第210話 古都ラベルディン(3)
その後、俺たちはドスペリオル家の邸内に招き入れられた。
館は広かったが、春の陽が優しく注ぐ手入れの行き届いた美しい庭は、人が使用している気配が全くと言っていいほど感じられず、どこか物悲しい印象を受けた。
邸内に入った俺たちは、ドスペリオル家のこれまただだっ広いダイニングで夕食をとりながら、様々な話をした。
今日は空席だが、
中央には、大昔に史上唯一この大陸の統一を果たしたという伝説の皇帝アイオロスの肖像画。レプリカかも知れないが、歴史の教科書に出て来るほど有名なものだ。
その左には、これまた歴史の教科書に出てくるほど有名で、大昔に他の
そして右側には先の戦争で亡くなったというバルディさん。つまり俺の祖父の肖像画だ。
ダイニングにいるメンバーは、俺たち家族とフレーリアさん、そしてランディさんの奥さんとその子供たち……つまりエディさんの弟と妹で、俺からみると伯母さんと
ゾルドは隣室の使用人控室で別になっている。
そばに控えようとしていたのだが、何でもその昔、母上のお世話係をしていたというアンナさんというメイド頭のおばあちゃんに、話があるとか言われて連れられていった。
ダイニングでなされている話の内容は、小難しい話ではない。
母上がこの家を出て、どのような旅をしてロヴェーヌ領に辿り着き、どのように親父と出会ったのか。
どんな結婚式を挙げたのか。
領民からは祝福されたのか。
姉上や俺がどんな子供で、王都ではどのように過ごしているのか、などが話題だ。
あくまで俺の主観ではあるが、侯爵家の情報収集などではなく、家族として俺たちがどんな人間なのかを知りたいという純粋な関心を感じて、気楽に話せた。
親父は一見神妙に話を聞いているようで、実は全然聞いていないだろう顔つきで相槌を打っていたが、母上がこの館にいた時からパンを焼いてきたという老コックのメサイさんが挨拶にきた時から、目の色を変えて話し込んでいる。
天下のドスペリオル家に対して実に無礼な態度と言えるが、なぜか咎められる様子はない。
親父のパン狂いは遠くラベルディンの地にまで轟いていた、なんて事は流石に無いと思いたいが……。
初めはなぜ自分がと戸惑っていたメサイさんも、親父のパンへの飽くなき情熱に絆されて、だんだん打ち解けてきたようだ。
どうやら小麦にライ麦を混ぜるのがこのカチコチに硬いブレッドのポイントのようだが、何を言っているのかはよく分からない。
話がひと段落ついた所で、フレーリアさんはこんな話を切り出した。
「アレン。ランディが貴方の事を『確固たる信念と、茫洋として風のように捉えどころのない一面が同居しており、言葉では表し難い』と評した意味が分かりました。
一見無愛想にも思えますが……貴方には不思議な愛嬌があります。それがきっと、貴方が色々な縁を引き込む理由なのでしょう」
「さすがおばあ様〜! アレン君って最近少し気難しい年頃なんだけど、やっぱりアレン君はアレン君なんだよね〜」
「ふふっ。伊達に歳をとってはいませんよ。ローゼリアは一見天真爛漫ですが、物事の本質を見る力がありますね。将来が楽しみです」
今のやりとりのどこに本質を見る力を感じたのかは不明だが、フレーリアさんに褒められて、姉上はルンルンとご機嫌だ。
「さて、本題ですが……。
このラベルディンには、ドスペリオル家の先祖を祀る塔があります。本来は当主一族の直系しか立ち入る事のできない場所ですが……例外的に、ドスペリオル家当主が許可した者は、立ち入りが許されます。アレン、そしてローゼリアが望むのであれば、案内するようにランディより言付かっていますが……興味はありますか?」
この提案には俺も驚いた。
ラベルディンの塔はパワースポットとして観光名所になっているほど有名だが、その内部への立ち入りは厳しく制限されている事で知られている。
「え、いいんですか? ぜひ中に入ってみたいです!」
俺が物見遊山気分で無邪気に食いつくと、俺の従姉妹にあたるナタリアさんが血相を変えた。
「お、お婆様! 一体何を――!!
…………先程までの、
ドスペリオル宗家の人間ではなく、あくまで他家に帰属する客人として接しているからだと理解していたからです! ですが、ドスペリオル宗家の務めを科さずにあの塔に立ち入らせるとなれば、親戚筋を始めとした領内からの反発は免れませんよ?
