第149話 第一想定の裏側



 アレン達が奪還した、仮想防衛拠点から西へ5キロほど進んだ場所にあるユグリア王国北西部方面軍の国境防衛拠点。


 小さな駐屯所だが、今回の林間学校のために事務所として一部を貸し出されている。



「兄者が設定したあの想定をよもや1年生がクリアするとは……

 粒揃いと評判になる訳だ」


 ゴドルフェンの実弟であるザイフェン・ヴァンキッシュ子爵は呆れた様に首を振った。


 彼は今回の林間学校のために、領内の一部地域を開放したり裏側から様々なサポートをしている関係で、ゴドルフェンが考えた想定を把握している。


 尤も、王立学園から必要経費は与えられるし、生徒達が狩った魔物素材などの回収権もあるので、ボランティアという訳ではない。


「……粒揃い、などと言う簡単な言葉で片付けていいレベルではない。

 あのAクラスの想定は、翁が王国騎士団に入団した新兵の、甘えた性根を叩き直す為に考案された『2分隊強行輸送作戦』という名の演習にそっくりだ。

 本来は2分隊、つまり8名の分隊2つ16名で800kgを運ぶから若干人数に余裕があるとは言え、新米騎士団員達が血反吐を吐いて地獄の行軍と恐れる演習だ。

 それを1年生が44時間20分という好タイムで踏破。

 しかも彼らはこの後も演習が続く。

 ……一体翁は学園でどのような教育をしているのですか?」


 こう話した彼は、北西部方面軍を統括する王国騎士団から、この林間学校の支援兼将来の若手有望株の視察に訪れている第5軍団の副軍団長を務めるティムだ。


 彼は偵察や追跡任務のプロフェッショナルで、その目でつぶさに彼らの言動を確認した。


 緊張感を持たせるため、学生には厳に伏せられているが、担任に加えて各クラスに1名ずつこうして王国騎士団員の斥候能力が高い騎士が付けられ、林間学校の内容をこっそりと審査する事になっている。



