第212話 古都ラベルディン(5)



「凄すぎです、お姉様!!!」


 ナタリアさんはその腕に絡み付きながら、姉上を絶賛している。


 結局俺は、何をどうしても塔の扉を開く事は出来なかった。


 姉上にいくら話を聞いても、どうやら感覚的なものらしく、何を言っているのかは誰にも理解できなかった。


 これだから天才は……。


 俺は渋々諦めて、ふてくされながら皆と共に塔へと入った。



 塔の一階には、不思議な素材でできた大きな石板が中央にあり、見たこともない文字で何かが記されていた。


 フレーリアさんは、その前に立ち、俺と姉上を見た。



「これより先、塔内で知りえたことは他言無用です。あなた達のためにも口外しない方が良いでしょう。誓えますか?」



 俺も姉上も頷いた。


「アレン(ローゼリア)・ロヴェーヌは、この名に懸けて、これより先塔内で知りえたことを口外しないと誓う」



 フレーリアさんは一つ頷き、語り始めた。



「この石板はリア・ストーンとドスペリオル家では呼んでいます。リトルネロ大陸にあるとされる大国ラヴァンドラで、その昔神事に使われていた神聖な文字が刻まれています。内容は、歴史です。この大陸の過去が、この石には刻まれています」



 ……リトルネロ大陸……? この王国があるロンディーヌ大陸以外の話は、ベアレンツ群島国などの島国を除くとその存在すら聞いたことがないが。


 ちなみにラヴァンドラというのは、古代にこの大陸にあり、なぜか滅んだとされている、眉唾物の伝説が沢山ある国の名だ。



 フレーリアさんは努めて平坦な、抑揚のない声音で話を続けた。


「……始まりの五家オリジナルファイブとは、開拓者なのです。この大陸の外からやってきた……。それはつまり、もともとこの大陸に住まう人間から見ると――」



 フレーリアさんは、そこで言葉を切り、厳しい表情を浮かべた。


「私たちは侵略者、という事です」



 ◆



 話はおおよそ二千五百年前に遡ります。


 この大陸の東には、リトルネロ大陸と呼ばれる大陸があるそうです。もちろん、わたくしも実際に見た訳ではありませんが。



 その大陸は人々が扱う魔法力も魔法工業技術も、当時のこの大陸よりも遥かに進んでいたそうです。


 それより前の時代にも、西の海……つまり今私たちがいるロンディーヌ大陸から見て東にある海より、ごくまれにリトルネロ大陸に異邦人が流れ着いたという記録はあったそうですが、長い間このロンディーヌ大陸は発見されずにいました。


