第201話 晩餐会(2)



 夕方。


 帰宅したロヴェーヌ夫妻に、ゾルドは晩餐会の招待を受けた経緯を説明した。


「――という訳です。独断で返答し申し訳ございません」


 ゾルドの報告を聞いて、ベルウッドは目眩がした。


「ユグリア王家主催の晩餐会に招待され、しかも明日開催だと?!

 ……あ、明日は北地区のパン屋をしらみ潰しに攻めるという、どうしても外せない予定が……」


「悪あがきはおやめなさい、ベル。下手な嘘をついて後から予定がなかったことが露見すれば、無理に予定を調整したユグリア王家の顔を潰す事になります。王家を敵に回したいのですか?」


 ベルウッドは机に突っ伏して泣きべそをかいた。


「な、なぜ、ど田舎子爵家に王家から晩餐会の誘いなどが来るのだ。わしが陛下にお目見えしたのは先代より爵位を世襲した時一度きりなのだぞ。その時も、百人からいるその年の世襲予定者が団体で列に並んでおったのだ。いくら何でもあんまりだ」


「それだけアレンが王都で将来性を示した、という事でしょう。親が子の成長を喜ばずしてどうします。しゃんとなさいませ。

 ……ところでローザ。あなたはどうしますか? 最低限、ベルとわたくしが主席すれば、貴族としての務めは果たせますが……」


 セシリアはベルウッドにさっさと引導を渡し、ローゼリアに出欠を尋ねた。


 当然ながら、晩餐会にはアレンとローゼリアも招待されている。


「う〜ん、アレン君が出るなら一緒に行きたいけど、来ないなら特に興味ないかな。あーあ、アレン君のタキシード姿、見たかったなぁ」


 そう言って、壁にかけられたタキシードを見る。


 フォーマルな洋服を持っていないアレンのために、ゾルドが日中に手配したものだ。


 アレンには、参加する気がある場合は連絡するよう、学園の用務員を通じて連絡を入れてあるが、これまでのところ返事はない。


 ローザはうっとりとタキシードを眺めながら、残念そうに紅茶を一口飲んだ。


「ただいま帰りました!」


「あ! アレン君帰ってきた! やったぁ〜! じゃあ私も出ようっと! お洋服どうしよっかなぁー」



 まるで遠足気分だの……。


 ベルウッドは、しくしくと痛む胃をさすった。



 ◆



 翌夕。


 ユグリア王家の紋章 ――有翼の獅子が光る玉を咥えた意匠―― が描かれた、四頭引きの豪奢なお迎え馬車に乗って、俺たちは王宮へとやって来た。


 晩餐会になど興味はないが、なまじ王様と面識がある分、王家の招待を知らぬ顔ですっぽかすのには気が引けて、しぶしぶ参加することにした。


 予定されていた騎士団の任務はなぜか急遽キャンセルが言い渡されたし、俺の予定は把握されている可能性が高い。


 何度か王国騎士団員として利用したことがある魔翔門北門から王宮敷地内に入り、ユグリア王家の宅邸に向かう。


 これが『国王』主催の公式な宮中晩餐会であれば、正門である明陽門南門から入り、王の執務場である宮殿で開催されるであろうが、今回はあくまでユグリア家が開催する私的な会だ。


