第202話 晩餐会(3)



「ぷっ! あっはっは! 私はビーナ、ダンの実母だよ。さすがはあの妹が惚れ込んだだけあって、気宇が大きいねぇ。聞いてて気持ちいいよ。ダンも負けずに、でっかい男になりな」


 ダンの実母、つまりミモザの姉であるビーナさんがそういってからからと笑うと、サルドス伯爵が慌てて窘めた。


「こ、これ、この場にふさわしい言葉遣いに改めよ」


「ふふっ、失礼しました。何分こういった場は不慣れでして。本来なら正妻のブリランテ様が適任なのですが、あいにく現在ヘルロウキャスト討伐任務に従軍するため帰省した長男に付き添い、領内に帰っておりますので。今後ともダニエルのことをよろしくお願いいたします」



 その後、先に到着していた他の出席者たちにも挨拶をして回り、俺たちは席に着いた。


 どうやら今日は、ユグリア王家の他、ザイツィンガー家、シュトレーヌ家、グラスター家の三公爵家がそろい踏みという、どうにも高貴な会のようだ。


 顔見知りは、ザイツィンガー家の席に座るオリーナ王国騎士団長くらいのものだった。


 ユグリア王家出身で魔法研究部顧問のムジカ先生や、シュトレーヌ家出身のミハル王立学園理事長なども探してみたが、いなかった。


 もしかしたら、特定の生徒と私的に交流する事を遠慮しているのかもしれない。お堅そうな人達だし。


 ミハル理事長には、ある時理事長室に呼び出されて『この学園をよりよくする為に、何かアイデアは有りますか?』などと聞かれたので、もちろん風に任せて渾身のプレゼンをかましてある。


 俺の日本人なら誰もが思いつくアイデアを聞いた理事長は、思いっきり顔を引き攣らせていたが、『可能な限り前向きに検討します』と言っていた。


 グラスター家には、俺が面識のある人間はいないはずだが、その瞳の色には何となく既視感があり、俺は首を捻った。


 いずれにしろ、取ってつけたように招待された、田舎者集団のうちの家族は勿論、サルドス伯爵家でさえも場違い感は拭えない。



「陛下が到着されました」


 俺たちを案内してくれた執事長のスピンさんがそう言うと、皆が一斉に立ち上がり、入り口へと体を正対させる。


 俺たちも見よう見まねで立ち上がり、入り口のある方へと体を向けた。



 ◆




 陛下は、いつもの金の刺繡が施されたマントは羽織っておらず、いくらかラフな格好で表れた。


 隣にはユアイン王妃様と思われる、美しい女性が立っている。こちらはきちんとしたイブニングドレス姿だ。


 確か王妃様は、他国から嫁いで来られた方という話だったな。


 どちらかと言うと可愛らしい系統の顔つきに、凛と背筋の伸びた、歩く姿勢の美しい人だ。



 陛下はちらりとさりげなく親父の方を見て、その顔色が緊張のあまり土色をしているのを確認すると、こう提案した。


「ふむ。今宵はせっかく無理を押して設けた機会だ。このように離れたテーブルでは話難くてしょうがない。どうせ私的な会合だ。カクテル・パーテ立食ィ形式で気楽にいこう」


 隣に立つ王妃のユア様が、慌てた様子でこれをすぐさま制止する。


「またそのような事を思いつきで……。食事だけではなく、警備の都合など色々と調整すべきことがあるのですよ? 何より国を治める王には権威が必要です。綺麗事で回るほど、この国は小さくありませぬ」


「がはははは! ユアよ、そちの言い分も分かるが、まぁそう固い事を言うな。今日の出席者はみな身元がしっかりしておるし、オリーナもアレンもおる。不届き者など侵入しようがあるまい。スピン」



「す、すぐにご準備いたします!」


 スピンさんが返事をした時には、すでに近くに控えるスタッフたちは走り出していた。


 陛下の無茶振りには慣れているのだろう。



 ユア様は何かを言いたげにしたが、結局ため息をついて言葉を呑んだ。


 それを見た王国騎士団長のオリーナさんが、苦笑して立ち上がる。


「……招待者ホステスであるユア様の口からは言いにくいでしょう。

 セシリア・ロヴェーヌよ。そなたの事は、私もユア様も何十年も前から散々ランディの奴から聞かされている。『王国の盾』ドスペリオル家にあって、類を見ないほどの天才であったとな」


 そう言って、警備のために近くに立っていた騎士に、何か指示を出す。



「……その精神も、鬼子母神の如く高潔にして慈愛に溢れうんぬんかんぬん、などと語り出したが最後、何十分も……下手したら1時間以上語り続け、しまいには決まって泣き出して、辟易へきえきさせられたものだ」


 母上は額にびきりと青筋を立てた。


「何十年も消息を絶っていたからといって、そなたを疑っている訳ではない。ランディの事は陛下もユア様も、そして私も深く信頼しておるし、そなたが育てたアレンは、本当に粉骨砕身して、この国に忠義を尽くしてくれている。見ているこちらが目を覆いたくなるほどにな」