 一つは造船技術や航海技術が未発達であり、海上で常に西から吹く強風に逆らって進めなかったこと。そして外海に生息する魔物が手強いことなどが理由だった模様です。



 ですが、技術は進歩します。


 その2500年前の時代には、造船技術と航海技術が発達し、逆風の長距離航海に耐えうるようになっていました。


 さらにその頃、もう一つの条件が整います。


 万年に一度起こると言われていた、方位磁石が示す向きが数年から数十年かけて180度反転する、魔磁気反転の時期に入っていたのです。


 夜空一面に光の布が揺らめく事があるというその間は、特定の魔物が異常発生したり、海洋性の魔物の活動が沈静化することが知られていました。



 その千載一遇の好機にラヴァンドラの有力者たちは、存在が噂されていた幻の大陸を発見しようと競い始めます。



 ラヴァンドラは、神事を司る神官階級から奴隷までの5つの階級カーストに身分が分けられ、身分の低い者は厳しく抑圧されていたと言います。


 身分の高い者たちは、低身分の者を唆し、『冒険者』と呼ばれる、身分の貴賤を問わずに就業できるという触れ込みの新たな職業を作り、海へと送り出しました。


 高い身分の者の口車に乗り、冒険者たちは人生の逆転を掛け、命懸けで西の海を冒険し、多くの命を散らしていったそうです。



 そんな事を繰り返していたある時。


 上位カーストから冒険者となった一人の物好きが、ラヴァンドラの悲願を達成します。


 この幻と言われた大陸を発見し、そして初めて無事ラヴァンドラへと帰還した英雄。


 その男の名から、この大陸はロンディーヌ大陸と名付けられました。



 ラヴァンドラの支配者たちは、ロンディーヌの報告を受け、この大陸の利権を獲得しようと、今度は有能な私兵や調査員を含めた大船団を繰り出しました。


 ですが……そのほとんどはたどり着けなかったものと思われます。



 長らく続いていた魔磁気反転が終わり、それまで息を潜めていた海洋性の魔物が、その反動のように猛威を振るい始めたからです。



 ドスペリオル家は、ラヴァンドラにおいても数えるほどしかいない最上位カーストである神官階級にありました。


 その大船団を率いた大神官スカンディもまた、魔物の襲撃により船が難破し、僅かな供と共に、東の海岸に流され着いたといいます。


 その時、スカンディ達はリア族という原住民族に発見・介抱され、一命を取り留めます。


 スカンディはリア族への感謝を忘れず、その酋長と友誼を結び、神官として静かに世代を繋いでいました。



 ですが……。


 大陸には、ドスペリオル家の他にも、魔磁気反転期に送り込まれた他のいくつかのグループが流れ着いていました。


 あるいはロンディーヌと同じく冒険者としてたどり着き、帰る術を失って居ついた者もいたかもしれません。



 例えそれが下働きの奴隷でもコックでも、扱える魔力量、魔法の質は、この大陸に住まう原住民を圧倒したことでしょう。



 生き残った者たちは大陸の各地で王を名乗り、記憶を頼りに技術を進歩させながら、勢力範囲を徐々に拡大していきました。


 推測になりますが、低カーストで抑圧されてきた者が立ち上げた国ほど、原住民の扱いは酷いものだったでしょう。


 中には原住民に寝首をかかれたり、開拓者同士の諍いにより滅んでしまった者もいるでしょうが、一定の統廃合を経て、やがて大きく分けて四つの集団……ドスペリオル家が友誼を結んだリア族を含めると、五つの集団が、国として劇的に力を付け始めました。


 それが現在でいう始まりの五家オリジナル・ファイブだと、ドスペリオル家では考えています。


 それぞれの家が公言している歴史では、ある時、神に使者として遣わされた、といった類の伝承が多いようです。


 伝承が途絶しているのか、敢えて後世に残さなかったのか、あるいは本当は伝承されているのを秘めているのかは分かりかねますし、我々も他家についてはリトルネロからの開拓者であると証明する術はありません。


 歴史の否定は、アイデンティティへの攻撃に他なりませんので、口出しする気はありませんし、あなた達も口外しない方が良いでしょう。


 下手をすると戦争の引き金になりかねません。


 話を戻しますと、リア族もまた、ドスペリオル家の庇護を受け、現在のドスペリオル地方を中心に緩やかに発展を遂げておりましたが、ドスペリオル家はあくまでリア族の酋長を支える立場を堅持していました。


 ですがいよいよ他の勢力の拡大に歯止めが掛からなくなり、大量に民の血が……特に原住民が犠牲になり始めた。


 それを憂いて立ち上がったのが、『神眼通』アイオロス様であると伝わっています。


 当初はリア族の一戦士として参戦していた様ですが……アイオロス様はどうやら、その……何事もやり過ぎる所があったらしく……。


 ドスペリオル家の当主が受け継ぐ、アイオロス様のお子が書いたとされる伝承書に僅かに記録が残るらしいのですが、その統一戦争で良くも悪くも無茶苦茶をやって、その名声は大陸をあまねく覆い、とてもリア族に王の座を譲れるような状況では無かったそうです。


 アイオロス様は、開拓者の横暴許すまじと立ち上がった自分が、皇帝の座に収まる事を強く拒否したとの事ですが……状況が許さなかったのでしょう。


 仕方なく国が成熟するまでは、ドスペリオル家が一時的に施政者としての立場を預かる事になりました。


 その際に作られたのがこの塔です。


 子孫が神官スカンディの命を救われた恩を忘れ、開拓者としての分も忘れ、神に身を捧げた神官家、ドスペリオルとしての誇りを失う事のない様に、史実を伝承するのが目的と言われています。


 先程、神事を行う神官は、ラヴァンドラの第一カーストと言いましたが、王を含む施政者は第二カーストですので、アイオロス様の孫の代にはあっさりと帝位を譲っています。


 ドスペリオル家が王位に無関心な事をよく不思議がられますが、そうした価値観の中で生きているのです。


 長い時を経て、世が変わった今、ドスペリオル家の在り方もまた少々変質していますが、根本のところでは変わりません。


 もっとも、この点についても口外は厳禁です。


 本来の思想は、神に仕える神官は世俗の興廃から隔絶すべきとの考えで、他のカーストと上下は無いのですが、ドスペリオル家は王よりも上位の存在を名乗っている、などと曲解されれば、王国は大混乱に陥るでしょう。



 ……その後アイオロス様が築いた帝国は、長い時をかけて国を割っていきました。


 そして、アイオロス様に刻み込まれたドスペリオル家の恐怖を他家が忘れた頃――


 同じ轍を踏まぬとばかりに、密約を交わした他のオリジナルファイブ連合軍がドスペリオル家を襲いました。



 この辺りからは、このユグリア王国にも概ね正確な歴史が伝わっていますので、貴方達もご存知でしょう。


 開戦時、敵方は、『これは象が蟻をすり潰すだけの戦だ』と息巻いたそうです。


 リア族を始め、いくつかの友好部族は死を覚悟してこちら側に着いてくれましたが、それほど絶望的と言える戦力差でした。


 万事休すと思われたドスペリオル家ですが……神の加護がありました。


 この時のドスペリオル家には『鉄拳の魔女』と呼ばれた、カナリア様がいらしたのです。


 カナリア様は神速の鉄塊と言われた拳でもって全てを蹂躙し、連合軍を叩き潰しました。


 確かにこれは、象が蟻をすり潰すだけの戦だった……。


 後にそう評されたのが、有名な蟻象ギゾウ戦争です。



 ◆


 フレーリアさんはそこで話を一度区切った。


 俺が挙手したからだ。


「……どうしました、アレン?」


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