第147話 第一想定(6)



 本隊は計画の遅れを取り戻すため、2日目の日中かなり無理のあるペースで進んだ。


 やはり夜間はペースを上げようにも上げられないし、森をショートカットするにもリスクが高い。


 無理をするならば日中ーー


 未明にポイズンモス毒蛾の集団が光源に向かって大量に飛来して何人かが麻痺の症状を起こし、僅かな解毒薬とジュエの魔力、そして貴重な時間を浪費させられその様な結論となった。


 彼らはこの2日目の日中、必要に応じて登山道を外れ、最短コースを魔物を蹴散らしながらほぼ休みなく進んだことで、夕方には何とか6合目にはたどり着いていた。


 このまま計画通りに進めば、何とか当初の予定通り刻限の3時間前には到着できる、というペースだ。



 だがその代償として、本隊の生徒たちは満身創痍の状態だ。


 魔力量と身体強化の精度に差のある生徒たちが同じ速度を維持するため、輸送物資の配分を細かく調整したことで、皆が等しく疲弊している。


 最も深刻なのは残存魔力だが、それに肉体的な疲労、睡眠不足、そして携帯非常固形食は口にしているが、栄養不足も否めない。

 運動能力に加え、判断力や思考力がこの先どんどん低下していくだろう。


 とても従来のペースを維持できるコンディションでは無い。


 果たして間に合うのか――


 そんな不安が焦りを生み、焦りがミスを生み、ミスは疲労を生む。


 Aクラスの生徒たちは、言葉も交わさずに黙々と足を前に運んだ。



 つらい時ほど顔を上げないと……


 生来のポジティブ思考で足元から顔を上げたアルは、進む先6合目から7合目までのちょうど中間ほどの位置に、一筋の煙が立ち昇っていることを発見した。


「おい、あそこ煙が上がってるぞ?

 魔物同士で戦闘でもしたのかな……?」


 魔物と聞いて、皆がうんざりと顔を上げる。


 ステラから聞いていた通り、5合目を過ぎたあたりから魔物の数が劇的に増えて、数を数えるのも億劫になるほどの魔物と戦闘をしたからだ。



「あれは焚火の煙だね……

 ……きっとアレンだ」


 ココが息を吐きながらそう言うと、皆がぎょっとした。


「う、嘘でしょう?

 まだあの2人が草原を出発してから……30時間強しか経っていないです。

 インパラまで250㎞。そこから山中をショートカットしたとしても、おそらく直線距離でも150㎞近くあるはずです。

 いくらアレン君でも魔物に対処しながら進んだにしては早すぎますし、ステラさんも一緒なんですよ?

 あの辺りは登山道だし、探索者か何かが、たまたまいるだけじゃないですか?」


 シャルがあり得ないと言いたげな表情でそう言ったが、ココは力強く断言した。


「あんな目立つ場所で、わざわざ焚火をするのはアレンしか考えられない。

 あそこは僕たちが進んだルートから登ればどちらに道を逸れていても必ず目に入る場所。

 合流する為の目印に敢えて煙を上げてるのだと思う。

 皆に期待させておいて、アクシデントで着けなかったら困るから言わなかったけど、ステラを連れていくと言った時から、余裕が生まれれば早くこちらに合流するつもりだろうとは思ってた。

 僕もまさかこんなに早く来るだなんて思わなかったけど……」


 それを聞いたジュエは楽しそうにくつくつと笑った。


「ふふっ。何をしたのか分かりませんが、アレンさんですからね。

『何事も成し遂げるまでは不可能に思えるもの』と言っていましたが、まさに不可能に思える事を成し遂げたのでしょう」


 アルが弾む声で続ける。


「ははっ!

 よし! 顔を上げて進もうぜ!

 こんなに早く着いたって事は、あの2人も相当な無茶をしたはずだ!

 俺らが下を向いてたら笑われる!」



 アレンが待っているーー


 そう思うだけで、先程まで沈みきっていた皆の気持ちは不思議と浮き上がった。



 ◆



「よお〜お疲れさん!

 見れば分かる、ゴドルフェンクソジジイの罠にハマって大変だったんだろう。

 肉焼いといたから、食って休んでくれ!

 スープの仕込みもしておいたんだが、鍋持ってる?」


 俺がこの様に労いの言葉を掛けたら、皆はなぜか急に力が抜けた様にその場へとへたり込んだ。


「……な、何でそんなに元気なんだ、アレン?

 俺らのためにとんでもない無茶をして、山中を駆け抜けて来たんじゃないのか?

