第159話 最後の想定(5)
南拠点前。
ゴドルフェンは悠然と中隊から歩み出て、ライオへと語りかけた。
「用件は分かっておろう。
死にたくなければ今すぐ捕虜を解放せよ」
ライオははっきりとした声で返答した。
「勿論すぐに返させて頂きます。
そちらが侵攻を諦めて、国へとお帰りになられた後に、ですがね」
ゴドルフェンはピクリと片眉を上げた。
「ひよっこが言いおるのぉ……
まさか、わしに勝てる気でおるのではなかろうの?」
ライオは不敵に笑った。
「初めから負けるつもりで戦う騎士がおりましょうか。
「ほぉう?
まるで普段の手合わせでは、全力を出しておらんかの様に聞こえるのぅ。
ジュエリー・レベランスの
ライオは肩をすくめた。
「
……勿論、普段から全力で挑ませて頂いておりますが、普段は魔法と剣技の授業は分かれておりますし、ようやく実践レベルで使えるようになって来た所でしてーー
ね!」
そう言ってライオは両刃の長剣を一振りした。
瞬間、ライオの長剣に紅蓮の炎が宿る。
固唾を呑んで見守っていた中隊の誰もが驚きに目を見開いた。
「…………一体それは何の真似じゃ?」
「これは……魔法剣、という概念だそうです。
そう言ってライオは炎の宿った剣を構えた。
ちなみに監督であるアレンの狙い。
それは勿論、単純にカッコいいからやらせた、というだけの事だ。
「ふぉっふぉっ。
なるほどのう……剣を自分の体の一部として扱える程にまで体外魔力操作の練度を高め、ミスリルが錬り込まれた刀身で魔法を制御しておるわけか。
習得までの血の滲むような鍛錬が目に浮かぶようじゃが、その様な大道芸はーー」
ゴドルフェンはそう言って、大振りな魔法杖から仕込み剣を抜き放ち、杖と剣の変則二刀に構えた。
「このわしには通用せん!!」
そう言い放ったゴドルフェンが杖で地を叩くと、ライオの足元の土が鋭く盛り上がりライオに襲い掛かる。
ライオは斜め後ろへと飛び下がってこれを躱していく。
ゴドルフェンは追い掛けるように、2度3度4度と土魔法を繰り出していく。
「この程度で下がっておっては、わしには勝てんぞい!」
するとライオは後ろに飛び下がりながら、刺突の姿勢を取った。
そして、目算で10m近くは間合いがある、と言う所から、思い切り刺突を繰り出した。
すると刀身に宿っていた炎は、ライオの刺突の鋭さそのままにゴドルフェンへと向かって一直線に伸び、ゴドルフェンを直撃した。
「ぐうっ!」
初見のゴドルフェンがこれを躱せなかったのは致し方無いだろう。
どんなに優秀な魔法士でも、魔法を発動する時には溜めがある。
魔力を練る。性質を変化させる。体外に放出し、コントロールする、という、いわば手順があるからだ。
だが、ライオの魔法剣は予め魔法が発動されている。
故に魔法を発動する予備動作が全く無い。
勿論欠点もある。
常に魔法を発動させているこの魔法剣は、魔力の消費量が尋常ではない。
魔力量が桁違いのライオだからこそ、実戦で使えるレベルにまで昇華できているが、普通の魔法士が真似をしてもすぐに魔力枯渇を起こして碌に訓練も出来ないだろう。
ライオは間髪入れずに炎剣を唐竹割りに振り下ろした。
ゴドルフェンは地面に転がりながら辛うじて避けた。
だがすぐに返す刀の横薙ぎがくる。これは躱せない。
それも当然だ。
普通は刀身が長くなると重さが増して威力は上がるが回転や速度は落ちる。
だがこの炎剣にはライオが持つ両手剣分しか重さが無い。
近距離で剣を振り回すように、刃渡10mの長剣を振り回されるのだから、到底躱し切れるものでは無い。
当然剣のように切れ味はないし、ゴドルフェンが魔力ガードで受ければ、必殺と言うほどの威力は無いが、ゴドルフェンは滅多切りにされた。