「ふぉっふぉっふぉっ。

 内容も予想以上じゃ。

 あの子達のスタミナは把握しておったが、相互理解が想像以上に進んでおったのう。

 正直なところ、これだけ圧を掛けると流石にもう少し揉めると思ったのじゃがな……

 この先、さらに疲労が溜まった時どうなるかが楽しみじゃわい」


 ゴドルフェンはそう言って、悪い顔でニヤリと笑った。


「……例の一般寮犬小屋での共同生活ですか……

 清貧など綺麗事だと思っておりましたが、あながち馬鹿にできませんな。

 武芸こそまだまだ荒削りな所がありますが、あの年であのスタミナは、はっきり言って常軌を逸している。

 翁が顧問を務める坂道部とやらで、毎日始業前に学園周りを走っているという話はきいておりましたが……」


 ゴドルフェンは上機嫌に顎髭を撫でた。


「ティムの言う通り、あの子達のスタミナは、自主的に取り組んでおる朝の部活動が主な要因じゃ。

 その後の実技の授業は寧ろ今はまだ抑え気味じゃな。

 それでも毎日、かなりのところまで絞り出すことになるのでのう。

 この意味がわかるかティムよ。

 あれほど才能に溢れるあの子達が、地味で苦しく、成果の見えにくい反復基礎鍛錬に、その才能を毎日ギリギリのところまで傾けておるのじゃ。あの若さでの。

 ……部活動を通じて『心技体を、特に心を育てたい』、か。

 口で言うのは簡単じゃが、その難しさはわしが誰よりも理解しておる。

 小僧が仕込まれたゾルド氏の教育理論は実に単純明快で、実に奥深いのう」


 ティムはごくりと唾を飲み込んだ。


「噂の『常在戦場』の心構えというやつですか……

 そのような家庭教師が実在するとは俄には信じ難かったですが、こうして自分の目で見せられると……納得せざるを得ませんな。

 ……正直に言うと、あの『魔狐』が出た時点で、私は翁が助けに入るものだと思いました。

 それなのに翁が動かないものですから、私が動くべきかとハラハラしていたら、あのライオ・ザイツィンガーがあっさりと討伐。

 彼はスタミナだけでなく個としての戦闘能力も、あの歳にしてすでに王国騎士団員としても十分通用する」


 ティムがその様に断言すると、ゴドルフェンも頷いた。


「尾こそ3本じゃったが、あれは中々の個体じゃった。

 神出鬼没で生態がよく分かっておらん魔物じゃし、ここで狩っておらねば間違いなく民間や探索者に被害が出て騎士団に討伐依頼が来ておったじゃろ。

 今日狩れたのは運が良かった。あの子たちからしては不運じゃったがな」



「……最も私が驚いたのは、あのライオ・ザイツィンガーが全くクラスで浮いていないと言うことです。

 普通であれば、あれほど突出した才能を持つと、友人たちと噛みあわず、孤独との戦いとなる。

 見えている景色が違いすぎて、独りよがりになって壁にあたるのはむしろ既定路線と言えます。

 そのはずなのに、クラスメイト達に混じって活動している姿、話している内容に違和感が全くない。

 浮くどころか、あれだけ人材の揃ったクラスメイトをリーダーとして纏め上げるライオ君は凄い、などと言う感想すら持ちそうになる。

 全体のレベルが異常です」


 このティムの論評に、ゴドルフェンは上機嫌に顎髭を撫でた。


「ほっほっ。

 教え子が褒められると嬉しいものじゃな。

 わしにもいよいよ教育者としての自覚が出てきたかの?

 これがまた、個性的な子達ばかりじゃから、育てがいがあってのう。

 ティムの目にはライオ・ザイツィンガー以外では、誰が光って見えたかの?」


 そうゴドルフェンが問うと、ティムは非常に悩ましげに唸った。


「う〜む…………

 どの子も第5軍団への入団を希望してくれたら、即採用間違い無しなので悩ましいですな。

 ……ダン君も捨て難いですが……やはり楽しみなのはベルド君ですかな」


 ゴドルフェンは目を細め、『ほう。その心は?』とティムへと問うた。



「王立学園には自然とプライドが高く個性の強い子が集まりますが、ベルド君は常に個人よりも全体を優先する平明な視点と心根の優しい気質が、ちょっとした動きの随所に出ています。

 それでいて翁が叩き上げているだけあって、甘さを感じない。

 あの献身性は教えて身につけられる物ではない、天性の気質でしょう。

 暫くは縁の下で皆を支える役割を担う事になるでしょうが、彼は間違いなく全体戦略眼の優れた騎士になります。

 個としての潜在能力も高そうですし、上手く育てば歴史に名を残しても不思議ではない」


 ゴドルフェンはさらに上機嫌になった。


「ふぉっふぉっふぉっ!

 流石ティム、良いところを見ておるのう。

 実にお主らしい見解じゃ」


 そこでザイフェン・ヴァンキッシュ子爵がティムに質問した。


「ティムさんの目から見て、あのアレン・ロヴェーヌはどう映りましたか?」


 ティムはしばし沈黙し、首を振った。


「彼は……ちょっと評価のしようがない。

 恐らく山中を強行突破すると翁が仰るので、トルヴェール軍の分隊をルート上にいくつか配置してどの様に進むのか確かめさせようとしたが……

 どの隊からも通過したという魔鳥の報告が来ぬままに、いきなり本隊のルート上に現れた。

 彼が合流した辺りから予想以上にこちらにも魔物の襲来が多くなり、追跡がばれないために少し距離を取りましたし、しっかり確認できなかったのだ。

 第3軍団長のデュー君仕込みの索敵を駆使したのだろうが……それだけではあれだけ短時間で合流できた理由には説明がつかない。

 どの様なカラクリなのですか? 翁には解っているのでしょう?」


 ティムにそう問われると、途端にゴドルフェンは苦い顔になった。


「まさかステラ・アキレウスの同行を即断して、早期合流を狙うとは、してやられたの……

 それも彼女の能力を正確に理解し、かつ信頼されておるからこそ出来る相互理解の賜物じゃ。

 デューが言うには、小僧は相も変わらず偏執的なほど索敵魔法……小僧の言う風魔法の習熟に拘っており、索敵範囲、という面ではすでにデューの奴よりも能力が高いと言う話じゃ。

