第158話 最後の想定(4)
マキシム、エラン共に戦死。
計4個中隊、即ち1個大隊相当が壊滅的な被害を受けて壊走。
この衝撃的な報を受け、ゴドルフェン率いる攻め手の本部は静まりかえった。
戦死扱いの者からは、想定継続中は事情を聞く事は出来ない。
仕方がないので壊走して来た一般兵からの話を総合し、ようやく状況が見えてきた。
まず西拠点、ケイト・サルカンパの指揮で守られていた方は、林の北側に魔物溜まり、恐らくはアレン・ロヴェーヌによって人為的に集められた魔物溜まりが隠されており、後詰の中隊が林に追加展開すると同時に解放。
シャルム・ハーロンベイとラーラ・フォン・リアンクールの2名によって、方向性をコントロールされたスタンピードが2個中隊を横撃。
大混乱が発生した瞬間に、マキシム・アキレウス大隊長はステラ・アキレウスにあっさり討たれ戦死。
その後も攻め手の数を、魔物対応に追われる絶妙な戦力になるよう維持されながら次々と戦死させられ――
魔物を討伐し終えた時には、2個中隊も壊滅していたらしい。
次に、アルドーレ・エングレーバーによって守護されていた東の拠点。
こちらはさらに酷かった。
挟撃され退路を断たれた所に、手元で大音を発しながら破裂する魔法を打ち込まれ、
だが河道へと降りる道なき道の中間を過ぎたあたりが、おそらくはアルドーレ・エングレーバーの氷魔法によってガチガチに凍らされていた。
このため先頭が速度を大幅に落としているにも関わらず、混乱した部隊は止まることができず次々に人が後ろから押し込み、人間雪崩が発生。
川に次々に人が突っ込んでいくのを確認し、このままでは本当に死者が出かねないと判断した大隊長のエランが降伏を宣言。
山側へと逃れたわずかな人数を除き、こちらも壊滅的な被害を被った。
これが演習ではなく実戦で、仮に降伏しなかったとしても、川へと次々と押し込まれ倒れ伏す人間など格好の的なので、部隊は壊滅的な被害を負っていただろう。
「……このわずかな時間でこれだけ大規模な狩場を2つも構築したのか……」
ティムはそう言ったっきり言葉を失った。
ほかの誰も口を開こうとしない。
ややあって、ゴドルフェンが重苦しい口を開いた。
「末恐ろしい子たちじゃのう……とても初めての防衛戦とは思えん。
己らが持つ手札。そして何より、この辺りの地形や地物、生息しておる魔物などをつぶさに観察し、完全に手の内に入れておる。
わしが第3想定に随行しておる間は素材集めに終始しておったと聞いて、小僧にしてはずいぶんと無駄な時間の使い方をしたものじゃと思ったが……
素材集めのふりをして、周辺の観察に充てておった、という訳じゃの。
これだけ十全に環境を利用できるとなると、それだけ下見に時間をかける価値は十分にある。
これは一見出来そうで、中々出来ん。事実あの子たちの実力を把握しておるつもりであった、わしも想定の外にあった。
執念を感じるほどに、入念な入念な下準備。これがゾルド・バインフォース流……というわけかの」
ゴドルフェンはそう言って真っ白な顎鬚をなでた。
と、そこへ、2中隊を率いて南の拠点を攻めていた青い髪の大隊長、ジプロが本部へと戻ってきて報告した。
「申し訳ございません……
先鋒を務めた中隊は壊滅しました。敵を休ませるべきではないとは思いましたが、そのまま攻め続けても効果は薄いと判断し、増援いただいた中隊は敵に充てずに退却しました。ご指示願います」
その報告に誰もが何となく『やはりか……』という思いを持ったが、ティムが状況を説明するように促した。
「は。
南の拠点へと続く間道は、ライオ・ザイツィンガーが守っていたのですが……彼一人に中隊は真っ向から力戦を挑み、そして全滅させられました。当初はジュエリー・レベランスの
ライオ・ザイツィンガーは100人切りした後も未だ涼しい顔を保っており、このまま攻め続けても擦り潰されるのはこちらと判断し、退却しました」
ティムはまたも信じられない報告を聞かされて、額を右手で押さえた。
「……
とても一朝一夕で合わせられるものではないし、そもそも使える魔法士が少なく、訓練もままならない。
普段から二人で合わせる訓練をさせているので?」
こう問いかけられたゴドルフェンは首を振った。
「そのような時間は取っておらんし、使えることは聞き及んでおったが、ジュエリー・レベランスがバフ魔法を使用するところを見たこともない。
……体外魔法研究部、しか考えられんの」
「……アレン・ロヴェーヌ君の風魔法然り、いったいなぜその研究部はスカート捲り研究部、などと侮蔑的な詐称で呼ばれているのか……
反論しようと思えばいくらでも可能であるのに、敢えてその様に思われるよう、情報をコントロールしているのですか?」
ゴドルフェンは再度首を振った。
「わしはその噂については関与しておらん。あやつにそれとなく聞いても、馬鹿馬鹿しい噂などそのうちに皆飽きるだろうと、まるで意に介しておらんかったの。
それもあやつの不思議な所じゃ。若ければ若いほど、周りの評判が気になるのが自然じゃと思うが、あやつは世に言う名声などから超然としておる。むしろ遠ざけようとしておるきらいすらあるの」
ティムは何となく確信した。
あの1-Aクラスの尋常ではない、苛烈なまでの精神力は、確実にアレン・ロヴェーヌの影響であると。
目線が高い。尋常ではないほどに。一体彼らはどれほどの頂を目指しているのか……
そこへ青い顔をした伝令が
「ご報告いたします!