 俺も初めて見るが、意外とシックで落ち着きのある洋館の前に到着したところで、馬車の扉が開かれる。


「お待ちしておりました、ロヴェーヌ子爵、そしてご家族の皆様。私はユグリア家で執事長を勤めております、スピンと申します。こちらへどうぞ」


 スピンさんに促され、馬車を降りると、近衛軍団所属と思しき王国騎士団員四名が、一斉に俺たちに向かって右手を胸に敬礼を捧げた。


 その中に見知った顔が一人。

 ヘルロウキャストの輸送任務に同道したカプリーヌさんがいる。


 そう言えば、カプリーヌさんは近衛軍団所属だったななどと考えながら、俺が慌てて答礼すると、カプリーヌさんは苦笑した。


「……今日はユグリア家のお客様なのですから、答礼は不要ですよ、アレンさん。それと――」


 カプリーヌさんは憂いの帯びた目を揺らした。


「先日の任務では、私の力が及ばず……申し訳ありませんでした」


 心底申し訳そうに謝罪の言葉を口にしたカプリーヌさんを見て、俺は慌てて首を振った。


「カプリーヌさんのせいでは無いです。カプリーヌさんが、現場で最善を尽くしてくれたことは、見なくても分かります。それにあいつは必ず戻ってきますので、心配無用です」


 俺がそのように力強く答えると、カプリーヌさんは悲しげに笑った。


「そのタキシード、お似合いですね。今日は精一杯警備を務めさせて頂きます」


「ありがとうございます。宜しくお願いします」


 俺がその様に何気なくカプリーヌさんと言葉を交わすと、親父は口を開けてポカンとし、母上は視線を前に向けたまま嬉しそうに微笑み、姉上は俺の腕に抱きつきこう言った。


「そんなところを見せられたら、任務任務って言われても文句言えなくなっちゃう〜。

 かっこいいぞ、アレン君!」


 俺は何となく気恥ずかしくなって、ポリポリと頭を掻いた。



 ◆



 案内されたのは、洋館の三階部分から外に出られるルーフバルコニーだった。


 建物自体は四階建てだが、三階と四階が出っ張った凸形をしており、二階の屋上がウッドデッキの敷かれたテラス風の広いルーフバルコニーになっている。


 眼下から南に向かって手入れの行き届いた西洋風の広大な庭が続き、その先にある宮殿の裏手が、沈む夕日の光を反射して赤く染まっている。


 春を感じる風が優しく吹き抜け、庭の木々をさわさわと揺らす。


 この場所からでないと、決して見ることのできない光景だろう。


 まだ季節的には少々夜は冷えるだろうが、暖色に光る魔道ランプ兼ストーブが複数台設置されており、外にも関わらず会場はほんのり暖かい。



 会場には、すでに陛下夫妻を除く出席者たちがあらかた揃っている様子だ。



「ようアレン、今日は随分と洒落込んでるな。全然似合ってないぞ?」


 よく知った声で話しかけられて振り返ると、そこには俺と同じくタキシードを着せられたダンが立っていた。


 元々ずんぐりとした体型なのに、ややきつめの洋服で首周りが苦しそうだ。


 俺は思わず吹き出した。


「ぷっ! お前は似合ってるよ、ダン。馬子にも衣装だな」


 そう俺が笑うと、ダンは唇を尖らせて抗議した。


「……それ、褒めてないだろ? 誰が馬子だ、失礼な。仕方がないだろう、いきなり昨日招待を受けて、服を新調する時間がなかった。お前もどうせ慌てて用意したんだろう、そのいかにも下ろしたてのタキシードは」


 俺とダンがいつもの様に、挨拶がわりに軽くやり合うと、母上は嬉しそうに微笑んだ。


「学校の友人ですか、アレン。随分と仲の良い友人ができたようで、母として安心いたしました。わたくしはアレンの母のセシリアと申します。これからもアレンと仲良くしてあげてくださいね」


「あ、申し遅れました、学園でアレンと同じクラスに通うダニエル・サルドスです。宜しくお願い致します」


 ダンは無難にそう挨拶した後、小声で俺に『アレンのかあちゃん、めちゃくちゃ美人で優しそうだな』とか寝言を言ってきた。


『ああ優しいぞ。怒るまではな』


 俺が小声でそう返事すると、母上は少しだけ不穏な空気を滲ませて、


「アレン? 聞こえていますよ?」


 と言った。


「こ、こっちも紹介させてくれ。うちの両親だ」


 ダンは母上から滲み出る何かに動物的な本能を働かせ、すぐさま話題を変えた。


 ダンが手を差し向けた方を見ると、中年の夫妻が立っていた。


「ダニエルの父である、トーマス・フォン・サルドスだ。いつもダニエルが世話になっている」


「アレン・ロヴェーヌです、初めまして。サルドス領に遊びに行った際は、貴重な魔物除けの魔道具をお貸しいただきありがとうございました」


 俺がこう言うと、サルドス伯爵はにっこにっこと相好を崩し、猫撫で声でこう言った。


「そう言ってもらえると家宝の魔道具を貸し出した甲斐もあるというものだ。今思えばあれは、アレン君がダニエルと秘密裏に進めていた、帆船部の立ち上げに必要だったのだろう。正直言ってそのやり方には苦々しい思いがあったが、これだけの成果を出されては、文句のつけようもない。凡人にはとても描けない壮大なスケールの完成図に、このトーマス、ほとほと感服した。これからはダニエル共々、家族ぐるみで仲良くしておくれ」


 ……あれはデュアライゼをどうしても食いたいという俺の勝手な都合で借りただけで、帆船部の事などこれっぽっちも計画していなかったが……。


 まぁわざわざ訂正することもないか。


 しかしなんだかダンから聞いていた印象と違うな。


 恐らくは例の輸送任務で世間が手の平を返したから、笑いが止まらないのだろう。


 俺は念の為、せっかく人が夢中になっている事の、足を引っ張ろうなどと二度と思わない様に、念押ししておく事にした。


「例の輸送任務の事を言っているなら、あれはダンにとってはただの初めの一歩、通過点です。ダニエル・サルドスが描いている完成図未来は、まだまだ遥か先にありますよ、伯爵」


 俺がこう言うと、それとなくこちらの様子を伺っていた一部の出席者たちはざわりとした。


「てて、適当な事を思いつきで言うなアレン! 今取り組んでいる事だけでもまだまだ課題が多いのに、何が通過点だ! 父上、真に受けてはいけませんよ?!」


「ふん。以前も言ったが、俺がお前をどう評価しようと俺の勝手だ。俺はお前ならいつかもっと凄い事を成し遂げると思っている。むしろ今は控えめに言っているんだ。プレシャーになったら悪いからな」



 俺がそう出席者全員に聞こえるように宣言して、ダンにプレッシャーをかけると、サルドス伯爵の隣に立っていた女性が噴き出した。


「ぷっ! あっはっは! 私はビーナ、ダンの実母だよ。さすがはあの妹が惚れ込んだだけあって、気宇が大きいねぇ。聞いてて気持ちいいよ。……ダンも負けずに、でかい男になりな」

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