第171話 変事(2)



「ダンは本物の天才です。なぜなら、あいつには尽きる事のない船への情熱がある。あいつは……王立学園帆船部初代部長、ダニエル・サルドスは、いつか必ず切り拓きます。

 誰も見た事のない、新たなる地平を」


 俺はグラウクス侯爵の目を見据えながら、静かにそう宣言した。



 仮にここでダンの名前を出さなくても、どちらにしろもう2人ぼっちのお気楽帆船部を楽しむのは無理だ。


 この状況下では流石に見て見ぬふりはできない。


 早晩新たな帆船の可能性については知られる事になるだろう。


 それに……


 噂を放置した俺が言うのもなんだが、あのダンが無責任な世間の噂で好き放題言われている事に、内心ではいい気がしていなかったからな。


 あのじゃがいもは何を言われてもどこ吹く風だし。


 自分の事をどう言われようがへのかっぱの俺が、他人ダンが言われてイライラするというのは自分でも矛盾しているとは思うが。



 ダンは体外魔力操作で風速を減速方向にコントロールする事はもう出来ているし、後は魔力を上手く体内に循環させるのが課題なのだが、俺の見たところ、それももういつ出来るようになってもいい。


 だったら尚更この辺りで1発かましておいてもいいだろう。


 誰が何と言おうと、うっかり・・・・口が滑っただけではあるがな。

 あーすっきりした。



「……これほどの場で、そこまで言い切るとは……

 参った、言葉もない」


 グラウクス侯爵は感情の読めない顔で俺の目を見ていたかと思うと、ポツリとそう呟いて目を瞑った。


 そうして侯爵は、『話の腰を折りましたな、皆様続けてくだされ』と頭を下げた。


 俺が、ダンならいつか凄い奴になるだろうと思っている事は本当だし、別に予想が外れて嘘つき呼ばわりされても一向に構わない。


 俺が、『あいつはダニエル・サルドスですので』といって体を向き直すと、グラバーさんは一つ頷き話を再開した。


「最短でどれくらいの日数で到着しうる見通しなのかね?」


 俺は近頃多少はマシになりつつある王国の地図と照らし合わせて、頭の中で先程計算した見通しを伝えた。


「風によりますが、おおよそで6日ほどでしょう」


 俺がこう言うと、ざわり、と居並ぶ偉いさん方が、僅かに騒めいた。


 もちろん場所や日にもよるが、この季節は基本的に北西寄りの風が強めに吹いている。


 到着後2日で全ての卵を処分するのはかなり厳しいだろうが、少しでも数を減らす事が重要だ。



 国を背負うつもりなどさらさら無いが、こうなっては仕方がない。


 俺が好きな事を呑気にやるには、国が安定している必要がある。


 俺の道を邪魔する奴は、何であろうと叩き潰す。



 問題は、こんな学生のガキの言う事を鵜呑みにして、貴重な人材や道具を預ける事が、この偉いさん達に出来るかーー


 だがこの懸念は当たらなかった。


 グラバーさんは1つ頷き、陛下やオリーナ騎士団長の座る上座へと向き直った。


「無駄骨になるやもしれませぬが、全責任はわしが持ちます。

 貴重な人材や魔道具ではありますが、彼ら若者2人に預けさせてはもらえませぬか?」


 すると軍事面の責任者であるオリーナ騎士団長は、即座にこう補足した。


「……俄かに信じられる話ではないが、どんなに貴重な魔道具も孵化に間に合わねば使い所はほぼ無い。

 デメリットがほぼ無いのに対し、上手く行った時のメリットは計り知れん。

 グラバーが可能性があると言うのであれば、出し惜しみする状況ではない」


 陛下は例の透き通ったブルーの瞳で俺を見据えたまま、ニヤリと唇の端を上げた。


「随分と発言力を付けておるの、アレン・ロヴェーヌよ。

 ……これも遊びか?」


 俺はつい嫌そうに顔を顰めて首を振った。


「これはただの下準備です、陛下。

 私が……私と私の友人達が、好きな事遊びに夢中になって、面白おかしく生きていくための——」


 俺がこう言うと、陛下は一瞬目を細め、その後大口を開けて大笑いした。


「がはははは!

 そちを信じる! 頼んだぞ、アレン・ロヴェーヌよ! そして……そちの友であるダニエル・サルドスにも宜しく伝えてくれ」


 それに釣られるように、オリーナさんをはじめ、偉そうな人達もクスクスと楽しそうに笑う。


 ……笑っている場合か、まったく……



 国を背負うつもりなどさらさら無いが——


 この国には尊敬すべき面白い人間が多すぎる。



 ◆



 その後、何か必要なものはあるかと尋ねられたので、アレンは帆船の操舵を補助できる人材を最低1人つけて欲しいと願い出た。


 それに加え、つい先日、凪風商会から回船された風魔法の利用を前提とした新造船の輸送能力などを確認した後に、物資や人員をすぐに集結整理して20時に出立する事を決めた。



