第150話 第二と第三の想定



 林間学校3日目の午前10時。

 即ち第1想定のスタートから目標奪還の刻限であった48時間後。


 俺たちが交代で見張りを立てて、奪還した朽ち果てた石造の遺跡の中で泥の様に眠っていると、ゴドルフェン先生がやって来た。


「ふぉっふぉっ。

 流石の諸君らも疲れておるのう。くれぐれも事故には注意する様にの。

 それでは次の想定を発表する」


 ゴドルフェン先生がいきなり本題に入ろうとしたので、俺は話を遮って、念のため皆の懸念を潰しておくことにした。


 皆から見ればわざわざ薮をつついて蛇を出す様な行為に見えるかもしれないが、どうせゴドルフェンにはばれているし、クラスメイト達こいつらの様な根がクソ真面目な奴らは、心に負い目があると力を十分に発揮できない。


「その前にちょっといいか?

 この林間学校では食料や物資の調達などを現地で自分達でやる事を前提にカリキュラムが組まれていると理解しているが、普段学園内では禁止されている補助薬の素材となる様な物を食しても問題ないのか?」


 俺がそう問いかけると、ゴドルフェン先生は白々しく笑った。


「ふむ?

 そういえば説明を忘れておったのう。

 もちろん全く問題ない。

 むしろあの第1想定を超えて、まだその様な生温い質問が来ることが驚きじゃ。

 諸君らには持てる知識と技能を全て発揮して課題を乗り越えて貰うことを期待しておる。

 ただし、当然ながら野山には有毒な素材も多数ある。

 万が一、中毒などを起こしても、全て自分たちで解決する事を覚悟すること。

 では第2、第3の想定を発表する」


 何が忘れてた、だ白々しい、わざと黙っていたくせに……

 とは思ったが、真面目なクラスメイト達は目に見えて安堵した。



 ゴドルフェン先生は飄々とした顔のまま、一気に2つの想定を発表し始めた。


「では本題じゃ。

 第2想定。

 奪還した本防衛拠点を修復し、敵の再来に備えて72時間以内に防衛能力を可能な限り強化せよ。

 必要な備品は諸君らが輸送した支援物資800kg内にある。

 リーダーはアレン・ロヴェーヌ。

 続いて第3想定。

 ここより南東に60kmほど下った先にある湿地帯、メール湿原付近にダークフェレットが異常繁殖しているとの報が入った。

 湿原へと追い込む包囲班と、湿原での伏撃班に分かれ、これを20体以上討伐し、今から36時間以内にここ防衛拠点まで帰還せよ。

 リーダーはシャルム・ハーロンベイ。

 各想定への人員振り分けは諸君らに任せる。

 ただしリーダーは必ず自身の想定任務に当たること。

 以上じゃ」



 ……何だそれ?


 このおざなりな第2想定には流石に俺も当惑した。


『可能な限り強化』など、努力目標であり、超えるべき基準がない。


 その辺で切った木で柵を1つ作るだけでも不合格にはならないだろう。


 自主的にどこまで頑張るのかでスコアを付けるつもりなのだろうが、はっきり言ってぬる過ぎる。

 とするとキーワードは『72時間』という時間制限か……


 72時間後に何らかの形で防衛戦を強いられ、その時にこの防衛拠点がどれだけ強固かが課題の難度に直結するということか?


 そして第3の想定。こちらも知識不足でよく分からない。


 カナルディア魔物大全によると、ダークフェレットは非常にすばしっこく、かつ警戒心の強い魔物で、特に冬の前は食欲が非常に旺盛らしいので、異常繁殖しているのであれば生態系に及ぼす影響は確かに甚大だろう。


 だがそんな大変な事態になっているのに、悠長に俺らの林間学校まで対処せずに放置していたのか?


 さらに狩りの手法が指定されているのも気になる。


 伏撃ふくげきとは、簡単に言うと予め交戦地域やキルゾーンを設定して部隊を配置し、敵や獲物に発見されないように偽装して目標を奇襲する、いわゆる待ち伏せ攻撃のことだ。



 俺は思わずココを見たが、ココにもゴドルフェンの意図が分からないらしく、首を振った。


 だが、そこで第3想定のリーダーであるシャルが答えを言った。


「…………今ゴドルフェン先生が仰ったのは、長年ダークフェレットの発生に悩まされていたハーロンベイ子爵うちの領地で毎年行われている狩りの手法です。

 ダークフェレットは強くは無いのですが、異常にすばしっこい上に木登りも上手くて、普通の森だと狩るのがとても難しいのです。

 ですが、沢や湿原なんかの水域に飛び込んで、泳いで逃げる時は途端に動きが遅くなるから、狩り係が予め水の中で待ち伏せしていて、追い込み係が水域に追い落とした所で仕留めます。

