第211話 古都ラベルディン(4)
翌日。
「あ! ローザお姉様〜! おはようございますっ!」
朝食の席にいなかったナタリアさんは、一足先に塔へと来ていたようだ。
第一印象では、流石は名門ドスペリオル家と思わせる気品を感じさせたのに、今は満面の笑顔で姉上へ手を振っている。
「あ、おはようなっちゃん。怪我は平気?」
「はいっ! 肋骨に三箇所ほどひびが入っていたようですが、神官に治療してもらったので平気です!」
……あの後、姉上とナタリアさんは道場で立ち会う事になった。
俺はアホらしくなって見に行っていないが、朝食の席で聞いた話によると、姉上は遠慮手加減一切無しに、ナタリアさんが立ち上がらなくなるまでボコボコにしたらしい。
その時の様子を淡々と、『驚きました。技は少々荒いですが、あの武のセンスは……あるいはセシリアに比肩しますか? ナタリアにとっては、かけがえの無い経験になりました』などと嬉しそうに話すフレーリアさんにも引いたが、只今の楽しそうなナタリアさんの様子を見て、もっと引いている。
姉上も姉上で、何がなっちゃんだ……。
妹ができたみたいでうれしー、などと言いながら、爽やかに朝の挨拶を交わしている。
ナタリアさんは、塔の警備に付いているドスペリオル家に仕える騎士に、わざわざ早朝に出向いて昨晩の出来事を自分から話したらしく、俺の耳にザワザワと噂話が聞こえて来る。
『あれがナタリア様が手も足も出なかったというセシリア様のお子、ローゼリア様か……』
『なんでも剣を持つナタリア様相手に、終始素手で相手をしたとか』
『ナタリア様曰く、その体捌きは神技としか言いようがなく、あのナタリア様をして嫉妬する気すら起きないそうだぞ』
『あのおっとりとした雰囲気で、ナタリア様が気を失うまで容赦なく拳を振るったらしい』
『ディン殿曰く、あのアレン様が賢姉愚弟と評していたそうだ』
『俺も記念に殴られたい……』
……嬉々として噂するような内容か?!
その後俺たちは、塔の外庭にある墓地で祖父にあたるバルティさんの墓をお参りした。
母上が手配していた黒の花を、バルティさんの名が刻まれただけのシンプルな箱型の墓石へと手向ける。
「……ロヴェーヌ領や王都とは、墓の形やお参りの形式が異なりますね」
地方によって若干異なるようだが、この国には十字架タイプの墓が多い。供えるのは白の花が多かったはずだ。
「……墓参り嫌いのアレンが興味を持つのは意外ですね。
ユグリア王国では現在、新ステライト教徒が圧倒的に多いですが、ドスペリオル家は代々旧来のステライト教を信仰しています。その中でも特に破壊と未来を司る神と言われるシド派ですので、現在ではかなりの傍流と言えますね」
俺が疑問を口にすると、母上がそう教えてくれた。
旧来のステライト教は、創造と過去を司るラフマーラ、調和と現在を司るヴァニッシュ、そして破壊と未来を司るシドの三大神を信仰する。
その中から、特に調和と現在を司る神ヴァニッシュを最高神として尊重しようと分派したのが、現在大陸でもっとも信仰を集める新ステライト教だ。
ちなみに破壊神シドは、古い時代には魔族と呼ばれる異人族が強く信仰していたと信じられていた影響もあり、現在もあまり人気がない。
俺は改めて眼前のシンプルな墓を見た。
故人が好んだ言葉などを刻む事もあるようだが、遺言により、敢えてこのように簡素な形にしているらしい。
ちなみに戦地からその遺言 ――自分は未来の
別に俺は大層な信仰心など持ち合わせていないし、故人であるバルティさんは、血の繋がりがあるとはいえ面識もない人だ。
墓参りという行為にも、昔からあまり意味を見出せない。
だが――
風は高く舞い上がり、春の草花の匂いがあたりに立ち込める。
「アレン……。ありがとうございます」
母上が小さく俺に礼を言い、フレーリアさんも俺に向かって古い騎士式の礼を取った。
……生きてる時に話してみたかったよ。おじいちゃん。
◆