お父様がセシリア叔母様の存命を喜び、暴走しているのは容易に想像がつくのに、なぜお諫めにならないのです?!」
彼女は俺より二つ歳上の15歳で、この春にドスペリオル地方の貴族学校を卒業し、王国騎士団に入団が決まっているそうだ。
当然相応に優秀な方なのだろう。
ちなみに配属はスズナミ軍団長率いる第六軍団との事だ。
先程までの歓談では、乞われるがままに第六軍団にいる何名かの知り合い――スズナミ軍団長には優秀な副官がいる話など――について話をしたりした。
少々お堅い印象はあったものの、頭はいいし、ただの仮団員でしかも年下である俺を、騎士団の先輩として立てる節度もある。
そのナタリアさんが、血相を変えて抗議した。
怒っているというよりも、困惑しているように見える。
そんなに特別な場所なのだろうか?
「口を慎みなさい、ナタリア。……
貴方よりも遥かに機微な情報を持つランディが、ドスペリオル家の当主として許可を出すべきと判断し、留守を預かる私が認めたのです。貴方が是非に口出しをすべき事ではありません」
フレーリアさんは、俺と姉上に対する優しげな声を、氷の様に冷たい声音に変えてピシャリとそう言った。
俺たち姉弟に怒っている時の母上にそっくりな声音だ。
そういう意味では、俺たち姉弟はフレーリアさんから見たらお客さん、と言うのはあながち間違いではないだろう。
だがナタリアさんは尚も食い下がった。
「…………アレンさんのみならばまだ分かります。12歳にして仮とはいえ王国騎士団に所属し、さらに騎士団員としての実績もすでに目を見張るものがあります。ドスペリオル宗家が輩出してきた歴代騎士と見比べても、その伸び代は計り知れないものがありますので、各方面からの批判も限定的でしょう…………」
そう言って、気まずそうに姉上を見る。
「ナタリア。私は口を慎みなさいと言ったのですが?」
フレーリアさんが一段と声を低くし、今度は明確に怒気を込めてそう言うと、姉上は珍しく空気を読んだのか、あっけらかんとした調子で答えた。
「うーん、私は古い魔道具に関する記録でもあるなら興味あるけど、無いなら別に中まで入らなくてもいいかな……。塔の外庭にあるっていう、お爺様のお墓をお参りだけ出来ればいいや。そこまでなら問題ないんでしょ?」
だがフレーリアさんは、この姉上の言葉を受けて、厳しい顔で姉上の目をじっと見据えた。
「ローゼリア。貴方は今、理由もなく侮られ、正当な権利を侵害されたのですよ? 度量を示すという事と、妥協する事を混同してはなりません。貴方に考えがあり塔に入りたくない、と言うのであれば別ですが、小さな妥協の積み重ねは、貴方の未来を狭めます」
め、面倒くさい!
……この人に育てられると、母上の様な人間になるのか。
俺は穏便にこの場を納めてくれる事を僅かに期待して、チラリと母上を見た。すると成り行きを見守っていた母上は姉上にこう告げた。
「塔の入り口には古い時代に作られ、未だ原理が解明されていない仕掛けがあります。魔道具士を目指す貴方には興味深いと思いますよ」
もちろん予想通り、母上は忖度一切なしに姉上へと薪をくべた。
「……へぇ〜、そうなると私もちょっと妥協できないなぁ。ごめんねナタリアちゃん。
どうすれば認めてくれるのかな……? 私の事」
姉上は、これまた予想通りコキリと首を鳴らしながら笑顔を傾げ、刹那に練り上げた魔力を薄っすらとその身に纏った。
「こ、壊れた魔道ランプでもパパッと直したらどうですか、姉上! 一流の魔道具士らしく!
あ、そもそも塔に入るのは姉上の正当な権利なのだから、認めてもらう必要もないのでしたね、おばあちゃん! ね!」
俺が一縷の望みを賭けてその様にフレーリアさんに話を振ると、フレーリアさんは厳しい顔をデレデレに緩め、笑顔でこう言った。
「魔道具士でありながら、力を示し、誇りを護ろうと言うのですね。……それでこそセシリアの娘です」
……いやいや、それは妥協だろう。権利の話はどこに消え去ったんだ?
俺はどうせ無駄だろうと思いながら、ナタリアさんを見た。
ナタリアさんは、『何故そうなるのですか……私は力量云々の話をしている訳では……』などと困惑顔を顰め――
そしてその口角を楽しげに釣り上げ立ちあがった。
…………。
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