ゴドルフェンは両手を交差した状態で間合いを詰めようと足を動かすが、ライオは10mの間合いを保持し続ける。
「ぐおぉぉぉおお!!」
「うぉぉおおお!」
両者の気合いがぶつかり合い、焦げる様な臭いが辺りに立ち込める。
ゴドルフェンはさらに前に出ると見せかけて、一瞬で間合の外へと飛び下がった。
ライオが慌てて距離を詰めようとする一瞬の隙をついて、魔法で土の壁を築き上げその壁を波のようにライオの方へと動かした。
ライオがその土の壁を蹴り破った時には、ゴドルフェンは天然の岩の壁の背後へと回り込んでいた。
「……これの何が、どこが常識なんじゃ……」
愛用のローブが焼け焦げる臭いに閉口しながら、ゴドルフェンはそう独り言ちた。
ゴドルフェンもそうだが、魔法騎士は皆、物理武器と魔法を組み合わせて闘う。
だがあくまで剣技と魔法は独立しており、戦闘中にそれぞれを使い分けながら、あるいは効果的に織り交ぜて闘う、と言う意味だ。
だがライオの魔法剣は剣と魔法が完全に一体となっている。剣は魔法そのもので、魔法は剣そのもの。
どちらを鍛えても相乗効果で技の威力は飛躍的に伸びるだろう。
これは合理的な思考では辿り着けない。
誰がどう考えても魔力の消費が厳しすぎ、費用対効果がペイするとは思えないからだ。
戦闘は勿論、行軍その他のあらゆる身体活動に魔力を利用するこの世界における、残存魔力量のマネジメントの重さは、今更説明するまでもないだろう。
だが、アレンはその『常識』とは異なる、新たなる可能性を示した。
どうしても越えなければならない壁を越えるための必殺の奥の手、その為の手段としてであれば、全てを瞬間に出し尽くす価値は大いにあると言えるだろう。
ライオ自身、当初はまさかこの様な形に昇華されるとは考えていなかった。
だがアレンがこれほど強く言うからには、何か狙いがあるのだろう。
そう自然に考えるほど、アレンは圧倒的な『結果』を残して来た。
ちなみに、アレンにはこの様な形に落ち着くだろうと言うビジョンなど何もなかった。
ライオは信じていなかったが、『理由はかっこいいから』と正直に話してある。
自分に性質変化の才能があれば、合理的かどうかなど関係なく、間違いなく習得を目指すロマンの塊、魔法剣。
魔力はかなりキツそうだけど、何としても見てみたい!
ライオなら結構持つんじゃない? いけるいける!
そんな適当な考えから、最初で最後の監督命令その26を発動し、ライオに概念を話し、共に考え、修練してきた。
そうしてライオの魔法剣の輪郭が見え始めた頃、『マジかこいつやべーな』と考えただけだ。
「見事じゃ、ライオ・ザイツィンガー。
先程大道芸などと言った言葉、撤回する」
ゴドルフェンは岩陰から姿を現し、ライオへと語りかけた。
恐らくは先程の魔法剣はライオと言えども後1度が限度だろう。
これが実戦ならば、魔法剣を発動させてから魔力枯渇まで間合いを取りながら引き延ばす逃げの一手で軍配は自分に上がる、その事はゴドルフェンにも分かっている。
初見で仕留めきれなかった時点で、両者の実力差を考えると勝負はほぼ付いていた。
だが、『先』を捨てて全てを出し尽くしてもなお、越えられない壁が、今はまだライオには必要。
ゴドルフェンはそう考え、真っ向からねじ伏せる道を選択した。
ゴドルフェンは一度仕込み剣を杖へと納めた。
「真っ向勝負じゃ」
ライオはニヤリと笑った。
「感謝いたします、翁」
ライオの剣に紅蓮の炎が宿る。
ゴドルフェンは杖を振り翳し、手元の拳ほどもある魔石で地面を叩いた。
瞬間、ライオを取り囲む牢獄の様に周囲の土が盛り上がり、ライオへと殺到した。
「おおぉぉぉおお!!!」
ライオは裂帛の気合いで剣に宿る炎に魔力を込めて、炎の純度を高める。
そして眼前の土壁を、炎の宿ったミスリルの刀身で焼き貫いてから体当たりで外へと飛び出した。
真っ直ぐに距離を詰めるゴドルフェンとの間合いは、すでに5メートル。
ライオは炎の刀身を3メートルほどに調節し、持てる魔力の全てを込めて右袈裟にゴドルフェンへと振り下ろした。
ゴドルフェンは炎剣を紙一重で掻い潜って左に交わし、さらに一歩距離を詰めると同時に杖を地に着けた。
ライオは手首を返して左逆袈裟斬りに剣を振り抜いた。
だがその一瞬前に、ライオが踏み込んでいた右足の下の土が僅かに盛り上がり、軌道がずらされたこの剣はゴドルフェンの頭上を掠める。
剣では間に合わないと判断したライオは武器を手放し、崩された右足をもう一度強く踏み込み左足で蹴りを放った。
だがゴドルフェンはこれを杖で受け、ふわりと体が浮いたところで杖から仕込み剣を抜き放ちライオの首へと添えた。
「戦死じゃ、ライオ・ザイツィンガー」
「…………参りました」
◆
「てっきり
恐らくはライオ・ザイツィンガーが敗れたのを見て逃げ散ったのではと思います。
捕虜はどうやら全員無事です。怪我人もいた様ですが、酷い者はジュエリー・レベランスによって治療を受けたとの事です」
随行し、ゴドルフェンがライオを討ち取ったのちに南拠点へと突入した青髪のジプロの報告に、ゴドルフェンは頷いた。
「……南を捨てたか。
となると本命は東じゃろうかの。念のために東西の敵拠点に1個小隊ずつやり、状況を報告せよ。
北の拠点には2名、南拠点陥落の伝令を。
ジプロは捕虜を再編せよ。
残りはこの南拠点の防備じゃ」
「はっ!」
だがゴドルフェン達は暫くして後、帰ってきた報告に首を傾げることになる。
「……東西共にもぬけの空じゃと?
それでは既に全拠点が陥落しておるでは無いか……
ジプロ! 軍の再編はどうなっておる?!」
ジプロは苦々しげにゴドルフェンへと報告した。
「それが……見事なまでに指揮者がおりませぬ。
小隊長クラスはおろか、分隊リーダーすら……捕虜の話では無作為に選んでいる様に見えた、との事ですが、明らかに観察され、一般隊員のみ選び抜かれております。
これではこの場での再編は困難です」
「……開戦前からここまでの青写真を描いて、周到に準備しておったか。
とするとわしは誘い出された、と言うわけじゃの。
すぐに北の本部へと帰る!」
そこにジプロの大隊から分離して、兵站を2つに分け森に隠して管理していた各中隊と、北へ伝令へと行っていた兵が急報を携えて入って来た。
「急報!
半分の兵站の守備を任され、本体から分離されておりましたガル中隊ですが、10名前後の敵による強襲を受けて壊滅! 兵站物資を失いました! 時同じくして別の場所に隠され兵站を守護しておりましたサリー中隊も襲撃を受け壊滅した模様です!
逃げ延びた者は南へと向かう様に伝えましたが……何名辿り着けるか……」
「な、何じゃと〜?
ティムは何をしとる! 本部から援軍は来なんだのか!?」
そうゴドルフェンに詰められて、本部へと伝令に行っていた伝令兵が真っ青な顔をガタガタと震わせて報告した。
「ご、ご報告いたします。
ティム様は戦死!
き、北に設置された本部、大隊1個半は――
アレン・ロヴェーヌにより、全滅させられた、とのことです……」
「「な、なにーーー!!!」」
◆
1時間ほど前――
ゴドルフェンとライオが死闘を繰り広げている頃、俺は北の拠点(遺跡)の前で、呆然と立ち尽くしていた。
「くっくっく。ひゃーっはっはっは!」
……やばい、やりすぎちゃった……
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