第155話 最後の想定(1)
夜が明けて、辺りが明るくなった午前6時。
「ベスター班が5人目を捕まえたみたい。
夜明けとともに脱出すべく、夜の間は洞窟に潜んでいたみたいだから仕方がないけれど、思ったより時間がかかったわね。
今こちらに向かっているそうよ」
ケイトがそう言うと、ライオは頷いた。
「ふむ。
だが色々と
これぐらい時間が掛かってちょうど良かっただろう」
ライオがこう言うと、ケイトは苦笑した。
「確かに仮想工作員捕縛後は、この遺跡以外の場所で拠点構築を進めるのは難しいわね。
いくら何でも不自然ですもの」
そんな話をしながら遺跡で待っていると、ベスターが5のゼッケンを付けた仮想工作員を連れて戻って来た。
「ゴドルフェン先生が囲いの外で待っているぞ」
皆で外へと出ると、ゴドルフェンが上機嫌に立っていた。
「ふぉっふぉっふぉっ!
一部始終を見させてもらったが、見事な連携じゃったのう。
わしの考えた想定をここまで読まれ、備えられるとは、この林間学校では諸君らの底力に驚かされっぱなしじゃ。
さて、皆に1人紹介したい人物がおるのじゃが……
何人かまだ戻っておらんの」
ゴドルフェンがそう言うと、ケイトが答えた。
「今フェイとジュエで、単独で古い山道の蓋をしてたアレンを迎えにいっているところです。
あ、噂をすれば戻って来ましたね。
……あの引きずっているのは誰かしら……」
◆
「誰じゃそやつらは……」
ゴドルフェンにそう問われたので、俺は肩をすくめて答えた。
「知らないおじさんだ。
問答無用で殺されそうになったから捕縛した。国境の向こうへ帰る途中だった様子だな。
だから単独任務は危険だと言ったんだ……
まったく、寂しくってもう少しで死ぬ所だったぞ?!」
俺は危ない薬を調合していた事は伏せて、一部始終を説明した。
「ふ〜む。
服装から察するに、クコーラ都市連邦軍の威力偵察かのう。
我が王国とは持ちつ持たれつ、特別関係が悪い訳では無いと思っておったが……わしの勘違いじゃった、ということかの?
…………?
ふぉっふぉっふぉっ。
このゴドルフェン・フォン・ヴァンキッシュ相手にダンマリとは……」
ゴドルフェンはそこで殺気を全開にした。
「わしも……舐められたもんじゃのう!」
普通の人なら悲鳴を漏らす所だが、スパイのおじさん達はなお黙ったままだ。
入学当初はゴドルフェンの殺気に一々悲鳴をあげていたクラスメイト達も、今はもう慣れたもので、涼しい顔で様子を見守っている。
真相を唯一知っている俺は、仕方なく口を開いた。
「3人とも戦闘中にうっかり毒針を足に刺してしまったようだから、体が痺れて口が動かないのだろう。
全く、寂しいから話し相手になって欲しかったのに……
毒消しとってくる」
俺はそう言って遺跡の中へと入った。
薬が強すぎて、即席の解毒薬では十分解毒できなかったのだ。
「……そんな間抜けな斥候いる?」
後ろからそんな呟きが聞こえてきた。
◆
俺が捕えた他国のスパイは、近くの駐屯所から派遣されたトルヴェール軍によって連行されていった。
彼らが何者で、何の為に入国したのかはいずれ明らかになるだろう。
「さて、いよいよ残す所は最後の第5想定じゃ。
その前に1人紹介しよう。
王国騎士団よりこの林間学校の支援兼視察に来ておるティム・バッカンじゃ」
ゴドルフェンがそう言うと、クラスメイト達はざわめいた。
俺は付き合いのない他の軍団員の名前など誰も知らないが、ティムさんは第5軍団の副軍団長で、どうやら名の通った人らしい。
ティムと呼ばれた壮年の男は人好きのする笑顔で挨拶をした。
「第5軍団のティムだ。
少しだけ君たちの演習を見させてもらったが、普段の努力がよく表れていて実に素晴らしかった。
そのまま慢心する事なく、実力を伸ばしてほしい。
次の第5想定も引き続き見学させてもらう予定でいるから、宜しく頼む」
ティムさんは、少しだけ見たとは言っているが、気配からして第1想定からずっとAクラスに張り付いていた人で間違い無いだろう。
わざわざ副軍団長が1週間も張り付くとは……第5軍団は暇なのか?
