第156話 最後の想定(2)



 遺跡から西へ5キロほど進んだ場所にあるユグリア王国北西部方面軍の国境防衛拠点。


 そこでは演習とは思えないほど真剣な顔つきで軍議を開くゴドルフェン以下の面々がいた。


「心身ともに限界に近いはずのこの終盤に来て、自ら想定難易度を跳ね上げるとは、あれが『歩く前代未聞』、アレン・ロヴェーヌですか……

 しかもそれをクラスメイト全員が支持するとは……蛮勇とは言え、彼らの精神力は一体どうなっているのか……」


 先程見聞きした事態は流石にティムの理解の範疇を超えていた。



「ふぉっふぉっふぉっ!

 若さの成せる選択じゃのう。大人には真似できん。

 さて。

 攻め手の戦力を増強したのには理由がある。

 アレン・ロヴェーヌに言われてしもうてのう。諸君らトルヴェール軍3個中隊では相手にならんそうじゃ。

 ……遠慮は無用、本気でゆく。良いな?」


 当初拠点攻撃を担当予定であった、いぶし銀の装備に身を包んだ騎士は、額にびきりと青筋を立てた。


「あ、相手にならんじゃと〜?!

 あのふしだらなクズが増長しおって!

 このわしが直々に血祭りに上げてくれる!」


 彼は勇猛果敢で名の通ったマキシム・アキレウスという騎士で、普段はトルヴェール軍で大隊長を務めている。

 そう、ステラの叔父だ。


 戦力を増強した事で、彼の他に500人からの兵隊を預かる歴戦の大隊長が2人いる。


 ゴドルフェンはベスターから預かった基本設計を見ながら目を細めた。


「さて……

 敵拠点は菱形に4箇所配置され、1番上が当初防衛させる予定だった遺跡。

 その下に逆三角形の形で3箇所ある。

 ティム、どう見た?」


 そう水を向けられたティムは唸った。


「う〜む……見事の一言ですな。

 各拠点が相互にお互いをフォローしやすい絶妙な位置関係にあり、一つの拠点を落としても奪い返される危険がある。これでは攻め手は戦力を分散せざるを得ない。

 そしてあの開けた場所にある遺跡と違い、天然の地形を上手く使って守り易く、攻め難い。

 かと言って、これを無視して進軍しようとすると、実戦では恐らくメール湿原付近で麓の軍と、国境防衛軍とで挟撃される形になる。

 攻め手としては、全てを陥落させ進軍する必要がありますな。

 ……まさか72時間で拠点を修復強化せよとの課題で、こんな大規模な山砦の設計図を引くとは……

 このベスター君の大胆さは、正直に言って意外でした。

 この林間学校では、翁が育てた生徒たちの底力にほとほと驚かされっぱなしです」


「ふぉっふぉっふぉっ。

 わしが育てたというよりも、勝手に育ったと言う方が正確じゃがの。

 ……ベスター・フォン・ストックロードの意外な才能にはわしも驚かされた。

 小僧の真の魅力は、人の美点を見出す平明な人物眼、と評したサトワの言を思い出さずにはおられん」


 そう言ったゴドルフェンは、隊長達に目を向けて問いかけた。


「さて諸君。この敵の国境防衛拠点をどう攻める?」


 そう水を向けられ、大隊長の1人、赤い髪の女エランが挙手をした。


「はっ!

 正直これだけ戦力差が有れば一斉突撃が最も話が早いと思われますが……何やら罠の匂いもしますし、焦る必要は何処にもありません。

 やはり山岳戦のセオリー通りから順番に押さえていくべきかと思います。

 敵拠点で唯一きちんとした石造りであり、周辺には大軍が駐留できる広さもあります。

 ここを落とせば、後は急造りの拠点のみとなりますし、この地は、残りのどの拠点へもアクセス可能な立地。

 ここをまず陥落させて、攻め手の拠点とすべきかと」


 ゴドルフェンは目を細め頷いた。


「……まぁそれがもっとも無難かの。

 どの拠点からもアクセス可能と言う事は、守勢に回った時に守り難いという意味でもあるが……

 これだけの戦力差じゃ。向こうが攻めに転じてくれるならば、むしろやり易いのう」


「1番槍はわしにお任せ下され!