ラベルディンの塔は、不思議な生命力の波動を感じる正真正銘のパワースポットだ。
俺が初めてメドウマーラの魔石を手に持った時に感じたものと同種の感覚だが、そのエネルギーは桁が違う。
「……まるで生きているかのようですね。この塔から発せられる力強い波動は」
塔に近づくにつれ力強さを増していく波動に感動しながら、何の気無しに呟くと、姉上は可笑しそうに笑った。
「ふふっ。アレン君、魔道具士でも無いのに、この微妙な感覚が分かるの? このおっきな塔全体が、まるで魔道具みたいだね」
姉上にこの様に面白がられたので、俺は改めて皆の顔を見た。するとその顔は、一つ残らずポカンとしていた。
…………これは注意が必要な案件だな。
俺には魔素の無かった前世の記憶がある分、魔力の波動に鋭敏なのかも知れない。
「……何となく、風を感じただけですよ」
その様に誤魔化しながら、塔の入り口に立つ。
親父とゾルドを始めとした付き人の類はここから先へは入れない。
もっとも、親父は残念がるでもなく、早くこの墓地を兼ねた侯爵立の公園に植樹された木々や草花を見て回りたい様で、ソワソワきょろきょろしている。
母上は入る資格があるのだが、親父に付き添って残るらしい。
「では参りましょうか」
フレーリアさんは、入り口の扉脇にある台座に据え付けられた玉に手を触れ、魔力を込めた。
次の瞬間、扉に一瞬淡い光が走り、音を立てながら奥側へ観音開きに開く。
「へぇ〜……どう言う仕組みなんだろう。私もやってみてもいい? お婆様」
姉上は目をキラキラと輝かせて、フレーリアさんに許可を求めた。
「ええ構いませんよ。ですが……この扉は、不思議な事にドスペリオル家の血と関係が薄まると、開くことができなくなるのです。
玉にもう一度手を触れ、扉を閉めながらフレーリアさんは首を傾げた。
許可を得た姉上が、台座に据えられている玉に手を触れ魔力を込める。
だが扉は反応しなかった。
「……少々意地悪でしたね。過去の例からして、いかにセシリアの血を次いでいるとはいえ、父方が全くドスペリオルとゆかりのない貴方には難しいだろうとは思っていました。
ドスペリオル家が血の濃さを維持している理由の一つには、このラベルディンの塔を未来へと繋げる役目を負っている事と関係が――」
ゴゴゴゴッ。
フレーリアさんが説明を終える前に、扉は観音開きに開いた。
重い、重い重い、数千年の歴史の重みが辺りを包む。
「んーこうかな? あ、こっちかな」
姉上はぶつぶつと独り言を言いながら、荘厳な魔道具製の扉を、おもちゃの様にパカパカと開閉している。
「お、おお、お姉様!!!?
原理が! 原理がお分かりになるのですか?!」
皆が固唾を飲んで姉上の返答を待つ。
姉上はうーんと首を傾げてから、もう一度扉を閉じ、あっさりと首を振った。
「んーん。全然わかんないや」
俺は姉上を押し退けて、台座の玉に手を触れた。
そして魔力を込める。
だが扉はうんともすんともいわない。
「うおおおぉ!
…………はぁぁぁあああ!!」
選ばれし者のみが開けられる扉を俺も開きたくて、思いつく限りの悪あがきをしたが、扉はそんな俺を嘲笑うかの如くピクリとも反応しなかった。
「はぁはぁ…………何で原理もわからないのにそんなにパカパカ開けられるんですか、姉上は」
俺はジト目で姉上に抗議した。
ファイアーボールの練習していた時の徒労感がよみがえる。
才能がないって辛い……。
「う〜ん言葉で説明するのが難しいんだけど……。
込める魔力はただのブリッジで、体内の魔力器官に情報を取りに来てるみたいなんだけどね。反発するお父様側の魔力の発生を抑えて、お母様側の魔力で隠す様に包んであげると開くよ」
俺は再度台座上の玉に手を乗せた。
そして深呼吸をしてから、目をカッと見開いて、疑問を口にした。
「…………お父様側の魔力って何?」
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