だが間違いなく相当な使い手だ。
「ふぉっふぉっふぉっ。
ティムは第5軍団の人事も担当しており、騎士団全体の人事にも発言権がある。
騎士団を目指す人間は、自身をアピールするチャンスじゃ」
……なるほど、リクルートも兼ねて来ていると言う訳か。
俺は全く関心はないが、ステラなど目に見えて闘志を燃やしているな。
地元だし、第5軍団を目指しているのかもしれない。
「では最後の想定を発表する。
諸君らには第1想定で奪還し、第2想定で強化した国境防衛拠点の防衛任務に当たってもらう。
敵の到着予定時刻は本日のAM10時。この時刻より24時間防衛せよ。
敵の総数は不明。
この間、本防衛拠点を一度も落とされず防衛できれば合格じゃ。ただし、3回以上陥落した場合は追加で12時間の補習とする。
その場合は、残念ながらゆっくり温泉に入る時間は無いと思うことじゃの」
そしてゴドルフェンが、『リーダーは、フェ……』と続けようとしたところで、俺は話を遮った。
「その前に提案がある。
攻め手の戦力についてだ」
そう切り出すと、ゴドルフェンは目を細めた。
「なんじゃ? 第2想定リーダーのお主が、スパイの捕縛という不測の事態に見舞われておったことは承知しておるが、戦地とは常に不測の事態の繰り返しじゃ。
それを理由に戦力の調整はせん」
俺はやれやれとため息をついた。
「はぁ?
勘違いするな、減らせというつもりは無い。
恐らくはトルヴェール軍の3個中隊400名弱辺りで休みなく攻めて陥落させるつもりだろう……
そんな数ではお話にならんと言っているんだ」
俺がこう言うと、クラスメイト達は天を仰いだが、ゴドルフェンは一瞬口をつぐんだ。図星なのだろう。
ちなみに1個中隊の数は、実際には多少増減があるものの、基本人数は128名(4個小隊)だ。
この攻め手の戦力については少し考えれば分かる。
この守り難い遺跡を生徒に防衛させる時に、ゴドルフェンの様な突出した個が強引に突破しても、生徒側としては何の訓練にもならない。
また、そんな内容なら学園でいつでも同じ様な訓練が可能だ。
間違いなく多人数対多人数の軍運用が想定内容のはずだ。
そして、この守り難い遺跡に拠って守った場合、俺たちがギリギリ耐えられる人数が1個中隊、それを3交代で回されると守り手側に工夫が無ければ陥落は免れない、という数だ。
耐えて耐えて耐え抜いた所で、最後に全軍突撃などと言い出すくそじじいの顔が目に浮かぶ。
まぁこの遺跡で防衛した場合の話だがな。
「ふぉっふぉっふぉっ。
その心意気やよし。
ではお主はどれぐらいの戦力までなら守り切る自信があると言うのかのう?」
ゴドルフェンがこんな寝言を言ってきたので、俺は再度やれやれと首を振って唇の端を吊り上げた。
「寝ぼけるなよ、ゴドルフェン。
どれくらいもクソもない。
周辺から集められるだけかき集めて、始めから全力で攻めてこい!