 目に物見せてくれますわい!」


 いぶし銀のマキシムは、そう言って鞘に収められた長剣の柄で床をゴンと叩いた。


「よかろうマキシム。

 ステラ・アキレウスはお主の姪っ子に当たると聞いておるが、手加減は無用じゃ。よいな」


「当然ですわい! 幼き頃から武芸の訓練で手を抜いた事は一度もありませんからな!」


 そこで最後の1人の隊長である青い髪の男ジプロが意見を言った。


「正直向こうが取れる小細工は、兵站物資への強襲ぐらいのものでしょう。

 そんな子供でも考えつく様な手が通じると思われているのであれば心外ですが、念のため私の所の2つの中隊を当てて、バラバラの場所で管理させましょう。

 王立学園Aクラスの精鋭とはいえ、たった20名相手にやり過ぎかとも思いますが、兵力は有り余っている。

 贅沢な運用ですが、中隊で手当しておけば強襲を受けても十分に援軍が来るまで時は稼げます」


 将来を嘱望されている天才集団とはいえ、軍運用という面では素人の子供に、ここまでコケにされた。


 これに彼らは内心かなり腹を立てているが、だがしかし歴戦の大隊長だけあって冷静さを失うような事も、もちろん油断も慢心もない。


 ティムはその事を確認して、改めてこの課題は達成不可能だと確信した。

 


 ◆



「さてと……。単独任務で出来なかった俺の仕事が残ってるから、西へ行ってくる。

 全体の詰めは任せたぞ、ベスター」


 俺がそう言うと、フェイがニコニコと笑いながら問いかけてきた。


「あ、待ってアレン。

 何でわざわざ敵の戦力を引き出したのかな? 

 また悪い顔をしてたし、何か狙いがあるんでしょ?」


 悪い顔って何だ……そんな顔などした覚えはないぞ、心外な。


 だがクラスメイトで俺と普段から特に仲のいい人間はフェイと同意見なのか、苦笑してこちらを見ている。


「俺がいつ悪い顔などした、人聞きの悪い。

 ……ゴドルフェンにも言ったが、ベスターの設計で受けて3個中隊が相手では話にならないだろう。

 するとどうなるか。

 あのくそじじいは平気な顔をして想定を後出しで操作して、戦力を増強してくるに決まっている。少なくとも、もしもの時の手札には数えているだろう。だから敵の戦力は不明・・・・・・・、なんてアンフェアな想定になっているんだ」


 ここまで言えば頭のいいこいつらなら分かるだろう。

 ライオは腕を組んで頷いた。


「なるほど……アレンが引き出した、敵の総戦力は3個大隊という情報。

 これは守る側にとって貴重な情報だ。それに向けた準備が出来るし、知らなければ無限に敵が追加される様に感じられるからな」


 ダンは頭の後ろに手を組んだ状態で頷き、補足した。


「一回限りの仕掛けもあるからな……

 最初っから最大戦力を引き出して、一網打尽にするという訳か。さすがはアレンが悪い顔をしていただけあって、やり口が悪辣だ」


 俺は悪い顔などしていないが、まぁダンのいう通りだ。


「そんな訳で、俺は3時間ほど出てくる。

 後は任せたぞベスター」


「3時間?

 単独任務だったから寝てないのだろう?!

 仮眠を取らなくて大丈夫か?」


 俺は笑った。


「何、単独任務をしている時に、暇にかまけて色々試してたら、じじいをギャフンと言わす秘策を思いついてな……

 あとで寝る時間は取れるから大丈夫だ。戻ったら説明する。

 くっくっく! ひゃーっひゃっひゃ!」


 この俺の、徹夜で磨き上げられた闇落ちムーブを見たクラスメイト達は、揃ってドン引きした様に顔を引き攣らせた。



 ◆



「来たぞ!

 3個大隊、全軍でこの北拠点を取りに来るみたいだ。少しは抵抗しておくか、ベスター?」


 普段ノー天気なアルも、流石に声が少し上擦っている。


 このアルの問いにベスターははっきりと首を振った。


「いや、この場所で中途半端に力を使っても効率が悪いだけだ。

 予定通り退避しよう」


「了解! じゃあ俺達は予定通り東拠点に入る!

 また後でな!」


「じゃあ私達も手筈通り西拠点へ向かいましょう。ベスター達は南ね。気合いを入れていきましょう」



 1年Aクラスの面々は、ベスター、ケイト、アルの3つのチームに別れて各拠点へと散っていった。



 ◆



「なんじゃい、一戦も交えず逃走とは口程にもない。

 3個大隊の軍様を見てビビリおったか?!」


 マキシムが拍子抜けしたようにそう言うと、赤髪の女騎士エランが苦笑した。


「こんな大軍が運用可能な開けた場所で、正面からぶつかる様なおバカが王立学園にいる訳ないでしょう。

 というか、どんなおバカでも山岳戦を選ぶ」


「ふぉっふぉっふぉっ!

 そうじゃのう、ここはあえて取らされた、と考えて間違いあるまい。まぁあの子達からしたらそれしか選択肢が無かったとも言えるがのう」


「あれ以降も色々と手をつけてはいた様ですが、この1日半という短時間では、恐らくは罠の類の規模にも限りがあるでしょう。どうされるのですか、翁?」


 ゴドルフェンはふむと顎髭を撫でた。


つついてみん事には仕掛けなど判明させようがない。

 3つの拠点に同時に1個中隊ずつ当て、どこが本命かを探る。

 あの地形では大軍を送っても運用できんからの。

 では、これより増長しておるひよっこどもの鼻っ柱をへし折る。

 進軍せよ!」


「「はっ!」」

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