第157話 最後の想定(3)



 ケイトが指揮を取る西の拠点は、南西から北東に走る尾根筋に、ブナに似た木の林が扇状に広がる山岳地で、南に降るほど尾根筋を中心に傾斜がキツくなり、最後は2、3人しか通れないほどに狭くなっている場所の南端に築かれている。


 この西拠点にアクセスするには、すでに陥落させた北拠点(遺跡)を落とし北からこの林を南下するか、南拠点を落として山道を北上するしかない。


 正確に言うと、東西からも無理をすればアクセスできなくもないが、尾根筋に向かい道なき道を登る事になるので進軍スピードが極端に落ち、拠点から見れば絶好の的となるだろう。


 罠の類で手当てされている可能性も高いし、優勢時に甚大な被害を覚悟して進む様な道ではない。


 当然ベスターはこちらから攻められた場合の備えもしてある。


 ここ、西拠点には大隊長であるマキシム自ら中隊を率いて突撃した。


 これをステラ、ソフィ、ピスの3人は扇状に広がる林のかなめ、扇で言えば手元で骨組みが一纏めになっている部分で真正面から受け止めた。


 すぐ後方には西拠点が控えており、ここを抜かれたら即陥落となりかねない場所だ。


 戦闘開始から30分が経過し、ソフィとピスに疲れが見え始めた頃、ケイトとパーリが交代に出てきた。


「ピス、ソフィ。

 一旦下がって東西の警戒を。私とパーリで代わるわ!

 ステラ大丈夫?」


「あぁ!

 私はまだまだいける!」


 やや押され気味になっていた戦線を、この交代により押し返した。



 ◆



「ほっほー!

 先頭でかれこれ1時間は戦線を支えとる! 流石は天才ステラじゃわい!

 あれがわしの自慢の姪じゃ〜!

 顔も美人じゃ〜! 惚れるなよ〜!」


 そばに控える副官は、苦笑して相槌を打った。


「……さすが勇猛で知られるアキレウス家始まって以来の天才と言われるだけはある。確かにあの歳にして恐ろしい程の練度、取り分け無尽蔵のスタミナは素晴らしいですな。

 本想定では敵方なので厄介極まりないですが、彼女を仰いで戦える未来が楽しみで仕方がない」


「そうじゃろうそうじゃろう、ここからではよく見えんだろうが、顔も本当に美人なんじゃ〜!」



 と、マキシムが叔父バカを発揮して周囲に姪っ子自慢を振り撒いている所に、北拠点に設えられた本部に要請していた援軍が届いた。


「マキシム大隊長!

 後詰の中隊が参りました!」


 マキシム率いる先鋒の中隊は、狭い場所で手練れとの戦闘を余儀なくされる事で、その半数近くをすでに失っていた。


 勿論本当に戦死した訳ではなく、武器を弾かれ倒れる、首筋などの急所に刃を添えられる、峰打ちで気絶するなどした人間は、『戦死』とみなされ、以後戦闘に関与できない場所で待機となる。


 この戦死者の数が、すでに中隊の半分近くを数えていた。


「ご苦労。

 他の戦況はどうじゃ?」


 加勢に来た中隊長は報告した。


「は。

 それが……全てここと同じ様に地形を利用して人数を限定させた上で、真正面からの力戦になっている、との事です」


 この報告にマキシムは力が抜けそうになった。


 圧倒的に数の少ない相手方が、正面からぶつかり合ったのでは早晩すり潰されるに決まっている。


「……ゴドルフェン様から何か指示はあったか?」


「はっ。

 横撃に注意せよ。攻め方は任せる、との指示です」


 マキシムはうーむと唸った。


 横撃もクソも、相手は全体でも20名しかいないのだ。


 ステラ達が西の拠点に何名配置しているかは分からないが、仮に三分割していたとしたら一拠点あたり6名ないし7名。


 すでに見えているだけで、5名は西の拠点内に詰めている。


 これでは多少人数を西の拠点に多めに割り振っていたとしても、横撃など成功するはずがない。


 なぜならこの西の拠点前方には広い林があり、出口が狭いというだけで、十分に2個中隊(残りは1個半だが)を運用するスペースがあるからだ。



 考えられる結論は1つ。この西拠点は時間稼ぎの捨て石。


 マキシムはそう結論づけた。


「わしが出る!

 ステラの相手はわしがするから、マシイとロミオは残りの2人を。

 以後の指揮はトラーデが取れ!

 わしらが討たれても休む間を与えず、押しに押しこんでこの西拠点を押さえ、そのまま南の拠点へ雪崩こめ!」


 マキシムは私情を排除して、全体として何が最適かを考えて号令をかけた。



 そして新たに到着した中隊を林へと展開したのち、大喝した。



「ステラ・アキレウスとお見受けいたす!

 このトルヴェール軍の『猛虎』、マキシム・アキレウスがお相手致す! いざ尋常に――」


 そう言って長剣を軽々とブンと振り上げた瞬間、林の北側の山から石がバラバラと落ちてきた。


 次いで『キキャァーーーーッ!!!』という、大猿を思わせる途轍もない声量の威嚇の鳴き声が発せられ、山々を木霊した。


 ドドドドドッ!!! 