 問題なのはーー」


 シャルはそう言って顔を泣きそうに歪めた。


「普通は夏にやる猟なのです。

 ダークフェレットは警戒心が強いから、狩り係は一度水域に入ったら出入りができません。時には半日近く水の中で伏せている事になります。

 この季節にそんな事をしたら、水が冷たすぎて30分が限界でしょう。

 ……魔力でガードしながら耐えるしかありません。

 本当に異常繁殖しているなら短時間で20匹くらいなら狩れると思うけど、もし普通の状態の森から20匹追い込んでこなければいけないなら……水の中で待つ狩り係は、地獄を見る事になります」


 全員がシャルの説明に静まり返った。



「お、大人気ないぞ、くそじじい……!」


 俺はシャル担当の第3想定の難易度を推定し、思わず抗議の声を挙げたが、ゴドルフェンは目を細めて『何のことかのう』と言って顎髭を撫で、仮想拠点である遺跡から出て行った。


 ちくしょうくそじじいめ……また俺を仲間はずれにするつもりだな……俺の青春、俺の温泉が……


 支援物資に斧やらスコップやらハンマーやらが入っていたから、次の想定で奪還目標の強化をやらされるのは想像がついていた。


 ならば拠点近くの魔物は少ない方がいいだろうと思って、ゴドルフェンと、もう1人引っ付いていた腕利きっぽい追跡者に魔物をぶつけて楽に間引きをしたのが裏目に出た。


 恐らくこの防衛拠点強化の第2想定の難度は、ゴドルフェンの想定より大きく下がった事だろう。


 そこでシャルの第3想定がキツくなるように、討伐数を増やすなどして難易度を弄りやがったな……


 このちぐはぐなバランスの2つの想定と、ゴドルフェンの感情のない顔を見ると、そうとしか考えられない。


 何より、仮に俺がゴドルフェン達を使って間引きをしていなければ、いくら何でも2つの想定を合わせた難易度が高すぎる。


 俺があのような形で間引きする事まで先読みできるはずがない。

 つまり、その後に想定をいじったという事だ。


 第3想定に割く人数が増えれば、当然第2想定もきつくなる。するとあら不思議、想定難易度は大体ゴドルフェンが考えていたであろう、元の難易度に収まると言う寸法だ。


 ……絶対このくそじじいを泣かす。

 そう心に決めつつ、俺はシャルに提案した。


「……第2想定では差し当たって超えるべき目標がない。

 だからまずは第3想定に万全の布陣で臨んでくれ。

 だが72時間後の展開次第ではこの防衛拠点の強化は重要な意味を持つ。

 1人ではやれる事が極端に限られるし、ただ漫然と皆が帰ってくるのを待っていたのでは手遅れになる危険もある。

 最低1人、こちらに欲しい奴がいる」


 俺がこう言うと、皆はキョトンとして、互いの顔を見渡した。


 するとそこでフェイがドラミングでもしそうなほど目を輝かせて一歩前に出た。


「しょうがないな?

 こんなか弱い乙女に資材集めの力仕事をさせるんだ。

 夜はアレンがマッサージをしてくれると言う理解でいいんだよね?」


「冗談言うな、お前とライオは議論の余地なく伏撃班だろう。

 魔力ガードを長時間維持するには、絶対的な魔力量か、低出力時の繊細な魔力操作がものを言う」


 俺がこうバッサリと切り捨てると、フェイは涙目で抗議した。


「そんな!

 か弱い乙女に何時間も湿原の中で水に濡れながらうつ伏せになってろっていうの?

 それとも帰ってきたらアレンが人肌で暖めてくれるのかな。

 それなら頑張れる気がするけれど?」


 だが泣きたいのはこちらだ。恨むならゴドルフェンを恨めといいたい。


 俺はやけくそ気味に叫んだ。


「贅沢言うな!

 ……確かに1人で湿原の中で寒さに震えているのなら寂しくてやり切れない気持ちになるだろう。

 だが友達と一緒に水に濡れるのはただの青春だ!

 なんて羨ましいんだ……

 代われるものなら代わって欲しいんだぞ!」


 俺が謎の青春理論で、羨ましい、代わって欲しいと涙目で言い放つと、皆は一瞬絶句し、次いでやれやれという感じで苦笑した。


 アルに至っては何故か笑い出した。


「ははっ! はははっ!

 ……何事も考え方次第だな。アレンらしいよ。

 よし、俺も水には相性いいし、伏撃班でいく! 皆で協力してパパッと片付けて帰ってこようぜ!」


 ちくしょうアルめ! これ見よがしに楽しそうにしやがって……


 ライオは呆れたようにやれやれとため息を吐いた。


「……アレンがこちらの班にいたら、追い込み班に決まっているだろう。青春班に配置される事などない。

 で、誰をアレンの班に付けたいんだ?」


 その後、俺がこちらの班に欲しいクラスメイトの名を告げると、皆少し意外そうにしていたが、アルの前向きな姿勢に感化されたのか闘志を感じさせる顔で出ていった。



 その肩でも組みそうなほどに一体感のある後ろ姿が実に青春ぽくて、俺は歯噛みしながら皆を見送った。


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