 そう言ってオリーナ騎士団長は、ちらりと俺を見た。


 忠義を尽くした記憶はただの一つもないのだが……。


 これはオリーナさんには、釣り勝負の邪魔をされてキレた俺が、ブルーフラミンゴと戯れた事は、すでに報告が入っているな……。


 ただの事故だとこの場で声高に主張したいが……墓穴を掘りそうだ。


「……だが、それとこれとは別なのだ。そなたらには、陛下と立ち話をするにはまだ積み重ねが足らん。だから力を見ておきたい。いくら幼少期天才と言われようとも、ほぼ隠遁生活していたそなたに、現役の王国騎士団員が遅れを取る様な事はあり得んとは思うが……何が起こってもすぐさま局面を制圧できる確信がある。その状態を維持する事が、警備を預かる者の責任なのでな」



 先ほど指示を出された警備の騎士が、長さの異なる刃の潰された鉄剣が何本か刺さった壺を持ってきた。


 オリーナさんはその中から中ぐらいの剣を引き抜いて、陛下へと向き直った。


「信を持って心を帰す陛下のあり方にはそぐわないかもしれませんが、騎士団長としてセシリア・ロヴェーヌとこの場で試合う事、お許し願います」


 オリーナさんが陛下にこう言うと、陛下はめんどくさそうに手を振った。


「あーわかったわかった。わしもランディの妹自慢には何度辟易させられたか分からん程だから、確かに興味はある。セシリアが良いと言うのであれば好きにせよ」


 陛下はそう言って母上を見た。


 母上は特に動揺する様なこともなく、小さく息を吐いてすっと立ち上がった。


「それでは、座を作るまでのほんの余興に。胸を貸して頂きます、オリーナ様」


 それを見たオリーナさんは、ふっと不敵に笑った。

 嫌になるほどライオにそっくりだ。



「全く、小難しい理屈を捏ねおって……。剣を合わせたくて仕方がないのだろう? 武人の顔をしおって」


 陛下はオリーナさんに呆れたようにそう言った。


 母上は壺に刺さった鉄剣の中から、最も目方のありそうな物を無造作に引き抜いた。



 両者が向かい合い、招待客が興味深そうに距離をとって周囲を囲む。


 母上は、剣を構えると同時に身のうちに蓄えていた魔力を練り上げ、闘気を開放した。


 警備の騎士が思わず腰の得物に手をやるほどの、凄まじい圧が会場に立ち込める。


「ひゅ〜。お母様、お父様にいいところを見せるために張り切ってるぅ! あの人大丈夫かな、アレン君?」


 いやいや、この大量殺人鬼としか思えない殺気混じりの闘気が、あのうだつの上がらない親父に良いところを見せようと、だと?


 会場の皆は、姉上のセリフにドン引きしている。


 親父はテーブルに突っ伏した。


「……流石に大丈夫ですよ。オリーナさんはこの国で一番強い剣士だと、俺の師匠が言っていましたので」


 オリーナさんが戦っているのを見たことも無いのに分かるわけがないが、俺はとりあえずそう答えた。


 皆が聞き耳を立てている前で、『負けるかもしれないので止めた方がいい』などと言えるわけがない。


 俺はちらりとオリーナさんを見た。

 母上の闘気を受けても、その不敵な笑みはいささかも揺るがない。


 俺の説明を聞いて、姉上は目をキラキラと輝かせて立ち上がった。


「へぇ〜! 私も並んでこよ〜っと!」


 いやいやいや、オリーナさんそれアトラクションじゃ無いから!


 姉上は殺人鬼母上の横をるんるんと通過して、剣を一本引き抜き、ルンルンと踵を返し、母上の後ろに並んだ。


 それを見たオリーナさんは、またまた不敵に笑った。そしてあろう事か、こんな事を言い出した。



「ふっ。ローゼリア・ロヴェーヌ。お前の器も測っておきたいとは思っていた。流石はアレンの姉だけあって、大胆不敵だな。……面倒だ、二人同時に来い」


 いやいやいやいや、その人はやばいんだって!


 大胆とかそう言う次元じゃ無いんだ……母上と違って、分別のかけらも無いんだぞ?!


 ちらりと横目で親父に目をやると、現実から逃避した親父は、真剣な表情で近くの観葉植物の葉脈の数をかぞえ始める所だった。



 俺は一つため息をついた後、仕方なく立ち上がり、てくてくと剣の刺さった壺まで歩き、剣を一本引き抜いた。



 そしてオリーナさんの横に立つ。


「……どういう意味だ、アレン。私が二人がかりだと負けるとでも? 私はお前があちら側に加わって、三対一となっても負けるつもりは毛頭無いが?」


 俺はため息をつきたいのを我慢して答えた。


「そういう訳ではありませんが、私も騎士団員としてそれなりに経験を積んできましたからね……」


 俺は風をゆらりと循環させた。



「久しぶりの発表会です、母上、姉上!」


 母上と姉上は、そろって楽しげに口角を上げた。


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