 アレンが退席した後。



「……グラバーさんがそれほどあいつを評価しているとは意外だったな。王都を離れている事が多いグラバーさんとは、それほど接点はないと思っていたが?」


 デューにこう問われ、グラバーは素直に頷いた。


「一度、軍港を利用するのでと、ダニエル・サルドスと挨拶に来たきりだ。

 その時は、風を切って走る帆船が如何にロマン溢れる乗り物かを熱く語るだけの、年相応の無邪気な少年というだけの印象だったのだがね。

 まぁそれはそれで、古い時代の船乗りとしては好感が持てたが……」


 グラバーは、先程アレンがヘルロウキャストの名を聞いた瞬間の、空気の切り替わりを思い出し、背中に汗をかいた。


 明らかにスイッチが入った。カチリと音がした気がしたほどだ。


 あれほど鮮やかに切り替わる人間は、歴戦の王国騎士団員にもそうはいないだろう。


 頼もしい、が、恐ろしい。


 王国騎士団で軍団長を務めている自分が、彼を甘くみていたと言う事実が。



 グラバーの思い詰めたような顔をみて、デューは耳をホジりながらフォローした。


「……あいつの二面性には、慣れるまで戸惑うのは仕方がねぇ。俺も初めて会った時は、あの頭にお花でも咲いてそうなほど別次元に平和ボケした雰囲気にすっかり油断して、一撃かまされたからな。

 あれは訓練どうこうで身につけられるもんじゃねぇだろう。

 天性で性格がひん曲がってやがる」


 デューがこう言うと、会議室から僅かに息が漏れた。


 アレンがデューによる実技試験を経て、試験官全会一致でS評価を獲得したのは周知の事実だが、試験内容は伏せられているからだ。


 そして入学試験を受けにきた新入生に、デュー・オーヴェルが一撃受けたという事の意味も、当然ながらここにいる人間には理解できる。


 実際には前髪に回し蹴りが触れただけだが、いずれにしろその価値は変わらない。



「ふん。私が今見た限り、性質に難があるとは思えんがな。

 それよりもグラバー。実際問題としてどのくらい間に合う可能性を見ている?

 無論間に合わん事を前提に準備を進めるが、長い作戦だ。

 準備に影響がある」


 オリーナの問いに、グラバーは首を振った。


「恥ずかしながら、分かりません。

 騎士団から帆船の高度実習が無くなって久しい。

 第二軍団でも帆船に造詣のある騎士は稀ですが、以前より一部の騎士から、吹いている風に対して速度に違和感があるという報告はあったのですがね。

 つい先日、新たに王都に係留された妙な形をした新造船の速度は、気のせいで済まされるレベルではないとキャス……生家が海運屋で帆船に詳しい団員から、昨夜私が王都に帰還した際に報告があったばかりです。

 デューよ。魔力効率的にあり得ぬとは思うが、アレン・ロヴェーヌなら体外魔力循環を応用した風魔法とやらで、帆船を押して・・・加速出来ると思うかね?」


 デューは腕を組んで目を瞑り、しばし沈黙した。


「……数分間などの僅かな時間なら可能だろうが、持続性を持たすのは無理だろう。数日に及ぶ長距離移動となると絶対に無理……

 と、言いたいところだが。

 あのクソガキが何をやっても俺はもう驚かん。

 性格が真っ直ぐになったら驚くがな」


 腕を組んで話を聞いていたオリーナはふむと頷いた。


「……此度の結果を見ればわかるな。

 さて、グラウクス侯。今回の作戦にダニエル・サルドスはどうしても外せない。

 原則として仮団員ですら無い学生の強制動員は、いかに王立学園生でも認められんが、今回は国家緊急時下における陛下の勅命または過半数の大臣承認という条件を満たす。

 とは言え、強制動員はやはり望ましく無い。貴公には上手く説得して欲しい」


 このような法があるのは、王立学園生が優秀すぎるがゆえだ。

 学園生は皆が万能型と言えるほどその能力は全方位に高いが、その中からも特定分野に突出した天才はしばしば現れる。


 今回の件に限らず、学園生の飛び抜けた才能を借りたい局面が発生する度に動員していたのでは、優秀な人材ほど学園に通う時間が失われる。


 現場で専門性を伸ばすのも重要だが、学園で基礎能力を上げ土台を育てる事が、最終的には専門分野の上限値も引き上げる。


 そのバランスを取っているのが3年夏以降の仮団員などのインターン制度であり、その場合も原則として学業を優先するように可能な限り配慮される。


 今では無く未来に配慮して制度が設計されていると言えるだろう。


 グラウクス侯爵は頭を下げた。


「誠心誠意、説得に当たらせて頂きます」


 オリーナは頷いた。


「さて、話し合いはここまでにして、皆なすべき事をしよう。

 時間との勝負な状況には変わりがない。

 陛下、何かお言葉を頂けますか?」


 国王、パトリック・アーサー・ユグリアは立ち上がった。


 全員が一斉に立ち上がる。



「初代アーサー王は、建国時にこのように述べたそうだ。

 この国に住まうものは、全て自分の友だと。自分より優れた人間はいくらもいるが、全ての友人達が笑っていられる国とするために、自分は王として立つと」


 パトリックは実に嬉しそうに笑った。


「その思いには、どれほど時が経ち、どれほど国が大きくなろうとも、決してこの国が失ってはいけない本質がある。

 さて——

 その為の下準備・・・を始めようか」


「「はっ!」」



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