さもなくば吠え面をかく暇もなく、攻め手が惨敗して終わりだ」
俺がこの様に啖呵をきると、クラスメイト達のいく人かは天に向けた顔を両手で覆い、ティムさんがまぁまぁと痛い子供を宥める様に苦笑しながら言った。
「それでは流石に訓練にならない。
君たちは知らんだろうが、ヴァンキッシュ領周辺には、林間学校の期間、不測の事態に備えて北西部方面軍の1個師団が展開されている。
この近くにいるものに限っても3個大隊、すなわち1500名以上の数になるだろう。
まぁ君たちほど使える者はそうはいないだろうが、伝令や兵站部隊を合わせると、人数差で言えば100倍近くになる。数は脅威だ。君たちがいくら優れていても、流石に技量の差だけで埋められる人数では無い。こんなおざなりな作りの拠点なら尚更だ」
……どうやら口で言っても分からないらしいな。
俺はベスターに、『基本の方でいい』と伝えた。
ベスターは暫く固まっていたが、俺が逸らすことなくその目をじっと見ていると、ため息をついてゴドルフェンとティムさんに基本設計図を手渡した。
それを見たゴドルフェンとティムさんは、驚愕を顔に貼り付けた。
「Aクラスが誇る希代の受け師、ベスター・フォン・ストックロードが書いた設計だ。言っておくが、それはただの基本設計図で、詳細設計は別に有る。
もう一度だけ言うぞ……
束になってかかって来い!」
学生にここまで言われたら流石に少しは怒るかと思ったが、ゴドルフェンは破顔して笑った。
「……ふぉっふぉっ! ふぉっふぉっふぉっ!
実に愉快じゃ! 楽しいのう、ティム。
この子達が第4想定で築いておった物は、配置がどうも甘いと思っておったが……内から出る敵を捕縛する為の物ではなく、外から攻められた時の為に作られておったと言う事じゃ。
これは完全に一本取られたのぅ。
………………魔鳥で、周辺に散っておる軍をかき集めよ」
「翁?!
本気ですか?!
数を4倍になど想定を弄ると、その難易度は4倍では効きません! 下手したら……いや、間違いなく10倍以上の難易度になりますよ!
君たちもそれでいいのか?!
彼1人のわがままに付き合わされて、このままでは難易度が跳ね上がるぞ?!
体力的にも限界が近いだろう!」
ティムさんにこう問われて、クラスメイト達は顔を見渡して、そして苦笑した。
「ぷっ!
僕はいいよ?
アレンはやりたい様にやらせた方が面白いからね?」
「くつくつくつ。
私もそれで構いません。
さすがアレンさん! 豪胆でかっこいいですっ!」
「難易度が上がるのは望む所だ。
俺は己を高める為にここにいるのだからな」
「俺もワクワクするからいいぞ!」
「僕も。
ベスターが書いたあの設計が、どこまで通じるか確かめたい」
「どうせ反対しても妙に説得力のある謎理論で説き伏せられるしな……」
「だな」
皆次々にやれやれと賛成を表明したのを見て、最後に残ったベスターが慌ててこんな心配をした。
「100倍近くの人数差だと?!
おおお、落ち着けアレン!
そうだ、温泉は良かったのか?!
1番に行って誰よりも風呂を楽しむんじゃ無かったのか?!」
1人いつまでも嫌そうな顔をしていたから何かと思ったら、俺のために温泉の心配までしてくれるとは、流石はベス君だ。
「何、敵が全滅すればその時点でこの想定は終わりだベスター。
このくそじじいに吠えづらをかかせ、その後に誰よりも温泉を堪能する。
これでくそじじいを泣かす為に執念でこの設計図を書き上げたベスターの目的も達成され、俺の目的も達成される。
全くもって完璧だ!」
俺がゴドルフェンを睨みつけながら、ベス君の心の内を高らかに代弁したら、ベス君は嬉しかったのか『あ、アレンお前……』と感極まって白目を向いたので、俺はとっとと総括した。
「……と言う訳だ。
うちのクラスには楽がしたい奴は1人もいないぞ、ゴドルフェン。
どのクラスよりも林間学校を堪能するのは――
俺たち1-Aだ!!」
「……全滅させて、わしを泣かすじゃと?
ひよっこどもが図に乗りおって……
よかろう、受けて立つ。リーダーは……ベスター・フォン・ストックロードとする。
軍を集めるゆえ開始時刻は正午に変更する。
……目に物を見せてくれるわ!」
そう言って怒気を発しながら踵を返したゴドルフェンの目が、嬉しそうに細められている事に、隣にいるティムだけは気がついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます