第180話 輸送車両にて



「あれが……アレン・ロヴェーヌか」


 チャゴーラは脳裏にアレンと、そしてダンの姿を思い出し体を震わせた。


 一般にドスペリオル地方の領民には、王立学園生の話は余り話題に上らない。


 特に情報を統制したり、もちろん領民の王立学園入試への挑戦を制限しているというわけではない。


 ドスペリオル宗家が王立学園を始めとした学歴偏重社会や軍以外の官僚機構から距離を置き、武門の家として超然としている事を領民は誇りに思っているので、自然と関心が低くなるというだけの事だ。


 幼年学校卒業後の進学率が非常に高いこの国ではあるが、ドスペリオル地方に限れば半々と言った所だろう。


 魔物素材の採取と加工、あるいは小麦の生産などの昔ながらの一次二次産業を中心に生活が回っているこの地方において、基本的な読み書き計算以上の知識は余り重要視されない。


 進学先も、庶民の憧れは王立学園ではなくドスペリオル領にある貴族学校で、職能専門学校なども多い。


 職能専門学校も、軍人や探索者を育成する学校はレベルが高く、わざわざ他地方から留学してくる者がいるほどだ。


 こうした背景から、自然と他地方に比べて工業力が劣るので、経済面は伸びが緩やかで、落日の侯爵家などと陰口を叩かれているが、この陰口は畏怖の裏返しでもある。


 話が逸れたが、そんなドスペリオル地方出身のチャゴーラにも、ドラグーン地方出身のアレン・ロヴェーヌを始めとした王立学園の一年生が近頃王都で名前を売っており、この王国の次代を担う世代となりそうだ、程度の噂は聞こえている。


 だが所詮は12歳の子供の話だ。


 しかも桁違いにレベルが高いと噂の王立学園1年Aクラスには、リアンクール男爵家という、ドスペリオル地方でも全く知名度のない畜産を主力産業としているど田舎貴族が所属していると言う話で、林間学校で過去最高のスコアを叩き出したなどと聞いても懐疑的にならざるをえない。


 自分たちを庇護するドスペリオル家を慕っている者ほど、ドスペリオル宗家の者が仮に入学して本気を出せば、他地方の連中全員が度肝を抜かれるスコアを叩き出すに決まっている、という気持ちがある。


