第145話 第一想定(4)



 俺の失言によりステラの機嫌は急降下したが、気まずい空気は幾分戻った。



 俺は涙目でお腹をさすりながらステラへと今後の計画を話した。


「……ステラが往路でかなり頑張ってくれたから、本隊との合流地点はおそらくこの辺り、七合目から八合目の間になる。

 目標時刻は今から24時間後、明日の21時だ」



 そう言うと剣呑な目で俺を睨んでいたステラは、何を言っているのか分からないという様に眉間に皺を寄せた。


「ちょっと待てアレン……

 いくら何でもその計画は無謀だ。

 まず合流地点は国境の奪還する防衛施設じゃ無いのか?

 何も取り決めがないのに、なぜそのルートのその辺りに本隊がいると断言できる?

 さらに24時間でそこまで行くだと?!

 私たちには輸送物資が無いとはいえ、山の中を200km近く進む事になる! 出る前にも言ったが、ハイキングコースじゃ無いんだぞ?!」



「大丈夫だ、ステラ。

 向こうの隊にはココがいる。

 本隊の動きについてはちょっと打ち合わせも出来たから、合流に問題はない」


 俺がこう言うとステラは目を丸くした。


「打ち合わせって……

 あの出発前に一瞬話してたやつか?

 あんな短い時間こんないい加減な地図を見て、どうして正確な合流地点なんて決められるんだ?!

 山を舐めていないか?」



 ……まぁステラがそう思うのも仕方がないだろう。


 俺だってココ以外とでは同じ様なことをするのは無理だ。


「そこは心配ない。

 ココとは何度も一緒に探索に行っているし、地理研関係でも色んな事を話し合っている。

 あの時間で細部を詰めるのは流石に無理だが、基本ルートさえ聞いておけば、後は現場を見ればココならどう動くかは大体予想がつく。

 逆に予想ができない動きをする場合は、ココなら何らかのメッセージをくれるだろう」



 俺が自信満々にそう断言すると、ステラは呆れた様に口をパクパクとしてから抗議した。


「……仮に本隊がそこにいるとして、どうやってたった24時間でそこまで行くつもりだ?

 私の感覚では、仮に真っ直ぐ国境の奪還目標に向かったとしても、48時間と言う刻限は、決して余裕があるとは言えないぞ?

 途中でどんな魔物と遭遇するか分からないんだ。

 やはりまず奪還目標を目指して、余裕があれば迎えに行く形のほうがーー」


 俺はみなまで聞かずに首を振って、ステラの話を遮った。


「それでは本隊が間に合わない」


「…………なぜそう思う?

 アレンはもう少しクラスメイトを信じてーー」


 俺は再びはっきりと首を横に振った。


「その根拠は、ステラ。

 お前がここにいるからだ。

 最初に言っただろう。

 ステラをこちらにつけてくれた方が、結果的には・・・・・早いとな。

 仮にこの辺りの地理や魔物の生態に詳しいステラが本隊にいて、伝令が俺の単独任務になれば、こちらが遅れて向こうが早まり、結果両方ギリギリ間に合うかどうかの賭けになっただろう。