 小僧が学園の体外魔法研究部で研究と開発に取り組んでおる風魔法。

 正直わしも最初は意味不明じゃと笑っておったが、小僧のあれは……ちと笑えんのう」


 ゴドルフェンはそう言って、白鬚を撫でた。


「仮に鍛錬を積めば、小僧レベルとは言わずとも、誰にでも風魔法とやらが使えるようになるのであれば、国が本格的に開発支援に入るじゃろう。

 今魔法研顧問のムジカが自身も風魔法の習得に取り組みながら、慎重にその可能性を見極めておる。

 従来の索敵魔法とは少し概念原理が異なるようじゃしの。

 ……この事は他言無用じゃ」


 ティムとザイフェンは揃って言葉を失った。



「そんな訳で、カラクリも何もない。

 普通はそれほど遠くまで魔力を循環・・して魔物を追っ払うことは出来んが、小僧はできる。

 それだけじゃ。

 夏のブライヤー男爵領闇狼殲滅作戦に関するロジータのレポートはもう読んだかの?

 わしもじゃが、索敵防止魔道具を身につけておったティムお主の位置もあっさり小僧にはバレとったぞい」


 ティムはあんぐりと口を開けた。


「12歳の少年が、私はともかく翁の本気の追跡に気がつくのですか?

 そのような素振りは見えませんでしたが……」


 ゴドルフェンはため息をついた。


「あやつはひねくれ者じゃからのう……

 じゃがずっとあやつを見ておるわしには分かる。間違いなく気がついておった。

 そして体外魔力循環を使ってわしらに向けて魔物を追い込んできおった。

 わしらは小僧に魔物の間引きに利用されたんじゃ。

 ここまで小僧に先手を打たれるとは、流石にわしも読んでおらんかった」


 ゴドルフェンは首を振り、ティムはごくりと唾を呑んだ。


「……それは、この後の展開を既に見通している、と言う事でしょうか?」


「小僧にどこまで見えていて、何を考えておるのかはわしも分からん。が、ある程度予想はしておるじゃろう」



 そう言ったゴドルフェンは、苦い顔で長く沈黙した後、ポツリと呟いた。


「…………想定の内容を弄る。

 このままでは訓練にならん」


 このゴドルフェンのセリフに実弟のザイフェンは驚いた。


 当然ながら、得点スコアはタイムに加えて課題の難易度や達成度を加味して付けられるので、スコアは寧ろ上がる方に作用するだろう。


 だが、生徒が工夫と機転でタイムを縮めたのに、後付けで課題の難度を上げたのでは、いくら頑張ってもタイムなど縮めようがない。

 これではクラス対抗でスピードを競わせている生徒に対して筋が通らないし、この兄はそういった不誠実な真似を誰より嫌うはずだ。


「兄者それはーー」


「分かっておる。

 この林間学校が終わった後、わしはあの子達に謝らねばならんのう。

 じゃがあの子達にはこの演習を通じて何があっても諦めない強さを、『生き抜く意志』を身につけて貰いたい。

 その為であれば、わしは喜んで嫌われ者になろう。

 このわしの腕の中で散ってしまった戦友達と…………あの子達が同じ道を辿らぬために」


 そう言って寂しげに踵を返したゴドルフェンの背中は、不撓不屈の闘士と呼ばれ、畏怖し続けた兄の背中ではなく、生徒を失う未来に震えている、1人の老教師の背中のようにザイフェンには見えた。

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