先ほど敵方の大将、ベスター・フォン・ストックロードより使者が参りまして、ゴドルフェン様へと伝言を預かりました」
皆は一斉にゴドルフェンの顔を見た。
ゴドルフェンに『申せ』と促され、伝令は嫌な汗をだらだらと掻きながら報告した。
「は!
『捕縛した捕虜120名を無事に返して欲しくば、1時間以内に陣を引き払い、自国へと帰れ。さもなくば捕虜の命は保証しない』……以上です」
◆
再び静まり返った本部で、ティムが口を開く。
「捕虜……ときましたか。
てっきり全員戦死扱いにしたものと思っておりましたが……
いかがなさいますか、翁。捕虜は丁重に扱うよう、我がユグリア王国の軍規でも明確に定められておりますが……」
ゴドルフェンはギロリとティムを睨みつけた。
「性根を叩き直されたいのか、ティムよ。
そんな
囚われておるのは軍人であり、何よりわしらは今、国境を越えて他国に侵略しておるのじゃぞ?
しかも現在も戦闘が継続しておる。
つまりわしらは彼らを殺そうとしており、ここでわしらの突破を許したら、その捕虜が王国の無辜の民を殺すのじゃ。
わしらが降伏ないし停戦せん限り、捕虜を丁重に扱え、などとは口が裂けても言えん。むしろ一旦捕虜として生かしておる時点で温すぎる処置、とすら言えるのう」
林間学校の視察に来ていたはずのティムは、いつの間にか軍人としての覚悟をゴドルフェンに詰められている事態に顔を引きつらせながら、ゴドルフェンへと質問した。
「では、わざわざ捕虜として生かしておく、彼らの狙いは何でしょう……」
ゴドルフェンは静かに目を細めた。
「外がざわざわと騒がしい。その使者とやらは、皆の前で大声で今のセリフを吐いたのじゃろう。ここで捕虜を見殺しにすれば、こちらの軍の士気は著しく下がる。
……わしらは喧嘩を売られたのじゃ。捕虜を取り返しに来いと。返り討ちにしてやるとな」
ティムは頭がクラクラとした。
苛烈を極めている王国騎士団の演習でも、こんなある意味タブーに触れている展開は聞いた事もない。まさに実戦さながら――
ティムがそんな事を考えていると、目の前の老人は、とんでもない事を言い出した。
「……わしが出る。ジプロは1個中隊を伴って随行せよ。囚われた捕虜を奪還する」
ゴドルフェンは、はっきりとした声でそう宣言した。
「…………それはいくら何でも……彼らが可哀そうではありませんか?
彼らが……12、13の少年達が、工夫を凝らして死守しているポイントを翁が突破したのでは、防衛側は間違いなく瓦解します。この演習、じゃなかった、林間学校のレクリエーションにしては、いささか厳しすぎるのでは?」
「わかっておる。もしあの子たちがこの後3回防衛拠点を陥落させられても、補習は無しじゃ。
勿論難易度は最終スコアに反映させる。これまでの想定の結果と合わせても、間違いなく前代未聞のスコアを叩き出す事になるじゃろう。
じゃが……あの子たちの備えを、底力を全て引き出してあげるのも、教師の務めじゃ。
戦場は、常に理不尽な事の連続じゃしの。
……ここは任せるぞ、ティム」
「は?!
視察の私まで参加するのですか? それはいくら何でも――」
そう抗弁しようとするティムを、ゴドルフェンは再び睨みつけた。
「情報を統合するに、アレン・ロヴェーヌとダニエル・サルドスの行方がまるで見えん。間違いなく敵方には、まだ別の狙いがある。
この規模の軍勢を統御できるお主という人材がおるのに、使わん手はない。
何、お主が気に病む事はない。あの子たちは間違いなく、お主も敵戦力として織り込んでおる。アレン・ロヴェーヌが周辺に散っておる軍を集めろと打診した時点で、わしらはあやつの術中に嵌っておったのじゃからのう」
ゴドルフェンはそう言って、ジプロを伴って出て行った。
術中??
アレン・ロヴェーヌが、無謀にも周辺の軍をかき集めさせた事にまで深い理由があったとでもいうのだろうか。
ティムはゴドルフェンが言い残した言葉に思考が追いつかぬままに、とりあえず軍の再編方針について、周辺にいる幹部に指示を出した。
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