 俺はあまり方向感覚に自信がないから、むしろこちら側のリスクが高くなる。

 恐らくはゴドルフェンくそじじいの考えていた基本路線はその形だったはずだ」


 ステラが何も言わないので、俺は言葉を続けた。


「俺が本隊はその辺りにいると考えるもう一つの根拠は、ゴドルフェンのあの楽しそうな顔だ。

 ……ステラ同様、この辺りはゴドルフェンにとっての庭でもある。

 そしてあのじじいが、ミスなくこなせばクリアできる様なレベルに、課題を設定するわけがない。

 あのじじいの上を行くには、論理的な思考で誰もが至る最善、それを現場で超える必要がある。

 なにか突破口ブレイクスルーが必要だ。

 そしてその為の一手が、ステラをこちらにつけて、早期に俺が本隊に合流するというものだ。

 あいつらを信じていない訳ではない。

 むしろあいつらなら、何があってもその辺りまでは進んでくれていると信じている。

 かなり厳しいだろうがな」



 俺がその様に説明すると、ステラはしばし沈黙し、そして顔を上げた。


「……アレンの言いたい事は分かった。

 あの出発前に言っていた『結果的にはそちらの方が早い』とは、『全体』として何が最速か、という意味だという事だったんだな。

 だがまだ肝心な事を聞いていないぞ。

 どうやってそれほど短い時間で本隊のいる場所まで到達するつもりだ?」


 ……判断が早くて本当に助かるな。


 ここで意見が分かれると途端に暗雲が立ち込める。


 ステラは俺の考えを鵜呑みにしている訳ではないだろう。


 俺がステラの立場でも、反論しようと思えば可能だ。


 だが現在ある情報を客観的に繋ぎ合わせて、今俺が言った前提に基づき行動すべきと結論を下したのだろう。


 ステラの顔にはすでに迷いがない。



「ステラはここから先、魔物は出ないものとして最短距離を案内してくれ。

 そうすれば距離もかなり短縮できるだろう。

 ふっ……風魔法を使う」



 俺がニヤリと笑ってこの様にステラへと告げると、ステラは顔を青くし、痴漢を見る目で俺を見て、ニーハイの上の地肌が露出している太もも部分を手で隠した。



 いやいやいや……



 ◆



 辺りが薄暗くなる程のジャイアントクロウの群れが飛来し、ドル達の上空を縦横に飛び回っている。


 新たに来た群れには最初の2羽ほど大きなものは見当たらないが、中々の大きさのものも混じっている。



 ララは目に涙を浮かべて皆に謝罪した。


「……私のせいですわ。

 私が欲をかいて、少しでも時間を短縮しようだなんて提案したから……」


 ドルは首を振り、ララに努めて優しく声を掛けた。


「皆でララの案を支持したんだ。

 決してララのせいじゃない。

 ……反省会は後にしよう。

 クラスメイト達あいつらが合流するまで何とか持ち堪える。

 そうすればジュエもいるし、傷薬もある。

 それほど属性持ちがいる訳ではないだろうから、皆が合流したらどうとでも対処可能だ」


 そこでパーリが槍を杖に歯を食いしばって立ち上がった。


「……無様を、見せた。

 俺のフォローは、不要だ……まだ戦える!」


 片足を潰され額にびっしりと汗を掻いているソフィも、青い顔で薙刀の様な柄の長い武器を杖代わりにララから離れた。


「……右足の骨が折れてるわ。

 戦闘は無理そうだけど、自分の事は何とかするから、ララは戦闘に参加して。

 私を庇いながらだと、おそらく救援が来るまで持たないわ」


「よし、ココは動くな! 俺がフォローする!

 ソフィも俺の近くへ!

 クラスメイト達あいつらなら既に異変に気づいて、こちらに何人か向かっているはずだ! ……来るぞ!」


 そうドルが叫ぶと同時に、上下左右から真っ黒な魔鳥達が一斉に襲いかかって来た。



 ララは腰に吊ってあった革製の牧羊鞭を握った。


 瞬間、彼女が身に纏う空気がはっきりと一変した。



 そして、途轍もないスピードでその鞭を振るったかと思うと、襲いかかってきたジャイアントクロウ達を立ち所に空中で叩き落とした。


 あたりに血煙が舞うーー



「……親鳥に比べたら、まだまだ飛ぶのさ下手だなぁ。

 この『魔畜産用の牧羊鞭握らせたら月より輝ぐ』と、ドンコ村のムー婆さにも言われた、ラーラ・フォン・リアンクールが直々さ躾けてやるべさ!」


 ララはそう言って鞭を『パンッ!』と派手に宙で鳴らした。



 あまりのララの変貌ぶりに、ドルは思わずソフィに顔を向けて、『あれは誰?どういう事?知ってたの?』と目で問いかけた。

 するとソフィも驚愕しており、ドルに向けてゆっくりと首を振った。



「おらだちがいる限り、仲間達には爪一本触らせねえよ?

 な、ドル?」


 ララは次々に飛来する魔鳥達を血煙に変えながら、その美しい唇を凄惨に歪め、ドルへと微笑みかけた。


「……勿論だ!」


 ドルは、血煙をどうやって躾けるのだろう?と疑問に思ったが、とりあえず話は合わせて目は合わせずに後ずさった。



 ◆



「すまん遅くなった!

 崖下でもはぐれの魔狐が出て戦闘になっててな! そっちはライオが仕留めた!

 大丈夫か?!」


「アル! 助かる!

 あのデカイのの魔法が厄介な上に相性が悪くてな! 俺は魔力がカツカツで対応しきれないんだ! あいつを潰してくれ!

 ジュエはまずココとソフィを頼む! 残りは小物の対処に加わってくれ!」


 到着したアル、ジュエ、ダン、ピス、エレナにドルが告げると、皆は即座に展開した。


「ほれほれほれ!

 もっとけっぱらねどいづまで経っても上手に飛べねぁよ!」



 いつもは物語に出てくるお姫様の様な口調で喋るララの方は、見てはいけない。


 そう判断する冷静さもある。



「アイスバレット!」


 アルが即座に速射性の高い氷のつぶてを親鳥に向けて射出する。


 この世界では一々魔法名を叫ばなくても魔法は発動出来るのだが、魔法研でアレンがしつこく魔法の名前を口にする文化を根付かせようと監督権限を振り翳したから、アルもいつからか魔法名を口にするようになった。


 アレンの入れ知恵で貫通力を高めるように椎の実の型に成形された弾丸のような氷の礫が、アルが握る杖から途轍もない速度で射出されていく。


 この杖はアルの実家であるエングレーバー子爵領の名産であるアンジュの木でできており、ドルの持つ両手杖とは違い小ぶりな作りで、その先には親指ぐらいの大きさで、宝石の様に輝く氷属性の魔石が付いている。



 魔法研ではライオやジュエをはじめ、桁違いの才を持つ部員を部長として率いなくてならない。


 こうしたプレッシャーはマイナスに働くケースもあるが、アルは燃えた。


 アルもまた、魔法研での研鑽を経て劇的にその実力を伸ばしていた。



 氷の弾幕が親鳥を襲う。


 上空で距離をとり、安全圏から岩を落とすという優位性は、アルのアイスバレットの射出密度によって潰された。


 親鳥から血に染まった漆黒の羽が次々に舞い散る。


 たまらず親鳥は、旋回しながら速度を乗せて、アルに向かって突撃してきた。


 アルが殺傷力の高いアイスランスで迎撃しようとしたところで、後ろからパーリが『よけろアル! 魔力が勿体ない!』と叫んだ。


 アルがギリギリまで引きつけて横っ飛びで躱したところを、パーリの槍が群れのボスと思われる親鳥を刺し貫いた。



 それを見たジャイアントクロウの子達は、鳴き声を発しながら飛び去っていった。

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