第146話 第一想定(5)



 本隊は、残りの人間が合流した所で、小休止する事にした。


 早く進もうとする意見も多かったが、取り返そうと焦りを抱えて進むのは危険だとベスターが言って、ライオがその意見を入れたからだ。


 一つ間違えたら、取り返しの付かない事になりかねなかった。


 その経験が皆の心に与えた動揺は大きく、一度リセットする必要がある、そう考えたライオの判断は妥当と言えるだろう。



「……ごめん。

 斥候役の僕がもう少し早く気がついていたら……

 戦闘でも皆んなの足を引っ張った」


 ココがそうしてしょんぼりと謝ると、パーリが歯噛みした。


「それを言ったら1番のポカをやらかしたのは俺だ!

 十分あの最初の2羽に対処できた筈なんだ……初めてと言える実戦に高揚して、冷静さを失っていた!

 アレンあいつに素人と探索になど行けないと警告されていたのに、探索者など貧乏人の仕事だと意固地になって、夏休みの間に実戦経験を積まなかった!

 こんなに無様な事はない!」


「いえ、そもそもの原因はーー」


 ララ、ドル、ソフィと各々が自身の反省点をあらかた言葉にするのを待って、ライオが纏めた。


「……全ての責任はリーダーである俺にある。

 反省点は各々次に活かそう。

 それよりも大切なのは、この後どうするかだ。

 特に問題なのは、これほど序盤で想定外に魔力を浪費したという事だ。

 敢えてはっきりと言うが、ドルの魔力がかなり厳しいのが痛い。

 もちろんドルを責めるつもりは無いが、夜目が効きにくい者は中央に固めてドルの光魔法で進もうと思っていたから、足元を照らすランタンが2つしかない。

 だが明日の夜明けまでに出来れば4合目まで進めないと、その先がさらに厳しくなる。

 皆の考えを聞きたい」


 ちなみに基準が曖昧な『合目』という単位だが、この世界における合目は距離や標高ではなく、踏破するのに必要な時間を基準に設定されている。


 例えば全行程120kmのうち、5合目までで約80km、残りの40kmは距離は半分だが魔物の手強さや山の急峻さを加味すると同じ程度の時間を要するだろうという意味合いだ。


 あくまで一般人を基準に設定された目安なので、戦闘力の高い彼らは距離が短い後半にペースを上げられる、と踏んでいる。



 このランタンの数を絞るというリスクは皆が把握していた。


 だが『支援物資800kgの運搬』という条件が重すぎて、このリスクを許容したのが裏目に出た。


 正解のない判断を迫られ、皆が沈黙した所で、ジュエが口を開いた。


「……流石はゴドルフェン先生が総指揮を執って練られた想定ですね。

 恐らくはこのジャイアントクロウの縄張りがあるルートも織り込み済み。

 むしろこちらへ進むように誘導されたのかもしれません。

 ですが、逆に言えば私達が上手く対処すれば越えられる、そう見込まれていたという事です。

 今回の経験を踏まえ、改めてリスク管理をしっかりしつつ進みましょう。

 ドルさんの荷物は、暫くの間魔力に余裕があり戦闘技能が低い私とフェイさんで持ちます。

 ドルさんにはとにかく魔力の回復に努めてもらい、ある程度回復したタイミングで光魔法で夜道を照らして頂き一気にペースを上げましょう。

 可能性が残されている限り、ギブアップする訳には参りませんからね」


 このジュエの提案を受けて、フェイはいつも通りのニコニコとした顔で言った。


「流石は剛毅果断を家訓とするレベランス家が誇る天才、ジュエリー・レベランスだね!