 すかさず地鳴りの様な足音が見る間に近づいてくる。


「す、す、魔物暴走スタンピードだぁぁあー!!」


 誰かの叫び声の向こうから小さく、『ほれほれほれ、あんだがだが向かうのはそっちでねぇわよう?』という、妙に訛りの強い声が聞こえてきた気がした。



 ◆



 東の拠点。


 アルが指揮するこの拠点は、右手東側が山になっており、左手西側が谷になっている山の中腹を通した登山道の先にある。

 谷の下には水量のある川が流れており、ここは通ろうと思えば通れるが、この季節に水中行軍などをすれば体力魔力を大きく消耗する。


 何よりこの先には落差のある滝があり、いずれにしろ東拠点を落とさない事には先に進めなくなっている。



 ここを攻めているのは赤髪の女エランの部下である中隊長だ。



「単調すぎるな……もっと変化をつけるべきだと思うが……何か手はあるか?」


 中隊長は側にいる副官へとそう問いかけた。


 この東拠点は西と違い、隊を展開できるスペースがない。


 自然、縦隊の形になり、技量で勝る敵、ここの前線を守っているのはベルド、マギー、エレナの3名だが、この前で徐々に戦力を削られる形になっている。


 勿論、このまま力押しで攻めていけば、いつかは相手の体力が尽きる事は間違いない。


 だが、この想定で自分達は、国境を超えて他国へと侵略している敵方を模している。


 ここは手始め。


 こちらの戦力が力戦で徒に減らされる事を、出来れば避けたい状況だ。


 何より、不気味だった。


 今の形でも、悪くはないのだ。


 あの天才集団である王立学園生が、しかもAクラスの生徒たちが、いつかは負けると分かっている緩手で受けるだろうか……?


 勿論、いきなり想定人数が増えた為、対応し切れなかった、という可能性もあるが……


 攻めさせられている。そんな予感が拭えない。


 と、そこへ本部から一個中隊の援軍を伴って赤い髪の女大隊長であるエランが来た。


「どこも膠着状態との事だ。

 自然の地形を利用されて、上手く個の戦いに誘導されている」


「……やりづらいですな。敵拠点内に兵が溜まっているのであれば、無理をして岩で塞がれていた山側の獣道や、下の河道を通って上下から弓隊や魔法隊で揺さぶりをかける、という手も考えられますが……拠点の中身はほぼカラですからな。あの不恰好に打ち込まれた杭の内側を攻めた所でどうにもならないでしょう。

 この地形そのものが砦とも言えるので、焼き払うなどの手は使いようがない。実に考え抜かれた立地だ」


 この山側の獣道だけではなく、守り手にとって不要とベスターに判断された抜け道については、どこも念入りに岩でふさぐ、崖を崩すなどの処置で潰されている。


 エランは苦笑して頷いた。


「敵が少なくて困る、というのは初めての経験だな。

 ゴドルフェン様からは、力戦継続も工夫を入れるのも好きにせよと、今の段階では一任されている。さてどうしたものか」


 そんな事を考えていると、後方から敵が新たに3名現れたと報告があった。



「……挟撃きょうげきだと? 自ら戦線を分けるとは、一体何を考えている? 消耗戦になったら不利なのは向こうだぞ?

 こちらの本部から援軍が来たら後ろの3人は終わりだろう」


 中隊長は訳がわからないと言う顔をしたが、エランはフムと考えて声を張り上げた。


「左手上方に注意!

 恐らく敵の伏兵がいるぞ! 大楯構え!」


 だがエランがそう指示を出した次の瞬間、谷側・・から石飛礫と氷礫による魔法攻撃がきて、エランは困惑した。

 だがすぐさま勝機を掴むべく指示を出した。


「下だと?! ……貴重な魔法士を不利な下方に配置するなど、愚の骨頂だ! 近くに降りるルートがあるものは川へ降れ! 袋の鼠だぞ! ここでその魔法士2人は確実に刈り取る!」


 この指示を受け、山道からいく筋かに分かれて人が河道へと降り始めた。


 そこで前方の方から『バンッ!!』と爆発音が響く。


「!! 破裂する石飛礫が混じっているぞ! 触るな!!」


 この世でドルだけが使える水蒸気爆発を応用した魔法『地爆』。

 殺傷力自体抑え気味にしてあるが、聞きなれないその腹に響く音は2個中隊を一気に浮き足立たせた。


 ドルは縦に間伸びしている2個中隊に次々に地爆を撃ち込んでいく。


 それに加え、アルが似たような石飛礫を次々に投げ込んだから中隊はたちまち大混乱に陥った。


「うわぁっ押すな! 踏んじまう!」


「落ち着け! 河道に半分降りろ! スペースを取れ!」


 エランが立て直そうと声を張り上げるが、混乱と同時に拠点前で支えていたベルド達と、後ろに回り込んでいたフェイ、ココ、レジーの3人が一気に身体強化の出力を高めて押し込んだ。


「うわっ! こいつら前に出てきたぞ!」


「下がるな、押し返せ!」


「ダメだ、支えられる圧力じゃない!」


「下がって固まってたらあの破裂する魔法にやられちまう! 何とかしろ!」


 一度崩れた集団はそう簡単には持ち直さない。


 ずるずると先頭と最後尾が下がってくるのを見て、我先にと急勾配の崖を降りながら、河道へと逃げ出し始めた。


「押すな! なぜか凍ってる斜面がある! 押すなと言っている! 転倒して川へ転げ落ちる!」


 初めに川へと降り始めた先頭集団からこのような叫び声が発せられたが、そこかしこから発せられる怒声によって、その声は掻き消された。

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