喉を鳴らして森の奥を睨みつけた。
その時、タモツははっきりと幻視した。
憧れ焦がれたあの人が、全身を震わせる様にして自分の名を呼んでいる姿を。
ほんの微かに、大地を叩く蹄の、その独特なリズムが聞こえた気がした瞬間、タモツは残る力を振り絞り叫んだ。
「ララ姉ちゃーーー!!!!」
「……モツーッ!」
木々の隙間から微かに返ってきたその声は、タモツの目に溜まっていた涙を溢れさせた。
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