 まさか魔導車でもかっぱらったんじゃないだろうな?」


 ピスがこの様に聞いて来たから、俺は正直に答えた。


「かっぱらう訳が無いだろう、失礼な。

 いやぁ〜正直俺も、草原を出発した時点では今日の夜半に七合目から八合目くらいで合流出来れば……と、読んでいたんだがな。

 ステラの道案内が的確すぎて、帰りなんてハイキングみたいなものだった」


「「は、ハイキング…………」」


 皆はがっくりと項垂れた。



 ライオはギリと歯噛みして言った。


「……結局、俺たちのポカをアレンとステラに尻拭いさせる事になってしまったな。

 悔しいが、それが今の俺のリーダーとしての実力だ。

 皆はここまでベストを尽くしてくれた」


 またこいつはこういう面倒くさい事を……

 俺は苦笑しながらライオの肩を叩いた。


「あのクソジジイの想定より1人少ない、しかも土地勘のあるステラという、重要なピースを抜いた状態でここまで進んでいるんだ。

 この時間にここにいるのは、ほぼベストな進行だったはずだ。

 少なくとも俺はそう読んで、ここで待っていた。

 恐らくは悩ましい選択肢が沢山あったはずだが、何を選んだとしてもこれより時間を詰めるのは厳しい仕掛けとなっていただろう。

 俺の言葉を信じてステラの伝令班を即断した。

 それだってライオのリーダーとしての実力だ。

 もちろんそこに皆の底力が合わさらなければ不可能だっただろうがな」


 俺がこう言うと、ライオは厳しい表情を多少は緩めた。

 皆もお通夜のように沈んだ顔だったのが、少しばかり明るい顔になった。


「そもそもいかなる時も全力野郎のライオが、ベストを尽くさないはずがないだろう、ピスじゃあるまいし。

 それよりも腹が減った! 

 俺とステラも食べずに待ってたんだ、お前らならそろそろ来ると信じていたからな。

 これは先程仕留めたダーレーバッファローの肉だ。ステラが言うには絶品らしいぞ?」


「お、おいちょっと待てアレン、俺だって頑張ったんだぞ?!」


 俺がこの様にピスにやり返すと、皆の顔に今度こそ笑顔が戻った。



 うんうん、折角の林間学校なんだから、楽しまなきゃね!



 ◆



「信じられないほど美味しいです!」


 ジュエは恐る恐る肉を口に入れ、目を輝かせた。


 ジュエだけではなく、育ちのいい連中は、ダガーをブッ刺して塊のまま焼いた肉を、ブラジルのシュラスコのように削いで食べるワイルド極まりない焼き肉に慄いていたが、一口食べて感動したようだ。


 味付けはシンプルに塩のみだが、空腹に勝るスパイスは無いし、こうした見晴らしのいい野外で現地調達した食材を友人と食べる、という新鮮な体験も、美味しく感じさせる要因だろう。



 頑張ったから褒めてと纏わりついてくるフェイに、『見なくても分かるさ、ゴリラ女の本領発揮だな!』と心からの賛辞を送ったら、ニコニコと笑いながらほっぺたが千切れるほどの力でつねられた。



「全く、まだまだ元気じゃないか……」


 俺が涙目で頬をさすりながらブツブツと文句を言っていると、ライオが近づいてきた。


「今のはアレンが悪いだろう。

 フェイルーンは体力面でも精神面でもよく皆を支えてくれた。

 ……ところで、なぜここには魔物の襲撃が無いんだ?」


 ライオが品良く肉を齧りながら質問してきた。


 同じ骨つき肉にかぶりつくという行為でも、こいつがやると何故か品を感じるから不思議だ。

 まぁ単純に育ちの差という奴だろう。


「ああ、さっきから臭いに釣られて何回か来てるけど、俺が風魔法で追っ払っているんだ。

 最近はある程度手強いのじゃなければ、俺が風で威嚇すれば引き返すな」


 俺がそう説明すると、ライオは一瞬沈黙したあと、苦笑して頷いた。


「…………ふっ。なるほどな。

 それがこれほど早く到着したカラクリで、こんなにゆっくりと食事が取れる理由でもある訳か。

 スカート捲り魔法などと誤認させて、何がアレンの狙いなのか計りかねていたが……

 常識をひっくり返しかねん、恐るべき応用力のある魔法だ。

 残念ながら、それほど細やかな体外魔力循環は俺には鍛錬しても実現出来んだろうがな。

 確かにステラをそちらにつけた方が全体としては・・・・・・早い。

 最初から確信があったのか?」



 いやいや、スカート捲り魔法だなんてアピールした事無いからね?

 新星杯も止むに止まれずだからね?



「……確信などという都合のいいものは無い。余りにも不確定要素が多かったからな。

 だが決意はあった。

 何があっても何とかするという決意はな。

 何事もそれの積み重ねだ。

 さ、『俺特製・青春スープ』が煮えたぞ〜」



 俺が精魂込めて作ったスープを満面の笑みで皆に勧めると、先ほどまで元気を取り戻していたかの様に見えたクラスメイト達は、何故か一斉に下を向いた。

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