 でもジュエの聖魔法は文字通り全体の生命線だ。

 ジュエも魔力を温存すべきじゃないかな。

 ドルの荷物は僕が運ぶから、このザックを前後に負った不細工な格好で登ってきた事はアレンには内緒だよ?」


 ジュエはフェイの目をじっと見た。


 いくらフェイでも1人でずっと2つを待って歩くのは、かなり負担が大きいはずだ。

 無理をさせてフェイの魔力まで枯渇などしたら目も当てられない。


 その様に逡巡していると、ベルドが手を上げた。


「……僕も魔力とパワーだけはあるから、まずは僕が持つよ。

 フェイちゃんはさっきまでダンの荷物も持っていたしね。

 いくらフェイちゃんでも、さすがに何時間も荷物を二つ持って先に進むのは厳しいでしょ?」


 フェイは嬉しそうに頷いた。


「ベルドはいつも気が利くね。

 じゃあ、僕は両手が空くから歩きながらちょこちょこっとドルの杖を改造して、簡易松明でも作ろうかな。

 火属性の魔物が出たら優先的に狩ってくれる?

 火属性の魔石があれば、今晩の間くらいは使える物が出来ると思うよ?」


「あぁ、それなら確か先程ララが叩き落としたジャイアントクロウの子供の中に居たはずだ。

 ……改造?

 も、元に戻せるんだろうな?」


 フェイはニコニコと笑って『さぁ?』と言った。


 そのフェイの返事に引き攣ったドルの顔を見て、皆がクスリと笑ったところでジュエが再び明るい声を出した。


「さきほどは裏目に出ましたが、輸送物資がある以上、この課題に楽な抜け道はありません。

 さきほどララさんが言った通り、小さな工夫を積み重ねて、皆で時間を削り出していきましょう」


 皆の心をうまく切り替えてくれたジュエとフェイに感謝しつつ、ライオはココに問いかけた。


「……正直引き返す時間は無いが、このまま森を先に進んでも大丈夫か?

 任務の達成も重要だが、皆の安全は疎かには出来ない」


 ココは力強く頷いた。


「もうそろそろあの逃げ去ったジャイアントクロウ達は巣に戻ってる頃だけど、基本的には陽が落ちてからは活動しない魔物。

 なるべく刺激しない様に慎重に動くから、前に進もう」



 ◆



「まるでハイキングだな……

 ……アレンは、私も風魔法を習得したほうがいいと思うか?

 そもそも、修練を積めば誰にでも出来る類の技術なのか?」


 ステラは呆れたように呟き、そう俺に質問してきた。



 俺たちは快調に山中を進んでいた。


 もちろん俺の風魔法の効果だ。


 俺の風魔法による威嚇により殆どの魔物は勝手に逃げ散っていくし、たまに好戦的な魔物がいても出会い頭に遭遇するということが無いので、余裕を持って対処可能だ。


 勿論相手が手強そうだと思えば、多少遠回りしてでも戦闘を避けるという手も取れる。



 最初、風魔法による威嚇で魔物を可能な限り避けるとの俺の説明を聞いたステラは、大いに疑わしそうな目で俺を見た。


『体外魔力循環を応用して魔物を威嚇して追い込む技術がある事は知っている。

 だがそれを24時間山中を進みながら継続してやると言うのか?

 そんな話は聞いたこともない』


 だが百聞は一見にしかず。


 事実何時間も魔物にも野生動物にもほぼ遭遇せず快調に山を進み、ステラが警戒していた5合目を過ぎてもまるで魔物が現れない現状に、ステラも風魔法の効果を認めざるを得なくなったようだ。



 俺はステラの疑問に答えた。


「風魔法を習得したほうがいいか、か。

 その答えはステラの中にしかないと思うぞ。

 ステラは一体何を目指しているんだ?」



 ステラは虚をつかれたようで、怪訝な顔をしていたが、俺が尚も答えを待っていると、ぶっきらぼうに答えた。


「……強い騎士になりたい。

 誰よりも強い騎士に」


 俺は重ねて聞いてみた。


「何のために、強い騎士になりたいんだ?」


 ステラはまた俺がいつもの軽口を叩いたと考えたのか、キッと睨みつけてきた。


「強くて悪い事など何も無いだろう?!