 だが——


「アレンがどうかしましたか、チャゴさん」


 アルにそう問われ、チャゴーラは『何でもない』と首を振った。


 因みに、輸送された魔法士達は、アレンとダンの戦場もかくやと思わせる苛烈な操船を、全員で船酔いしながら乗り越えた事で、到着する頃には見事に一致団結している。



 チャゴーラは思い出していた。


 その昔、自分がドスペリオル宗家のとある少女を、一度だけ見た時のことを。


 自分がドスペリオル地方の名門貴族学校に入学し、意気揚々としていた頃に、その少女は身体強化魔法の実技訓練の手伝いに来ていた。


 その桁違いの身体強化魔法のセンスで、ドスペリオル貴族学校で師範を務める男と互角の模擬戦を見せたその少女。


 いや、模擬戦の結果としては引き分けだったが、実力は少女が上手だと、見ているものは誰もが感じた。


 コロコロと屈託なく笑い、だがどこか薄幸で可憐な印象を受ける少女だった。


 その少女が実は自分と同い年で、ドスペリオル宗家にあっても希代の天才と呼ばれているお方だと後で聞かされた。


 あの人の指揮を頂いて、生まれ故郷のために戦えたら自分は幸せだと、子供ながらに考えた。


 そう考えたのは自分だけではないだろう。


 自分が貴族学校を卒業する頃に、あのお方が魔破病例の病を発症し、すでに手の施しようがないと風の噂で聞いた時、言葉にならない、やりきれない気持ちになったものだ。


 結局自分は何となく軍には進む気になれず、探索者になったが、自分の代にはそうした人間が多かったように思う。


 何より悲しいのは、おそらくあの少女は、あの模擬戦の段階ですでに病を発症していただろうと予想される事だ。


 宗家の人間は、通常であれば貴族学校に入学して領民と交流を持ちつつ、個別に独自の教育を施されるはずだが、あの少女は進学していない。


 物珍しそうにキョロキョロと貴族学校内を見て回り、コロコロと笑うその笑顔の裏に、どれ程の恐怖と無念を抱えていた事だろう。


 あれほど才に溢れた12歳の少女は、あの日どんな気持ちで皆に模擬戦を披露したのか。


 どんな気持ちで徐々に蝕まれていく身体と向き合い、そして命を散らしたのだろう。



 ……なぜそんな事を、今になって思い出し考えているのかは分からない。


 だが——


 あの少年達のどこか悲壮なまでの覚悟は、チャゴーラが心の奥深くに封じ込めていた、セシリア・ドスペリオルの古い記憶を、なぜか思い出させた。


「化け物の巣窟、王立学園……か」


 目の前に座る水色の髪の少年をちらりと盗み見て、その小さな背中に負っている彼らの重圧に思い至らなかった自分を、チャゴーラは少しだけ恥じた。



 ◆



 船を降り、魔導輸送車両で移動する事3時間。


 アル達王都から輸送された魔法士と魔道具類は、予め準備されていた6輪タイプの輸送用魔導トラック2台に分けられ現場へと急行している。


 因みにアレンとダン、そして第二軍団の2人は船をつけた港湾の田舎旅館で睡眠をとっている。


 ジュレから碌に休憩も取らずに操船し続けた2人は勿論、魔物の対処や安全な航路の選定などのサポートを2人と同じく不眠不休で行ったグラバーとキャスの2人も体力面が限界を超えていた。


 少なくとも孵化まではこの4人が現場で出来ることは限定的なので、気兼ねなく全てを出し尽くしたとも言える。



 ガシャンッ!!


 もう間も無く現場も近いだろうという段になって、何かが輸送用魔導トラック後部にかけられた幌上に落ちてきた。


 一同に緊張が走る。


 だが頭上からは親しげな声が掛けられた。


「おう、久しぶりだな、カプリーヌ。

 船で王都より魔法士と道具を輸送すると魔鳥で連絡を受けた時は半信半疑だったが、まさか本当に6日で来るとはな。

 グラバーさんは?」


 車両後部の開放部からぐるりと回転しながら内部へと乗り込んできたのは、今回の現場総指揮を取る第一軍団軍団長、ヒューゴだ。


 背に第一軍団の証である純白……だったと思しき琥珀色のマントを羽織り、そのマントには軍団長の証である金の刺繍で彼の家紋が縫い付けられている。

 金は王家のシンボルカラーなので、軍団長以上の立場でないと使用出来なくなっている。


「お久しぶりです、ヒューゴ軍団長。もう到着されていたのですね。

 ええ、年端もいかない少年たちが、全てを出し尽くして時を生み出してくれました。グラバーさんは今ツァプラ漁港の宿で、彼らと共に休息を取っています。3日近くほぼ寝ていませんでしたから」


 ヒューゴはニヤリと笑った。


「報告は受けている。例のあいつと……ダニエル・サルドスっつったか?

 じっくり話をききたいところだが、いないんじゃ仕方ねぇ」


 そう言って、後部の開放口近くに座るアルの肩をバンと叩いた。


「おうお前! 例の体外魔法研究部部長のアルドーレ・エングレーバーだろう?

 中々の反応速度してんじゃねぇか!

 異変を察知してから手の中に魔法を発動するまでの時間が約0.8秒。カプリーヌの次に早かった。

 期待できそうだな?」


 だがアルは手元で発動しかけていたアイス・バレットを握りつぶして車両後部に流れていく景色を睨みつけ、心頭を滅却している。


 船を降りて幾分楽になっていたとは言え、本調子では無いところへ、田舎出身で耐性のない魔導車で悪路を進んでいるため、今度は車酔いをしている。


「んん? 俺のプロファイルによると、中々社交的な性格っつー話だったが……ははぁ、乗り物酔いか?

 我慢せずに吐けよ」


 ヒューゴは『がははは』と楽しそうに笑ってアルの背中をばしりと叩いた。



「……相変わらずのデータおたくですね、ヒューゴ軍団長。とすると、その他の皆や輸送した魔道具の情報も頭に入っていますね?」


 こうカプリーヌに問われ、ヒューゴは笑顔を引き締めた。


「あたりめぇだ。ガキが必死に作った『とき』を、大人が浪費するわけにはいかねぇだろうが。

 さて、あと15分で現場に着く。それまでに作戦を説明するぞ。

 おう聞こえてるかドンゴ!」


 車両の一番奥に座っていたCランク探索者のドンゴは、まだ挨拶すらしていない自分の名前を、王国騎士団第一軍団長の口から聞くことになるとは夢にも思っておらず、辛うじてこくこくと頷いた。



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