 私は真面目に聞いてるんだ!」



 俺は、強い目でステラを見つめ返した。


「俺もいたって真面目に聞いている。

 自分がどうありたいかを、真剣に、とことん突き詰めて考える事はとても大切だ」


 ステラは俺が目に力を込めたのを見て押し黙った。


「俺は強くなりたくて風魔法を研究しているわけでは無い。

 俺が強さを求めるのは、やりたい事を貫くためにはある程度強さが必要だと考えているからだ。

 だが俺にとっては、風魔法の研究そのものがやりたい事なんだ。

 自分で魔力を操作し、風を起こすという現象を突き詰めていく、それが楽しくて堪らない。

 だから、強さを追い求めて風魔法の研究が疎かになるなどしては本末転倒だ。俺にとってはな。

 恐らくはステラから見ると目的とプロセスが逆だろう」



「……よく分からないな。

 つまり、強くなる為の手段としては合理的では無い、と言う事か?」


 俺は首を振った。


「そうとも言い切れない。

 だからこそどんな自分になりたいかを、自分が本当にやりたい事は何かを突き詰めるのが大切なんだ」


「自分が本当にやりたい事……?」


 ステラの呟きに、俺は真剣に頷いた。


 それを曖昧にして生きたらどれほど後悔するかーー

 だがその言葉は呑み込んだ。


「夏休みに騎士団の関係で闇狼の討伐任務に指名されて駆り出されたんだがな」


 俺がそう切り出すと、ステラは僅かな動揺を目に浮かべた。


「闇狼だと……?

 はぐれか?!」


 ……それほど驚く事か?


「いや、黒雷っていう個体が率いる群れの殲滅任務だった」


「……アレンはすでに固有名持ちネームド闇狼の殲滅任務に指名されるレベルにいるのか。

 ……話の腰を折ってすまん。

 闇狼はアキレウス子爵領でも近年大規模な魔物災害があってな……ちょっと因縁があるんだ」


 ステラは苦い顔を隠そうともせずに続きを促した。


「まぁその任務では、結局俺は1匹も討伐出来なかったんだがな。

 討伐そのものはスズナミさんっていう第6軍団長と第3軍団のダンテさんって人が中心になって行われた。

 この人達の強さは異次元だったし、素直にカッコいいと思った。

 一方で俺の風魔法は群れの引きつけと敵の特殊な攻撃の察知には大いに役立った。

 任務の結果に……延いては隊としての強さに大いに影響しただろうと自負している。

 まぁ何が言いたかったかと言うと、強さにも色々な形がある、という事だ」


「……強さの、形……?」


 思考を働かせているのだろう、ステラはそう言って押し黙った。

 ここから先は自分で答えを出すしか無い。



 俺がステラの思考を邪魔しないように、淡々と周囲の魔物に対処しながら進んでいると、ステラはその内に顔を上げた。


「簡単に答えが出そうも無いな……

 でもそれが大切な事だという事は分かった。

 自分がどうありたいか、なぜ騎士を目指したのかの原点に……ちゃんと向き合って考えてみる事にする。

 ありがとう、アレン」


 そう言って寂しそうに笑ったステラは、普段よく眉間に皺を寄せている彼女と異なり、少しだけ子供っぽさを感じさせるあどけない顔をしていた。



「因みに、魔法研で風魔法を研究している奴らは、この俺も引くほど風魔法の習得に情熱を傾けているが、かなり難航しているぞ。

 ダンのやつも(帆船という)目的の為に必死だ。

 なので明確な目的もなく手を出すのはやめた方がいい」



「そ、そうか……

 あ、あのダンが、ヒクほど必死になって……」


 ステラはドン引きしたような顔をして、体を仰け反らせた。


 俺は力強く頷いた。


 風の魔法士への道のりの厳しさはきちんと伝えておかないとな!

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